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失った夜

結界の内側は、

ひどく静かだった。


外で何が起きているかは、

すべて見えている。


剣が振るわれ、

魔力がぶつかり合い、

床が砕ける。


それでも――

音だけが、届かない。


ローザリアは、

一歩も動かなかった。


祈らない。

叫ばない。


ただ、

目を逸らさずに見つめていた。


(……戦っている)


それは事実だった。


ヴェルゼリオは、

確かに強い。


勇者一行は、

明らかに苦戦している。


だが――

彼女には分かってしまった。


殺せるはずの一撃を、

殺していない。


避けられる攻撃を、

避けていない。


(……選んでいる)


自分の生き方も。

自分の終わり方も。


結界に、

手を伸ばす。


触れない。


この光は、

守るためのものではない。


――隔てるためのものだ。


「……ヴェル」


名前を呼びかけて、

喉で止めた。


呼んではいけない。


声を届けてはいけない。


それが、

彼の選択を否定することになるから。


床に、

血が落ちる。


その瞬間、

ローザリアの胸が強く脈打った。


(……だめ)


避けられたはずの一撃。


それを、

受け入れた。


理由は、

分かっている。


――自分のためだ。


自分が、

生きるため。


自分が、

未来へ戻るため。


「……私は」


拳を、

握らない。


涙も、

流さない。


聖女として、

そうあるべきだと

ずっと教えられてきた。


だが今は――

祈らないことを選んでいた。


祈れば、

願ってしまう。


生きて、と。


戻ってきて、と。


それは、

彼の覚悟を踏みにじる。


だから、

ただ見ている。


選んだ終わりを、

見届けるために。


やがて、

魔力が弱まっていくのが分かった。


ヴェルゼリオの立つ場所が、

少しずつ、

“戦場”から外れていく。


誰も、

とどめを刺した感触を得ていない。


それでも、

戦いは終わった。


勇者たちが、

武器を下ろす。


玉座の間に、

重たい沈黙が落ちる。


結界が、

わずかに揺らいだ。


ローザリアは、

一歩、前に出る。


まだ、

解けていない。


だが――

近づくことはできる。


「……触らないでください」


自分の声だと、

気づくのが遅れた。


静かで、

よく通る声。


勇者一行が、

驚いて振り向く。


「その方には、

 誰も……触れてはいけません」


それは、

命令ではなかった。


願いでもない。


選択だった。


結界の向こうで、

ヴェルゼリオは倒れている。


まだ、

消えていない。


ローザリアは、

ゆっくりと息を吸った。


(……ここからは)


(私の役目)


聖女として。


そして――

一人の人間として。


結界の光が、

静かに薄れていく。


夜は、

もう終わっていた。


だが、

朝はまだ、来ていない。


(第28話・了)


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