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異世界帰りの剣聖は、自分の実力に気がつかない ~SSSランクの隠しクエストを受けて帰ってきたらレベル1のF級探索者になったけど、異世界で鍛え上げた剣術が強すぎて王女やS級英雄たちが俺を放ってくれません

作者: 夜桜ユノ

 

 ――ダンジョン探索。

 それは、労働の義務のようなモノだ。


 剣と魔法で探索者サーチャーたちが活躍するこの世界。


 誰もがダンジョン攻略で生計を立てている。


 しかし、俺――秋月優太(あきづきゆうた)は……

 その中でもとんでもない"落ちこぼれ"だった。


 いまだにFランクのモンスター、ゴブリンすら狩れずに返り討ちにあい、初級者ダンジョンの低階層で追い返される始末。


 剣を振っても躱され。


 カウンターのこん棒で袋叩きにあう。


 そして付いたあだ名が『最弱の探索者』だ。


 俺の弱さには理由がある。


「ステータス」


 草原をぴょこぴょこと跳ねているGランクモンスターのスライムを狩って、ようやくレベル3に上がったばかりの俺はステータスウィンドウを表示させた。


 スキルは学校で習った基本剣術のみ。


 覚えられた魔法は無い。


 反面、『特性(フィート)』の欄には賑やかな文字が並ぶ。


特性(フィート)

 ・落ちこぼれ:貴方は才能がない

  (全能力にマイナス補正)

 ・無能:貴方は覚えが悪い

  (獲得経験値激減)

 ・のろま:貴方の動きは亀のようだ

  (敏捷-150)

 ・敗北者:貴方は負け犬だ

  (戦闘時、能力低下)

 ・不幸体質:貴方は世界に嫌われている

  (運-100)


 『特性(フィート)』のいくつかは生まれながらにして決定づけられている。


 普通は自分にとって有利なモノが並ぶはずだが、俺の場合は逆だった。


 マイナス『特性(フィート)』なんて1つあるだけでも珍しいのに、俺の場合は5つ。


 探索者サーチャーになるなんて不可能だ。


 何度もそう言われてきた。


 だが、俺は探索者になって絶対に叶えなくてはならない"目的"があった。


      ◇◇◇


「――時雨(しぐれ)、今日の調子はどうだ?」

「お兄ちゃん。うん、元気――ゴホッ、ケホッ……」


 俺が住む小さな町、シルヴァリア。


 その病院の一室に8歳の俺の妹――秋月(あきづき)時雨(しぐれ)は入院していた。


「大丈夫かっ!? 今、お医者さんを呼んでくるから!」

「ただ咳き込んだだけだよ? 全く、お兄ちゃんってば心配性なんだから~」


 そう言って気丈にクスクスと笑う時雨。

 しかし、その顔色は日に日に悪くなっている。


「もう少しで『女神のしずく』が見つかりそうなんだ! もう少し待っててくれ!」


 どこかのダンジョンに眠ると言われている伝説級(レジェンド)アイテム、『女神のしずく』。


 効果は『あらゆる病気を治す』というもの。

 時雨は不治の病だ。

 早くこれを手に入れないと間に合わなくなる。


「神域のダンジョンももう60層まで攻略しててな! もう少しでお宝にたどり着けるはずだ! 本当にあと少しで助かるんだぞ!」


 実際はまだF級ダンジョンすら攻略できてないが、時雨には人類未踏のダンジョンに挑んでいると話している。


 嘘でもなんでも良い。


 とにかく、何とか時雨を元気づける。


 寿命を一日でも伸ばしてタイムリミットを稼ぎたかった。


「……お兄ちゃん。ありがとう、嬉しいよ」


 そう言って俺の手を握る。

 時雨は俺と違って賢い子だ。

 噓も見透かされているかもしれない。

 そして、同時に優しい子でもあった。

 俺の傷だらけの手を見て、少し心配そうに笑う。


「私は十分幸せなの。だから……無理はしないで」


 俺は時雨の手を強く握り返した。


「……お兄ちゃんが、絶対に何とかしてやるからな」


 新たな決意を胸に、俺は今日もダンジョンに向かった。


       ◇◇◇


 どんなに想いが強くても、俺の戦闘能力ではダンジョン攻略は難しかった。

 足手まといになると分かりきっている俺なんかと組んでくれるパーティは居ない。


 せめて時雨の入院費を稼ぐ為に、俺は今日も薬草採集のクエストを受けてダンジョン前でせっせと薬草を摘んでいた。


「――おいおい。まだこんなところで文字通り、道草食ってんのか?」


 そんな俺の前に現れてニヤニヤとした表情で語りかけてきたのは同じ年に訓練学校を卒業した郷田ごうだだ。

 そして、仲間と思わしき男たちで俺を取り囲む。

 俺よりはるか先にD級探索者になった郷田がこんな初級ダンジョンの前になんて、用事があるはずもない。

 俺を馬鹿にしにきたんだろう。


「……食べてはないよ。納品する大事な薬草なんだ」

「そうなのか? 本当に食べてるのかと思ったぜ」

「そうだな、だってお前って貧乏だし」

「それに、本当に『草食系』って感じだもんな」


 そう言うと、仲間同士でゲラゲラと笑いだす。


「クエストの最中なんだ。悪いけど今度にしてくれ」


 薬草採集のクエストの納品期限は夕方までだ。

 ギルドまで運ぶことを考えると余裕がない。


「へぇ、そうなのか。じゃあ手伝ってやるよ」


 そう言って、俺が摘んだ薬草の入ったカバンを取り上げると郷田はひっくり返した。

 地面に散らばった薬草を、泥の付いた靴で踏みにじる。


「薬草って潰して薬の原料にするんだろ? これで手間が省けるぜ?」

「郷田優しー! じゃあ、俺らも手伝ってやろうぜ!」

「や、やめろよっ!」


 抵抗しようとしたら蹴り飛ばされて、そのままタコ殴りにされた。

 しこたま殴り終えると、彼らは俺に唾を吐きかけて笑いながらその場を去る。

 納品期限が過ぎてその場に転がっていたのは――

 ボロボロに傷ついた俺と、無残にすり潰された薬草の残骸だった。


(くそっ、これでクエスト失敗……。今日の晩飯はそこらへんの野草やキノコだな)


 グーグーと鳴りやまない自分の腹を押さえつけながら食べ物を探していると、今度は明るい女性の声が聞こえてきた。


「あっ、視聴者の皆さん見てください! 秋月さんです! 秋月さんがいますよ!」


 続いて登場したのは、女性のダンジョン配信者だった。

 綺麗なドレスと短剣を装備した有名アイドル配信者、アクア。

 そして、向こうも俺のことを知っているらしい。

 なぜなら――


 :でたっ! 伝説のww

 :『最弱の探索者』だ!w

 :コイツまだ初級ダンジョンすら攻略出来てねぇんだw

 :てか、ボロボロで汚ねぇ!ww

 :生きてて恥ずかしくねぇのか?www

 :雑魚過ぎww


 ステータスウィンドウと同じ様に宙に浮かぶ配信画面ライブウィンドウには俺を罵倒するコメントが飛び交う。


 俺は有名人だった、もちろん……悪い意味で。




「ちょっとー、ダメですよ! そんなこと言ったら! 彼だって頑張ってるんですから! 私は応援します!」


 :アクアたん、天使すぎる……

 :こんなゴミにも優しいなんて!

 :おい、羨ましいぞこいつ!

 :今度見かけたらぶん殴る!


「じゃあ、ダンジョン探索の方やっていきますね! といっても、素材集めなので大した見どころは無いと思いますが」


 綺麗な髪をひるがえし、ダンジョンの入り口へと向かうアクア。

 俺はつい駆け寄って声をかける。


「ま、待って! 今からダンジョンに入るの? 夜はモンスターも凶暴化してるし止めたほうが――」


 その瞬間、ダンジョンの内部からE級モンスターのレッドウルフが飛び出してアクアのすぐ後ろに居た俺に襲いかかった。


 ――グギャー!!


「ひぃぃ!?」

「躾がなってないワンちゃんですね」


 しかし、アクアは腰から抜いた短剣で一閃、簡単にレッドウルフを真横から切り払う。

 レッドウルフの身体は消滅し、ドロップ品の毛皮や牙が周囲に散らばった。

 一方の俺はと言えば、今の奇襲に驚いて悲鳴を上げながら尻もちをついてしまっていた。


 :これはww

 :切り抜き決定w

 :【悲報】最弱探索者、やはり最弱だったw

 :秋月お前、船降りろ

 :今のでションベンちびったか?ww


 コメントはさらに俺を嘲笑する言葉で埋まった。

 俺がゴブリンにボコボコにされている所や冒険者にイジメられている所はよくSNSにアップされている。

 その度にこうして笑い者にされて、有名人になっていった。


 アクアはそんな俺の情けない姿を見て、ため息を吐く。


「……少し汚れてしまったので、ダンジョンに入る前に着替えますね! 一旦、配信切りまーす!」


 :●REC

 :俺も脱いだ

 :続きはファンボックスで!


 アホらしいコメントに苦笑いを浮かべて、アクアは配信画面ライブウィンドウを閉じる。

 助けてくれたアクアに俺は感謝しようとした。


「あの……あ、ありが――」

「近寄らないでください、雑魚が感染ります」


 先ほどまで俺を応援してくれていた時とは態度が一変。

 アクアは俺を睨みつける。


「貴方、探索者サーチャー諦めた方が良いですよ? 才能ないみたいですから」

「え? でも、さっきは応援してるって――」

「あんなの、配信中だったからに決まってるじゃないですか」


 そう言うと、アクアは自分のカバンの中からパンを取り出して俺に差し出した。


「ほら、さっきからお腹の音がうるさいです。これでも食べて大人しく町に帰ってください。素材も欲しい物ではなかったので差し上げます、それを売って少しは生活のたしにでもしてください」

「う、うん……ありが――」

「だから、お礼は要りませんって! じゃあ、もうダンジョンで会わないことを願います」


 そう言って、アクアは装備を換装するとダンジョンに向かった。

 最後に、振り返りもせずに俺に一言。


「もし、またダンジョンで会ったりしたら……怒りますから。凄く」

「は……はい」


 アクアから貰った貴重な食糧であるパンを握りしめて、俺は呆然とその背中を見送った。


 翌日、俺がレッドウルフに驚き尻もちをついてアクアに助けてもらった切り抜きクリップはSNSで大いにバズっていた。


 俺の情けない姿がさらに広まる。

 とはいえ、そんなのはもう今更だ。


「――あの……廃棄のお弁当とかありませんか?」

「ねぇよ、バーカ」

「――パンの耳とか、貰えませんか?」

「テメェにやるくらいなら公園のハトにでも撒くっつーの」


 翌朝、俺は食料を求めて街をさまよっていた。

 俺は自分の食費を押さえてなんとか時雨の治療費と入院費を捻出している。

 今月分の入院費は何とか払えたが、文字通り無一文だ。


(……アクアから貰ったパンを食べてなかったら、今頃空腹で倒れてたな)


 俺は公園の水飲み場から水を飲んで、何とか空腹を誤魔化す。

 自分の醜態なんか気にしてる場合じゃない。

 薬草採集なんかじゃダメだ、せめてダンジョンにいる魔物を倒して魔石を手に入れないと時雨の治療費も出せなくなってしまう。


 そう思い、仕事を求めて探索者ギルドに行く途中。

 ――道行く誰かに足を引っかけられて俺は転倒した。

 起き上がって見てみると、そこには俺の見知った顔の2人組がニタニタと笑みを浮かべていた。


「あぁ、すみません浮浪者さん」

「兄さん、ダメですよ。弱い者イジメをしては」


 この男女2人組は春月悠人はるつきはると春月優菜はるつきゆうな

 俺の一つ年下の双子の従兄妹いとこたちだった。

 年上のお兄ちゃんとして、昔は良く面倒を見てやっていた。

 しかし、俺が最弱の探索者になると立場は一転。

 今は2人とも俺のことを心底見下している。


「まだ探索者なんかやってるんですか?w」

「貴方じゃ無理ですって。これ以上恥の上塗りをする前に足を洗ったらどうです?w」


 敬語を使っているのはワザとだ。

 俺のことを親族だなんて思ってないからだろう。


「時雨が入院してるのは知ってるだろ? 俺は『女神のしずく』を手に入れて助けるんだ」

「まだ言ってるんですか?」

伝説級(レジェンド)アイテム、『女神のしずく』。存在すら怪しまれてるモノじゃない」


 D級冒険者である2人は身に着けている装備を軽く撫でながら言う。


「不治の病なんでしょ? じゃあ、無駄じゃないですか」

「そいつが生きてるだけでお金がかかるんですから、さっさと見限った方が良いですよ?」

「俺は兄貴だ。例え世界中が見捨てても俺が助ける」


 俺がそう言うと、2人は呆れた様子で首を横に振った。


「こんなに馬鹿だなんて……」

「貴方と妹、どっちが先に死ぬんでしょうね」


 俺は2人に土下座した。


「頼む、親族のよしみで手を貸してくれ。『女神のしずく』を手に入れる為なら何でもする」


 どんなに馬鹿にされても良い。

 妹が助かる確率を0.1%でも上げたかった。


「うっわ、キモ」

「プライドとかないんですね」


 土下座をしている俺の頭の上に2人は足を乗っけた。

 そのままグリグリと靴の裏を押し付ける。


「もう貴方とは他人ですから。僕たちには関係ないです」

「他人だなんて、優しいですね兄さん。私はもう人としても見れなくなりました」


 そう言うと、パシャリと写真を撮られたような音がして2人は去っていった。

 俺がひれ伏す姿を写真に収めたのだろう。


(くそっ、協力してくれないか……)


 頭にこべりついた泥を公園の蛇口で洗い落とすと、俺は探索者ギルドへ。

 中に入ると、何やらザワザワと人が集まっていた。


 気になった俺は大衆のそばで聞き耳を立てると、こんな声が聞こえてきた。


「アクアちゃんがまだダンジョンから帰ってきてないんだ」

(アクアが……ダンジョンから帰ってきてない?)


 あまり配信を見ない俺でも知っている。

 アクアは人気の配信アイドルでありながら、実力派の探索者だ。

 いつもソロだが、無理をするようなタイプじゃない。


 ギルドの探索者たちは話を続ける。


「行ったのは、[試練のダンジョン〈D〉]か」

「Dランクのダンジョンなんてアクアちゃんにとっては余裕だろう」

「あぁ、だが素材集めの配信を切った後……まだダンジョンから出てきた記録がないんだ」

「配信を切って探索している間に、恐らく何らかの問題が発生したんだろう」

「何らかの問題って……もしかして」

「『パンドラ』だろうな」


 ――『パンドラ』

 ダンジョン内で稀に隠された空間が見つかることがある。

 自分で見つけることもあれば、ダンジョン内部に仕掛けられた罠で転送されてその空間に強制的に送られる……なんてことも。

 そして、大抵はそのダンジョンに見合わない遥か高レベルのボスモンスターとエンカウントすることになる。

 一説では《《異世界から召喚されている》》だなんて噂もあるほどだ。

 そのことから、パンドラに発生するモンスターは外獣がいじゅうとも呼ばれている。


「冗談じゃねぇ! 『パンドラ』だと!?」

「そうだ、助けに行けるのは最低でもA級クラスの探索者になる」

「だが、この街にA級なんて……」

「帝国ギルドに派遣をお願いしても数日はかかるんじゃねぇか?」

「それじゃあ、もうアクアちゃんは……」

「そんなの、もうとっくに外獣にやられてるだろうさ」


 みんな、すでにアクアの生存を諦めているようだった。

 しかし、それも当然のことだ。

 『パンドラ』は探索者を食い殺す厄災。

 Sランクの探索者が挑んでそのまま帰ってこなかったり。

 あまりに強力すぎるが為に封印されたままのダンジョンも数多く存在している。


「――お。秋月じゃねぇか」


 群衆の中の一人が俺に気が付いて声をかける。


「おう、テメーの切り抜き見たぜ!w」

「今回も見事な無様っぷりだったな!w」

「てゆーか、テメェ! 薬草の納品しなかっただろ!」

「マジかよ、ついに薬草の納品までできなくなったのかよw」

「もう受けられるクエストはねーぞ!w ぎゃはは!w」


 みんな、今回の件から早く目を背けたいのだろう。

 良い話題のタネである俺を見つけると口々にあざけ笑う。


「だが、偶然良い仕事が入ってな。早い者勝ちだぜ? 町の北に住む金持ちのババアの家の草むしりだ」


 そういって、ギルドマスターは俺の肩に手を置いた。


「あの切り抜きのおかげでみんなこれからもアクアちゃんのカッコ良い姿を思い出せるからな。これはそのお礼みたいなもんさ。薬草採集の100倍は稼げるぜ? 気に入られりゃそのまま次の仕事ももらえる」


 通常なら喉から手が出そうなほどの提案。

 しかし、俺の心は全く動かなかった。


「どうした? 考えるまでもねぇだろ。てか、これ受けなきゃテメェはもうお先真っ暗だぜ?」

「俺は……」


       ◇◇◇


 ――10分後。


 F級探索者の俺――秋月優太(あきづきゆうた)は腰に短剣を携えて、1人で[試練のダンジョン〈D〉]の目の前に来ていた。


 Fランク探索者サーチャーである俺がパンドラの化け物じみた強さの外獣になんて敵うはずがない。


 しかし、俺の心に迷いは無かった。

 理屈じゃない。

 妹の時雨がそうであるように。

 たとえ、誰もが諦めていようと俺だけは手を差し伸べる存在でありたかった。

 俺はアクアも救うし、時雨のことも救う……絶対に。


「よし、行こう」


 覚悟なんて決めている暇はない。

 アクアはきっと中で頑張ってまだ戦っているはずだ。

 そう願って俺はD級[試練のダンジョン]に足を踏み入れる。


 ――ダンジョンの中に入ると、俺が進むべき道は明確だった。

 アクアが回収しなかったドロップ品が道しるべのように道に散らばっている。

 素材回収をしていたというだけあって、モンスターは狩りつくされているようだった。


(助かった、1匹でも出てきたら俺じゃ倒せないからな)


 10分ほど奥地を目指して駆けると、その場所を見つけることができた。

 発動済みの転移のワナ。

 恐らく、アクアはこれを踏みつけてその先へと行ってしまったのだろう。

 俺はその先に進む前に、周囲を確認する。

 もしこの先がパンドラだとしたら、まともに戦ってもフロアボスは倒せない。

 どこかにアクアを逃がすことができる手掛かりがあるかもしれない。

 ――すると、転移のワナのそばの岩場にかすんでいて分かりにくい文字が刻まれているのを発見した。

 俺は袖でこすって汚れを落とし、解読する。


『我、強者との決闘を所望するモノなり』


 ――どうやらこの先にいる相手はヤル気マンマンのようだ。

 俺は深呼吸を一つすると、転移のワナに自ら足を踏み入れた。


       ◇◇◇


 ビービー!

 けたたましいアラート音がどこからか鳴り響く。

 俺が転移された場所は巨大な空間だった。

 長い年月が経っているようで、天井のあちらこちらが崩れてそれが岩として地面に散乱している。

 そして――俺が現れた場所の正面に《《そいつ》》はいた。


 10メートル近くはありそうな巨大な体躯。

 武将のような甲冑を身にまとった人型のその生き物には4本の腕があり、それぞれに宝飾が施された剣が握られていた。

 一体、どんな悪意があれば――

 この恐るべき左右対称を作り出せるのだろうか?

 存在全てが確かな殺気を纏い、オーラのように全身を包み込んでいる。


「ヌゥゥゥゥ~!!!」


 俺が侵入した瞬間そいつは猛り、怒り狂ったかように暴れ出す。

 矮小な俺に対して不相応な大剣を振り回した。


「うぉぉぉ!?」


 俺は即座に岩の陰に隠れる。

 直後、俺が隠れている岩の上半分が薙ぎ払われて真っ二つに切り裂かれた。

 噂通りだ。

 こんなの、本当に異世界から来た生物としか思えない。


(アクアは……!? アクアはどこだ!?)


 俺は岩の陰に隠れながら、外獣の剣技をやり過ごす。

 大きさがここまでかけ離れていると、ヤツにとっても俺を捉えるのは難しいようだった。

 そして、洞窟のボロさも手伝ってヤツが剣を振るごとに衝撃で天井が落ちて隠れる場所が増える。

 何とか、潜伏することに成功すると俺は背後から何者かに口を手で封じられた。


「――ちょっと、キミ! 何でここに居んの!?」


 囁くような小さな声。

 しかし、それは確かに俺に対しての怒りだった。

 振り返ると、俺はあのデカブツにバレないように声量を抑える。


「アクア! 良かった、無事だったんだ!」

「何とかね。あーもう、言いましたよね? 次にダンジョンで会ったら怒るって」


 綺麗な装備をボロボロにしたアクアがそこにいた。

 昨日からずっとこの部屋にいるのだろうか、強がってはいるが疲労困憊といった表情だ。


「説教なら後で散々聞くから。今は一緒にここから出よう」

「……出られないんですよ」


 アクアはそう言って、この大きな空間の一方を指さす。


「向こうの方に転移の魔法陣がありましたが……起動していませんでした。恐らく、あの化け物を倒さないと発動しない仕組みなのでしょう。ネット回線も繋がりません」

「なるほど、それでここに閉じ込められてたんだな」

「はい、私も諦めて辞世の句を考えていたのですが……良い下の句が思いつかない時に貴方が現れたんですよ」


 アクアはもう一度俺を睨みつけるようにジロリと見る。


「貴方はどうして来ちゃったんですか? きっと、ギルドも今頃はみんな私のことを諦めてますよね」

「どうしてって……」


 何も考えず、気が付いたら身体が動いてここにいた。

 そんなことを正直に言うと馬鹿にされそうだったので、何とかアクアに呆れられないような理由を探す。


「パンを……くれたから」

「はぁ……?」


 しかし、俺の頑張りも空しくアクアは呆れ返った表情になってしまった。


「え? パンをもらったから命を投げ出して助けに来たんですか? ワンちゃんか何かなんですか、貴方は?」

「…………」


 返す言葉もなかった。

 そんな話をしている間も外獣は俺たちを探して付近の岩を剣で叩き割っている。


「――幸い、貴方が来たおかげであのバケモノが怒り出してさらに身を隠す場所を増やしてくれましたから。上手く隠れればもう少しは生存できそうですね」

「そ、そうだな! その間にここから出る方法を考えないと……アクアはずっと隠れてたのか?」

「いえ、最初に飛ばされてきた時は岩も落ちてなかったんですよ。だから、死ぬ物狂いであの剣を避けてました」

「よく避けられたな……」

「あ~、これのおかげです」


 そう言って、アクアはステータス画面を呼び出し、見せてくれた。


特性(フィート)

 ・素早い:貴方は猫のように素早い

  (敏捷+150)

 ・獲得者;貴方は得る物が多い

  (アイテムドロップ増加)

 ・心眼:貴方は攻撃を避けるのが上手い

  (回避率アップ)

 ・生存本能:貴方はしぶとい

  (強敵に対する回避率アップ)

 ・目利き:貴方は見逃さない

  (レアドロップ増加)

 ………………

 …………

 ……


 他にも、何とも羨ましい能力が並ぶ。


「回避特化型の盗賊シーフなんですよ、私」

盗賊シーフなのに罠に気が付かなかったの?」

「……あと、クリティカルも出やすいんですよ。貴方で試してみましょうか?」

「ごめんなさい」


 触れてはいけないところだったようだ。


「貴方のも見せてくださいよ。ステータスはともかく、『特性(フィート)』によっては何かここから出られる助けになるかもしれませんし」

「えっと、見ない方が……」

「何言ってるんですか。恥ずかしがってる場合じゃないでしょう」


 仕方がないので俺のステータスを見せる。

 そして、マイナス『特性(フィート)』のみが記載された俺の画面を見てアクアは感情を失った顔をした。


「えぇ……何これ、こんなの見たことない。なんでこんな状態で探索者サーチャーを諦めなかったんですか」

「俺には目的があるから。どうしても達成したい目的が……」


 俺がそう言うと、アクアは俺の顔をじっと見つめてきた。


「……そうですか。じゃあ、ショックでしたよね。私に『探索者を諦めろ』だとか言われて」

「別に言われ慣れてるし、それに……」


 俺はあの時のアクアの様子を思い返す。


「怒って貰えたのは初めてなんだ。だから、嬉しかった」

「何でですか? 応援してもらえる方が嬉しいと思うんですけど」

「怒ってくれたのはアクアの優しさだと思う。本当に心配してくれたからこそ、俺が探索者を諦められるように自分が悪く見られることもいとわなかった。応援なんて、聞こえは良いけどただ無責任なだけだと思うし」


 俺がそう言うと、アクアは気恥ずかしそうに頬をポリポリとかく。


「ま、まぁそんな話よりそろそろ別の岩場にこっそりと移動しましょう。アイツが近づいてきましたし」


 2人で岩場を移動しながらアクアは語る。


「――私、本当に心細かったんですよ? もう絶望しかなくて、昨日からあのバケモノの攻撃から逃げて避けて、体力もギリギリで……隠れる場所もほとんど無くなって、ようやく諦める決心ができたのに……貴方みたいなへっぽこ探索者が、身の程も知らず助けに来るなんて」


 アクアは大きなため息を吐いた。


「どうしても2人で一緒に外に出て、貴方にもっと怒らないと気が済みません。私のお説教は朝まで続きますから、覚悟してくださいよ」


 ――そして、少し楽しそうに笑った。


 一緒に岩場を移りながら、さっきアクアが指さしていた方向をチラリと確認する。


「……ん? 向こう、何か光ってないか?」

「――あっ!? あの場所は、私が転移の魔方陣を発見した場所です!」

「おぉ! ってことは!」

「はい! 起動しています! 踏めば出られますよ!」

「……でも、何で急に?」

「そんなのどうでも良いじゃないですかっ! 今がチャンスです、一緒に逃げますよ!」


 アクアはそう言うと、俺の手を掴んで一緒に駆け出そうとする。


「ちょっと待って! 一緒に行くのはマズいって!」

「何でですか?」

「俺はマイナス『特性(フィート)』で足が遅いんだ! 邪魔になるからアクアが先に一人で出て!」

「そんなこと、出来るわけないじゃないですか! でも確かにもう少し様子を見た方が良いかもですね……」


 アクアだけなら問題なく脱出できただろうタイミングを手放し、2人で再び岩陰に潜む。

 助けに来たはずなのに、なんてザマだ。

 その間に俺は魔法陣が発動した理由を考えた。


(俺が入って来たから魔法陣が発動した……?)


 タイミングを伺っているアクアの後ろで考える。

 これってもしかして……。


「秋月さん、今がチャンスです! これだけ離れていればノロマな秋月さんでも間に合います!」

「よ、良し! 行こう! でも、走りにくいから手は繋がないで」

「絶対について来てくださいよ!」


 共倒れになることだけは避けつつ、アクアと一緒に岩陰を飛び出す。

 しかし、俺は魔法陣まで道半ばのところで、外獣に気が付かれてしまった。

 一方、間もなく魔法陣に到達するアクアは走りながら呼びかける。


「秋月さん! 急いで!」

「アクア、先に脱出してくれ! これなら俺も十分間に合う!」

「――っ! 分かりました!」


 しかし、魔方陣を踏む寸前のところでアクアが急に足を止めた。

 まるで何かを察したかのように。


「……ちょっと待ってください、もしかしてこれって1人しか――」

「ていっ!」


 俺はアクアを突き飛ばす。

 直後、魔法陣の上に突き飛ばされたアクアの転移が始まった。


「は!? ちょっと、何して――」


 アクアの怒号が飛び出す前に転移の魔法陣は発動し、アクアは姿を消す。

 そして、魔法陣は再び光を失った。

 もう転移は発動しないようだ。


(――やっぱりな)


 俺がこの[試練のダンジョン]の転移の罠の前で見た文字。


『我、強者との決闘を所望するモノなり』


「決闘って言ったらやっぱり1対1(タイマン)だよな。俺が現れた時に外獣《お前》が怒ってた理由も分かるぜ」


 決闘という条件を満たす為に、1人はこの部屋に残らないといけない。

 なので、2人目がここに飛ばされた時点で1人は出られるようになったんだ。


 外獣は残った俺を見て、再び4本の剣を構えた。


(さて、アクアが帝国に救助を要請して……奇跡が起これば1週間くらいで救助が来るか。それまで生き残らねぇと……断食なら慣れてる)


 アクアですら一晩でボロボロだった。

 だから1週間なんて無理だろうが、やるしかない。


 自分が生き残る方法を模索していると、急に俺の目の前にウィンドウが現れた。

 今まで見た事のない、真っ赤なウィンドウだ。

 そこにはこう書かれている。


"隠しクエスト、『英雄の誕生』。開始条件を満たしました"


(……隠しクエスト?)


 噂には聞いたことがある。

 その全てがクリア不可能ともいえるほどの超高難易度クエスト。

 しかし、外獣が目前に迫っているこの状況では泣きっ面に蜂みたいなもんだ。


 "クリア条件

『世界の9割が魔王の手に落ちた異世界。その平和を取り戻すこと』

 ――難易度SSS"


「難易度SSS!? ぜ、絶対に無理だ! キャンセル! てか、それどころじゃないからさっさとウィンドウ消えてくれ!」


 しかしその下に記載されている文章の一部を見て、俺はキャンセルボタンを押す寸前で止まった。


 報酬:女神のしずく×2

    特殊『特性(フィート)』:影の英雄

    異世界で得た能力

    ………………

    …………

    ……


(――女神のしずく!?)

 

 脳裏に浮かぶのは病室で強がった笑顔を見せる時雨の姿だった。

 その瞬間、考えるまでもなく俺は"『受諾』"のボタンを押していた。


「ヌグォォォォ!」


 外獣が4本の剣を俺に向かって振り下ろす瞬間。


 ――俺の身体は異世界へと飛ばされた。


 "『受諾』"のボタンを押すと同時に、目の前の風景が変わった。

 ここは……野外だ。

 俺は爽やかな風が通り抜ける草原にいた。

 しかし、空は不自然に歪み、禍々しく黒ずんでいる。


「ダンジョンの外……? 脱出、できたのか……?」


 ひとまず危機を脱した俺は思わず気が抜けて尻もちをついた。

 後でアクアを突き飛ばしたこと、謝らないと……。

 そんなことを思っていると、再び目の前にウィンドウが現れた。


 "隠しクエスト、『英雄の誕生』を開始いたします"


 そうだ、俺はよく読みもせずにこれを受けて……。

 確か『異世界に平和を~』とかなんとか書いてあったな。


「ってことはもしかしてここが異世界……だよね?」


 恐らく、間違いない。

 空の色も3日間断食した俺の顔色みたいに紫になってるし。


 "制約リストリクションに従い、貴方のステータスを変更いたします"


「制約?」


 直後、ウィンドウに文字が流れる。


 "貴方は全ての経験値を失いました。

 レベルは1になります。

 貴方は全てのスキルを失いました。

 貴方は全ての魔法を失いました。

 クエスト達成後もこれらは元に戻りません"


「えぇっ!?」


 さ、流石は難易度SSS。

 とんでもなく理不尽極まりない制約だ。

 その中には、こんな文字も流れた。


 "貴方の『特性(フィート)』は全て失われました"


「俺の……『特性(フィート)』が消えた?」


 確認のためにステータス画面を開くと、『特性(フィート)』はまっさらになっていた。


 普通ならば絶望するだろう。

 ほとんどの探索者は自身の『特性(フィート)』を頼りに職業ジョブを選択し、探索者として名を上げてきた。

 ――しかし、マイナス特性(フィート)しか持っていない俺にとってその意味は大きく異なる。


「……ゼロから、始められるのか?」


 立ち上がってみるだけでその違いは実感できた。

 いつもは常に重りを着けられているかのような体の重さやダルさがある。

 しかし、今やそれが全くない。


「はは……これが普通の身体か。信じられないほど動きやすい」


 普通であることがこんなにも嬉しい。

 ようやく俺は他の人と同じスタートラインに立てる。

 努力をすれば、同じように報われる。


 俺が感動している様子なんてお構いなしにウィンドウは説明を続ける。

 いくつかは受ける前の画面にも記載されていたんだろう。

 しかし説明を読めるような状況じゃなかった俺には有難い。


 "このクエスト中は現実世界の時間が流れない。

 このクエストはキャンセルできない。

 クエスト達成時、元の座標の同じ時間に戻される。

 クエスト達成時、レベルは1になるが会得したスキルや魔法は保持する"


「オーケー、クリアして戻ったらまたレベル1であの外獣に叩き斬られる寸前ってことね。……詰んでない?」


 とはいえ、現代の時間の流れが進まないのは有難い。

 俺がようやく『女神のしずく』を手に入れた時にはもう手遅れ……なんてことはなさそうだ。


「……時雨、お兄ちゃん頑張るからな」


 病室にいる最愛の妹の顔を思い出し、俺は異世界の第一歩を歩み始めた……。


       ◇◇◇


[試練のダンジョン]。

 ――アクアが脱出した直後。

 転移の罠の先で待ち受けていた4本腕の武士の外獣は雄叫びを上げながら哀れなF級探索者に4本の剣を一斉に振り下ろしていた。


 その探索者は突如現れた赤いウィンドウで何らかの操作をしていた、その直後だった。


「ヌグォォォォ!」

――「パリイ」


 バシィィィィン!!


 次の瞬間、外獣の4本の宝剣はF級探索者の粗末な短剣に全てが弾かれた。

 F級探索者は髪をかき上げながら不敵に笑う。


「よぉ、13年ぶりだな。と言ってもお前にとってはたった今だろうが」


 ――俺、秋月優太あきつきゆうたはSSSランク『英雄の誕生』のクエストをクリアして帰還した。


 最強の、F級探索者(サーチャー)として。


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