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舞葬のアラン  作者: 浅瀬あずき
旅立ち編
6/17

6話 リリアンとルーカス

ーーー



 夕食の後、俺はルーカスとリリアンに野宿の時の体の洗い方を教わった。いつもテントの中で交代で洗うらしい。


 まずは容器にお湯を溜め、タオルにお湯と石鹸を含ませて身体の汚れを拭き取る。

洗髪する時は、適度に髪を濡らし洗髪剤を手に取って洗う。髪を容器に突っ込みお湯をかけながら洗髪剤を洗い流す。使ったお湯は外に捨てる。


 リリアンの説明では、石鹸は灰と植物油、洗髪剤は小麦粉と水で作られることが多いとのことだ。


 俺は短髪だから濡れた髪は自然乾燥だ。こういう時って髪が短いとすぐに乾いて便利だと思う。


「…あとは、着替えたいけど洗って干してる下着が乾いたかどうか…」


 俺には荷物もなければ服も着ていた分しかないため、今後どう着回すかは非常に頭を悩ませた。


 …なんたって、俺は不潔なのは好きじゃない。汚れによる身体の不快感もそうだし、こいつは不潔なやつだと思われるのも死にたくなるぐらい耐え難いのだ。


「ルーカス、ごめん!! 俺の下着とってくれる?」


 俺はテントから顔だけ出して話しかけた。


「あぁ…。でもこれ、流石にまだ湿ってるけど…もう少し焚き火で乾かす?」

「それか私の風魔法で乾かそうか?」

「いや、いい! それ通気性あるから大丈夫、今着る!」


 ルーカスは地面に突き刺さった木の枝にぶら下がるものを掴んで、俺に投げつける。


「ありがとう!!」


 それをキャッチして受け取ると、テントの中でいそいそと着替えた。服はまだ流石にびしょ濡れなので、しみじみと感謝しながらルーカスに借りたものを上に着た。



ーーー 



 深紫が森を覆い、その上空で星々が輝く。焚き火の炎は弱々しくなっていた。ルーカスは石の上に座り、俺は立って夜空を眺めている。


「…今日は本当にありがとう、俺たちを助けてくれて。お前って、喋った感じもすごくいいやつだよな」


 ルーカスは両膝に腕を乗せて垂らす。焚き火が小さく揺れると、彼の横顔が暗闇に少し映った。どこか遠くを見るように目を細めていた。


「あ、いや、そんな大したことは…。でも、本当に助かって良かったと思ってるよ」


 俺は苦笑して言うと俯く。


 …もう1人の俺が結局なんとかしたから、複雑なんだよな。俺自身は別に…。


「謙遜すんなよ、そんだけ強いんだからさ」

「…でも…」


 俺は小さな声で口篭る。ルーカスは後ろに首を捻って、テントの方を見つめた。


「俺も、お前ぐらい強かったらな…」


 その言葉に口を開きかけたが、固く結んで飲み込んだ。眉を寄せ、消え入りそうな焚き火を見つめる。


 …なんて言おう。


「…悪い、困らせたな」


 沈黙の後、ルーカスは目を伏せて笑った。彼は膝に手をつき立ち上がる。


「冷えてきたし…俺たちも中に入ろうぜ」

「…あぁ」


 ルーカスは先にテントの中へと入っていった。俺も少しの間焚き火を見届けてから、テントへと足を向けた。



ーーー



 俺たちは薄暗く狭いテントで身を寄せていた。ルーカスとリリアンは寝袋に身を包み、俺は直に寝そべっている。


 ランプの明かりがゆらりと揺れている。ルーカスと俺は小声で話をし、その横でリリアンは寝息を立てていた。


「…リリアンは、俺の幼馴染なんだ。リリアンは裕福な商人の家のお嬢様なんだよ」

「へぇ。でも、リリアンは家を継がずに冒険者ってのになったんだね」

「ああ。リリアンは小さい頃からお転婆でさ。冒険小説に憧れて、昔から冒険者になるって言って聞かなかったんだ。リリアンが特に好きなのが、『マルチダの伝説』っていう小説なんだけど…お前知ってる?」

「いや、聞いたことないな」

「そうか…。まあ、その小説が1番のきっかけだろうな。リリアンが小さい頃、よく勇者マルチダになりきって遊んでたから」


 『マルチダの伝説』か…。マルチダって女性の名前だよな。勇敢な女性戦士が戦う話だろうか…?ちょっと興味あるな。

 リリアンは、相変わらず昔から明るくて活発な女の子だったみたいだ。


「...けど、リリアンが冒険者になるのは心配だったから、あいつを支えるために剣の腕を磨いてきた。リリアンの両親はすぐに家を継がせたかったみたいだけど、15の時にあいつが反対を押し切って家を飛び出し、俺が追いかけて一緒に冒険者になったってわけ。まぁ、今日はちょっと俺が不甲斐なかったが…」

「へぇ...。リリアン、よっぽど冒険者になりたかったんだね」

「そうだな…。なんでも世界を一周してみたいんだと」

「せ、世界一周…? 随分と大胆だな…」

「ほんとだよな、俺もそう思う」


 ルーカスは困ったようで嬉しいような、何ともいえない顔をしていた。


「冒険は楽しいこともあるけど、今日みたいに危ない目に逢うことも多いし、すぐに諦めてくれると思ったんだけどな」

「...けど、諦めなかったんだ」

「そう、あいつの根性は想像以上だったよ…。それに、今まで以上に輝いてて楽しそうだったな」


 ルーカスは目を細め、何かを懐かしんでいるように微笑んだ。


「そんなあいつと冒険者やってたら、俺まで楽しくなってきてさ。今では、冒険者ってのも案外悪くないなと思ってるよ」

「……そっか」


 素敵な話だな。けど…。

 俺は一つ引っかかることがあったので、少し間をおいて、ルーカスに聞いてみた。


「けど君の夢とか、なりたいものはなかったのか?」


 彼は視線を落とすと頬杖をついた。


「...ああ。薬草の勉強が好きだったから、薬師になりたいと思っていたよ。けど、いいんだ…。あいつについて行くのは考えて決めたことだし、後悔はない」


 なるほど…考えた末の決断ってわけか。

 彼の口調は穏やかで淡々としていた。


「それに…、薬師を完全に諦めたわけじゃないんだ。もうすぐ俺たちは旅を終えて故郷に戻る…。そしたら本格的に勉強を再会して、薬師になりたいと思ってるよ」

「…そっか。ルーカスはすごいな、色々考えてて」

「別に、普通だろ」

「……」


 …その普通のことを、当然のようにできるのがすごいと思うけど。

 それに、自分の夢より他人を優先するなんて簡単にできることじゃないよな。自己犠牲とも呼べるような…。

 いや、まてよ…。そこまでするって、つまりは…?ははーん。


「な、なんだよアラン…ニヤニヤ気色悪い顔して俺のこと見て…」

「いやぁ、なんでも…? リリアンとルーカスはすごく仲がいいなって思ってさ」

「なっ、お前…! 調子に乗るなよ、今すぐテントの外に放り出そうか?」

「えっ?! ちょ、それはひど…!」

「…待った、静かに。」


 ルーカスが目配せして、口に人差し指を当てる。

 そうだ、リリアンが寝てるんだった。俺たちは恐る恐る彼女の方を見た。

 …よかった、寝息を立てて気持ちよさそうに寝てる。


 俺たちは同時に安堵の息をついた。


「ごめん、大きい声出しちゃった」

「…俺もつい煽ったからお互い様だ。…そろそろ遅いし、もう寝よう」

「そうだな…。おやすみ」

「おやすみ」


 ルーカスがランプの明かりを消した。

 暗闇の中で瞳を閉じると、地面の冷たく固い感触が気になったが、我慢して身を縮める。


 …さっきのルーカス、顔が真っ赤だった。やっぱり、リリアンのこと好きなんだろうな…。 けど、なんだろう、この胸がきゅっとなる切ない感じ…何か心の奥底で引っかかるような。

 記憶は無くしちゃったけど、もしかして俺にも、大切な人がいたのかな。


 その気持ちが何なのかは、考えてもわからなかった。自分の寝息の音に耳を澄ませるうち、意識はいつの間にか遠くなった。



ーーー•



 ピチャッ…。


 水滴が落ちる音が響いた。俺は俯いたまま、閉じた瞼をそっと開ける。立てた片足の靴底から水滴が落ちたようだ。水面に目を凝らすと、重々しい自分の顔が浮かんでいる。


「…っ!」


 思い切り眉に皺が寄った。俺は立ち上がって段差を降り、自分の姿を踏みつける。浅い水の中を歩いて進んだ。


 …思った通り、俺の仮説は正しかった。ここに閉じ込められてから頭の中に見えるイメージに意識を集中していた…。見る限りもう1人の俺は記憶を失くしている。つまり契約通り再生は完了したということだ。


 暗い水面を揺らす足は水の冷たさを感じない。中心で立ち止まり視線を落とした。


 …だとすると、多くの疑問が残る。新たな人格が生まれた理由や、俺がこの場所に閉じ込められた意味。そして…。


 正面を向き果てが見えない暗闇を見つめた。


「記憶のない俺が現実だというのなら…今、ここにいる俺は誰なんだ…!」


 うめくような低い声は、暗闇に吸い込まれ消えていった。

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