9
城の庭園。
月明かりに照らされた花々が風に揺れ、外界から切り離されたような静けさが包む。
アーダルベルトは周囲を一瞥すると、右手をわずかに上げて――
「……《封音結界》」
パチン、と指が鳴る音と同時に、空気がわずかに揺れた。
まるで音そのものが緩やかに封じ込められたように、周囲の音がふっと消えた。
エリスが目を細める。
「……防音の結界? さては話が物騒になるってこと?」
「察しがいいな。グロース侯爵令嬢――貴殿は、“悪魔と契約している”な?」
その言葉に、エリスの表情がわずかに動く。だがすぐに唇の端をつり上げた。
「……さあ、なんの事かしら?」
「とぼけなくていい。こちらは“確証”があって言っている」
アーダルベルトは冷静に、だが淡々とした口調で告げた。
後ろに控える双子は一歩も引かず、ただ静かに周囲を警戒している。
「……ただ」
「……なに?」
エリスが肩の力を抜かぬまま睨むように問い返すと、アーダルベルトは唐突にその視線を外し――
「ふむ。少し失礼する」
そう言って、彼女の首元へと、まっすぐ手を伸ばした。
襟にかかる髪を避けるように、やや繊細な手つきだったが――
「……ちょっと、何すんの――」
その瞬間。
エリスの影が、ぐにゃりと揺れた。
そこから、するりと現れたのは、漆黒の影に馴染むような漆黒のスーツを纏う、整った顔立ちの青年だった。
薄く笑みを浮かべながらも、その瞳は鋭く光を帯びている。
青年はアーダルベルトの手首を掴み――
「おい、我が主に何をするつもりだ? まさか、手を出す気じゃねぇだろうな?」
低い声。
威嚇というより、明確な「睨み」を含んだその声音に、ヴィルヘルムが一歩前に出かけ――しかし、アーダルベルトは静かに首を振った。
「問題ない」
掴まれたままの手を、むしろ自らゆっくり下ろすように引いて、淡々と語る。
「ふむ……なるほど。“干渉型の守護悪魔”。なにより、主に忠実。暴発しない。……よし、だいたい分かった」
「……何がよ?」
エリスの声が一段高くなる。
だが、それは明らかに“焦り”を含んでいた。
アーダルベルトは、まるで観察対象の評価を終えた学者のように一息つき――
「ああ、先程は済まなかったな。確認したいことがあっただけだ」
「確認……?」
エリスが眉をひそめる。
アーダルベルトはすっと振り返りながら、手元に再び指を鳴らす。
パチン――
音の魔力が解除され、外界のざわめきが戻ってきた。
その瞬間、リリエッタが低くささやく。
「……旦那様、警戒は?」
「問題ない。……少なくとも今の段階では、な」
言外に“今後は分からない”と残しつつ、アーダルベルトは再びエリスへと向き直った。
「……ということで、グロース侯爵令嬢。もう少しだけ、話をしようか」
彼の声音は相変わらず冷静。
だが、その瞳には、ごくわずかに――“興味”の色が滲んでいた