英雄の芽
最初の戦いは、
想像していたよりも、ずっと近くにあった。
王都を離れてほどなく、
街道沿いの集落が襲われた。
夜明け前。
火の手と悲鳴。
アレクシオンは、
まだ整っていない装備のまま、
前線に立たされていた。
(……来る)
恐怖は、ある。
だがそれ以上に、
退いてはいけないという感覚が、
身体を縛っていた。
魔族が現れる。
闇の中から、
歪な影が躍り出る。
剣を握る手が、
一瞬、強張る。
だが――
(……あの時と同じだ)
ローザリアを奪われた朝。
足が動かなかった、あの瞬間。
同じにはならない。
アレクシオンは、
歯を食いしばって踏み込んだ。
剣が、当たる。
鈍い感触。
血の匂い。
魔族が呻き、
倒れる。
(……倒せた)
思っていたよりも、
身体は動いた。
だが、
次が来る。
数が、違う。
背後で、
誰かの悲鳴が上がった。
「下がれ!」
叫びながら、
アレクシオンは走った。
剣を振るう。
間に合わない。
魔族の爪が、
兵士の肩を裂く。
(……っ)
考えるより先に、
身体が前に出る。
剣を突き出す。
刃が、
魔族の喉を貫いた。
崩れ落ちる影。
静寂。
息が、荒い。
足が、震える。
だが――
「……助かった」
背後から、
かすれた声が聞こえた。
振り返ると、
血に染まった兵士が、
こちらを見ている。
「ありがとう……」
その言葉が、
胸に落ちる。
重く、
確かに。
(……今のは)
守った。
間に合った。
あの時とは、
違う。
周囲を見ると、
視線が集まっている。
恐怖ではない。
期待でもない。
評価だ。
(……見ている)
あの夜、
錯覚した視線とは違う。
これは、
確かに向けられている。
戦いが終わり、
集落の人々が集まってくる。
泣きながら礼を言う者。
震える手で、
水を差し出す者。
「勇敢でした」
「あなたがいなければ……」
その言葉一つ一つが、
胸の奥に、
熱を灯していく。
(……これが)
これが、
意味のある行動なのか。
剣を振るったことが、
誰かの人生に、
直接つながる感覚。
夜。
簡易の野営地で、
アレクシオンは剣を磨いていた。
刃に映るのは、
疲れ切った顔。
だが、
その奥に、
あの赤が浮かぶ。
燃えるような、
あの色。
(……見ているだろうか)
思わず、
そんなことを考えてしまう。
見ていなくてもいい。
知らなくてもいい。
だが――
いつか、
知るべきだ。
自分が、
どこまで来たのか。
剣を持つ手に、
力が入る。
今日、
誰かは彼を「英雄」と呼んだ。
その言葉が、
まだ実感を伴わないまま、
胸の奥で芽を出す。
(……英雄)
それは、
なりたいものではない。
だが――
必要な形だ。
隣に立つために。
アレクシオンは、
剣を収めた。
知らず知らずのうちに、
彼はもう、
「認められること」を、
手放せなくなっていた。
(第10話・了)




