17話 上弦の月
ーー
無数の足が交差する。ステップを踏むたびに、乾いた土埃が巻き上がる。
「…っ!」
肩越しに相手を見据えた。刃が敵の腹にめり込み、斬り捨てる。
「ぐわぁああぁあぁっ!」
血飛沫を上げて倒れた。俺は止まらず踏みこむ。目前に突きが迫るーーが、見極め相手の剣を弾く。金属音が響く瞬間、時が止まったように感じた。
「なっ......!」
バランスを崩した隙に、回転切り。
「があぁぁあぁっ!!」
次に後方の斬撃に刃を沿わせ、流す。踏み込み胸に突き刺した。
「かぁっっ!!」
視界の端で刃が光る。身体を翻し突き刺した肉壁で防ぐ。蹴りで剣を引き抜き、後方の敵を巻き込んで倒した。
「くそっ、化け物め!」
罵倒されたが意には留めない。さらに踏み込む。無駄を削ぎ、流れに合わせ剣を振るっていく。敵兵は怯み、一瞬俺から後退した。
「くっ、数で押せないだと?!」
「これが舞葬の死神…!」
軽蔑を含む声に、眉を僅かに動した。立ち止まり、剣を立てると魔力を込める。
「隊長、それは無茶な…!」
背後からジルドの声が聞こえた。
「…下がれ」
「なっ…!」
敵集が雄叫びを上げ、一斉にこちらへ向かう。俺は後ろ足を引き、低く構え前を睨む。
「...スコタディエクソシア」
刃が黒紫の光を纏う。手首を返し、横一閃。剣の軌道は斬撃波となり、敵を貫きながら遠方まで瞬時に飛んだ。
「うわあぁああぁっ!!」
絶叫が響く。どさっと音を立て、敵兵が幾重に倒れていく。血の海が広がるのを、眉を寄せて見下ろした。
「…くっ!」
その時、ドクンと胸が高鳴った。目を見開き胸を抑える。少し足がふらついた。
「隊長…っ! やっぱり言わんこっちゃ…!」
俺は歯を食いしばり踏みとどまる。横から迫る攻撃を躱し、敵を突き刺した。
「…敵は少し減った。じきに軍団の応援が来る…ここの指揮は任せる」
剣を引き抜きながら言った。
「貴方は、行かれるのですか!?」
「初めに話した通りだ」
「なっ…!」
それだけ言うと、俺は敵を倒しながら走り去った。
「…」
半壊した門を潜り抜けた。通りは四角い石造りの家々が並び、焦げ臭い煙が漂っている。無惨な死体があちこち転がっていた。
…酷いな。
俺はその光景に眉を寄せると、視線を前へ戻す。
…急ごう、敵軍はすでに進攻している…。やつを神殿へ誘き出し、陛下を守らなくては…!
拳を強く握りしめると、高くそびえる神殿に向かい走り抜けた。岩場に立つ琥珀色の神殿は、上弦の月に明るく照らし出されていた。
ーーー
「…っ!!」
肘をつき、ガバッと身体を起こした。汗が数滴ベッドに落ちる。
「はぁっ…はぁっ…!」
額から汗が滲み、肩で呼吸する。唾を飲み込んだ。手をつき半身を支えると、浅い呼吸を繰り返す。
…なんだったんだ…今の…。俺の記憶なのか…?!
顔が歪んでいく。
あれは戦争…?俺は、何を…。
目を強く瞑って項垂れた。暫くそうして、ゆっくりと上半身を起こす。
「……。」
呆然として佇んだ。ふと、片目を細める。視界の端に眩しさを感じ、窓際を見た。
窓から月明かりが静かに滲んでいた。青い光の筋が落ち、石壁や家具が月光を照り返す。
「……水」
窓を見つめ囁くように呟いた。ベッドから足を下ろしてブーツに通す。そのまま立ち上がると、静かに歩いた。
小さな棚の両扉を開けると、グラスと水さしを見つけた。無言で水さしをとり、魔力を込めて水を溜める。
グラスに水を注ぐと、部屋に音が響き渡った。
「う...」
眉を顰め、周囲を見渡す。肩を縮めたその時。
「もー…なんでそうなるのっ?!」
リリアンの声に、ビクッとして後ろを振り返る。
「…んー…ふふふ」
「......」
彼女は気持ちよさそうに微笑み横を向いて寝ていた。呆気に取られていた。安堵して深く息を吐く。
…なんだ、寝言か…。
眉を下げて微笑む。一瞥して水さしを棚の上に置きながら、グラスに口をつけた。喉を鳴らして、一気に飲み干す。
「ふぅ〜…」
水指しの隣にそっとグラスを置いた。次に、端に置かれたランプを手に取る。
石畳の床上で、自分の影がゆらりと動いた。ズボンだけさっと履いた。
キィ……パタン
小さく木が軋む音が響く。俺は部屋から出ていった。リリアンとルーカスはよく眠っていた。
ーーー
通路は薄暗くひんやりとしていた。俺は一つ身震いし、肩をさする。
さっむ…上も着ればよかった…。でも戻るのもな…。
横目で扉を見ながら苦い顔でぼやく。ため息を漏らして前を向き、ランプの取手を持ち上げた。
…これも魔導式かな?
魔力を込めると、ランプがぼんやりと白く光り火が灯る。火はゆらゆら踊り、瞳に鮮明に映った。
俺はランプを持つ手を下げ、通路の奥を見つめた。並ぶ窓から月光が真っ直ぐ落ちている。
「...なんか寝る気になれないんだよな。」
小さく呟き、俺は通路を歩き出した。
ーーー
暗い場所を潜り抜けると、窓辺から光が漏れる通路へと出た。青い光に照らされる石畳や壁がキラキラと輝いている。
「綺麗だな…。」
少し見惚れて、目を細めて笑った。
俺は窓辺まで歩く。両扉の片方を開けると、強めの風が顔に当たり一瞬目を瞑る。髪を大きく揺らした。
「う...なんだよ。」
顔を顰めながらぼやく。もう片方の扉も開けた。窓台にランプを置き、腕もそこへ乗せる。身を乗り出すと、視界に外の光景が広がった。
森に囲まれ青に染まる家々が見下ろせる。囁くような風の音が聞こえる。群青の空は星々が散り、上弦の月が白く輝いていた。
俺は月を食い入るように見つめる。
…さっきの映像でも…上弦の月だったよな。
月を見ながら眉を寄せる。
…映像は途中で途切れたが…この月は手がかりになりそうだ。何か引っかかる。
緩やかな風が髪を撫でた。
そもそも俺は知りたいのか?その先を。あれはきっと俺の記憶だ、そんな気がしてならない…。
俺は月を睨んだ。
…知りたい。知らずに後悔するより知って後悔したいから…。過去と向き合わなきゃ、俺は未来へ進めない。
目を見開き、息を吸い込む。
思い出せ…!
月に意識を集中させた。その時ー。
「…っ!」
視界で月が残像のように揺らいだ。ズキンとした痛みが頭に走り、頭を抑える。
…この感覚、まただ…さっきも…!
顔を顰めながらも、俺は月を見続けた。現実の月と記憶の月が交互に切り替わっていく。
眉を寄せながら瞳を閉じた。暗闇の世界から、一気に鮮明なイメージが広がる。
…続きが、始まる…。
記憶の断片に意識を委ねた。
ーー
弦月が紺青の空で眩く輝く。その下で石造りの街並みが赫々としていた。煙があちこち立ち登っていっる。
俺は巨大な柱が囲む神殿の入り口から、眉を顰めその様子を見下ろしていた。横から砂を踏む音が聞こえたので、振り向く。
「すみません隊長、遅くなりました! 敵の目を誤魔化すのに手こずって…。」
カミラ達が陛下を連れて立っていた。陛下は布を被り、杖で身を支えている。
「…わかってる。それより、早速配置を整えよう。軍団は適切に配置されたか?」
「はい…防御線、神殿前、市街地、人員は作戦通りに配置されています」
カミラが背筋を伸ばして答えた。
「そうか、では諸君も持ち場へ。カミラ、オルザは陛下をお連れし俺と同行。マハルク、イーザ、ナーシムは神殿に近づく敵を蹴散らせ。指揮はアズリナに任せてある。」
「「「はっ!」」」
マハルク、イーザ、ナーシムは、走って階段を下っていった。
「…それでは陛下、こちらへ。」
俺は足腰が覚束ない陛下の手を取った。
「すまない…こんな時に役に立てず」
力のない声だった。幼い頃の、大きく見えた国王の背中をふと思い出す。国王の全身を見つめ、無理に口角を上げた。
「…何をおっしゃるんですか。陛下は民のため、この作戦に命を賭けて下さった」
前を向き、目を伏せた。
「皆感謝しています、どうかご自分を責めずに」
「…そうか」
穏やかな声で答えた。陛下は杖をつきながら、神殿の階段を一段登る。
「…頼んだぞ、アラン。ルシアは既に、封印の儀に備えておる…。」
言いながら、陛下はまた一段階段を登る。
「この作戦の要は、お前達2人だ…。私に出来ることなら、なんでもやろう」
陛下の瞳の奥に、一瞬輝きが見えたような気がした。
「…はい!」
俺は真剣に返事した。前を向き、陛下と共に階段を登る。その時ー。
後方で、風が低い爆音を運んだ。微かに雄叫びも聞こえる。
「…!」
俺は後ろを振り向き、遠くに目を凝らす。俺の目線だと、街並みしか見下ろせなかった。
「隊長…敵軍が近くに集まってきたみたいです!」
ナーシムが後ろにかけ戻り、見渡しながら叫ぶ。
「そうか…急ごう。陛下、行けますか?」
「あぁ…大丈夫だ」
俺と陛下の後ろを3人が見張る。俺たちは神殿の中へと進んでいった。