第26話 いずれその時は来る
(さて、そろそろ尋問を始めましょうか。今回の襲撃の黒幕について。・・・まあ、おおよその予想はついていますが)
でも、尋問の前に1つやることがある。
「『契約解除』」
ワタシは不死王が何者かと結んでいた『魔法契約』を解除する。魔法契約とは文字通り、魔法を用いて行う契約だ。ただの書類上の契約とは根本的に違うもので、一度契約を交わすとお互いに魔法的誓約が掛かり、破ればその身に直接災いが降りかかる。彼の場合は「雇い主に関する情報を吐くと魂が浄化される」という制約がかかっていたため、まず契約の解除を行ったのだ。
「おや、契約を解除してくださったのですか?」
「この方が話しやすいでしょうからね」
「あれはかなり強力な物でしたよ? いったいどうやって?」
「そんなの、契約に関する情報があれば容易いことです」
『解析鑑定』を使えば、情報はいくらでも手に入る。情報さえあれば、契約を強制解除する魔法も、スキルも、作り放題だ。
「それはさておき、改めまして、ワタシの名はミカエル。カルメラ様の『代行者』です」
「これはご丁寧に。私は・・・私には名前はありません。ただの不死王にございます。折角名乗っていただいたのに、名乗れる名前をもたず申し訳ありません」
「構いません。魔族への名付けの意味は理解しておりますから」
「ご理解いただき感謝します」
「単刀直入に聞きます。あなたの契約相手は誰ですか?」
「契約者の名はマリア・ディ・アデンシア。見た所、アデンシア王国の女王のようです」
「・・・っ!!!!」
やはり、アデンシアが関わっていたか!
「・・・『見た所』というのは、憶測ということですか?」
「いえ、相手の魂から読み取った、確かな情報です」
「魂から? どういうことです?」
「私は、相手の魂を覗き見て、記憶を読み取ることができるのですよ」
「え? あなたにはそんなスキルも、魔法も無かったはず―――」
「そりゃあ、私は不死王ですからね。スキルや魔法を使わずとも、その位は余裕ですとも」
なるほどつまり、金童子の才能のようなものか。ちぃっ!こういう才能に対して『解析鑑定』は無力すぎる!いずれもっと有用なスキルを生み出さなくては!
「事情はわかりました。ですが、何故そんなことをする必要があったのですか?」
「と言うと?」
「マリアはあなたと契約した。となると、仮にも契約相手なわけですから、マリアも自分のことも幾分か話したはずですよね? 何故わざわざそんなことを?」
「それにお答えするには、まず契約時の状況からお話する必要がありますね。まず、私が契約したのはつい先日です。召喚魔法によって、強制的にあの女の前に連れ出されたのですよ。私の意志をガン無視でね!」
「そ、それは災難でしたね・・・」
「しかも奴め、名乗りもせずにいきなり『妾と契約しろ』とか抜かしやがったんですよ!なのでアイツの魂から情報を根こそぎ読み取ってやったんですよ!かぁぁぁ~!今思い出しても腹が立ちます!」
何と言うか・・・彼も結構苦労したようだ。
「失礼いたしました。ともかく、そうやって私はあのマリアの元へ呼び出され、紆余曲折あって彼女と契約を結ぶことになりました」
「そこはちょっと疑問ですね。あなたのような尊大な人物が、自身を無理矢理召喚した者と契約するとは思えないのですが?」
「ええ。最初は私も、その場の全員を皆殺しにしてやろうと思ったのですが・・・そこで奴が持ち掛けて来た話に、目が眩んでしまいましてね」
「それが、契約ですか?」
「はい。要約すると『カルメラという金髪の女を始末してほしい。成功すれば、我が国の民の2割―――約4000万の魂をくれてやる』と」
「っ!? 自国の民を生け贄に差し出して来たのですか!?」
嘘だろ・・・仮にもカルメラ様の母親だぞ?本当にそんな非道なことを言ったのか?
「ええ。人のことを言えた義理ではありませんが、正直ドン引きしましたよ。何せ奴は、満面の笑みを浮かべてそれを言ってきましたから。イカれてるとかいうレベルではありませんよ。ですが、魂は私としても喉から手が出る程欲しい物でしてね。それで誘いに乗って私は奴と契約し、次いでに契約を少しいじって奴自身も生贄に含め、対象たるカルメラ様を始末しに来たのです」
そういえば、あの契約には内容が改竄された後があった。コイツが内容を書き換えたんだとしたら辻褄が合う。
「カルメラ様の居場所は、どうやって突き止めたのですか?」
「マリアの記憶にカルメラ様の姿がありましたので、その姿を頼りに眷属達に探させたのです」
「眷属? ああ、あの不死系魔物共のことですか」
「ええ。道中、レッドドラゴンの霊魂を見つけて配下に加えることもできまして、中々に良い旅路でした」
「・・・ん? レッドドラゴン? それってもしかして―――」
「ええ。記憶を見ると、カルメラ様に首を撥ねられる所がしっかり写ってましたよ。さらに彼女はカルメラ様の魔素の波長を覚えていましてね、彼女のお陰で捜索が一気に進みました」
・・・なんてこった。あの時倒したレッドドラゴンが、こんな形で再び我々の前に現れるなんて。
というか普通に流してたが、あれメスだったのか。
「彼女が眷属に加わってすぐ、私はカルメラ様を見つけました。そして見つけてすぐに攻撃を仕掛け、結果返り討ちにあい今に至るというわけです」
「それは当然です。なんたって、カルメラ様ですから!」
「そ、その根拠は良くわかりませんが、確かにあの方は私の想定を遥かに超える怪物でした。そもそも私が知る限り、思考、スキル、記憶まで全て同一の魂を増産するスキルなど、聞いたことがありませんよ。あれが私に襲い掛かってきたら、その時点で詰みでした」
「まだまだ改良の余地はあります。再生できるとはいえ、本人に比べて肉体が脆弱すぎますし、現状はたったの100人が限界ですし」
「あ、あれのさらに上を目指すと言うのですか!? というか、その口振りだとあの分身スキルは・・・」
「ワタシ自ら作った物です」
「つ、作った!? スキルをですか!?・・・ああ、何ということだ。マリアから散々怪物だとは聞かされていましたが、これ程だったとは・・・。あの凄まじい戦闘力に加え、スキルを自ら生み出すことのできる『代行者』までいては私に勝ち目など無いではないですか」
「そうですとも!ましてあの時は酒吞童子までいたんですから。寧ろあの状況でよく挑んで来たなと思いますよ。その勇気は讃えても良いかもしれませんね」
「あんなのは無知故の無謀な突撃ですよ。数を集めれば勝てると思った私が愚かでした」
「まあともかく、最終的にあなたは賢い選択をしました。カルメラ様は普段のほほんとしてて、敵対者を生かしたりする甘い所もありますが、あのままあなたが攻撃を続けていたら間違いなく殺していたでしょうからね。さて、これ以上カルメラ様を待たせるわけにもいきませんし、我々も村に向かいましょう」
「はっ!仰せのままに!」
・・・ほんっと雰囲気変わったなコイツ。
「あっ、そうでした!あなたに1つ、守ってもらいたいことがあります」
「何でしょう?」
「今回の襲撃について、黒幕がアデンシアの女王であることは、ワタシとの秘密にしておいてください」
「何故です?」
「それは―――」
ワタシは、カルメラ様と出会った日のこと、カルメラ様が父王に騙され追放されたこと、そして未だそのことに気付いていないことを話した。
「ワタシに祖国のことを語りながら、カルメラ様は泣いていました。『寂しい』『皆に会いたい』と言って、大粒の涙を流して泣いていたんです。もし祖国に裏切られ追放されたと知れば、カルメラ様は絶望して最悪自害してしまうかもしれない。そう考えて、ワタシはこの事実を隠すことにしたんです」
「・・・・・・」
「ワタシはあの時、カルメラ様を泣かせたアデンシアをぶっ潰すと決めました。ですがそれと同時に、祖国の外でもカルメラ様を孤独にさせないことを、最優先事項に定めたんです」
「それは既に満たしているのでは? あの鬼の娘はもちろん、他にも仲間がいるそうじゃありませんか。何よりカルメラ様のお側にはあなたがいる。もう既に、カルメラ様は孤独ではないと思いますが?」
「足りませんよ。あの人が外でも寂しくないようにするには、あの人にとって仲間と言える存在が、もっと沢山必要です。あなたがやろうとしたように、新たに見つけた仲間が理不尽に奪われる可能性だってあるんですから」
「それは、確かにそうですな」
「なので正直、あなたが新たに仲間になったことは僥倖だと思っています。ですが、もしあなたが1人でも我々の仲間に手を出したなら―――その時は死すら生温い地獄を見せてやりますので」
「め、滅相もございません!私とてお世話になる身!仲間に手を出すような真似は致しません!!」
「なら良いですが、忠告はしましたからね?」
「はっ!骨身に銘じておきます!・・・ただ」
「ただ?」
「私からも1つ、忠告よろしいでしょうか?」
「ワタシに? 何か危うい所でもありましたか?」
「ええ。ミカエル様は、カルメラ様がアデンシアの王に騙されていることを隠したいそうですが・・・ずっと隠しておくことは、絶対に不可能ですよ? そして隠す期間が長引く程、バレた時に失う信頼が大きくなります」
「それは・・・わかってますよ」
「果たして、そうでしょうか?」
「え?」
「私は生前人間だったのですが、こう見えて昔はそれなりの立場を持っていましてね。ある時、個人的な理由で1つの政策を敷いて、それを民の為と偽ったのです。ですが3年経った所でそれがバレ、民の反感を買ったことでわたしは地位を失いました」
「それは単にあなたが悪いのでは?」
「まあそうなんですがね。しかし、あなたもいずれはこうなるのでは?」
「っ・・・」
「仮にあなたが話すより先にカルメラ様が本当のことを知ってしまえば、カルメラ様は祖国だけでなく、あなたに対しても裏切られたと思うでしょう。そうなれば、もう彼女は誰も信用しなくなる。あなたの想像も及ばない最悪の事態となるでしょう。私としては、早い段階でお話することをオススメします」
・・・彼の言うことは尤もだ。ワタシはカルメラ様に隠し事をしている。裏切者と言われても仕方ない。相棒を名乗っておきながら、なんという様だろう。
「あなたの忠告は、心に刻んでおきます。でも・・・すぐには無理です。どうしても、怖くなってしまうんです。ワタシが全てを話した時、カルメラ様がどうなるかと思うと、怖くて踏み出せないんです」
「あなたは本当に、カルメラ様のことが大好きなのですね」
「っ!? べ、別にそんなんじゃ―――いえ、そうですね。大好きですよ、あの人のこと。抜けてる所もあるけど、心の底からお慕いしてます。だからこそ、ワタシはあの人を守りたいんです!」
「魂を見ずとも、あなたの本気が伝わってきます。―――では、『証拠が揃った段階で話す』というのはどうでしょう?」
「証拠、ですか?」
「まず大前提として、祖国に裏切られているとお伝えしたところで、カルメラ様はそれを信じるでしょうか?」
「っ!そういえばそうですね。いきなり言ったところで、信じてもらえるはずがありません」
「それに、あなたはアデンシアに行ったことも、そこの王達に会ったことも無いのでしょう? ということは、あなたの言っていることは現状、机上の空論でしかないんです」
「それを立証するために、証拠が必要だと?」
「ええそうです。恐らくアデンシア内部、それも王室に近い所ならば、証拠の1つや2つ見つかるでしょう。そして充分な証拠が集まった時、改めて打ち明けてはいかがでしょうか?」
確かに、証拠を持って説明すれば、カルメラ様も信じてくれるだろう。でも、その時までにワタシの覚悟が決まるかと言われると、微妙な所だ。
・・・いや違う!その時までに、絶対に覚悟を決めておかなければならない!最悪、カルメラ様と決別しても、本当のことを話す覚悟を。
「わかりました。それでいきましょう。細かい話は後で。長々と話をしてしまいましたが、そろそろ村に戻らないといけませんから」
「そうですね。ではよろしくお願いします」
「了解。『転移』」
そして我々は、仲間達が待つ村へと飛んだ。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「あ!やっと来た!おかえりミカエルちゃん!」
『お帰りなさい!』
村に戻ると、カルメラ様を先頭に村にいたいた者達が我々を迎えてくれた。
「皆さん、ただいま戻りました」
「もう!こんな長い時間待たせて、何やってたのさ?」
「申し訳ありません。ちょっと話し込んでしまいまして」
「まあ、何事も無かったなら良いけど。それより今は、皆に彼のことを紹介しなくちゃね!」
そう言ってカルメラ様は、不死王を見上げる。
「カ、カルメラ殿」
恐る恐ると言った様子で、カイザーが声を掛けて来る。他の者達も、少し離れた所から様子を見ていた。
「この不死王が、さっきの?」
「そう!僕達の新しい仲間だよ!」
「星熊殿に匹敵しそうな覇気だな・・・」
カイザー達は不死王のことを相当警戒しているらしく、さっきからずっと戦闘態勢で構えている。
「皆様、初めまして。この度、光栄にもカルメラ様の部下にさせていただきました、不死王でございます。どうぞお見知りおきを」
「よ、よろしく頼む・・・」
「先程、あなた方の命を脅かしてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
『っ!!』
不死王が頭を下げ真摯に謝る姿に、カイザー達は困惑を隠せないでいる。魔族は弱肉強食。カイザーと比べても遥かに強い不死王が彼らに頭を下げるのは、それ自体が衝撃の後継なのだろう。
「あ、頭を上げてくれよ!別に誰も死んじゃいねぇんだし」
「レンの言う通りよ!そこまでする必要は無いわ!」
「俺モ、オ前、恨ンデ無イ」
「だからそんな気にすんなって!カイザーさんも酒呑さんも、被害は無かったんだし、良いだろ?」
「・・・それでも謝罪は必要だ。だからどの道、謝罪はしてもらうつもりだったが、まさか自分からやってくるとは」
「だな。で、どうする? コイツらの言う通り大した被害も無いし、あたしは謝罪を受け入れようと思うが」
「俺もそうしようと思う。不死王、俺はこの村の長として、あんたの謝罪を受け入れる」
「感謝致します、カイザー殿!」
少々心配であったが、カイザー達は不死王を受け入れてくれた。
「皆ありがとう!これから彼とも仲良くしてあげてね!」
『はい!』
「そうだ、仲間になってくれたんだから、彼に名前を付けてあげないと!」
「名前? 私に名前をくださるのですか!? ですが―――」
「心配要りません。魔素の用意はあります」
「それにコイツはな、仲間にしたゴブリン共全員に名前をつけてんだよ」
「何と!本当ですか?」
「ああ、俺達全員名前持ちだ」
カイザー達は次々と名乗りを上げ、同意を示す。
「仲間全員に名前を付けるなんて、あたしにもできないことだ。でもコイツにはそれができるし、それをやってくれる度量もある。だからお前も、ありがたく貰っとけよ」
「ありがたき幸せ!」
「でも、ちょっと 待ってください。よく考えたら、あなた元人間ですよね? 既にその時の名前が登録されているんじゃないんですか?」
「いえ、私が不死系魔物になった時、元の名前は継承されませんでした。人間が魔族に変じる例は幾つかありますが、その中に、元の名前が継承された例は1つもありません。恐らく魔族に変じた際に、元の名前は破棄されたのでしょう。・・・そうでなくとも、もう元の名前を名乗るつもりはありませんがね」
「何故です?」
「前世と決別するためです。以前の私は死んだ。その現実を受け止め、1人の不死王として生きていくため、もう元の名前は二度と使わないと誓ったのです」
(前世と決別、ですか・・・)
それはワタシにとって、他人事ではない。ワタシにだって前世がある。それも、こことは別の世界で、惑星を1つ焼き尽くし、焦土へと変えた前世が。
(ワタシはどうでしょう? この前世と決別するべきなのでしょうか?)
だがそれは、ワタシを生み出してくれた帝国―――引いては陛下との決別を意味する。いずれ決着を付ける時は来るだろうが、今ここで決めていいことではないだろう。それよりも今は、新たな仲間の名前を考えなくては。
「そういうことなら、新しい名前を考えないといけませんね」
「それなんだけど、もう考えてあるんだ」
「え?」
「僕達の前に、突然現れた髑髏の魔族。その髑髏が、僕的に凄く印象に残ってね。だから―――”スカル”。君の名前は、”スカル”だ!」
「スカル・・・!その名前、喜んで頂戴いたします!」
了承を受けたことで、”スカル”の名が不死王の魂に刻まれる。
「改めまして、このスカル。今日よりカルメラ様の仲間として、誠心誠意努めさせていただきます!」
臣下の礼を取り、スカルはカルメラ様に誓いを立てた。
「よろしくね、スカル!」
「ははぁ!!」
こうして我々には、スカルという頼もしい仲間が加わったのだった。
―――そして、カルメラ様の魂の奥底では、1つの変化が起きようとしていた。
本作をご覧いただき、誠にありがとうございます!
疑問に思う方が多くいらっしゃると思うので説明させていただくと、アデンシア王国は、王と女王の2人の王がいます。なので、カルメラに出て行くよう唆したのがカルメラの父であることは、間違いありません。
このお話をより良いものとするため、皆様に楽しい時間をご提供するため、皆様のご感想をいただけると幸いです。
(・・・面白いと思ったら、ポイントもお願いしたいです)




