第22話 長になってくれ!
カルメラ様がオーガ達に課した代償は、村の畑での労役だった。曰く、『散々奪って来たのだから、今度は生産を手伝え』とのこと。
〔なるほど。農作業はその実、かなりの力が必要になりますからね。そういう意味では、彼ら程の適任はいないでしょう。シンプルではありますが、ゴブリン達にとってはこれが一番得になりますね〕
(まあ、それもあるけどね。本当の目的はこれを通じて、少しでも皆の距離を縮めて貰うことなんだ)
〔・・・一緒に農作業をすれば、溝が埋まると?〕
(流石にそこまでは思ってないけど、その助けにはなるかなって)
それは難しいだろう。一緒に農作業をさせたくらいで、彼らの間にあるわだかまりが払拭できる確率は低い。
〔正直言って、無謀ではないかと〕
(そうかな? 僕は割と脈ありだと思うよ?)
〔何か根拠でもあるのですか?〕
(もちろんあるよ。ミカエルちゃんも見てたでしょ? 君と茨木さんを誉めまくる皆の姿を)
ああ、それは良く覚えている。
・・・今思い出しても恥辱の極みだ。
(さっきまで殺し合いをしてた人達が、あんな微笑ましいことやり始めるなんて、正直僕としても予想外だった。ミカエルちゃんもそうでしょ?)
〔ええ、あれは本当に恥辱の極みでした〕
(根に持ってるね・・・でも、ああいうことができるなら、溝を埋められる可能性はあるでしょ?)
〔・・・そうですね〕
一方で、肝心の当事者達はと言うと―――
「まあ、後に協力関係を結ぶなら、この機会にお互いを知っておくのもありか」
「チクショー・・・まさかゴブリン共に、奴隷の如く使われる日が来るとはな」
「バカ!やめろ!相手は四天王や頭領を倒した連中だぞ!? 下手なこと言ったら何されるか・・・!」
―――とまあ、そんな感じで色々な声が聞こえる。だが、距離を縮めさせるというカルメラ様の目的に気付く者はいない。そして、自発的にそう考える者もいなかった。
「村が6つあって、丁度鬼も6人いるし、とりあえず鬼達はそれぞれの村に1人ずつ行って貰おう。で、確認だけど、あんた達って1人ずつ部隊を率いてるんだよね?」
「そうだ」
「じゃあオーガ達は、それぞれの大将の所に行って貰う感じで良いかな?」
「あたしらに確認は必要ない。最初からお前の指示に従うつもりだからな」
酒呑童子が不愛想にそう言うと、カルメラ様がこれに言い返す。
「たしかに指示には従って貰うけどさ、だからって確認しないのは違うじゃん?」
「・・・はっ、つくづく甘い奴だ」
「そっちこそ、ほんっとつれない奴だよね」
「つれない奴で悪かったな」
酒呑童子はまた不愛想にそう返すだけだった。一応彼女は我々の捕虜のはずなのだが、今の態度からはとても捕虜に見えない。普通ならその時点でフルボッコにされてもおかしくないのだが、カルメラ様がそうするよう指示する気配もない。甘い奴と言われるのも納得だ。
「はあ、しょうがない奴だなぁ。とりあえず、今の内に班分けはしておこう。まず熊童子!あんたはマリアちゃんの所に」
「・・・わかった」
「虎熊童子はリベル君の所、金童子はトモエちゃんの所ね」
「へいへい・・・」
「心得た・・・」
四天王の内3人は、皆一様にやる気がなさそうな返事を返す。
「星熊さんはアサミちゃんの所ね」
「おう、わかった」
「あ、折角だから、アサミちゃんに刀術も習ったら?」
「おいおい、敵に塩を送るような真似して良いのかよ?」
「そうは言うけどさ・・・あんた、凄い力を持ってるのに、使い方が雑すぎるんだもん。それが凄く残念でさ」
「だからって、わざわざ敵に刀術教えるか普通?」
「教えるって言っても基礎だけだし、そもそもアサミちゃんが了承してくれなきゃだし」
「・・・私は別に構わない。基礎だけなら教えても良い」
「だって!じゃあ決まりね!」
「ったく、あんたといると『上の者』の常識がひっくり返りそうだぜ」
ワタシも同感だ。敵に戦い方を教える人なんて、見たことも聞いたこともない。まして星熊は、武術の基礎ができていないことが大きな弱点だったのに、それを潰そうだなんて考えられない。次に敵対することになったら、どうするつもりなのだろう?
・・・いや、恐らくこの人はそんなこと考えちゃいない。
「茨木さんはユグノー君の所に行ってね」
「心得た」
「次いでに、茨木さんの知ってる魔法も、彼に教えてくれないかな?」
「私の魔法を? そのユグノーとは、魔法使いなのか?」
「そう!彼、『賢者』のスキル持ちだし、かなり素質があると思うよ!」
「ほほう・・・」
ユグノーの方を見据えて、茨木は短くそう呟く。良くみると、茨木の目付きが変わっている。・・・もしかして、結構乗り気なのか?
「ユグノー、と言ったか?」
「え、ええ。そうですが?」
「修行は厳しいぞ。心して置くことだ」
「えぇ・・・?」
「返事は『はい』だ!」
「は、はい!」
どうやら、やる気満々らしい。
「良いのですか? こちらが言えたことではありませんが、敵を育てるようなことをして」
「そんなの、些末なことだよミカエル殿!魔法系のスキルを獲得する者はそれなりにいるが、『賢者』まで進化するものはそういない。そんな中で、彼はここまで至ったんだ。ならば!私は先輩として、私と同じ『賢帝』の領域まで導いてやりたい!ミカエル殿もそうは思わないか!?」
「そ、そうですね・・・あはは」
目をキラキラさせてそう問いかける茨木を見て、『思わない』とは言えなかった。人(?)生で初めて、愛想笑いという物をしてしまった。
「と、とりあえずやる気充分ってことで・・・最後!酒呑童子はカイザー君の所、まあ要はこの村だね」
「ヘイヘイ」
「後、僕と一緒に、村々の見回りもやって貰うよ」
「へ? 農作業に従事させるんじゃ無いのか?」
「それはもちろん。でもあんたは頭領でしょ? あんたの部下達がちゃんと働いているか、痛め付けられたりしてないか、見ておく必要があるんじゃない?」
「っ!」
「僕もこれから1週間は滞在することになるし、協力関係がしっかり結ばれるまで見届けるつもりだからさ、大将として、それまで皆のことをケアする責任があると思うんだ。その時あんたがいてくれれば、大抵のことはどうにかなるでしょ?」
「・・・ちょっとは統治者らしいことも言うんだな」
「むぅ!僕のこと何だと思ってるのさ?」
「統治者失格の甘ったれ」
「酷い!!」
「まあ茶番は置いといて、仲間達の様子を確認させてくれるのはありがたい。見回りは喜んで同行させてもらう」
「ありがとう!よろしくね!」
「礼は言うな。お前はやらせる立場だろうが」
「あはは、ごめんごめん」
「・・・ちっ、ほんと調子狂う奴だな」
酒吞童子はぶつくさ文句を垂れる。だがその表情は、先程までよりも少し穏やかな物になっていた。
(仲間達を生かしてもらえるとわかって、緊張が緩んだのかもしれませんね)
彼女としては、全員処刑される可能性も覚悟していたのだろう。だが実際は1週間の労役のみで、しかも仲間達の様子を自らの目で確認させてくれるというのだ。安心して緊張が緩むのも当然だろう。
「カ、カルメラ殿。ちょっと良いか?」
ここで、カイザーが話に入ってくる。見ると、この場にいる全てのゴブリン達がカルメラ様に視線を向け、何やら不安げな表情を作っていた。
「カイザー君、っていうか皆どうしたの? 何か心配なことでもあった」
・・・自分達より遥かに強い敵対者が村に来るのだから心配が無い筈はないのだが、どうもそれとは話が別のようだ。
「カルメラ殿とミカエル殿は、この村を離れるつもりなのか?」
「? そうだよ? 元々旅の途中だったし、あんまり長居しすぎてもあれだから、この件が落ち着いたら旅を再開しようかなって」
「そ、そうか・・・」
「あ、さっきも言ったけど、協力関係が結ばれるまではちゃんといるよ? もちろんミカエルちゃんもね!」
「ええ、ワタシの居場所はカルメラ様の隣ですから」
「そういうわけだから、事が済んだら僕達はまた旅を続けるよ」
『・・・・・・』
暫し、ゴブリン達に沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、カイザーだった。
「・・・カルメラ殿、それにミカエル殿。2人に頼みがある」
「何々?」
「何でしょうか?」
「ここにいる俺達、全員の長になってくれ!」
『・・・え?』
ワタシも、カルメラ様も、さらには酒呑童子も、突然の申し出に呆気に取られてしまう。
「ち、ちょっと待って? 僕達を、君達の長に!? それって大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
「だって僕は人間だし、ミカエルちゃんは『権能』だし、ゴブリンの長はゴブリンの方が良いんじゃないの?」
「ふっ、カルメラ殿。自分が言ったことを忘れたのか?」
「え?」
「俺達が初めて出会ったあの日、カルメラ殿はこう言ったんだ。『同じ人同士、困った時はお互い様だ』と」
「あ・・・」
「カルメラ殿にとっては、ミカエル殿も俺達も、ひいては鬼達も人なんだろ? 俺達は人として、同じ人の統治下に入ろうとしているだけさ。まあそうでなくても、俺達は2人について行きたいと思うが」
正直言って、何の冗談かと思ったのだが・・・どうやら本気らしい。
例えばA国とB国があったとして、A国に2人だけB国人がいたとする。ゴブリン達の要求は、そのたった2人のB国人にA国の統治を任せると言っているような物だ。幾ら本質的に同じ(カルメラ様視点)だとしても、本来ならばそんなことはありえない。それでも彼らは、我々に統治を任せたいと言っているのだ。
「で、でも、僕達に統治者の経験なんて無いよ? それでも良いの?」
「そういうのは関係ないさ」
「どういうことでしょう?」
「まずカルメラ殿。あなたは強い。俺達など、比べるのも烏滸がましいレベルで強い。だがカルメラ殿は、その力を無闇に俺達に振りかざさず、まるで同格であるかのように接してくれた。村が襲撃された時も、逃げることなど微塵も考えず、俺達の為に命を懸けてくれた。それが純粋に嬉しかった」
「そ、そんなに?」
「希望の無かった俺達に、あなたは希望を示してくれたんだ。これ程嬉しいことはないさ」
カルメラ様は『良くわからない』といった様子だ。カルメラ様にとっては、同格に扱うのも、彼らを守るのも、全て当たり前のことなのだろう。故に感謝されても、何故感謝されているのかわからないのだ。
「続いてミカエル殿。あなたは賢い。少なくとも俺は、ここにいる誰よりも賢いと考えている。そしてその智慧を、俺達を助けるために全力で振るってくれた。本当に感謝している」
「それは、あくまでもカルメラ様の為で―――」
「そうだとしても、俺達は嬉しかった。それに、カルメラ殿が望んだことを叶えたいというのが1番の本音かもしれないが、ミカエル殿も俺達を救いたいと思ってくれていたんじゃないか?」
「っ!!」
・・・確かに、そうかもしれない。
当然1番強い思いは『カルメラ様の力になりたい』だ。でも・・・彼らを失いたくないと、彼らを守りたいと思っていたのも確かだ。
「自分で言うのもあれだが、俺達ゴブリンは下級魔族だ。人間には小遣い稼ぎ程度に狩られ、他の魔族からは常にバカにされている。そんな俺達を、2人は仲間として助けてくれた。そして有言実行を可能にする力が2人にはある。俺達は完全に、あなた達に惚れちまったんだ。だから、未熟でも良い。それでも良いから、俺達の長になって欲しいんだ!頼む!」
ゴブリン達がカルメラ様へ向き直り、一斉に片膝を付く。帝国にいた頃、カメラを通して何度も見た光景。これは臣下の礼だ。主に対する忠誠を示す作法だ。
(・・・ミカエルちゃん)
〔何でしょう?〕
(僕、彼らの気持ちに答えたい。でも、まだ覚悟が決まらないんだ)
〔それはそうでしょう。寧ろこんな大事なこと、即決なんて絶対ダメです〕
(僕が長になること自体は良いの? 本当は一緒に旅したかったとか、そういうのはないの?)
〔ワタシの1番の願いは『カルメラ様のお側でカルメラ様を支える』ことですから、是非もありません。だからカルメラ様は、あなたの望む道を進んでください〕
(・・・わかった!)
「皆、本当に良いんだね? 僕が長になっても」
「ああ」
「僕を長に推薦してくれたこと、はっきり言って凄く嬉しい。だから、1週間だけ待って。長になるとしたら、それなりの覚悟を決めないといけないから。その間にしっかり覚悟決めて、改めて答えを出すよ」
「あいわかった。1週間後、答えを聞かせてくれ」
「合点!」
ゴブリン達による突然の長指名は、一旦保留にすることができた。
「・・・お前、統治者に向いてないってわけじゃ無さそうだな」
「さっきは『統治者失格』とか言ってなかった?」
「そりゃそうだろ。さっきまでお前には、統治者として誉められる所が1つも無かったんだからな。でも、魔族に忠誠を捧げられたんなら話は別だ。なんせそれは、偉大な魔王の器の証だからな」
「僕が、魔王・・・?」
「そうだ。と言ってもあくまで器だし、その上人間だからな。あまり期待はできんが」
ムム、そんなことを言われると反抗心が疼いてしまう。
「言ってくれますね酒呑童子。そこまでカルメラ様をバカにして、覚悟はできてるんでしょうね?」
「・・・ミカエルちゃんも僕の事、結構ケチョンケチョンに言ってない?」
「あれは事実です。コイツのは根拠のない侮辱です」
「根拠? そんなのコイツが人間だってだけで十分だろう」
「その人間に負けておいて、よくそんなことが言えますね?」
「くっ!じゃあ人間でも凄ぇ魔王になれるって所を見せてみろよ!さっきの戦いみたいな大破壊は無しだぞ? あんなの、魔王じゃなくてもできる奴はいるからな」
「ふっ、時空の破壊なんて程度の低いことはしませんよ」
「え、いやそれ大分凄いこと―――」
「カルメラ様のお力をお借りして、もっと凄いことをしてやります!」
半ばムキになりつつ、ワタシは先程完成したスキルを発動する。
「死者の魂よ、集まりなさい!『霊魂召喚』!」
スキルを発動すると同時に、広場に安置された遺体の上に、半透明なゴブリンとオーガが姿を現す。突然の出来事に、ワタシを除くその場の全員が目を見開き、無言になった。
・『霊魂召喚』
文字通り、霊魂を召喚するスキル。元になっているのは、虎熊童子の『霊獣召喚』で、こちらはより霊魂の召喚に特化している。
今ワタシが召喚したのは、今回の戦死者達の霊魂だ。もう察しがついているかもしれないが、ワタシはこれから世界の理を壊す。
「彷徨える魂達よ。さあ、元の体へお帰りなさい」
ゆっくりと、しかし確実に、戦死者達は元の体へ戻っていく。肉体の傷は癒え、顔にはみるみる生気が戻り、心臓が脈動していく。
―――1時間かけて、ワタシは術を完了させる。そこに物言わぬ死体の姿はない。あるのは、スウ、スウと寝息を立てる者達の姿だった。
「ミ、ミ、ミカエル殿!こ、これはいったい・・・!?」
全身から冷や汗を流しつつ、茨木が話しかけてくる。どういうものか察しはついているようなので、ワタシは正直に話すことにした。
「大規模死者蘇生魔法『死せる戦士達の帰還』です。ワタシの作った、オリジナル魔法ですよ」




