すれ違う救い
巡礼の道は、穏やかだった。
アウレリア王国の南、
小さな村へと続く街道には、
春の光がやわらかく降り注いでいる。
ローザリアは、
その中央を歩いていた。
白い外套に金糸の刺繍。
聖女の証を示す装束は、
遠目にもはっきりと分かる。
「聖女様だ……」
「本当に、来てくださったんだ」
囁きが、自然と広がっていく。
ローザリアは足を止め、
一人ひとりに視線を向け、微笑んだ。
「皆さん、体調はいかがですか?」
その一言で、
村人たちの緊張がほどける。
病を抱えた老人。
不安そうな母親に抱かれた幼子。
畑仕事で傷を負った若者。
ローザリアは祈り、
光を与え、
癒していく。
それは特別な奇跡ではない。
彼女にとっては、
当たり前の日常だった。
「ありがとうございます……」
「聖女様……」
感謝の言葉を浴びながら、
ローザリアはただ、頷く。
(……よかった)
それ以上の感情は、
胸に浮かばない。
救われた人々の人生を、
彼女は背負わない。
背負ってはいけないと、
教えられてきたから。
祈りを終え、
村を出ようとしたときだった。
「――待ってください!」
少し荒い息とともに、
一人の青年が駆け寄ってくる。
茶色の髪。
青い瞳。
年の頃は、ローザリアとさほど変わらない。
「聖女様……!」
その声は、
切実で、
縋るようだった。
ローザリアは立ち止まり、
穏やかに振り返る。
「どうされましたか?」
その問いかけに、
青年は一瞬、言葉を失った。
――違う。
彼の中にあった情景と、
目の前の彼女が、
どこかで噛み合わない。
それでも、
喉の奥から言葉を絞り出す。
「俺は……
俺は、あなたに……!」
だが、続きを言う前に、
足元がふらついた。
次の瞬間、
彼の体が崩れ落ちる。
「……!」
ローザリアは即座に駆け寄り、
彼の身体を支えた。
額に手を当てる。
熱がある。
「無理をしましたね」
責める色はない。
ただ、
静かに、当然のように。
彼女は祈り、
淡い光が青年を包む。
苦しげだった呼吸が、
ゆっくりと整っていく。
青年は、
その光の中で、
はっきりと見ていた。
――太陽。
そう思った。
世界のすべてを肯定するような、
あたたかな光。
「……あ……」
目を開けると、
そこにはローザリアがいる。
微笑んでいる。
「もう大丈夫ですよ」
その瞬間、
青年の胸に、
何かが深く刻まれた。
(……救われた)
命だけではない。
心の奥まで。
「ありがとうございます……!
聖女様……!」
青年――アレクシオンは、
震える声でそう言った。
その名を、
ローザリアは知らない。
「どういたしまして」
ただ、それだけ答える。
彼女にとって、
これは数ある巡礼の一場面。
明日には、
記憶から薄れていく出来事。
だが、
アレクシオンにとっては違った。
彼はその場に膝をつき、
頭を垂れる。
「……必ず、
あなたを守ります」
ローザリアは、
わずかに目を瞬かせた。
「……?」
その言葉の意味を、
深く考えはしなかった。
「どうか、
無理はなさらないで」
それだけ言って、
彼女は立ち上がる。
もう、振り返らない。
アレクシオンは、
その背中を、
ただ見つめていた。
太陽の下で、
遠ざかっていく光を。
――この人は、
世界そのものだ。
そう、信じてしまったことに、
彼はまだ気づいていない。
ローザリアは歩く。
次の村へ。
次の祈りへ。
誰かの人生の分岐点を、
また一つ通り過ぎながら。
(第2話・了)




