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名を呼ばれるもの

呼び名が、変わり始めたのは、

戦場が一つ二つと増えた頃だった。


「おい、あんた――」

「……いや」


言い直される。


「勇者様」


その言葉を、

最初に聞いたとき。


アレクシオンは、

すぐには自分のことだと分からなかった。


「勇者様、こちらへ」

「勇者様が来てくれたぞ!」


振り返ると、

視線が集まっている。


自分に。


(……俺が?)


胸の奥で、

何かが、静かに鳴った。


悪くない。

むしろ――


心地いい。


剣を取った理由は、

はっきりしている。


ローザリアを取り戻すため。

隣に立つ資格を得るため。


それは今も、変わらない。


だが。


「勇者様、無理をなさらず……」

「勇者様のおかげで、助かりました」


その言葉を浴びるたび、

理由の輪郭が、

少しずつ曖昧になっていく。


(……俺は)


必要とされている。


守る側として。

前に立つ者として。


かつて、

ローザリアの前で感じた錯覚。


――今、この人は俺だけを見ている。


あの感覚に、

似ていた。


違うのは、

今度は錯覚ではないということだ。


人々は、

確かに彼を見ている。


名を呼び、

期待し、

祈るような目を向ける。


(……同じだ)


胸の奥で、

その言葉が、自然と浮かぶ。


ローザリア様と。


彼女もまた、

こうして呼ばれていた。


聖女様。

希望。

光。


そして――

勇者様。


呼び名が、

同じ高さに並んだような気がした。


夜、野営地で。

一人、剣を手入れしながら、

アレクシオンはふと手を止めた。


(……隣)


あの人の隣に立つ資格。


それは、

まだ手に入れていない。


だが――


近づいている。


そう思ってしまう。


勇者と聖女。

並べられて語られる言葉。


王都からの使者が来たのは、

その翌日だった。


「アレクシオン殿」


形式ばった口調。

明らかに、

以前とは違う扱い。


「王より、

 正式な伝達がある」


胸の奥が、

わずかに高鳴る。


(……来たか)


彼は、

まだ知らない。


この先に待っているのが、

“希望”ではなく、

取り返しのつかない確定だということを。


だがその時、

彼は確かに思っていた。


――これで、

隣に立てる。


呼ばれる名が、

それを証明している。


そう、

信じて疑わなかった。


(第11話・了)


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