表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/37

2

領地視察の終盤、山間の温泉郷に辿り着いたアーダルベルトたちは、宿屋の離れに案内されていた。城下では名の知れた公爵であっても、旅先ではひと時の休息を楽しむことが許される。とはいえ、彼にとって「休む」とは「政務の効率を高めるために肉体を整える時間」に他ならない。


湯煙の立ち込める内湯。


脱衣所にて、アーダルベルトが服を脱ぎながら振り返ると、まったく同じく無表情な双子が、着替える気満々で控えていた。


「……お前たち、何をしている?」


ヴィルヘルムが即答する。


「警備上の観点から、旦那様お一人での入浴は危険です。したがって、我々も同行いたします。」


リリエッタも頷く。


「私も同様です。温泉というのは初めてですし、体験するにはちょうど良い機会かと。」


「いや、待て。百歩譲ってヴィルヘルムは良いとして、リリエッタも入るのか?」


「ええ。私は特に羞恥心というものを持ち合わせておりませんし。」


「旦那様の安全のためには、これが最短かつ最適解です」


「……」


長考するアーダルベルト。だが、迷うほどの問題ではない。合理性を重んじる彼の中で答えは早々に決まる。


「……まあ、お前たちならいいか」


かくして、風呂場には水音と湯気、そして完璧に整った三人の裸体が並ぶことになった。


高貴な雰囲気の美男と、無表情の精悍な美青年、そしてグラマラスな体躯な美女──なのに誰一人、色っぽい雰囲気にはならなかった。


「ふむ。確かにこれは……気持ちいいな」

「芯から温まるという感覚、初めて味わいます」

「なるほど。人間たちが好むのも分かりますね」


温泉の湯に浸かりながら、アーダルベルトはふと、肩にそっと手が触れたことに気づく。


「……何をしている?」


「背中をお流しします」

「私は前側を拭きます」


「やめろ。距離感という概念を学ばせた方がいいのではないか?」


「距離感というより、効率性の問題です」

「自分でやるより他人にやってもらった方が、より清潔になれる気がしまして」


「……ならばせめて、片方ずつにしてくれ。くすぐったい」


一通り公爵の体を丁寧に洗い終えると、双子はそのまま顔を見合わせた。


「さて、次は……」

「ええ、ではあなたの背中を」


「……いや、ちょっと待て。お前ら、洗い合いを始める気か?」


「当然です」

「背中を流すなら、お互いが最適ですし」


「……お前たち、互いの距離感もなかなかにおかしかったんだな」


「近くにいると落ち着くのです」

「互いに拒否感がなかったので、距離の調整は必要としませんでした」


「……まあ、異論はないが」


「そもそも、我々が一緒に召喚されたのも、偶然ではありません」

「本来、リリエッタだけが呼ばれるはずだったのですが……私が勝手に割り込んだ結果です」


アーダルベルトが振り返った。


「おい、それは初耳だぞ」


「だって、一人で行かせるのは不安だったので」


「私も特に否定しませんでしたし」


「お前ら……勝手すぎるな」


だが、その口調に呆れはあっても、怒りはなかった。アーダルベルトは湯に顎まで沈めながら、目を細める。


「……まあ、今となっては結果的に助かっているがな」


湯気の向こうで、無表情な双子がわずかに、ほんの少しだけ微笑んだようにも見えた。


温泉は静かに、ぽこぽこと湯を鳴らしていた。色気も、甘さもないのに、妙にあたたかい、そんな時間だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ