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夜も更け、領地の執務を終えたアーダルベルトは、燭台の灯だけが揺れる静かな寝室で一冊の古書を閉じた。魔術と召喚の体系について記されたその本に、ふとある疑問が浮かぶ。
「……ところで」
寝台の脇で控えていた双子へと目をやる。
「今さらだが、淫魔や悪魔と人間の違いについて、私は明確に把握していない。少し興味が湧いた。……脱げ」
双子は、顔色一つ変えず──いや、そもそも感情を顔に出さない──全くの無表情で、
「「承知しました」」
さらりと衣服を脱ぎ捨てた。脱衣の動作に一片の無駄も羞恥もない。瞬く間に、男女それぞれの妖艶な裸体が、静かな寝室に現れた。
「……ふむ」
アーダルベルトは腕を組みながら、双子を眺める。まじまじと、真面目に、ただし倫理観の外側から。
「人間とあまり変わらない。なるほど、淫魔の特徴がうまく隠れているな。」
「はい。通常は人間社会に溶け込むために魔力で抑えていますが、指示があればすぐに顕現可能です」
リリエッタは淡々と答えつつ、背中から漆黒の小さな羽をふわりと展開する。腰には細身の尻尾、額には丸みを帯びた角が覗いていた。
「確かに……昔、書物で見た悪魔よりも随分と小型だな」
「淫魔は基本的に、隠密と誘惑を重視しますので。威圧的な姿は必要ありません」
「なるほどな……」
アーダルベルトは冷静に頷きながら、近づいて羽根の質感を確認しようと手を伸ばす──
と。
「……だ、旦那様ァッ!!」
寝室の扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、アーダルベルトが赤子の頃から仕えてきた忠実な執事のじいや。
「な、な、なな、なな……何をされているのですか!?旦那様ッッ!!!」
顔を真っ赤にし、眉間の皺を3本増やしながら絶叫。
だが、じいや以外は誰一人として動じない。
ヴィルヘルムは淡々と、リリエッタは無表情のまま、アーダルベルトはひと言。
「人体構造の研究中だ」
「お若様ああああああ!!!」
「何を騒ぐ。淫魔と人間の相違点について、確認したくなっただけだ。学術的好奇心だ」
「こ、こ、こんな真夜中に裸体で!?しかも、男女の!?お、お二人とも裸で!?旦那様も見ておられてぇええ!?」
「……じいや」
「な、なんでしょう……?」
「冷静になれ。君は、私を誰だと思っている?」
「公爵閣下……ですが……」
「ならば、もっと落ち着いた反応をしてくれ。私は必要な時に必要な観察をするだけだ。何らやましいことはない」
「ひぃ……し、しかし……し、しかしながら……!」
「じいや」
「はいぃぃぃ!!」
「……何も起こっていない。ただ二人が脱いで、私がそれを見て、角のサイズについて話しているだけだ。お前の想像力が暴走している」
「…………(ガクリ)」
じいやは口を押さえ、青ざめながらその場に膝をついた。
「旦那様……本当に変わっておられませんね」
「理知的というのか、無防備というのか……」
「感情で判断することは苦手だ。理屈の方が信頼できる」
二人の淫魔が、裸のまま肩をすくめる。
じいやは半ば放心状態になりつつも、主の理屈に反論はできず、ただ心の中で泣き叫んでいた。