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6話、「幻想の囁き森」

リヴェルデ村を出発してしばらくすると、周囲の景色が次第に変わっていった。


まばらな林だった木々が徐々に密度を増し、緑が濃くなっていく。葉の隙間から差し込む陽光は、まるで神聖なカーテンのように揺らめき、足元に広がる草花に淡い輝きを与えていた。


「ここが……ヴェルデの囁き森」


ユナが感嘆の声を漏らした。


目の前には、まるで異世界の幻想そのものといえる光景が広がっていた。


樹々の葉は風に吹かれるたびに、どこか旋律のような音を奏でる。かすかに聞こえるのは、ただの自然のざわめきではなく、まるで森そのものが囁いているような心地よいハーモニー。


「この森は木の葉が歌うように揺れることから《囁き森》と呼ばれている」


先導するアーヴィルが、彼らの驚きを当然のように受け止めながら説明した。


「風が吹くたびに、樹々が奏でる音が重なり合い、まるで音楽のように響くんだ。昔からこの森は、王都レガリアの楽師たちが訪れる場所でもあった」


「へぇ~……すっごいな、この森」


ミサキが感嘆の声を上げる。彼女の目は少年のように輝いていた。


「見ろよ、このキノコ!光ってるぜ!」


興奮したミサキが指差した先には、柔らかく青白い光を放つキノコが群生していた。


「うわ、ホントに光ってる!」


ユナも驚いて身をかがめ、慎重に観察する。


キノコの傘は透き通った水晶のようで、触れるとふわりと光が揺れる。


「これ、食べられるのかな……?」


「やめとけ。幻想的な見た目のものほどヤバいって、ゲームとかでよくあるし」


レンが冷静に制止する。


「でも、なんか夢みたいな場所だね」


エリカが静かに言った。


彼女の視線の先では、小さなリスのような生き物が枝の上を跳ねていた。


しかし、そのリスは普通のものではなかった。


「なっ……何あれ!?」


ユナが指をさした先には、リスが抱えた“宝石”がきらめいていた。


「リスが……宝石を持ってる?」


「いや、違う……。あれ、リスの体に埋め込まれてる?」


レンが目を細めて観察する。


リスの額や体の一部には、小さなルビーやサファイアのような輝きを持つ鉱石がはめ込まれていた。


「《カーバンクル》だな」


アーヴィルが説明する。


「この森に生息する珍しい魔法生物だ。生まれた時から体の一部に宝石を持っていて、成長とともにそれが育つと言われている」


「宝石が育つ……? なんかロマンチックな生き物だね」


ユナが目を輝かせる。


「でも、狙われたりしないの?」


「そう思うだろう? だが、あいつらは賢い。自分たちの巣を隠し、滅多に人間の前には姿を現さないんだ」


アーヴィルの説明に、ユナたちは改めてこの森の神秘さを感じた。


レンはため息をつきながら、少しだけ口元を緩めた。


「まさか、異世界でこんなファンタジーを満喫することになるとはね……」


「何だよレン、結構楽しんでるじゃん」


ミサキがニヤリと笑いながら肩を叩いた。


「……別に、そこまで言ってない」


少しむくれたように視線を逸らすレンを見て、ユナは微笑んだ。


(そうだよね……私たち、そもそもバンド解散しかけてたんだよな)


それを思い出すと、今この森で仲間と一緒に歩いていることが、どこか不思議な気がした。



「よし! とりあえず進もうぜ! せっかくだし、もっとこの森を見て回りたい!」


ミサキが楽しそうに前に出る。


ユナ、エリカ、レンも彼女の後に続いた。


ファンタジーな光景に心を奪われながら——彼女たちは《ヴェルデの囁き森》の奥へと進んでいった。



森の奥へ進むにつれ、NO FUTUREと兵士たちは徐々に警戒を強めていた。陽光が届いていた木々の隙間は次第に狭まり、淡く光るキノコが茂る幻想的な風景は、どこか不気味な雰囲気を帯び始める。


レンがベースケースを担ぎ直しながら周囲を見渡した。


「……なんか、さっきまでの雰囲気と違うね」


「んだな……」


ミサキも頷き、スティックを握る手に力を込める。


「森の空気が、ちょっと……重い」


エリカが言う。


「ただの森じゃない……何かいる」


ユナがギターのストラップを締め直し、深く息を吸い込んだ。その時だった——。


「ピィィィィィ……!」


突如、森の静寂を破るように、耳をつんざく笛の音が響き渡った。


「何!? 笛……?」


ユナが顔を上げた瞬間——森のあちこちから、黒い影が飛び出してきた。


「魔物だ!!」


アーヴィルの叫びと同時に、兵士たちが剣を抜く。


現れたのは、見たことのない異形の魔物たちだった。


黒く光る鱗を持つ巨大な狼、無数の触手を蠢かせる植物の怪物、そして宙を舞う異形の鳥。どれも通常の魔物とは違い、まるで何かに導かれるように統率された動きをしていた。


「おいおい、いきなり大群かよ!?」


ミサキが舌打ちし、ドラムセットを召喚する。


「ちょっと待って、こいつら……何かおかしい」


レンが眉をひそめる。


「普通の魔物じゃない……動きが統率されてる」


「確かに……誰かが指示を出してる?」


ユナがギターを構えながら警戒する。


そして、再び——。


「ピィィィィィ……!」


笛の音が響くと同時に、魔物たちの動きが揃った。


「やっぱり……音に反応してる!」


エリカが気づいた。


「つまり、指示を出してる奴がいるってことか……!」


「探すぞ! でも、まずはこいつらを片付ける!!」


ユナがギターをかき鳴らし、燃え盛る炎の音色を放つ。


「スカーレット・ストレート!!」


炎の竜・クリムゾンドラゴンが轟音と共に宙を駆け、魔物の群れへと突っ込む。


「イナズマの右腕!!」


ミサキの雷が天から降り注ぎ、狼型の魔物を一瞬で貫いた。


「クリスタルローズ!!」


レンの氷の魔法が地面を凍らせ、触手を蠢かせる魔物の動きを封じる。


「無限斬!!」


エリカの風の剣が旋風となり、宙を舞う鳥を斬り裂いた。


兵士たちも奮戦し、剣を振るいながら魔物の群れと戦う。


しかし——。


「ピィィィィィ……!」


再び笛の音が響くと、倒したはずの魔物たちが、再び動き始めた。


「なっ……!? 生き返った!?」


「いや、違う! さっきと動きが違う……!!」


レンが驚きながら声を上げた。


「こいつら……新しい魔物と入れ替わってる!?」


「くそっ、どんどん湧いてきやがる!」


ミサキが苛立ったように叫ぶ。


笛の音が響くたびに、次々と魔物が現れ、倒しても倒しても終わらない。


その時、アーヴィルが叫んだ。


「森の奥!! あそこに何かいる!!」


全員の視線が一斉に向けられた。


そこには、長い胴体をくねらせ、木々の間を滑るように動く異形の影があった。


「……蛇!?」


ユナが目を凝らすと、それはただの蛇ではなかった。


黒紫色の鱗を持ち、瞳が妖しく光る巨大なコブラ。


そして、そいつの首元には——笛があった。


「魔笛コブラ……!!」


アーヴィルが低く唸る。


「笛で魔物を操る、厄介な魔獣だ……!!」


「コイツが……全部の元凶ってわけか!!」


ユナがギターを握りしめる。


「なら、笛を壊せばいいんじゃね?」


ミサキが雷のエネルギーを溜めながら言う。


「そう簡単にいかない!」


アーヴィルが叫んだ。


「魔笛コブラは、敵が近づくと笛の音でさらに魔物を呼び寄せる……!」


「ってことは……今まさに、めちゃくちゃ魔物を呼んでるってこと!?」


レンの声が強張る。


「そういうことだ!」


アーヴィルの言葉の直後——。


森の奥から、新たな魔物たちが次々と現れた。


その数は、これまでの比ではなかった。


「マジかよ……どんだけ湧いてくんだよ……!!」


ミサキが額の汗を拭いながら呟く。


「こりゃ……普通に戦ってもキリがないな」


レンがベースの弦を弾きながら、冷静に分析する。


「だったら……」


エリカが静かに呟いた。


「こっちも“音楽”を使うしかない」


彼女の言葉に、ユナがギターを強く握りしめた。


「そうだな……! 私たちは“NO FUTURE”だ!」


ミサキが力強くスティックを握り、レンが微かに笑う。


「やるしかないね……!」


そして——。


彼女たちの音楽が、森に響き渡る。




「せーのっ!!」


ユナの掛け声とともに、NO FUTUREの即興ライブが森に響き渡った。


炎のように熱く、雷のように激しく、氷のように研ぎ澄まされ、風のように自由に駆け巡る旋律——。


それは、異世界「メロディア」の法則を凌駕し、音楽そのものが魔法となる彼女たちの力の象徴だった。



「ピィィィィィ……!」


魔笛コブラが必死に笛を吹き鳴らし、魔物たちを操ろうとする。


しかし——。


「もう遅い!」


ユナが叫んだ。


NO FUTUREの音楽は魔物たちの体を支配する笛の音を塗りつぶしていく。


魔物たちは戸惑ったように動きを止め、指示を待つように立ち尽くす。


「いいぞ! 魔笛コブラの統率が崩れた!」


アーヴィルが叫んだ。


「今だ、一斉攻撃!!」


ユナがギターをかき鳴らし、炎の竜が咆哮する。


「スカーレット・ストレート!!」


「イナズマの右腕!!」


「クリスタルローズ!!」


「無限斬!!」


四つの魔法が交差し、魔笛コブラに直撃——した、かに見えた。


しかし——。


「ピィィィィィ……!!!」


魔笛コブラが最後の力を振り絞り、渾身の笛を吹く。


その瞬間、森全体に霧が立ち込めた。


「な、何これ!? 視界が……!!」


ミサキが叫ぶ。


霧は瞬く間に辺りを覆い、周囲が何も見えなくなる。


「くそっ、どこにいる!?」


ユナがギターを構えながら警戒する。


「まずい……!」


レンが呟く。


「この霧……普通の霧じゃない。魔法だ……!」


そして——霧の奥で、魔笛コブラが力尽きたように崩れ落ちた。


ドサッ……。


静寂が森に広がる。


「やった……?」


ミサキが半信半疑に呟いた。


兵士たちが慎重に周囲を見回す。


霧はまだ晴れない。


「この霧……なんか嫌な感じがする……」


エリカが冷静に周囲を見渡しながら言った。


「それに、魔物が消えていない」


ユナが警戒する。


確かに、魔笛コブラは倒れた。


しかし——


「これ、陽動じゃない?」


レンが低く呟いた。


全員が一瞬、彼女を見た。


「……どういうこと?」


ユナが問うと、レンは目を細めながら答えた。


「魔笛コブラは確かに魔物を操ってた。でも、本当に“魔物を呼んでた”だけなの?」


「どういう意味だ?」


アーヴィルが問いかける。


「つまり、魔笛コブラはただの手駒だった可能性があるってこと」


レンが口を引き結ぶ。


「だとすると、この霧も……?」


エリカが静かに言う。


「そう、何かの準備のための“時間稼ぎ”」


レンの言葉に、ユナの背筋がぞくりと震えた。


(ヤバい……何か大きなことが起こる……!!)


この霧の向こうに、本当の脅威が待っている——。




「——ちくしょう! どっちが正しい方向なんだよ!?」


ミサキが苛立った声を上げる。


目の前に広がるのは、真っ白な魔法の霧。


「どこを見ても同じ景色……」


ユナがギターを抱えながら周囲を見渡す。


木々が揺れ、葉の擦れる音が微かに響いているが、肝心の道が見えない。


「これ、完全に迷わせるための霧だな」


レンが唇を噛む。


「そういうことか……魔笛コブラの最後の足掻きってわけだ」


エリカが低く呟く。


魔笛コブラが作り出した霧は、方向感覚を狂わせる魔法の霧だった。


普通なら、まっすぐ進むつもりでも、知らぬ間に同じ場所をぐるぐる回ってしまう。


「このままじゃ埒があかねぇな……どうする?」


ミサキがスティックをくるくる回しながら焦った表情を見せる。


「魔法でこの霧を吹き飛ばせないの?」


ユナが問うが、レンが首を振った。


「私のクリスタルローズなら多少の霧を凍らせられるかもしれないけど……この霧、ただの水蒸気じゃない。おそらく“魔法の霧”だから、魔力が残ってる限り晴れない」


「じゃあどうすんのよ……!」


ミサキが地団駄を踏んだ、その時——


「大丈夫だ」


アーヴィルが冷静な声を響かせる。


「俺が道をつけた。進むべき方向は分かっている」


「えっ?」


全員が驚いて彼を見る。


「まさか……」


エリカが目を細めた。


アーヴィルは無言で木の幹を指さした。


よく見ると——そこには、細い剣の切り傷が、一定間隔で刻まれていた。


「進む途中で、木に印をつけておいた。万が一、霧が発生した時のためにな」


「さすが!!」


ミサキが歓声を上げる。


「すげぇ……」


レンも珍しく感心した声を出した。


「賢明な判断だったな」


エリカも軽く頷く。


「よし……この印を辿って、急いで村に戻るぞ!」


ユナがギターを背負い直し、一行はアーヴィルの刻んだ印を頼りに、霧の中を突き進んだ。


不穏な静けさ


森を抜けた時、太陽はすでに傾き始めていた。


しかし、村へと続く道に差し掛かった時——。


「……ん?」


ミサキが眉をひそめる。


「なんか……おかしくねぇ?」


ユナもその違和感に気づいた。


「静かすぎる」


普段なら、遠くからでも村人の笑い声や、家畜の鳴き声、風に乗って音楽の旋律が聞こえるはずなのに——今は何も聞こえない。


鳥のさえずりさえも止んでいる。


「嫌な予感がする……」


レンが警戒しながらベースのストラップを握り直す。


「急ごう」


アーヴィルが剣を抜いた。


一行は足を速め、村の門をくぐる。


しかし——。


「え……?」


ユナが息を呑んだ。


村が静まり返っていた。


家々には人の気配がなく、誰一人として姿が見えない。


さっきまで確かにいたはずの村人たちが、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。


「これ、どういうこと……?」


ミサキが戸惑いながら呟いた。


「まさか……魔物が襲ったのか?」


アーヴィルが警戒しながら周囲を見回す。


しかし、戦闘の痕跡はない。


村の家々は無傷で、争った形跡すらない。


ただ、人がいないだけ——。


「まさか、誰もいないなんてことは……」


ユナが不安げに呟く。


その時——


「おい! 広場だ!!」


兵士の一人が叫んだ。


全員が一斉に広場へと駆け出す。


そして——


そこには、信じられない光景が広がっていた。


捕らわれた村人たち


広場の中央——。


村人全員が捕らえられていた。


村長ガルヴェス、宿屋の女将、商人のエドワード、子どもたち……。


全員がロープで縛られ、何者かに拘束されている。


村人たちは口を塞がれ、苦しげな表情を浮かべていた。


「うそ……」


ユナが目を見開く。


「な……なんだよ、これ……」


ミサキの拳が震えた。


「誰が……こんなことを……?」


レンが息を呑む。


エリカは静かに前へ進み、状況を分析するように村人たちを見つめる。


「何者かが村を襲撃した……しかし、村を破壊するのではなく、村人だけを捕らえた……」


「誰が……何のために……」


ユナの頭に嫌な考えがよぎる。


何かが始まっている——。


それも、彼女たちがまだ知らない、もっと大きな企みが——。


「急げ、村人たちを助けるぞ!!」


アーヴィルの声が響く。



兵士たちはすぐさま捕らえられた村人たちに駆け寄り、手際よく縄を切っていく。


「よし、無事か!?」


アーヴィルが村長・ガルヴェスの縄をほどくと、老人は大きく息をついた。


「助かったわい……」


その顔には安堵が広がる。


ユナたちも次々と縄を解かれた村人を助け出す。


「おばあちゃん、大丈夫!?」


ミサキが宿屋の女将を支えながら声をかける。


「助かったよ……本当にありがとう……!」


女将の目に涙が浮かぶ。


レンは商人エドワードの手を引きながら、まだ震えている彼の肩をぽんと叩いた。


「もう大丈夫だから」


「ひ、ひぃ……急に襲われて、何がなんだか……」


子どもたちも親のもとに走り寄り、無事を確かめて抱きしめ合う。


村人たちの表情には、まだ恐怖が残っているが、それでも安堵の色が見えた。


「でも……」


ユナが眉をひそめる。


「これをやった奴らは、どこに?」


静かになった村に、不穏な空気が漂う。


村人を捕らえた何者かが、まだ姿を現していない。


ガルヴェスは疲れたように顔を上げ、低く言った。


「——やつらはまだおる」


「やつら?」


レンが聞き返したその時——。


「おいおいおいおい!! もう戻って来やがったぞ!!!」


響き渡る声。


ユナたちがその方向を見ると——


3人の人影が屋根の上に立っていた。


夕暮れの光を背に受け、影ははっきりと見えない。


しかし、その姿は確かに——


バンドマンの装いだった。


「想定より早すぎるぜ!!」


「まったく……もうちょっと遊んでられると思ったのにな」


「落ち着きな、2人とも。こうなったら……」


「「「ライブバトルで勝負だ!!!」」」


NO FUTURE最初のライブバトルが幕を開ける!

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