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舞葬のアラン  作者: 浅瀬あずき
コルグ村編
10/17

10話 自分のため

ーーー・


「すみません…通らせてください…!」


 私は息が詰まるような胸のざわつきを抑え込み、人混みを掻き分けて前へ出た。広場の中央では教会の目の前で司祭様と副司祭様に数十人の若者達が反抗しているようだった。


「…何が礼儀だ!! そんなもので平等が実現できるわけじゃねぇ!!」

「やめないか! 君達が神の御心に反しているとなぜ気づかない!」

「はっ…神の御心ね…。正教は多くの国で信仰されてるようだが…礼儀を説いてるのはこの村だけじゃねえかっ!!」

「そうだ!! 俺たちの自由を奪うな!!」

「伝統なんてクソ喰らえ!」


 やっぱり…またいつものだ。でも、今日は特に対立が激しい…。いつもなら彼らは何だかんだ言っても聖職者様達に従うのに…!


「俺たちは…自由のために戦うぞ…!!」

「礼儀なんざ全部ぶっ潰してやる!!」

「なっ…なんて事を…!」

「今ならまだ間に合う…神に赦しを乞うのです!」

「うるせぇっ! これでもくらえ、フローガ・スフェラッ!!」


 1人の村人が杖を掲げ、複数の火炎弾を作って飛ばした。聖職者様達の足元へ次々と着弾する。 


 その瞬間、激しい爆風とともに重低音が響く。私は思わず横を向き腕で顔を覆った。着弾部は石畳が剥がれて煙が上がる。


「これは…神への反逆だ...!」


 副司祭様が怒気を含んで叫ぶ。囲っていた村人達は悲鳴をあげ、混乱し散り散りになって逃げる。転んでつまづく者もいた。


 …なんで、こんな事に…!


 私は怯えながらもその場に留まり続けていた。両者は静かに睨み合い、殺気立つような緊張が漂う。


 どうしよう…このままじゃ誰かが傷つくことになる…。嫌だ、そんなの見たくない…!出来ることなら飛び出して何とかしたい。でも私に止める力なんてないし、そんなことしたら巻き込まれるかもしれない…。どうしよう、怖い...私にできることって、何…?


 身体が小刻みに震える。荒い呼吸を整えながら、胸を抑えるように衣服を掴んだ。

 

「本当にもう、止められないの…?」


 自分でも驚くほど弱々しく掠れた声は、誰にも届かず空気の中に溶けて消えていった。




ーーー•



 つま先で地を蹴るたびに、靴底が石畳を冷たい響きで鳴らした。じわじわと不安が胸を締め付け、得体の知れない焦りに駆られる。

 俺は前傾すると脚の回転を早め、方向だけを頼りに複雑な通路を進んでいく。


「あ、アラン…っ!! ちょっと待てよ…っ!!」


 後方からルーカスの声が聞こえ、俺ははっとしてスピードを緩め立ち止まる。


「あっ…悪い!! つい…っ!!」


 後ろを振り向くと、ルーカスとリリアンが少し後ろから走ってきた。先に行きたい気持ちに駆り立てられて少し浅い呼吸をする。


 早く行かなきゃ…あまりもたついてたらダメな気がする…。


 2人が追いつくのを眺めて待っていた。焦りを押し込めるように周囲に意識を向け見渡す。狭い通路の石壁から僅かに反響する音が聞こえた。俺は少し振り返って耳を澄ます。2人の村人がひそひそと会話をしている。


「はぁっ…はぁっ。」

「…はぁっ…お前、リュック背負ってるのになんで、そんなにはや…」

「…ちょっと待って」


 会話に集中したくて追いついたルーカスの声を遮った。


「...さっきの音はやっぱり若い子達よ。...なんで彼らはルールが守れないんでしょうね」


 若い子達...?何か知ってるのか!?

 突き動かされるように片足に力を込めると、ターンして前へ踏み出す。


「本当にそうですよ! これも異文化が入ってきたのがきっと悪さを...」

「…すみません、その件について教えてください!」


 気がつけば駆け寄って話しかけていた。彼女達は声に反応し、驚いたように目を見開いている。


「あ、あぁ…。いや、その…あなたには関係が…」

「簡単でいいので! どうかお願いします!」

「は、はぁ…」


 俺は急かすように言う。彼女達は気まずそうに目を泳がせたが、逸れない視線に折れたのか1人がポツポツと語り始めた。


「…最近、うちの村じゃ若者達が村のルールに逆らうのよ。初めは言葉遣とか態度とか些細なものだったけど…近頃はもっと暴力的で…」


 そこで言葉を詰まらせ、思い詰めたような表情をした。俺はその先が知りたくて、冷静さを意識しぐっと詰め寄る。


「それは、さっきの音と何か関係が?」


 一瞬の沈黙。互いに目を見合わせた後、もう一人の村人が声をひそめて続けた。


「…彼らは聖職者様達と、よく対立してるから…。きっと争ったんじゃないかって…」

「彼らは集団で威圧しながら彷徨くの。だからあなたも気をつけ…」

「よく分かりました! ありがとうございます!」


 俺は彼女達に会釈すると、ルーカスとリリアンの方に駆け寄って戻る。2人は眉をひそめて俺を見ていた。


「…アラン、会話を聞かせてもらったが本当に先に行くのか?」


 ルーカスは少し顎を引くと、トーンを落とし鋭さを抑えるように言った。


「うん…もしかしたら危ないかもだけど。だからこの先は俺1人でいいや。リリアン、このリュック返すね」


 背からリュックを降ろしリリアンに渡す、彼女はリュックを受け取ると、ぎゅっと胸に寄せた。


「…なんで、そこまでするの? 私達には関係ないじゃない…何も自分から危ない目に遭わなくたって…!」

 

 苦しげな顔で訴えるように言うので、見てられず一瞬目を逸らす。俺は再び視線を交わすと苦い顔で笑った。


「わかるよ。…でも、行かなきゃ気が済まないんだよね」


 眉を寄せて広場の方を見つめる。


「…だからごめん、2人は市場で待ってて!」

「…アラン!!」

「おいっ、お前…!!」


 呼び止める声を頭から振り払い、前だけ見て走り出す。2人がついて来てるかはわからなかった。俺は狭い石造りの通路を走りながら考えを巡らせる。


 本当にごめん…ルーカス、リリアン。でも俺、行かなきゃ…。俺が行っても何もできないかもしれないし、さっきの話だって村人達の推測だ。危険なのもわかる。けど…。


 俺はリリアンとルーカスを盗賊から助けた時のことを思い出していた。


 あの時はたまたまだったけど、声に反応して近づいたから、結果的に2人を助けることができた。


 動かなければ助けられるものも助けられないし、俺は自分に納得できる選択がしたい。…だからこれは、誰かというより自分のためだ。


 俺は口元の震えに気づき、抑えつけるように歯を食いしばった。


 くそっ…今は余計なことを考えるな...!行くしかないんだ…!


 自分にそう言い聞かせ、脚に力を込めると地面を強く蹴り上げた。

 



ーーー•




 俺とリリアンは遠ざかっていくアランの背中を黙って眺めていた。彼の真剣な目がチラつくと、喉につっかかっるものを飲み込むことしかできなかった。


「…どうする、リリアン。あいついっちまったな…何考えてんだか、何も考えてないんだか…」


 眉を寄せ小さく溜息をついた。


「本当にそう…でもね、ルーカス。私、思ったんだ…。私たちも、そんな彼にあの時助けられて、今こうして生きてるんだなって。だから…」 


 リリアンは切なそうな顔で目を伏せ、アランから受け取ったリュックを背負う。


「後を追うっていうのか? ダメだ、いくら何でも危険すぎる。目を覚ませよ、美徳が正しいとは限らない」

「わかってる。…でもね、少なくとも私たちは彼には恩がある。今朝、彼にもっと頼って欲しいって言ったばかりでしょ?」 


 憂を浴びたその顔を見ると、胸が締め付けられた。


「それはそうだが…村人の話を聞いただろ? 下手したら俺達まで巻き込まれる可能性だって…!」

「そうだね…でも私、ここで彼を追わなかったらこの先ずっと後悔することになる。」


リリアンは顔を上げて広場の方を見つめ、凛々しく眉を寄せた。


「…だから、行くね」

「…っ!」


 彼女は背を向けて走り出そうとした。


「待てよっ!」


 彼女の腕をとった。リリアンは振り返り、少し驚いた表情で俺の顔を見た。


「…一人で追うのは危険だ、俺も行こう。ったく…リリアンは昔から言い出したら聞かないからな」


 俺はそう言って苦笑した。


「ふふっ…でも、あなたはいつもそんな私に寄り添ってくれたよね。ありがとう、ルーカス。」


 彼女は屈託のない笑みで笑った。俺は小さく頷く。


「よし、行こう…。確か、あっちの方に行ったよな」

「そうだね」


 俺たちはアランを追って走り出す。...あいつは俺にとっても大切な友人だ。俺だってできることならあいつの力になりたいさ。でも、リリアンのことを考えると...。


 走りながら彼女の方をチラッと見た。


 とにかく...追うと決めた以上、俺も覚悟を決めよう。それに3人ならきっと何とかなるはずだ。


 俺は前を向き拳に力を込める。広場を目指して入り組んだ通路をリリアンと走り抜けた。

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