第4話 ゴブリン襲来
・『代行者』
稀にスキルから生まれる「もう1つの意思」。その声は宿主にしか聞こえない。
宿主の持つスキルの全てを網羅し、最適な状態で行使することができる。
宿主と代行者が同時に別々のスキルを使うことも可能。
「〔うっま~~~~~!!!!!〕」
レッドドラゴンの肉を調べつくしたワタシ達は、レッドドラゴンのもも肉を塩で味付けし、近くの森で見つけた香草の葉でくるみ包み焼きにした。結果は上々。塩で味付けされ、香草の香りが染みついた、肉汁溢れるジューシーな肉・・・カルメラ様の味覚を通して、ワタシは生まれて初めて『美味しい』と感じた。
〔やりましたねカルメラ様!〕
「うん!まさか塩振って香草で巻いただけでこんなにおいしくなるなんて。ただの丸焼きにしなくてよかった!ありがとう、ミカエルちゃん!」
〔ワタシはカルメラ様のサポーターですから、このぐらいは当然ですよ〕
本当は胡椒をかけると尚良かったのだが、今回は無かったのでしょうがない。それに胡椒がなくても、この包み焼きドラゴン肉(仮)は、十分すぎる程美味しかった・・・!
〔しかしカルメラ様、このドラゴン一頭で包み焼き肉だけでも500人分くらいは作れますよ? こんな巨大なドラゴンを丸焼きにして、お一人で全部食べるつもりだったんですか?〕
「そりゃまあ、一緒に食べる相手もいないし」
〔それはそうですが、いくら何でも1人で全部というのは無茶が過ぎるのでは? 数日掛けて食べるにしても、この巨体を持ち運ぶなど一体どうやって?〕
「『空間支配』の『固有空間』を使えば楽勝だよ!」
・『固有空間』
術者のみが使える空間を作り出し、様々な物を出し入れできる。(ただし生物は例外)
容積は術者の魔素量による。
「僕の『固有空間』はかなり広いからね。さっきの塩の他にも肉とかお菓子とか色々入っているけど、ドラゴン一頭くらいはまだ余裕で入るよ」
〔確かに運ぶだけなら『固有空間』で事足りますが、時間が経てば肉は腐ってしまいますよ?〕
「ふっふっふ、実は僕の『固有空間』は特別でね。中に入れた物の時間を止めておけるんだ」
〔っ!? そんなことが!?〕
「結構頑張ったんだよ? 入れた物の時間が止まるように何度も何度もイメージを繰り返して、一ヶ月かけてようやくできるようになったんだから。まあ肉を持ち運べないのに比べたら、この程度の苦労は大したことなかったけどね」
〔・・・カルメラ様は、本当に肉が好きなんですね〕
「限られた空間のみ」という条件付きとはいえ、肉のためだけに時を止める術を編み出してしまうくらいだから、「筋金入り」というやつだろう。もっと言えば、カルメラ様は好きな物のためならば、新たな術を自ら作れる程の才覚を持っているということだ。
(そんな才覚を肉のために使っている者など、恐らくカルメラ様以外にいないでしょうね)
「ミカエルちゃん、もしかして呆れてる?」
〔いえ、そのようなことはありません〕
・・・やはり勘がとんでもなく鋭い。
それにしても、改めてカルメラ様のスキルを見てみると、本当にとんでもない組み合わせだ。元から持っていたのが特上スキル『空間支配』とギフト『勇者ノ資格』、そして『AI』と同じく権能の『剣神』。上位のスキルばかりだ。
(何だかんだ後回しになっていましたが、今度こそちゃんと確認しましょう)
再び『並列思考』で思考を増やし、カルメラ様との会話の裏でスキルの確認を開始する。
まずは『剣神』
統合された7つのスキルを解析鑑定すると次のように表示される。
・『神速思考』
常人の数億倍の速度で思考できる。
・『剣術強化』
剣技の精度を向上し、剣技の威力を上昇させる。
・『神力』
神と同等の身体能力、膂力を得られる。
・『絶対切断』
刃物を持っている場合に限り、対象を確実に切ることができる。
ただし、権能でレジスト可能。
・『蒼剣生成』
蒼く光る『蒼剣』を無数に生成し操れる。
『蒼剣』の数は術者の力量による。
・『気配察知』
周囲の生物の存在を察知できる。
・『攻撃予測』
相手の次の手を予測できる。
能力はわかりやすいものが多く、それでいて強い。近接戦闘はもちろん、距離が離れた敵も『蒼剣生成』で対応できる。まさしく戦闘特化の権能だ。とはいえこれでも権能の中では弱い部類らしいので、頼りすぎないように注意しよう。
続いて『勇者ノ資格』
こちらは次のように表示される。
・『光魔法』
勇者のみが使える、「魔」を滅する浄化と破壊の魔法。
破壊の力は「魔」以外にも効くので取り扱い注意。
・『(未覚醒)』
(覚醒後に閲覧可能)
スキルが2つしかない上に、片方は未覚醒と表示される。だが『光魔法』だけでも十分すぎる程の性能だ。カルメラ様ならば無いとは思うが、無闇に使わないように言っておかなければ。
最後に『空間支配』
先程の『固有空間』の他に4つのスキルが統合されている。
・『空間断裂』
本来は干渉できない空間そのものを切り裂くことができる。
・『空間転移』
見えている場所及び一度行ったことのある場所へ瞬時に飛ぶことができる。
・『膨張』
指定した空間を膨張させ、拡大することができる。
・『圧縮』
指定した空間を圧縮し、縮小することができる。
他の2つと比べると弱いが、それでも強力なスキルであることに変わりはない。しかもこのスキルには伸びしろ―――つまりは進化の可能性がある。
(解析鑑定によると、特上スキル『熱支配』を習得すれば、『空間支配』を進化させられるようですね。今後Sランク越えの強敵が現れる可能性や、アデンシアの動きについて考慮するならば、力はあるに越したことは無いでしょう)
〔カルメラ様、ご報告が―――っ!〕
「ミカエルちゃんも気付いた?」
〔ええ、囲まれていますね〕
『魔素感知』が、魔物の反応を捉えた。相手はEランクのゴブリンの群れ。先程のレッドドラゴンの襲来で、他の魔物達は一斉に姿を消したのだが・・・どうやらゴブリンの群団が戻ってきたようだ。
〔ざっと見積もって、数は1000体程ですかね〕
「1000体かな? 1000人な気がするけど」
ボソッとカルメラ様が何か言った気がするが、今は気にしている場合ではない。
〔どうしましょう、カルメラ様〕
「呼ぶ」
〔―――え?〕
「すぅ~~・・・おぉぉぉぉぉい!!ゴブリンの皆ぁぁぁぁ!!隠れてるのはわかってるからこっちに来なよ!!相手してあげるからぁ!!」
・・・えええええええ!?
呼ぶってそういう!?
「バレテルナラ、ショウガナイ。野郎共!相手ハ1人ダ!ヤッチマエ!!」
「「「「「ウォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」」」」」
群れのリーダーと思しき個体が号令をかけると同時に、武器を持った1000体を超えるゴブリン達が一斉にこちらに向かってくる。
(あぁもう!「気付いてないと見せかけて近づいてきたところを倒す」とかやりようは幾らでもあったのに、まさか馬鹿正直に呼び出すなんて!)
まあ、カルメラ様ならば1000体でも10000体でも即刻殲滅できるだろうが・・・ただ馬鹿みたいに真正面から戦うことしかできないのかこの人は!?
「よし、突っ込むよ!」
〔え、ちょっ―――!?〕
言うや否や、カルメラ様はゴブリンの群団へ突っ込んだ―――と思った瞬間には目の前にゴブリン達がいて、見上げると数十体のゴブリンが後方へ吹き飛ばされていた。
「!? 何ダコイツ!? 何時ノ間ニ―――」
「まだまだいくよ!」
ゴブリン達の動揺など気にも留めず、カルメラ様は次々とゴブリンを吹き飛ばしていく。
(またです。カルメラ様が何をしたのか、まるでわからなかった)
一瞬で居場所が変わっただけなら、『空間転移』で説明がつく。しかしカルメラ様は移動するに留まらず、そのまま攻撃まで繰り出している。いくら『空間転移』で移動したのだとしても、攻撃の挙動すらまったく見えないのはおかしい。
(さらに言えば、魔素の流れに変化が起きていないことから考えて、『空間転移』を使っている可能性も低い。もしかすると・・・『神速思考』!)
1つの可能性を検証するため、ワタシは『神速思考』を発動する。その途端、世界の時間が遅くなる。カルメラ様の動きも遅くなり、ゴブリン達は最早止まって見えた。
(カルメラ様には、こんな世界が見えているのですね。そして・・・どうやらワタシの読みは当たっていたようです)
カルメラ様の攻撃の流れはこう。まず標的に向かって思い切り踏み込み、目にも止まらぬ速度で標的に接近する。肉薄したところで人差し指を思い切り突き出し、その衝撃でゴブリン達を吹き飛ばしているのだ。この一連の流れでカルメラ様が使っているスキルは『神速思考』のみ。つまりカルメラ様は『空間転移』も『神力』も使わず、その肉体から繰り出される力のみでゴブリンと戦っていたのだ。
(わかってはいましたが・・・まさに怪物ですね)
その後もカルメラ様の無双は続き、最後に群れのリーダーが吹き飛ばされ戦闘は終わった。戦闘の開始から終了まで2分もかからなかった。
「ま、食後の運動くらいにはなったかな」
ゴブリン達は満身創痍だったが、カルメラ様は少々物足りない様子。まあ本気を出していないのだから当然だろう。それどころか、カルメラ様は手加減をしていた。わざわざ素手(どころか指2本)で戦っていたことからもそれは間違いない。
(本気を出せば皆殺しにできたはずなのに、一体なぜそんなことを?)
相手は魔物。生かしておく理由がない。
―――理解不能だ。
「ゲホッ、オイ、ゴホッ、人間!ドウシテ、ゲハッ、俺達ヲ、ハア、生カシタ!?」
「・・・・・」
ゴブリン達も生かされたことに気付き呻きながらも声を上げるが、カルメラ様はそれには答えない。そのまま無言でリーダーの前まで歩みよると、『固有空間』に入れていたレッドドラゴンを取り出した。
「これ、あげるよ」
「〔・・・!?〕」
一瞬、言葉の意味が理解できずに思考が停止してしまったが、すぐに理解して戦慄する。
「君達はお腹が空いてただけなんだよね? それで僕の狩ったレッドドラゴンを狙ったんでしょ?」
「ドウシテ、ソレヲ!?」
「だって君達、滅茶苦茶痩せてるんだもん」
「!!」
ワタシはこの世界に来るまでゴブリンを見たことがないのでわからないが、カルメラ様が言うにはこのゴブリン達は異様に痩せているという。試しにゴブリン達をもっと詳細に『解析鑑定』してみると、
状態:飢餓(中)
彼ら全員が中度の飢餓状態と表示される。しかし、それが何だと言うのだろう。飢えていようが魔物は魔物。この狂暴な害獣共に、助ける価値など―――
(ミカエルちゃん!!)
〔っ!はい!〕
突然カルメラ様が、『念話』で怒鳴りつけてきた。
(その先は言っちゃダメだよ?)
〔え、あ・・・はい・・・〕
カルメラ様はどうやら、ワタシに『怒って』いるようだった。
なぜ?―――理解不能。
「・・・オマエノ言ウ通リダ。俺達ハモウ長イコト、碌ナ物ヲ食ッテイナイ。ダガソレハオ前ラニトッテ良イ話ダロウ? 何故人間ノオ前ガ、俺達ヲ助ケル?」
「人間とか魔物とか、そんなの関係ないよ」
「何?」
「旅は道連れ、世は情け。同じ人同士、困った時はお互い様だよ!」
〔っ!!〕
「オ、俺達ガオ前ト同ジダト!?」
「うん!だって君達は言葉を話せて、心を通わせられるんだもん。僕と同じだよ!」
「ソ、ソレダケデ?」
「そう!」
そう言うカルメラ様は、天使のように純粋な笑みを浮かべていた。ゴブリン達は余程混乱しているのか、一カ所に集まり何やら相談を始めてしまう。
(・・・そうだ。何で気付かなかったんだ)
カルメラ様にとっては、このゴブリン達も『人』なんだ。ワタシがそうであったように。
〔申し訳ありません、カルメラ様。先程は失言でした〕
(・・・僕の方こそ、いきなり怒鳴ったりしてごめんね。確かにレッドドラゴンみたいに、まったく話の通じない、それこそ獣としか言えない魔物の方が多いのは事実だよ。でもね、『魔人』や一部の魔物みたいに、言葉を話せて、心を通わせられる人達もいるんだ。僕はね、そんな人達とはなるべく戦いたくない・・・ううん、それだけじゃなくて、友達になりたいんだ)
〔魔物と、友達に・・・〕
人が魔物と戦うための力『スキル』に宿る意思として、正直気分は複雑だ。だが、ワタシはカルメラ様のサポーター。何より「いつ何時も傍にいる」と、カルメラ様と約束したのだ。
〔それがカルメラ様の望みなら、ワタシは全力でサポートさせていただくまでです。〕
(ふふっ。ありがとう、ミカエルちゃん!)
『念話』越しに、カルメラ様の喜びが伝わってくる。
〔ところで友達になりたいのならば、何故先程はゴブリン達を吹き飛ばしたのですか?〕
(魔物の世界は弱肉強食。強さが全て。強い奴が偉いんだ。だからまずは力を示さないと、まるで話を聞いてもらえないんだよ)
〔要は先程の戦いは、力を示すための戦いだったんですね〕
(その通り。お陰で話を聞いてもらえたよ。後は―――)
後は、ゴブリン達の反応次第だ。
「・・・人間ヨ。我ラニ慈悲ヲ掛ケル強キ人間ヨ。名ハ何ト言ウ?」
「カルメラ。普通のカルメラだよ」
・・・王族である(元だが)ことを隠すため、逆に怪しまれるだけの名乗りを挙げるカルメラ様。
「・・・ソウカ。絶対普通デハ無イト思ウガ、マア良イ。コノ森ヲ抜ケタ先ニ、俺達ノ村ガアル。ソコニハ、俺達ヨリモ飢エテ苦シンデイル仲間ガ大勢イル。恥ヲ忍ンデ頼ム。ドウカ村ノ仲間達ヲ助ケテ欲シイ!」
「「「「オ願イシマス!!!」」」」
ゴブリン達はカルメラ様の前で一斉に頭を下げる。
(敵であるカルメラ様を相手にここまでやるとは・・・余程仲間を助けたいのですね)
勿論全て演技で、仲間などいない可能性もある。下手をすると、その村にカルメラ様を殺し得る何かがあるのかもしれない。それでもカルメラ様ならば―――
「わかった。その村に案内して」
「カルメラ殿、感謝スル!」
カルメラ様ならばそう言うと、何故かワタシは確信していた。
〔一応言っておきますが、罠かもしれませんよ?〕
(大丈夫だよ。彼らは本当のことを言ってる。僕の勘はよく当たるんだ)
〔それは、確かにそうですが・・・〕
(もしかして、ビビってる?)
カルメラ様が少々嫌らしい笑みを浮かべて聞いてくる。するとワタシの中に、それに対して反発するような感情が湧いてきた。
〔ワタシは権能ですよ? この程度でビビるとでも?〕
(あははっ!いいね、そうこなくっちゃ!)
スキルの性能も大分わかってきた。次はワタシも戦える。例えこれが罠であったとしても、全て蹴散らせばいい。
「カルメラ殿、コッチダ!」
「はーい!今行くよ!」
こうしてワタシ達は、ゴブリン達に連れられてゴブリンの村へ向かうこととなった。
(書ききれなかったので・・・)
・『念話』
魔素を介して思考同士で繋がり、口から発声せずに会話ができる。
傍受も可能になっているため注意。
・ゴブリンの生態
複数の個体が集まって集落または村を形成し、一番強い者を群れの長としている。「仲間と連携できる程度の知性」を持ち、人間を見つけると即座に連携して集団で襲い掛かってくる。
稀に群れの長が「会話ができる程の高い知性」を得ることがあり、長の知性が向上するとそれが群れ全体に伝播し、群れのゴブリン全員の知性が向上する。知性が向上した群れは無闇に人を襲わなくなり、中には人を一切襲わず自給自足を始める群れもある。




