表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/37

8

帝都にそびえる王城、その広大な舞踏の間には、今宵も高位貴族たちの社交が華やかに繰り広げられていた。

アーダルベルトはいつもの如く、淡々と、しかし礼儀正しく挨拶まわりをこなし、少しばかりの酒を手に庭へと出る。

その後ろには、ぴたりと控えるリリエッタとヴィルヘルムの双子の影。


城の庭園は夜風に吹かれ、月光に濡れた花々が静かに揺れていた。

騒がしい場から少し離れ、3人はその美しさを眺めながら、言葉少なに過ごしていた。


「……こうして静かな場所に来ると、やはり落ち着くな」

アーダルベルトが低く呟くと、


「ええ、旦那様は人混みが得意ではありませんから」

「社交よりは書類の方が性に合ってますしね」

と、双子がそれぞれに返す。


その時だった。

花の合間から、ひとりの令嬢が現れた。


肩をざっくりと出した黒に近い濃紺のドレス。

気取らない立ち姿と、周囲を気にしない自然な足取り。

その人物は、侯爵家の令嬢――エリス・フォン・グロースだった。


「あら……お邪魔だったかしら?」


そう言って彼女は、月明かりの下で、気さくに笑った。


「グロース侯爵令嬢か。……庭に来ていたとは知らなかった」


「ええ。舞踏会って、どうにも居心地が悪くって。私、どうも評判が悪いみたいだしね?」


肩をすくめるその様子には、どこか男勝りの気風がある。

笑い方も飾り気がなく、どこか「社交界の貴婦人らしくない」雰囲気を纏っていた。


「悪魔召喚がどうとか、呪術に手を出しているとか……もう笑っちゃうわよね。どこでそんな話になるのやら!」


ハッハッハと、まるで作り話を茶化すように笑うエリス。

しかしその瞬間――


リリエッタがすっとアーダルベルトに身を寄せ、声を落とした。


「旦那様、彼女……本当に契約していますね。割と強いですよ。私たちと同等くらい、ですかね」


アーダルベルトは視線を変えずに小さく問い返す。


「分かるのか?」


「ええ、気配の残滓を感じます。ただ、あまり嫌な感じはしませんね。……本人も、残滓も。」


その言葉に、ヴィルヘルムも小さく頷いた。


「むしろ、この気配……影にいますね。旦那様、おそらく彼女、守護タイプの契約です」


「守護?」


「ええ。契約の方向性としては、攻撃や支配ではなく、"護られている"感触がありますね」


「なるほど……」


それを聞いたアーダルベルトは、初めて、じっくりとエリスを見つめた。


社交の中で流される、曖昧で根拠のない悪評。

だが実際は――表面とは裏腹に、強かな芯と、不器用な優しさを秘めた者なのかもしれない。


「どうしたの? そんなに見つめられると照れるわよ、閣下」


「ああ、すまない。少し、考え事をしていた」


「ふふ、どうせまた頭の中で国家の帳簿でも付けてるんでしょ?」


「それもあるが……どうやら、私は貴女のことを少々誤解していたらしい」


「……ほぅ?」


エリスが意味深に眉をあげる。

リリエッタとヴィルヘルムが、それぞれ静かに目を細めた。


「ふむ……旦那様。あの令嬢、面白いかもしれませんね?」


「ええ、興味深いお方です」


「……お前たち、勝手に話を進めるな。まだ何も言っていないぞ」


と、アーダルベルトは少し呆れたように言いつつ、視線を再びエリスに戻す。


夜の舞踏会の庭園。

その出会いは、偶然か、あるいは必然か――


花の香と夜風にまぎれ、運命の歯車が、静かに回り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ