第27話 親父の仇 前編
―――7日目
酒呑一味の労役も、今日が最終日だ。
初日は草ぼうぼうで荒れ放題だった畑も、大分マシな状態になった。スカルも不死系魔物達を召喚し、畑の手伝いに回してくれたお陰で、新たな土地の開墾と整備も進んでいる。
今は丁度休憩の時間。ワタシは光魔人形に乗り移り、カルメラ様、酒吞童子と共に畑の様子を眺めている。
「いやぁ、1週間で大分進んだね」
「ええ、カルメラ様も最初に比べて、大分マシに鍬を振るえるようになりましたし」
「最初なんか、一発で畑を吹き飛ばしてたもんな」
「ちょっと!その話はもう良いでしょ!」
少し必死になるカルメラ様の姿を見ていると、何だかちょっと可笑しくなって、ワタシは酒呑と共に笑い出してしまう。するとそれにつられたのか、カルメラ様も一緒になって笑い始めた。
1週間前ではとても想像できない光景だが、現実に今、我々は共に笑い合っている。ワタシ1人では、こんな未来は考えもしなかっただろう。
「いやはや、御三方は仲が良さそうですな」
そこへ、スカルが現れる。彼の体には、真新しい傷が全身に幾つもついていた。
「その傷、まだ治ってなかったんですか?」
「いえ、治っていないのではなく、治していないのです。もっと言えば、魔法で痛覚も付与してあります」
「そこまで?」
「私のしようとしたことを考えれば、当然のことです」
カイザー達への紹介が済んだ後、カルメラ様はカイザーと共にスカルを連れて各村を周り、他の仲間達にも彼を紹介した。初めは突然増えた仲間の存在に戸惑いつつ、新たな仲間ということで皆も受け入れムードなのだが、スカルが馬鹿正直に襲撃のことを話して、一部の者達から『一発殴らせろ!!』と手痛い仕打ちを受けているらしい。もっとも、攻撃されたのは最初だけで、それ以降は何の仕打ちも受けていないようだが。
「ですが、私は良いことだと思います」
「何故です?」
「それだけカルメラ様がカイザーさん達から慕われているという、動かぬ証拠ではありませんか。自分が危険な目にあった時に、本気で心配してくれる者がいるというのは、実に素晴らしいことです。カルメラ様、あなたは私が考えていたよりも、もっとずっと素晴らしい王の器の持ち主のようですね」
「そ、そうかな? えへへ・・・」
照れているのか、カルメラ様の顔が赤くなる。
ほんとこの人はすぐ調子に乗るから、簡単に褒めないで欲しい。
―――と思った矢先に、何と酒吞童子がそれに賛同してきた。
「お前の言う通りだな、スカル。この一週間コイツと一緒に村を周ってみたが、コイツはゴブ―――カイザー達に心の底から好かれている。アイツら、カルメラと話す時いつも楽しそうでさ。釣られてあたしやうちの連中も楽しくなっちまう程だ。一応あたしらは捕虜だってのにな」
そこで一呼吸置いて、酒吞童子が続ける。
「・・・親父が目指してたのは、こういうのだったのかな」
「こういうのって?」
「組織ってのは必ず上と下がいて、上の奴は下の奴をまとめ上げ、動かす立場にある。だから両者の間には少なからず、心理的な距離が生まれるもんだ。でもあんたとカイザー達の間には、その距離ってのが微塵も感じられない。ましてミカエルさんなんて、主であるはずのあんたに毒舌かましたり暴力振るったり、とにかくなんでもありだろ? 親父の望んだ組織の形ってのは、上と下の距離が近い物だったのかなって・・・」
父親のことを思い出してか、自然と酒吞童子の頬を涙が伝う。
「酒吞・・・」
「っ!悪ぃ、しんみりさせちまったな。ともかく、あんたに王の器なんてないと思ってたけど、今はそんなこと微塵も思っちゃいねぇ。あんたは間違いなく王の器だった。今ならハッキリとそう言える」
「・・・でも、まだ”甘い”とは思ってるんじゃないの?」
「・・・まあな」
カルメラ様の言葉に同意する酒吞童子だが、どこか迷いがあるような返事だった。
「少し、昔の話を聞いてもらえるか?」
「・・・わかった」
「聞きましょう」
「あの・・・私、同席して良いんですか?」
「・・・構わないさ。あんた、結構年食ってんだろ? 年寄りなりの意見でも聞かせてくれや」
「承りました」
酒吞童子は一呼吸置いて、遠い過去を探るように話し始めた。
「あたしは元々、こことは違う東の大陸の出身でな。そこで親父の下に生まれ、親父や仲間達と一緒に屋敷で暮らしてたんだ。親父は大陸中の妖怪達の長をやってたんだが、先代達とは少し思想が違ってな。代々続く ”力による恐怖支配” を否定して、”力とは別のそれぞれの能力を尊重し、妖怪同士が手を取り合う統治”を目指し始めたんだ」
曰く、東の大陸には鬼や天狗、河童、化け狸など様々な妖怪がいるそうだが、その中でも鬼は抜きんでた存在だという。酒吞童子の一族が支配する妖怪社会は徹底した実力主義が敷かれていたため、親衛隊や重役に就いていたのは鬼のみ。他の妖怪は皆、鬼達の言いなりになっていたと言う。
「親父の凄い所は、爺を超える確かな実力を持った上で ”和を持った統治” を訴えた所さ。妖怪は何だかんだ言って実力主義。弱ぇ奴の言葉には誰も耳を貸さない。逆に言えば、力を持つ奴の話は真摯に聞く。皆、親父が強ぇことは知ってたから、実力主義を否定するやり方に抵抗はあっても、親父の言葉に従った。変化は目に見えて起きた。鬼とは別の妖怪も重役に就くようになって、屋敷の中を鬼以外の妖怪が移動する機会も増えたんだ。妖怪同士のいざこざも減った。その時あたしは、妖怪社会全体の雰囲気が良くなったことに気付いたんだ」
「恐らくあなたの一族の圧政によって、鬼を除く妖怪達の心は荒んでしまっていたのでしょう。その結果、天狗や河童などの妖怪同士ですら諍いが起きるようになった。ですが、あなたの御父上がそれを撤廃し、力以外の能力を高く評価してもらえるようになり、心にゆとりが生まれたことで諍いが減ったのだと思いますよ」
スカルの考察は的を射ているだろう。以前それなりの立場に就いていただけのことはある。
「ゆとりか。確かに爺の代は、鬼以外は皆荒んだ目をしてた。でも親父の代になってからは、妖怪達の目が生き生きし始めた。これはあたしら鬼にも言えることだ。鬼ってだけで重役に就ける時代が終わって、皆他の奴らに負けないように必死になって色々極めてた。あたしは、その変化が凄く良いことだと思った。親父もそう思ってたのか、次第に笑みを浮かべる機会が増えた。いつも張りつめてた親父が、だ」
「優しくて、凄い人だったんだね。酒吞のお父さんって」
「ああ。厳しくても優しい人だった」
「因みに、あなたも何か極めたりしたんですか?」
「もちろん。あたしは学は無かったんでね。代わりに死ぬ気で武芸を極めた。お陰で剣闘で10回に1回は、親父から一本取れるようになった」
つまり、10回中9回は父親が勝っていたということ。さすがは酒吞童子の父。きっと、我々でも四苦八苦する実力者だったのだろう。
「・・・暗雲が湧き始めたのは、親父が人妖の双子を側仕えにした時からだ」
「人妖っ・・・!」
「? どうしたカルメラ?」
「あぁ、いや、何でもない。それで、その双子がどうかしたの?」
「双子と言うよりは、双子の弟の方だ。あの双子の弟―――”ぬらりひょん” が、あたしの親父を殺したんだ!」
本作をご覧いただき、誠にありがとうございます!
今週は忙しくてあまり時間が取れず、内容はちょっと短めです。本当は全部書き切ろうとしていたのですが、急ぐことばかり考えると内容が適当になってしまう恐れがあったため、前編と後編に切らせていただきました。申し訳ありません。
このお話をより良いものとするため、皆様に楽しい時間をご提供するため、皆様のご感想をいただけると幸いです。
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