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領地視察の終盤、山間の温泉郷に辿り着いたアーダルベルトたちは、宿屋の離れに案内されていた。城下では名の知れた公爵であっても、旅先ではひと時の休息を楽しむことが許される。とはいえ、彼にとって「休む」とは「政務の効率を高めるために肉体を整える時間」に他ならない。
湯煙の立ち込める内湯。
脱衣所にて、アーダルベルトが服を脱ぎながら振り返ると、まったく同じく無表情な双子が、着替える気満々で控えていた。
「……お前たち、何をしている?」
ヴィルヘルムが即答する。
「警備上の観点から、旦那様お一人での入浴は危険です。したがって、我々も同行いたします。」
リリエッタも頷く。
「私も同様です。温泉というのは初めてですし、体験するにはちょうど良い機会かと。」
「いや、待て。百歩譲ってヴィルヘルムは良いとして、リリエッタも入るのか?」
「ええ。私は特に羞恥心というものを持ち合わせておりませんし。」
「旦那様の安全のためには、これが最短かつ最適解です」
「……」
長考するアーダルベルト。だが、迷うほどの問題ではない。合理性を重んじる彼の中で答えは早々に決まる。
「……まあ、お前たちならいいか」
かくして、風呂場には水音と湯気、そして完璧に整った三人の裸体が並ぶことになった。
高貴な雰囲気の美男と、無表情の精悍な美青年、そしてグラマラスな体躯な美女──なのに誰一人、色っぽい雰囲気にはならなかった。
「ふむ。確かにこれは……気持ちいいな」
「芯から温まるという感覚、初めて味わいます」
「なるほど。人間たちが好むのも分かりますね」
温泉の湯に浸かりながら、アーダルベルトはふと、肩にそっと手が触れたことに気づく。
「……何をしている?」
「背中をお流しします」
「私は前側を拭きます」
「やめろ。距離感という概念を学ばせた方がいいのではないか?」
「距離感というより、効率性の問題です」
「自分でやるより他人にやってもらった方が、より清潔になれる気がしまして」
「……ならばせめて、片方ずつにしてくれ。くすぐったい」
一通り公爵の体を丁寧に洗い終えると、双子はそのまま顔を見合わせた。
「さて、次は……」
「ええ、ではあなたの背中を」
「……いや、ちょっと待て。お前ら、洗い合いを始める気か?」
「当然です」
「背中を流すなら、お互いが最適ですし」
「……お前たち、互いの距離感もなかなかにおかしかったんだな」
「近くにいると落ち着くのです」
「互いに拒否感がなかったので、距離の調整は必要としませんでした」
「……まあ、異論はないが」
「そもそも、我々が一緒に召喚されたのも、偶然ではありません」
「本来、リリエッタだけが呼ばれるはずだったのですが……私が勝手に割り込んだ結果です」
アーダルベルトが振り返った。
「おい、それは初耳だぞ」
「だって、一人で行かせるのは不安だったので」
「私も特に否定しませんでしたし」
「お前ら……勝手すぎるな」
だが、その口調に呆れはあっても、怒りはなかった。アーダルベルトは湯に顎まで沈めながら、目を細める。
「……まあ、今となっては結果的に助かっているがな」
湯気の向こうで、無表情な双子がわずかに、ほんの少しだけ微笑んだようにも見えた。
温泉は静かに、ぽこぽこと湯を鳴らしていた。色気も、甘さもないのに、妙にあたたかい、そんな時間だった。