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舞葬のアラン  作者: 浅瀬あずき
コルグ村編
15/17

15話 一つ一つの瞬間

ーーー•


 深淵のような深みに点々と白が煌めく。その夜空の下、教会がそびえる広場は静寂に満ちていた。ただ一つ…カツンと冷たく響く音を除いて。


 大きいリュックを背負った男が、ランプを掲げて歩いている。ゆらりと炎に照らされると、帽子から覗く漆黒の瞳が見えた。顔は無表情で覇気が無い。


「……」


 彼は時折足を止め、食い入るように教会を観察した。ゆるりと滑るように首を動かし、唇が僅かに開く。その無機質な視線が、教会の壁をなぞる。その目は何かを探すようにも、確かめるようにも見える。


 カツン…カツンー…。


 教会の脇を通り過ぎる。そしてゆっくりと広場へ足を踏み入れた。彼の目線で教会の正面が徐々に見え始めた、その時ー。入り口で松明を持つ警備と目があった。互いに一瞬目を見開く。


 彼はその場でピタッと立ち止まり、警備に丁寧な会釈をした。立ち去ろうと踏み出すが、すぐに呼び止められる。


「ちょっと貴方…この時間にどこへ向かうつもりなんです?」


 少し鋭い口調だった。男は眉をぴくりと動かし、振り向く。ほんの一瞬、目の奥に鋭い光が走ったが、すぐに困ったような笑みを浮かべた。


「…僕は旅人で…宿を探して歩いていたんです。そしたら広場に出ちゃって…」


 警備は男を上から下にまじまじと見ると、一つため息をついた。


「なるほど…そういうことですか。それならこの辺に近くの宿がありますよ。お教えしましょう」

「…お、お願いします」


 男は弱々しく言うと、警備に近づいた。警備は指を刺しながら道を説明をする。


「ここを進むと通りがあります。通りの二つ目の角を右に曲がって、まっすぐにいくと左手に宿が見えます。...わかりました?」

「…はい、わかりました!親切にありがとうございます...」


 男は頭をかいて微笑んだ。それを見て警備は眉を下げ、穏やかに微笑む。


「...確かにこの村は入り組んでいますから、慣れてないと迷いやすいでしょうね。…では、お気をつけて!」

「はい、本当に助かりました…。あなたもお元気で!」


 互いに手を振り、男は笑顔をたたえて歩き出す。降った手を下ろすと、リュックの紐に片手を添え前を見た。その顔は頬がピクつき、抑えきれないほどの不快感が滲み出ている。


「…ちっ。面倒だな…」


 警備に聞こえないくらい、小さい舌打ちだった。男は暗闇にまぎれ広場から姿を消した。



ーーー



 暗闇の中で、ランプの炎が灯る。男は眉を顰め、ランプを顔の前に近づけた。


「…なんだ、すぐ消えるな。魔導式ランプの故障か…?」


 不安定に揺れる炎を見てぼやいた。彼はランプの底部をくるくると回し慎重に分解する。特殊な文字が彫られる魔法陣のパーツが現れ、それを指でなぞりまじまじと眺めた。


「…術式には傷がない…だとするとオイルの不良か…」


 男は苛立ちを含んで息を漏らすと、ランプのパーツを再び取り付ける。首を横に捻り、取手を掴みランプを掲げた。曲がり角の奥は小さなランプの灯りが輝き、茶色い石壁が目の前に広がる。


「確か…この角を右、だったよな」


 男は足先の方向を変える。


「…なるほど警備か…。少し予想外だったが…」


 男は目を細め薄ら笑いを浮かべる。


「俺の楽しみは誰にも邪魔させない…」


 俯くと、堪えるように笑い声を漏らした。



ーーー•



 カウンターの上に、水が注がれた木製のジョッキが3つ並んでいる。そのすぐ横に木のトレイがコトッと置かれた。手際よくジョッキがトレイに移されると、トレイがカウンターから離れる。


 エディスがテーブルにトレイを運んできた。


「皆さんお酒は飲まないようだったので、お水をお持ちしました」


 俺たちの目の前にジョッキが慣れた手つきで置かれ、俺は彼女とテーブルに目線を行き来させた。


「…料理は今日作ったものをお持ちします。少々お待ちください」


 エディスはにっこりと微笑む。トレイを持って軽く会釈すると、カウンターへと戻っていく。俺はぼんやりとその方向を眺め、頬杖をついた。


「......」


 力を抜くように目を細め、一つ瞬きをする。店内は壁際と卓上でランプが揺れる。テーブルの木目に光の筋が反射していた。カウンターは大きな樽が脇に積まれ、棚に並ぶ食器やグラスが光に縁取られる。奥には厨房もあるようだ。


 …その時、ふとほっぺの一点に何かが押し込まれる感触があった。


「うぉっ?! …なんだよ」


 ビクッと後ろに飛び跳ねて、目を見開き正面をみる。そこには、悪戯っぽく笑い人差し指を突き出すリリアンがいた。ルーカスはその隣で口元を押さえて笑っている。


「...アランのほっぺ、柔らかそうだなーって思って。何考えてたの? ぼんやりして」

「なっ…!」


 俺は頬を押さえ目を伏せた。


「...色々新鮮だったから、つい見とれて。」

「それって...記憶がないから?」

「そうかも。なんか、一つ一つの瞬間を刻みたいなって…」


 前を向いて苦笑いした。


「...またここに来るかわからないし」


 リリアンは一瞬目を見開くと、頷きながら微笑んだ。


「...なんかアランらしいね、それ」


 ルーカスがジョッキを口に近づけニヤリと笑う。


「ちょっと変わってるけどな」

「ふふっ…けどそれが彼のいいところじゃない?」

「そうだな、面白いやつだよ」


 俺はムッとして唇を尖らせた。


「なんだよそれ、どういう...」


 テーブルに手をつき身を乗り出す。言いかけて上から薄い影が落ちるのが見えた。


「お待たせしましたー! 料理ができましたよ!」


 顔を上げると、ディーゼルさんとエディスが料理を乗せたトレイを持って立っていた。俺は咄嗟に椅子に座り直す。


「こちら本日の日替わりメニューになります。ソーセージのシチューと焼きたてパンです」


 ディーゼルさんが微笑んで説明する。2人はテーブルの上にトレイをスッと置いた。目の前に配膳されると、膝の上に手を置き料理をじっと見つめた。


 野菜がゴロゴロと入ったとろみのある白いスープと、柔らかそうな丸いパンだ。料理から立つ湯気がふわっと優しい匂いを運び、思わず腹を抑える。


 …この白いスープがシチューってやつなのかな?


「さぁ、みなさん食べてください。冷めないうちに!」

「あ、そうだね。それじゃあ…」


 リリアンはエディスに微笑んで頷き、木製のスプーンを手に取る。そのままシチューを掬って口に入れた。 


「うん…すごく美味しい! 優しい味がするね」


 リリアンの顔が綻んだ。


「ありがとうございます! 頑張って作った甲斐がありますね」

「あぁ、結構好きな味だ。ほっとするっていうか…」

「えへへ…嬉しいです」


 ルーカスもスープを食べながら口元を緩めていた。エディスは照れたように笑っている。


「...君は食べないのですか?」


 気づくと、ディーゼルさんが不思議そうに俺を見ていた。


「……あっ、食べます…!」


 俺もスプーンを手に取り、シチューを口へと運んだ。咀嚼して飲み込むと、手を止め目を見開く。ディーゼルさんの方を向いた。


「美味しいです...このシチューってやつ。野菜も甘くて…」

「それはよかった、野菜は自家製なんですよ」


 ディーゼルさんが穏やかに笑うと、リリアンが目を輝かせた。


「だから新鮮なんですね。では、このソーセージは輸入品?」

「ええ…他国の商人から仕入れています。最近は食品や魔道具を始め、外国のものが村に溢れるようになりましたね」


 ルーカスがパンをちぎった一口のパンを飲み込むと口を開いた。


「それは…魔石で村が潤ったのが大きいんですよね?」


 ディーゼルさんは目を見開くと、エディスの方を向く。エディスは気まずそうに目を逸らす。彼は苦笑して溜息をついた。


「エディスから聞いたようですね」

「はい…異文化の流入により、この村は伝統と自由を巡る対立が生まれていると…」


 ルーカスはジョッキの水面をほんの少し眉を寄せて見つめる。リリアンは切なそうな顔をルーカスに向けた。


「…答えが出ない問題だなって思ったんですよ」


 俺もルーカスの伏せられた目を見て俯く。細かい傷がついた木目に視線を合わせる。


「…確かに、簡単に解決できる問題ではありません。ですが…」


 穏やかな声に顔を上げる。手を後ろに組むディーゼルさんの横顔が目に入った。


「自由と秩序は共にあると思うのです。行き過ぎた秩序は自由を奪うが…かと言って、法も社会もない無秩序から自由が得られるのでしょうか…」


 俺はジョッキの取手に手を添える。


「…だとすると、思想は何故対立しなきゃならないのでしょうね」


 少しの前、静寂が訪れた。


「…ふふふふ、ふはははは!」

「なっ…なんですか。俺、変なこと言いましたっ…!?」


 握り拳で口元を押さえて笑っているディーゼルさんと目が合う。


「いや、その逆ですよ。なんだか嬉しくなってね…」

「…そうですか」


 顔が一気に熱くなり、ジョッキを持つと喉を鳴らして勢いよく水を飲んだ。リリアンとルーカスの視線を感じたような気がしたが、俺は気にしないふりをした。


「そうだ、ディーゼルさん。そろそろデザートを…」

「あぁ、そうだなエディス。今朝焼いたのをお持ちするか」

「はい…!」


 エディスは頷くと、駆け足で厨房へと入っていった。ディーゼルさんはその後をゆっくりと歩く。途中で立ち止まり、振り返って微笑んだ。


「…とっておきのお菓子ですので、是非楽しみにしててください」


 俺たちは顔を見合わせると、3人で悪戯っぽい笑みをこぼす。たわいも無い話を再開し、俺たちはデザートを待ちながら食事の続きをした。

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