近づく城
空が、
少しずつ色を失っていった。
昼と夜の境目が曖昧になり、
太陽の光は、どこか薄い。
魔王城が、
見える距離に入ったからだ。
黒い影のような城影が、
山の向こうに輪郭を現す。
「……あれか」
ブラムが、
低く呟いた。
誰も返事をしない。
言葉にする必要が、
なかった。
近づくにつれ、
空気が重くなる。
風は冷たく、
音が吸い込まれるように消えていく。
魔族の気配は、
濃い。
だが、
散漫ではない。
(……統制されている)
セレスタンは、
そう判断した。
無秩序な魔の溜まり場ではない。
意思を持った城だ。
「結界だ」
リリシアンが、静かに言った。
目を細め、
魔力の流れを読む。
「城全体を包んでいる。
外部からの侵入を拒む――
でも、完全じゃない」
「突破できるか?」
ブラムの問いに、
リリシアンは首を横に振った。
「正面からは無理。
けれど……」
言葉を、
途中で止める。
その先を、
今は言うべきではないと、
直感が告げていた。
エルシアは、
胸元で小さく祈っていた。
(……ローザ姉様)
名を呼ぶだけで、
胸が痛む。
城の中に、
姉がいる。
それだけは、
疑いようがなかった。
一方、
アレクシオンは、
城から目を離さなかった。
視線が、
縫い止められたように動かない。
「……近い」
誰にともなく、
そう呟く。
その声には、
安堵に近い響きがあった。
「もう、すぐです」
振り返らずに、
そう言う。
「必ず、
取り戻します」
その言葉に、
誰も応えなかった。
止めるべきだと、
分かっている者がいた。
違和感を抱えたまま、
口を閉ざしている者もいた。
信じたい気持ちと、
拭えない不安の間で、
揺れている者もいた。
それでも、
足は止まらない。
止められない。
「野営は、ここまでだ」
セレスタンが、
周囲を確認しながら言う。
「これ以上近づくと、
夜は危険になる」
「構いません」
アレクシオンは、即答した。
「夜明けを待つ必要はない」
「……無茶だ」
ブラムが、
低く言う。
だが、
アレクシオンは振り返らない。
「今、行くべきです」
その背中から、
強い確信が滲み出ていた。
(……呼ばれている)
リリシアンは、
そう感じた。
城に、ではない。
彼自身の中にある何かに。
「……分かりました」
リリシアンは、
短く答えた。
ここで争っても、
意味はない。
だが、
心の奥で、
別の決意が静かに形を取る。
(このまま進めば……)
取り返しのつかない何かが、
起きる。
それでも、
止められないなら。
――守るべきものを、
選ばなければならない。
隊は、
城へ向かって歩き出す。
夕闇の中、
魔王城は沈黙したまま、
彼らを迎えていた。
まるで――
最初から、
来ることを知っていたかのように。
(第16話・了)




