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4話、「異世界の旋律、再び響くバンドの音」

空を焦がした炎の残滓、雷の閃光が消え去った草原には、静寂が戻りつつあった。兵士たちは目の前の光景に呆然とし、未だ手にした剣を下ろせずにいた。


「……おい、見たか?」

「見たも何も、あれは……本当に音楽の魔法だったのか?」


戦場を埋め尽くしていた魔物はすべて灰となり、冷気の結晶は朝露のように消えた。風の剣が切り裂いた地面に細かな傷跡が残る。何よりも圧巻だったのは、たった4人で1人1チーム相当の召喚獣を繰り出し、魔物の軍勢を瞬く間に一掃してしまったことだった。


「召喚獣を……あんな風に……?」

「いや、ありえない……通常、召喚獣はチームで1体が限界なはず……なのに、彼女たちは——」


兵士たちは互いに顔を見合わせ、信じられないという表情を浮かべていた。戦場で多くの召喚士を見てきた者たちでさえ、1人1体の召喚獣を操るなど聞いたことがない。


そんな彼らの驚きをよそに、NO FUTUREの4人は、全身に戦闘の疲労を感じながらも、どこか安堵の息を漏らしていた。


「……終わった?」

ユナがギターを抱えたまま、小さく呟いた。


「終わった、よな……?」

レンが肩で息をしながら、ゆっくりとベースを背負い直す。戦いの興奮が冷めていくにつれ、ようやく状況が理解できてきた。


——私たち、本当に戦ったんだ。

——本当に、魔法を使って。


ミサキはドラムセットの魔法陣が消えていくのを見つめながら、思わず笑った。

「なんだよ……すげぇじゃん、私ら!」


エリカも無言でギターのストラップを握り直し、静かに頷く。彼女はこの異世界の魔法に驚きつつも、自分の演奏が確かに戦闘に影響を与えたことを実感していた。


「本当に、すごい……」

ユナの呟きが、誰よりも感慨深かった。


——バンドを続けても意味がないと思っていた。

——でも、今、この世界では、私たちの音楽が「力」になってる。


「……助けてくれて、ありがとう」


その時、震える声が彼女たちの耳に届いた。


振り向くと、先頭にいた隊長らしき男が、剣を地面につきながらこちらを見つめていた。


「お前たち、一体何者なんだ……?」


問いかけられたユナは、迷いながらも答える。


「……バンドです。私たち、NO FUTUREってバンドで……元の世界では、ただの高校生だったんです。でも、ここに飛ばされて——」


言いながら、彼女自身も改めて自分たちの状況の異常さを痛感する。


「バンド……?」

「音楽で、召喚獣を……?」


兵士たちは信じられないというような表情をしながらも、命を救われた事実には変わりない。隊長が深く息を吐くと、静かに頭を下げた。


「俺はこの部隊を率いるアーヴィルという。助けてもらった恩は必ず返す。もし、行くあてがないなら、村まで来てくれないか?」


「村?」


ユナが首を傾げると、アーヴィルは頷いた。


「リヴェルデ村だ。ここから東へしばらく歩いた場所にある。小さな村だが、宿もあるし、話を聞きたいこともたくさんある。もしよければ……いや、ぜひ来てくれ」


兵士たちも次々と頭を下げる。


「俺たちだけじゃ、この魔物たちには勝てなかった……!」

「本当に、命を救ってもらったんだ!」


慣れない感謝の言葉に、ユナたちは気恥ずかしさを覚えながらも、顔を見合わせる。


「……どうする?」


レンが小声で聞くと、エリカが肩をすくめる。


「他に行くあてもない」


「確かに」


ミサキも笑いながら、ユナの肩をポンと叩いた。


「決まりだな!」


「……じゃあ、行きます」


ユナの言葉に、アーヴィルの表情が安堵の色に変わった。


「ありがとう。よし、出発するぞ!」


兵士たちは傷ついた仲間を支え合いながら、一行はリヴェルデ村へと歩き出した。


ユナはギターのネックを撫でながら、じっと空を見上げる。


(この世界で、私たちはどうなるんだろう)


それでも、不思議と怖さはなかった。


むしろ——


何かが始まる気がしていた。


——この音楽には、未来があるかもしれない。




陽は高く昇り、空は雲一つない青に染まっていた。魔物の気配が消えた草原には、心地よい風が吹き抜ける。ユナたちはアーヴィル率いる兵士たちとともに、リヴェルデ村へ向かって歩き始めていた。


異世界の大地を、自分たちの足で歩いている——。


そんな事実が、まだ現実のものとして受け入れられずにいた。


「……うわ、すごい」


レンが周囲を見渡しながら、ポツリと呟いた。


「地平線が、こんなに広いなんて」


「ほんと、どこまでも続いてる感じだよな」


ミサキが驚いたように言いながら、風を感じるように腕を広げる。


彼女たちの目の前には、どこまでも続く緑の草原が広がっていた。背の低い丘が点在し、遠くには木々が生い茂る森が見える。異世界らしさを感じさせる景色だったが、不思議と馴染みやすい空気があった。


「こんな景色、日本じゃ見られないよね……」


ユナもギターを背負い直しながら、しみじみと呟く。


この世界は、どこか懐かしさすら感じる風景だった。


「……まぁ、異世界転移なんてものを経験しちゃったわけだしな」


ミサキが苦笑しながらスティックを指で回す。


「うーん、でも、やっぱ夢みたいな話だよなぁ。さっきの戦いとか、音楽で魔法が使えちゃうとかさ。いや、実際にやったんだけど!」


「確かに……」


ユナはギターのネックを撫でながら、さっきの戦闘を思い返していた。


自分たちの演奏が、炎になり、雷になり、氷になり、風になった。


それは現実の音楽とはまるで違うが、それでも——


確かに「音楽」として成立していた。


「まだ信じられないけど……でも、私たちの音楽って、この世界で“意味”があるのかもしれない」


ユナの言葉に、レンが少し考え込むように目を細めた。


「……意味、か」


「うん。私たち、元の世界じゃ売れなかったし、認められなかったけど——」


ユナはギターの弦を軽く弾いた。


「でも、この世界では、音楽が“力”になる。 そう思うと、なんか……やれる気がする」


「……なるほどね」


レンは軽く頷くと、少しだけ口元を緩めた。


「確かに、こっちの世界の方が、バンドとしての居場所がある気がする」


「だよなー!」


ミサキが豪快に笑いながら肩を叩く。


「私ら、実はめっちゃ強いバンドなんじゃね? なんせ、音楽だけで魔物ぶっ倒したし!」


「……強いバンドっていうか、戦闘バンドじゃん」


エリカがクールな表情のままぼそりと言う。


「でも、悪くないかもね」


「だろ? 戦闘ライブバンド“NO FUTURE”! 異世界デビューしちゃう?」


ミサキが冗談めかして言うと、ユナは思わず吹き出した。


「ミサキ、調子乗りすぎ!」


「いやいや、でもさ、せっかく異世界来たんだから、でっかいことしようぜ?」


ミサキの言葉に、ユナたちは顔を見合わせる。


バンドは、もう終わったと思っていた。


でも、この世界では、まだ「続ける道」があるのかもしれない——。


そんなことを考えているうちに、一行はリヴェルデ村へと近づいていった。


リヴェルデ村


「うわ……!」


目の前に広がる光景に、ユナたちは思わず足を止めた。


リヴェルデ村は、小さな丘に沿って広がる穏やかな村だった。


茅葺き屋根の家々が並び、中央には広場があり、そこには村人たちが行き交っている。


風に揺れる麦畑、川沿いに立ち並ぶ水車小屋。どこか牧歌的な雰囲気を醸し出している。


「めっちゃファンタジーじゃん……!」


ミサキが感動したように言うと、レンも「確かに」と頷いた。


「完全に、ゲームとかアニメで見た世界だな」


「でも、すごく静かで落ち着く……」


エリカはゆっくりと目を閉じ、風を感じるように息を吐く。


「こういう場所、悪くないかも」


「おお、気に入ったか?」


アーヴィルが後ろから笑いながら声をかける。


「ここがリヴェルデ村だ。まぁ、のどかな場所だろう?」


「うん、すごく素敵な村ですね」


ユナが素直に感想を口にすると、アーヴィルは嬉しそうに頷いた。


「この村は、長い歴史があるんだ。音楽と共に生きてきた村でもある」


「えっ? 音楽?」


ユナたちは驚いたようにアーヴィルを見つめる。


「そうだ。この村には、古くから“楽士”が多く住んでいてな。人々は音楽を神聖なものと考えている」


「へぇ……それはちょっと興味あるかも」


エリカが小さく呟く。


「まぁ、それについてはあとでゆっくり話そう。とりあえず、お前たちを村長のところへ案内しよう」


アーヴィルが手を振ると、兵士たちは村の広場へと散っていった。


「村長さん?」


ユナが聞き返すと、アーヴィルは頷く。


「この村をまとめる長老みたいなもんだ。お前たちの話を聞けば、何か分かるかもしれない」


「……確かに、今後どうするかも考えなきゃだしね」


レンが静かに言う。


「よし、じゃあ行くか!」


ミサキが元気よく言うと、ユナたちは村の中央にある大きな家へと向かった。


異世界に来てから、初めての「居場所」となるかもしれない村。


そこには、どんな未来が待っているのだろうか——。





リヴェルデ村の石畳を踏みしめながら、NO FUTUREの四人はゆっくりと村の中心へと向かっていた。先ほどまでの戦闘の興奮がまだ体に残っているが、それとは裏腹に、村の穏やかな風景が彼女たちの気持ちを落ち着かせてくれる。


「なんか、めっちゃのどかじゃん……」

ミサキが両手を頭の後ろに組みながら、伸びをするように言った。戦闘の緊張感から解放されたせいか、いつもの軽い口調が戻ってきている。


「確かに、今までのことが嘘みたい……」

ユナはギターケースのストラップを軽く握りしめながら、辺りを見回した。道の脇には小さな花壇が並び、色とりどりの花が風に揺れている。木々の間から差し込む夕陽が柔らかいオレンジ色の光を投げかけ、村全体が温もりに包まれていた。


「けどさ……こんな村の近くであんな魔物が暴れてたなんて、やっぱり異常じゃない?」

レンが少し眉をひそめながらつぶやいた。彼女は戦闘後のアドレナリンが抜けた今、改めて状況を冷静に分析していた。異世界に転移し、音楽が魔法になるという事実を受け入れ始めたばかりの彼女にとって、現実感が追いついていない部分もある。


「たしかに。村の雰囲気と、さっきの戦いが全然釣り合ってない気がする……」

エリカも慎重な声で同意する。彼女はずっと静かに周囲を観察していたが、村人たちの様子に違和感を感じていた。誰もが平穏を取り戻したかのように見えるが、どこか警戒心を捨てきれていないような、そんな空気を感じ取っていた。


「村長が事情を知ってるかもな」

ミサキがぽつりとつぶやく。先ほど兵士の隊長からも、まずは村長のところへ案内すると言われていた。今は余計なことを考えるよりも、まず情報を得ることが先決だろう。


そうこう話しているうちに、彼女たちは村の中心部へと足を踏み入れた。


リヴェルデ村の中心には、大きな樹齢数百年はありそうな一本の大樹がそびえていた。そのすぐそばに、村長の家が建っている。木造の立派な建物で、古びてはいるが、しっかりと手入れされているのが分かる。家の前には、数人の村人が集まっていたが、NO FUTUREの姿を見ると、一様に驚きと興味の入り混じった表情を浮かべた。


「おぉ、これが噂の……! 本当に異界の奏者たちなのか?」

白い髭をたくわえた老人が、驚きと尊敬の入り混じった表情で彼女たちを見つめていた。彼こそが、この村の村長——ガルヴェスだった。


「初めまして、異世界から来た……ええと、NO FUTUREです」

ユナが少し戸惑いながら自己紹介すると、村長は満足そうに頷いた。


「そうか、よくぞ来てくれたな。まさか異界の奏者たちが本当にこの地に現れるとは……」

村長の顔には驚きと感慨が入り混じっていた。


「異界の奏者?」

レンがその言葉に引っかかったように尋ねる。


「お前たちがやってきたこの世界……ここは『メロディア』と呼ばれる土地。音楽がすべての基盤となる世界なのじゃ」

ガルヴェスはゆっくりと話し始めた。


「メロディア……?」

ユナたちは顔を見合わせた。


「そうじゃ。メロディアは王都を中心とし、音楽が文化の中心にある世界。楽器を奏でることで魔法が発動し、音楽が力となる……まさに、お前たちが体験した通りじゃな」


ユナはギターを見下ろした。確かに、さっき自分たちがやったことは、まさにこの世界のルールそのものだった。音楽が魔法となり、戦いの力となる。それが当たり前の世界——。


「音楽が中心の世界……そんな世界が、本当にあるんだ」

ミサキが驚いたように呟く。


「王都……って、さっき言いましたよね?」

エリカが確認するように聞いた。


「うむ。このメロディアには、中心となる王都が存在する。その名もレガリア。音楽を統治の象徴とし、世界最高峰の音楽魔法が研究されている場所じゃ」

ガルヴェスの言葉に、ユナたちは一斉に息を呑んだ。


「音楽が……統治の象徴?」

レンが半ば呆れたように繰り返す。


「そうじゃ。音楽がただの娯楽ではなく、世界の秩序を司る力となる……この世界では、王の力は剣ではなく音楽によって示されるのじゃ」


ユナたちは言葉を失った。音楽がすべての世界——。自分たちがいた世界とは、あまりにも違う。


「……ちょっと待ってください」

ミサキが思わず口を挟む。

「じゃあ、音楽が強い奴が偉いってことですか?」


「その通りとは言わんが、近いな」

村長は静かに頷いた。


「レガリアを治める王は、その音楽の力によって国をまとめ、貴族たちも音楽の力を示すことで地位を築いておる。そして、優れた音楽家たちは、ただの芸術家ではなく、時に軍の戦力となるのじゃ」


「……軍、ですか?」

エリカが眉をひそめた。


「そうじゃ。音楽はこの世界では武器にもなる。ゆえに、それを操る者たちは、時に戦うための存在となることもある」


「音楽が……武器……」

ユナは無意識にギターを抱きしめた。


バンドを続けるために音楽をやってきた自分たちと、戦うために音楽を奏でるこの世界の人々。その価値観の違いが、どうしても飲み込めなかった。


「……考え方が違うな」

レンが小さく呟いた。


「まぁ、こんな話を急にされても困るじゃろう」

村長は苦笑しながら、家の扉を開いた。


「さぁ、まずは中へ入れ。お前たちには、まだまだ知るべきことが多い」


ユナたちは、お互いの顔を見合わせると、静かに頷いた。


そして、村長の家へと足を踏み入れた——。




村長の家は、村の中央にある一際大きな建物だった。木造の壁は年季が入っており、歴史を感じさせる風格がある。扉を開くと、奥の暖炉で静かに火が揺れ、落ち着いた温かさが広がっていた。壁には古びた楽器がいくつも飾られ、天井からは大小さまざまな鈴のついた飾りが吊るされている。風が吹けば、それらが美しい音を奏でるのだろう。


「ようこそ、リヴェルデ村へ。」


村長の柔らかな声が、部屋の静寂を破った。髪はすっかり白くなっているが、背筋はピンと伸び、その眼差しは深い知性と優しさを湛えていた。長いローブには細やかな刺繍が施され、村の歴史を纏っているかのようだった。


ユナたちは少し緊張しながら村長の前に並ぶ。ここに来るまでの出来事が、あまりにも非現実的すぎたからだ。空から落ち、魔物と戦い、音楽が魔法になる世界。異世界転移という衝撃はまだ抜け切れていなかった。


「おぉ、これはこれは……」


村長がゆっくりと彼女たちを見渡す。まるで何かを確かめるような目だった。


「お主たちが、異界の奏者か」


村長は微笑んだ。「歓迎しよう。異邦の客人よ。」


「え?」


「この世界に来た理由は分からぬが、困っているのならば、我々は助け合うべきだ。」


その言葉に、ユナたちは少し肩の力を抜いた。あまりにも温かい歓迎に、警戒すべきかとも思ったが、それ以上に、ここが安全な場所だという安心感があった。


村長は手を広げ、ゆっくりと説明を始めた。


「ここはメロディア。この大陸全体が、音楽を基盤にした文化を持つ世界だ。」


「音楽を……基盤に?」


ユナが驚いたように聞き返す。異世界というだけでも驚きなのに、さらに音楽が中心となる世界だというのは、彼女にとって信じられない話だった。


村長は微かに笑い、傍らの棚から一つの楽器を手に取った。それは、見たこともない形をした弦楽器だったが、どこかギターに似た構造をしていた。


「この世界では、音楽がただの娯楽ではなく、力そのものとなる。歌は信仰となり、楽器は魔法となる。そして、音楽が持つ“響き”こそが、人々を導くのだ。」


ユナたちは言葉を失った。自分たちが戦闘で音を使えたことも、この世界のルールならば当然なのかもしれない。


「そういえば……」


レンが思い出したように口を開く。「私たち、音を出したら魔物に攻撃できた。あれって、この世界の法則なんですか?」


村長はゆっくりと頷いた。「そうじゃ。お主たちは“楽器の魔力”を引き出せる存在なのだろう。」


エリカがギターのネックを撫でる。「この世界の人たちは、みんな楽器を使えるんですか?」


「いや、そうではない。」


村長は静かにかぶりを振る。


「音楽に魔法を込めることができる者は限られている。生まれ持った才能や、長年の修練を積んだ者にしか、その力は扱えぬ。」


「じゃあ、私たちは……?」


「異世界の者であるがゆえ、特別な才能を持っておるのかもしれん。」


その言葉に、全員が黙った。自分たちが“特別”だと言われるのは、どこかくすぐったい気持ちだった。特に、バンドとして失敗したと考えていたユナにとって、この評価は複雑だった。


村長は、話を続ける。


「しかし、最近になってこの村に異変が起きておる。」


「異変?」


ミサキが眉をひそめた。


「この村には、他の地域と比べて魔物があまり現れなかった。しかし、ここ最近、不自然なほどに魔物の被害が増えておるのだ。」


「魔物の被害……」


ユナが呟く。確かに、先ほどの戦いでも、兵士たちが苦戦していた。あの規模の魔物が頻繁に現れるのであれば、村人たちの生活は相当な脅威に晒されているはずだ。


「だから、王都に兵士を派遣してもらったんですね。」


レンが納得したように言うと、村長は静かに頷いた。


「そうじゃ。王都レガリアは、メロディアの中心にして、音楽の発展を担う場所。そこから派遣された兵士たちは、この村を守るために来てくれた。」


「でも、村はずっと平和だったんですよね?」エリカが訊く。


「その通りじゃ。」


村長の表情が僅かに険しくなった。


「わしも、原因は分からぬ。ただ、何かが変わったのは確かじゃ。」


重苦しい空気が流れる。


「ともあれ、お主たちはここでしばらく過ごすがよい。」


村長が少し表情を和らげた。


「異世界から来たとはいえ、まずは休むことが大事じゃ。」


その言葉に、ミサキが大きく息を吐いた。


「そうですね! なんか、もう頭がパンクしそうで……」


「同感。」


レンも肩を回しながら、苦笑を浮かべる。


ユナはまだ疑問が尽きないようだったが、エリカが小さく頷いたのを見て、とりあえず考えるのをやめた。


「ありがとう、村長さん。」


ユナが礼を言うと、村長は微笑んだ。


「異世界の者たちよ、歓迎しよう。音楽を愛する者に悪しき者なし。」


その言葉に、ユナたちは不思議な安堵を覚えた。


まだ何も分からない。でも、この村でなら——少しだけ、居場所を見つけられるかもしれない。





リヴェルデ村の村長の家を出ると、すっかり空は群青色に染まり、遠くの山々のシルエットが霞んで見えた。日が落ちても村の温かみは変わらず、家々の窓からもれる灯りが、どこか懐かしさを感じさせた。


「とりあえず、今夜はここで休むといい」


村長のガルヴェスは、そう言って村の宿屋へと彼女たちを案内してくれた。村の中心部にあるその建物は、木造でどっしりとした作りをしており、扉には音符の刻まれた看板がかかっていた。宿屋の名は「ハーモニア」。どうやら、この村でも音楽は暮らしの中心にあるらしい。


「音楽が世界の力になるってのは、まだ信じらんねぇけど……とにかく、休めるのは助かるな」


ミサキが両手を伸ばしながら大きく息を吐く。戦闘の興奮と緊張が抜けた途端、彼女の表情には疲労の色が浮かんでいた。


「それにしても……私たち、本当に異世界に来ちゃったんだな」

ユナは、宿の扉を開ける前に、もう一度周囲を見渡した。空には二つの月が浮かび、そよぐ風がどこか懐かしい旋律を運んでくるようだった。

「こんなの、夢みたいだよ……」


「まぁ、異世界って言うなら、音楽が魔法になるってのも納得しやすいかもしれないけどな」

レンが、腕を組みながら冷静に言った。

「でも、どこか違和感があるんだよな……。音楽が力になるのは分かったけど、じゃあ、この世界の人たちがどれだけそれを『普通』に受け入れてるのか、まだ実感が湧かない」


「それは……まぁ、確かにね」

ユナも同意する。まだ出会った人たちも少ないし、村長の話だけでは、世界の全貌は見えてこない。


「まっ、そんなことよりも!」

ミサキがガシッとユナの肩を掴み、ニヤリと笑う。

「異世界でライブやっちゃったんだぜ? 最高じゃん!」


「いや、待て待て待て」

ユナはミサキの手を振りほどく。

「なんでそんなノリノリなの!? 私たち、そもそもバンド解散寸前だったんだよ!?」


そう——彼女たちは、元々バンドを終わらせるつもりだった。


ユナは拳を握る。異世界に来たことで、まるでそんな話はなかったかのようになっているが、彼女たちは「売れなかった」という現実に打ちのめされ、音楽を諦めようとしていたのだ。


「正直、私たち、ここに来るまでバンドを続ける理由なんてもうなかったんだよ……。なのに、気づいたらこんなことになってて」


ユナの言葉に、レンも静かに頷く。

「確かにな。あのまま普通にスタジオを出てたら、私たち、それっきりだったんだろうな」


その言葉に、妙な重みがあった。


それっきり——。


「なんか、そんなの寂しくね?」

ミサキがぼそっと言う。


「……寂しいよ」

ユナも、正直な気持ちを口にした。

「だって、私は……本当は、バンドを終わらせたくなかった」


それは、この場にいる全員が、心の奥底で感じていたことだった。


「でもさ、ここに来て思ったんだよね」

エリカがぽつりと呟く。

「異世界に飛ばされて、音楽が力になって……。だったら、ここでなら私たち、もう一度やれるんじゃない?」


「……」

ユナ、ミサキ、レンの三人は、一瞬言葉を失った。


エリカは元々、バンドの中で一番プロ志向が強く、音楽に対する情熱も人一倍だった。でも、それゆえに挫折も大きく、どこか冷めてしまっていた。


だからこそ、彼女が「もう一度やれる」と言ったことは、意外だった。


「……たしかに、ここなら」

レンが、ゆっくりと口を開く。

「少なくとも、音楽の力を証明する舞台はあるよな」


「それに、今はこの村の問題もあるしな!」

ミサキが勢いよく両手を叩く。

「魔物を倒せるなら、私たちの音楽にも意味があるってことじゃん?」


「……そうだね」

ユナは、拳を軽く握りしめる。

「私たちはまだ、何も証明できてない。でも、ここなら——」


ユナは、ギターケースを背負い直し、仲間たちを見渡した。


「もう一度、音を鳴らしてみようよ」


それが、決意の瞬間だった。


異世界でのバンド——NO FUTUREの音楽が、再び動き出す。




宿屋「ハーモニア」の中は、木の温もりに満ちた空間だった。カウンターの向こうには、陽気な宿の主人がいて、「異界の奏者が来たぞ!」と嬉しそうに迎えてくれた。


「ここが、私たちの拠点……か」

ユナは、与えられた部屋のベッドに倒れ込み、大きく息を吐いた。


「なんか、どっと疲れたな」

レンも、荷物を置いてベッドの端に腰掛けた。


「戦って、話聞いて……あぁもう! 今日、一日濃すぎる!!」

ミサキが両手を上げながら騒ぐ。


「まぁ、異世界だしな」

エリカは、淡々と言いながらも、すでに布団に潜り込んでいた。


「もう寝るの!?」

ミサキが驚くと、エリカは「適応力高いんで」とだけ答える。


「くっそ……! エリカが一番順応してやがる!」

ミサキが悔しそうに言うと、ユナとレンは思わず吹き出した。


「でも、マジで寝よ……」

ユナが、軽くまぶたをこする。


「明日からどうする?」

レンがぼそりと聞いた。


「決まってる。まずは、この村の魔物被害を抑える」

ユナは、しっかりと答えた。


「だよな!」

ミサキも、ニッと笑う。


「そしたら、この世界の音楽のことも、もっと分かるかもしれないしな」

レンも頷いた。


エリカは何も言わなかったが、静かに目を閉じながらも、小さく頷いた。


こうして——

解散寸前だったバンド、NO FUTUREは、異世界での新たな活動を始めることになった。


その音が、どんな未来を鳴らすのか——今は、誰にも分からない。



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