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違和感

森を抜ける風の流れが、

どこか不自然だった。


セレスタンは、足を止める。


地面に残る足跡。

折れた枝。

空気にわずかに残る魔力の余韻。


――浅い。


魔族の気配は確かにある。

だが、深追いされた形跡はない。


「小競り合いだな」


ブラムが、低く言った。


「数も多くねぇ」


アレクシオンは、すでに前を向いている。


「進みます」


判断は早かった。


戦術として、間違ってはいない。

敵を追わず、被害を広げない選択だ。


だが――


(……早すぎる)


情報が揃っていない。

一拍、様子を見るべき場面だ。


「待て」


気づけば、声が出ていた。


アレクシオンが振り返る。


「何か?」


「罠の可能性がある」


淡々と告げる。


「魔力の流れが、妙だ」


アレクシオンは、ほんの一瞬だけ考えた。


そして、首を振る。


「問題ありません」


短く、確信に満ちた声。


セレスタンは、一度だけ息を吐いた。


「……アレクシオン」


称号を使わなかった。


それだけで、

場の空気がわずかに変わる。


「急ぐ理由は?」


問いは、単純だった。


アレクシオンは迷わず答える。


「……時間がない」


理由の説明は、ない。


(……時間?)


魔王城までは、まだ距離がある。

差し迫った脅威も、今は見えない。


それでも、この男は急いでいる。


まるで――

誰かに置いていかれることを、

何よりも恐れているかのように。


「進軍速度を落とそう」


セレスタンは譲歩案を出した。


「後方の消耗が無視できない」


エルシアの顔が、脳裏をよぎる。


だが、アレクシオンは首を横に振った。


「回復は間に合っています」


その言葉に、セレスタンの眉がわずかに動いた。


(……それを判断するのは、お前じゃない)


だが、その先は口にしなかった。


「信じてください」


穏やかな微笑み。


その表情が、

セレスタンの背に冷たいものを走らせる。


(……信頼じゃない)


求めているのは、

判断の放棄だ。


「勇者様が言うなら」


誰かの呟きで、

場の流れは決まった。


議論は、そこで終わる。


止められない。

この空気では。


進軍が再開される。


戦闘が起きた。


規模は小さい。

だが、アレクシオンは前に出た。


――出すぎた。


魔族の刃が、

彼の腕をかすめる。


血が、地面に落ちた。


「アレクシオン!」


ブラムの声。


だが、彼は振り返らない。


「問題ありません」


また、その言葉だ。


問題があるかどうかを決めるのは、

本人ではない。


戦闘が終わる。


エルシアが駆け寄り、

回復を施す。


その手が、わずかに震えている。


「……ありがとうございます」


アレクシオンはそう言って、

すぐに前を向いた。


その背中は、まっすぐだった。


折れない。


だが――


(……壊れる)


折れないものほど、

壊れたときの音は大きい。


セレスタンは、

魔王城の方角を見た。


空が、わずかに暗い。


「……近いな」


城に。

そして――

戻れない境界に。


この旅のどこかで、止めなければならない。


それが叶わないなら、

守るべきものは別にある。


まだ言葉にはならないが、

その輪郭は、確かに見え始めていた。


(第15話・了)


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