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囚われの聖女

目を覚ましたとき、

そこが魔王城だと分かった。


豪奢でも、

冷酷でもない。


ただ、広すぎる部屋だった。


白い石の壁。

高い天井。

窓の外には、夜の気配が滲んでいる。


鎖は、ない。

檻も、ない。


それでも――

ここから出られないことは、

すぐに理解できた。


(……囚われている)


ローザリアは、

ベッドから身を起こす。


胸の奥に、

小さな空洞があった。


祈ろうとして、

手を組む。


けれど、

言葉が出てこない。


聖女としての祈りは、

いつも誰かのためにあった。


傷ついた人のため。

泣いている人のため。

救いを求める声のため。


――今、

ここにいるのは自分だけ。


(……助けて、とは)


言えなかった。


自分が囚われたことで、

どれほどの人が動いているか、

分かってしまうから。


祈りは、

胸の内でほどけて消えた。


代わりに、

足音が近づく。


重くもなく、

荒々しくもない。


扉が、

静かに開いた。


そこに立っていたのは、

魔王ヴェルゼリオだった。


羊のような角。

黒い髪。

紫水晶の瞳。


――絶対的な強者。


そう教えられてきた存在。


けれど、

彼は一歩も近づかない。


「……目は覚めたか」


低く、

落ち着いた声。


命令でも、

威圧でもなかった。


「はい」


ローザリアは、

素直に答えた。


彼は、

それ以上何も言わない。


部屋の入口に立ったまま、

距離を保っている。


「食事を用意させる」


「ありがとうございます」


形式的なやり取り。


それなのに、

胸の奥が少しだけ、

緩んだ。


(……乱暴には、しない)


当たり前のはずなのに、

それが分かっただけで、

呼吸が楽になる。


ヴェルゼリオは、

視線を外した。


「城の中は自由に歩いていい」


「だが、

 外には出るな」


「……分かりました」


命令として、

必要最低限。


彼は、

それ以上何も奪おうとしない。


扉が閉まる。


再び、

静寂。


ローザリアは、

窓辺に立った。


遠く、

夜の奥に、

何かが動いている気配がある。


(……来ている)


勇者一行。


自分を、

取り戻すために。


胸が、

少しだけ痛んだ。


(ごめんなさい)


誰にともなく、

そう思う。


聖女として、

正しいことをしてきた。


王族として、

求められる役割を果たしてきた。


それでも――

今、ここにいる。


囚われの身として。


(……でも)


不思議と、

恐怖はなかった。


代わりにあるのは、

深い静けさ。


この城には、

叫びも、

嘆きも、

ない。


それは、

城の主が、

それらを好まないからだと、

なぜか分かった。


夜が、

深まっていく。


ローザリアは、

ベッドに腰を下ろし、

小さく息を吐いた。


(……私は)


聖女でも、

王女でもない。


今は、

ただの一人の人間だ。


その事実が、

胸の奥に、

静かに落ちていく。


遠くで、

城のどこかの扉が閉まる音がした。


それは、

何かが始まる合図のようにも、

聞こえた。


――この城で、

魔王と向き合う時間が。


(第18話・了)


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