役割を捨てた夜
夜は、
不思議なほど静かだった。
だが――
城の奥で、
何かが動いた。
それは音ではない。
振動でもない。
気配だった。
ヴェルゼリオは、
ふと足を止める。
「……来たな」
ローザリアは、
何も聞き返さなかった。
聞かなくても、
分かっていた。
終わりが、
今夜であることを。
二人は、
自然と向き合っていた。
いつもの距離。
けれど、
もう保てない距離。
「……ここで別れるか」
ヴェルゼリオが、
低く言う。
選択を、
差し出す声。
ローザリアは、
一瞬も迷わなかった。
首を横に振る。
「……一緒に、いてください」
声は、
震えていなかった。
願いではなく、
意思だった。
ヴェルゼリオの瞳が、
わずかに揺れる。
彼は、
ゆっくりとローザリアに近づく。
今度は、
止まらなかった。
頬に触れる。
額に触れる。
そして――
唇に、触れた。
最初は、
確かめるだけの口づけ。
短く、
浅く。
だが、
離れなかった。
ローザリアが、
息を吸う。
その拍子に、
唇が重なる。
もう一度。
今度は、
少しだけ深く。
ヴェルゼリオの手が、
彼女の背に回る。
引き寄せる。
強くはない。
だが、
逃げ道を残さない抱擁。
ローザリアは、
彼の胸元に指をかけた。
掴むというより、
縋るように。
キスは、
ゆっくりと形を変えていく。
呼吸が、
絡む。
互いの熱が、
はっきりと伝わる。
冷たかったはずの手が、
もう冷たくない。
「……忘れないように」
ヴェルゼリオが、
低く囁く。
ローザリアは、
答えの代わりに、
もう一度唇を重ねた。
今度は、
はっきりと求めるキス。
それで、
十分だった。
そのまま、
二人は歩き出す。
行き先を、
言葉にする必要はなかった。
扉が閉まる。
世界が、
静かに切り離される。
あとは――
確かめ合うだけだった。
終わりを知っているからこそ、
激しく。
忘れないように、
深く。
夜は、
静かに、
そして確かに燃えていた。
(第24話・了)




