5
静まり返った公爵邸の夜。
重厚な扉の軋む音に、ベッドの上で目を閉じていたアーダルベルトはすぐさま目を開ける。
「……おい、なんだ? こんな時間に」
月明かりに照らされ、姿を見せたのは双子の執事とメイド――ヴィルヘルムとリリエッタだった。
「旦那様、最近、眠れていないでしょう?」
「仕事に影響が出ていますよ。流石に分かります」
静かに進み出る二人の声に、アーダルベルトはほんの僅かだけ間を空ける。
「……」
「というわけで」
「一緒に寝ましょう」
「……なぜそうなる」
額に軽く手を当て、アーダルベルトは微かにため息を吐くが──結局、何も言わずに許可を出した。
ベッドの両側に回り込んだ二人は、アーダルベルトの左右にそれぞれ腰を下ろし、やがて布団に入る。
「まあ、とりあえず」
「目をつぶってください」
「……?」
促されるままに目を閉じ、次に開けたとき。
目の前に広がっていたのは、先ほどまでいた寝室ではなかった。
満点の星空。深い森に囲まれた静かな草原。夜風の吹く音、虫の声、そして遠くから聞こえる小川のせせらぎ。
すべてが心地よい。
「……ここは?」
「「ごきげんよう」」
同時に優雅に頭を下げる双子に、アーダルベルトは眉をひそめる。
「お前たち……」
「どうですか? 気に入りましたか?」
「……あ、ああ。……それにしても、ここはどこだ?」
「ここは夢ですよ」
「夢……?」
「ええ。強引に夢に引きずり込みました。こういう綺麗な景色を見て心を落ち着かせれば、肉体も回復しますからね」
「……お前たち、淫魔だろ? こんなこともできたのか?」
「淫魔だからこそ、ですよ」
「?」
「「淫夢です」」
「……これが?」
「正確には淫夢の応用ですね。人の夢に干渉する、という意味では近いのです」
「ふむ……なるほどな……」
言いながら、アーダルベルトは改めて星空を見上げる。
地上には無数の蛍のような光が舞い、星の海と地面が境界なく繋がっているような錯覚すらあった。
「……ああ。いいな。これは」
思わず、微笑んでいた。
それを見て、双子も同じように、ふわりとやさしく笑う。
「それは良かった」
「ええ、旦那様がそう仰るなら、何よりです」
そのまま、穏やかな夢の中で静かな時が流れた。
――そして翌朝。
いつもより早く目が覚めたアーダルベルトは、ベッドの上で目を開けてしばらく黙っていた。
その顔は、どこかすっきりとしている。目の下の隈も消え、表情に柔らかさすらあった。
「……ふむ。よく眠れたな」
隣では、相変わらず穏やかに寝息を立てている双子。だが、主が目覚めたことを察しているのか、二人とも意識は軽く覚醒していた。
「おはようございます、旦那様」
「昨夜はよく眠れたようで、何よりです」
「ああ。……そうだな」
アーダルベルトはふと、カーテン越しに差し込む朝日を見ながら、ぽつりと呟く。
「……これからもたまに、一緒に寝るように」
それは命令とも、呟きともつかない声だったが──
「「畏まりました」」
双子は満面の笑みを浮かべながら、それを受け入れたのだった。