7
夕暮れ時。
西日が差し込む書斎で、アーダルベルトは背の高い窓の前に立ち、じっと街を眺めていた。ヴィルヘルムとリリエッタは、いつも通り背後に控えている。
「……ふと思ったんだが。」
アーダルベルトが呟く。ヴィルヘルムが静かに返した。
「なんでしょう、旦那様。」
「私は公爵だ。しかも若くして大臣にもなった。」
「ええ、誇るべきことですね。」
リリエッタも当然のように頷く。
「……だが、今年で21になる。貴族としての義務を考えるなら、そろそろ本格的に婚約者を探さねばならん時期だ。」
その言葉に、双子は一瞬沈黙した。
ヴィルヘルムが目を伏せて答える。
「……むしろ、少々遅すぎたくらいかもしれません。」
「そうだろうな。」
アーダルベルトはゆっくりと振り返り、双子を見据える。
「しかし……」
「はい。」
「――お前たちを許容できるご令嬢が、果たしてこの国に存在するとは思えん。」
「……ああ...」
リリエッタが苦笑するように目を細めた。ヴィルヘルムもため息混じりに頷く。
「たしかに。淫魔である私たちを“使用人”として受け入れられる女性は、限りなく少ないでしょう。」
「仮にそこを許せたとしても、問題は別にある。」
アーダルベルトはわずかに首を傾げて、息を吐く。
「我々の距離感……客観的に見て、おかしいのは明らかだ。」
「ええ、分かっています。」
ヴィルヘルムが首肯し、
「でも、とても居心地がいいのです。あなたの隣は。」
「……ああ。私もだよ、はぁ……」
アーダルベルトは額に手をあて、ゆるく苦笑した。
この二人がいれば、仕事も休息も成立してしまう。
もはや生活の中に自然に溶け込みすぎているのだ。
リリエッタが、すこし柔らかい声で言う。
「もともと、私はヴィルヘルムと一緒にいると落ち着きますが、最近は3人で過ごす時間のほうが……」
「心地いい、ですね。」
ヴィルヘルムが続けた。
「今さら、元の距離感には戻れませんよね。」
アーダルベルトは、窓の外に再び視線をやった。
「……ああ。まったくだ。」
この世界で、彼らのような関係はきっと異端だろう。
けれど、異端でも――静かで穏やかで、確かな絆がある。
この関係を壊すくらいなら、婚約者など要らぬと思うほどに。
だが――
(……貴族として、それでは済まないのだ)
と、アーダルベルトは心の内で呟いた。