魔王の沈黙
夜の城は、
ひどく静かだった。
音がないわけではない。
ただ、
余計なものがすべて削ぎ落とされている。
ローザリアは、
中庭に立っていた。
月の光が、
白い石を淡く照らしている。
「……寒くはないか」
背後から、
低い声がした。
振り返ると、
ヴェルゼリオが立っている。
いつもと同じ距離。
一歩も、近づかない。
「大丈夫です」
反射的に答えてから、
ローザリアは少しだけ言葉を足した。
「……ここは、静かですね」
「そうだ」
短い返事。
それで会話は終わるはずだった。
だが、
ヴェルゼリオは視線を外しながら言う。
「城に来た者は、
この静けさを恐れる」
「叫びや、
怒りがないからな」
ローザリアは、
少し考えてから答えた。
「……私は」
声が、
ほんのわずかに揺れる。
「ほっと、しました」
それだけ。
理由は、
説明しない。
説明しなくても、
彼には伝わった。
ヴェルゼリオは、
何も言わない。
ただ、
彼女と同じ月を見ている。
その沈黙が、
不思議と重くなかった。
しばらくして、
ローザリアがぽつりと言う。
「……祈ろうとすると、
言葉が出てこなくて」
「それでも、
祈らないといけない気がして」
指先が、
衣を握る。
聖女としての癖。
ヴェルゼリオは、
初めて彼女の方を見た。
「無理にしなくていい」
命令ではなく、
許可でもない。
ただの、
事実として。
「この城では、
誰も祈りを求めていない」
ローザリアは、
その言葉を受け止める。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、
小さく息を吐いた。
その瞬間、
何かが灯った。
炎とは呼べない。
光とも言い切れない。
けれど、
確かにそこにあった。
弱く、
静かで、
風が吹けば消えてしまいそうなもの。
それでも、
二人とも目を逸らさなかった。
ヴェルゼリオは、
一歩だけ距離を詰める。
触れない。
触れられない距離。
「……戻るか」
「はい」
それだけで、
十分だった。
歩き出す。
並んだ足音が、
同じ速さになる。
誰も、
何も言わない。
だが、
二人とも分かっていた。
この沈黙が、
ただの静けさではなくなったことを。
夜は、
まだ終わらない。
けれど、
いつか終わることを、
どこかで知りながら。
(第19話・了)




