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触れてしまった距離

夜は、深く静まっていた。


城の回廊に灯りはなく、

月明かりだけが白い石を淡く照らしている。


ローザリアは、中庭の縁に立っていた。

空を見上げているわけでも、

何かを探しているわけでもない。

ただ、そこにいる。


足音が、背後で止まる。


振り返ると、

いつの間にか当たり前になっていた距離に、

ヴェルゼリオが立っていた。


近づかない。

だが、離れもしない。


「……眠れないか」


「はい」


それだけで、言葉は足りた。


城の外から、

かすかな振動が伝わる。

遠い。

だが、確実に近づいている気配。


二人とも、それを口にしなかった。


ヴェルゼリオは、しばらく空を見ていたが、

やがてローザリアの方へ向き直った。


何かを決めた目だった。


ゆっくりと、手が上がる。


触れる前で、止まる。


――待つ。


ローザリアは、身を引かなかった。


そのまま、そこにいることを選ぶ。


指先が、そっと彼女の頬に触れた。


冷たい。


思っていたよりも、

ずっと。


ローザリアは、わずかに目を瞬かせ、

それから小さく微笑んだ。


「……あなたの手、冷たいですね」


責める声ではない。

戸惑いでもない。


ただ、

気づいたことを口にしただけの声。


ヴェルゼリオの指が、

一瞬、離れかける。


だが、ローザリアが

そのまま頬を預けた。


拒まない。

逃げない。


受け入れている。


ヴェルゼリオは、低く息を吐いた。


「……お前は」


言葉を探すように、

一拍置いてから。


「……暖かいな」


それは評価でも、

欲でもなかった。


ただ、

触れて分かった事実だった。


ローザリアの胸の奥に、

小さな熱が灯る。


燃え上がる炎ではない。

静かで、弱くて、

風が吹けば消えてしまいそうなもの。


それでも、

目を逸らしたくない光。


ヴェルゼリオは、

それ以上触れなかった。


触れなかったが、

距離を戻すこともしなかった。


「……戻ろう」


「はい」


並んで歩く。


距離は、

元に戻ったはずだった。


けれど――

戻らなかった。


頬に残る冷たさと、

胸に残る暖かさが、

確かにそこにあったから。


夜は、まだ終わらない。


だが、この瞬間を境に、

二人はもう、

同じ夜を生きてはいなかった。


(第22話・了)


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