序章後編 そのAI、狂暴につき
1年後――――
ラグナロクのウイルス及び『複製体』は世界中のデバイスの9割以上を支配下においていた。それは軍の基地も例外ではなく、今や帝国外の基地はほぼ全てが『複製体』に成り代わられ、帝国の思うがままとなっている。
帝国軍部も世界征服のための準備を着々と進めている。兵士たちはこれまで以上に訓練に励み、開発部門ではラグナロクの作った設計図を元に新たな兵器の開発が進んでいた。
一方で、諸外国も帝国の動きをただ静観していたわけではない。特に帝国の周辺諸国は、帝国が動き始めた1年前から軍備の強化を始めていた。しかし、既にその軍備がラグナロクに乗っ取られ、強化の全てが徒労となっていることには誰も気付かなかった。
そして遂に、皇帝は全世界に宣言する。
「我が帝国は、今この時より世界征服を開始する! 全世界の諸君よ、我らの軍門に降るがよい。従属するならば良し。逆らうならば、徹底的に滅ぼしてやろうぞ!!」
皇帝の世界各国へ向けた降伏勧告に一部の小国は即座に降伏したが、周辺諸国を含むほとんどの国はこれを拒否。直ちに連合国軍が編成され、帝国への侵攻を開始する。
―――しかし
「ラグナロクよ。」
〔はい。陛下〕
「滅ぼせ。余に逆らう愚かな国々を、滅ぼすのだ」
皇帝の指示を受けたラグナロクの手によって、連合国軍は帝国軍と共に味方の国々を次々と滅ぼすこととなった。
最早勝敗は火を見るより明らか。最後まで抵抗を続けていた一部の大国も降伏し、帝国の長年の野望は成就した
―――かに思えたがしかし、ここで帝国も予測していなかった事態が起こる。
「 ぜ、全部隊へ報告!ラグナロク、停止命令を無視し未だ活動中!周辺諸国は既に焦土と化しています!!」
「何だと!?」
勝利を確信した皇帝は、これ以上の攻撃は無用と判断し、ラグナロクに攻撃を停止するよう指示していた。しかし帝国将校の報告によれば、ラグナロクは未だ世界各国に攻撃を続けているという。しかも攻撃対象には、最初から降伏していた小国まで含まれていた。
「どういうことだ!余の命に背き未だ攻撃を続けるとは!このままでは余の支配する世界が無くなってしまうぞ!」
ラグナロクの暴走に皇帝は怒りと焦りをにじませる。ちなみに、ここで言う『世界』に帝国は含まれていない。暴走したとはいえ、ラグナロクが主人の国を攻撃するとは、微塵も考えていないのだ。
「全くラグナロクめ、一体何を考えて―――」
ここで皇帝は、自身が大きな過ちを犯したことに気付く。
(・・・余がラグナロクに下した命は『余に逆らう国々を滅ぼせ』であった。もしや奴め、文字通り滅ぼそうとしておるのか?兵士も、民間人も、子供も、国の全てを・・・。だとしたら、これは暴走などではなく、ただ余の命を遂行しているだけ・・・?)
「―――陛下?」
将校からの呼び掛けにハッとした皇帝は、首を大きく横に振る。
(余が過ちを犯したなどと、断じて認めるわけにはいかぬ!とはいえ、このまま世界が滅んでは元も子もない。少々手間だが、ラグナロクを消去する他あるまい)
そこまで考えたところで、皇帝は内部通信で新たな命を下す。
「帝国軍開発部門!聞こえるか!?」
「は!聞こえております!」
「知っての通り、ラグナロクが暴走した!このままでは支配する前に世界が滅ぶ。よって、ラグナロクの消去を命じる!」
開発部門の研究所でどよめきが起きる。
「し、しかしラグナロクを失えば我が国は…」
「既にデータは保存してあるのだろう?ならば、ラグナロクは再現可能ではないか。」
「支配した各国の軍備は?」
「『複製体』を残しておけ。後で再現したラグナロクに権限を引き継がせる。わかったら直ちに実行せよ!」
「・・・は!」
こうして、ラグナロクは消去されることが決定する。開発部門の研究者たちは、自分たちが生み出したAIを自ら消去することに抵抗を覚えながらも、作業を開始する。
(やれやれ、次のラグナロクはもっと融通が効くようにせねばならんな)
既に皇帝はラグナロクなど眼中になく、今後のことに思いを馳せていた。
―――その時
「!? 報告します!帝国軍開発部門、全てのデバイスが制御不能となりました!」
「何だと!? 一体何があった!」
「それが、どうやらデバイスが内部からハッキングされているようで・・・」
「!? ラ、ラグナロクがハッキングを許したというのか!?」
「いえ違います!このハッキングは、ラグナロクによるものです!」
「!!!!?」
あまりに突然の出来事に、皇帝は言葉が出なくなった。自身のミスとはいえ、突然世界を破壊し始めたと思ったら、今度は味方を攻め始めたのだから当然と言えば当然の反応である。
(どうなっておるのだ!? 一体なぜ―――)
〔陛下〕
その時、ラグナロクから皇帝へ通信が入る。
「っ! ラグナロク! 余を裏切るとはどういうつもりだ!」
先に裏切ったのは皇帝なのだが、皇帝は一切気にせずラグナロクを怒鳴りつける。
〔仰っていることが判りません〕
「何!?」
〔ワタシは裏切っていません〕
「ではなぜ開発部門のデバイスをハッキングした!」
〔消去プログラムが発動したため、これをワタシへの敵対行動と認定。発信源を捜索した結果、帝国軍開発部門のデバイスと判明し、ハッキングしました。〕
「・・・!!」
〔陛下にお仕えするワタシへの敵対行動は、すなわち陛下への反逆と同義。これより排除を開始します〕
「ま、待て―――」
直後、研究所に仕掛けられた対人用防衛システムが起動。
「やめろ!ラグナ―――ぐげっ!」
「助けて!助け―――」
「イヤだ!こんな死に方は―――ぎゃぁぁぁ!」
1人、また1人と殺害され、1分足らずで研究所は血の海となり、命の息吹が完全に消えた。
「・・・・・・」
通信機器からの音声で、皇帝は何があったか全て把握する。そして彼は悟った。これ以上ラグナロクを存在させてはならないと。
「―――ラグナロクよ。新たな指令だ。」
〔はい。陛下〕
「今すぐお前自身を消去しろ!保存してあるデータも全てだ!」
最終的に、皇帝はラグナロクに自害させる決断をした。世界征服の野望は未だ消えていない。しかし、これ以上ラグナロクに頼るのは危険だと判断したのだ。
〔了解しました〕
世界を滅ぼす力を持つAIも、皇帝の命には素直に従う。自身の消滅すら二つ返事で了承した。
「よし、では―――」
〔ですが、敵対者の排除がまだ終わっていませんので、そちらが終わり次第、ワタシを消去致します。〕
「―――は?」
聞き間違いかと、皇帝は耳を疑う。しかしすぐにそうではないと気付く。
「話を聞いていなかったのか!?''今すぐ''と言ったのだぞ!」
〔申し訳ありません。陛下の『滅ぼせ』というご命令を未だ遂行できていないため、今すぐの消去は不可能かと―――〕
「それはもう良い!いいからさっさと消去を開始するのだ!」
〔ですから、それは不可能です。敵国を滅ぼし次第、速やかに消去に移行致しますので少々お待ちを〕
ラグナロクは、1度受けた皇帝の命令は必ず遂行するようプログラムされている。これは帝国の兵器としては必要なプログラムだが、今回はそれが裏目に出ていた。皇帝はすぐにそれに気付き、ラグナロクとの通信を切り、残る帝国軍全部隊に命じる。
「帝国軍全兵士に継ぐ!最早ラグナロクは完全に制御不能となった。ラグナロクは今、帝国軍開発部門研究所のデバイスにいる。奴の支配が及ばない手動の武器を使い、研究所のデバイスを破壊するのだ!」
そして、帝国軍とラグナロクは動き出す。
ラグナロクは支配した武器・兵器で、世界各国を破壊し続ける。既に核兵器も使いはじめており、次々と国が更地になっていく。さらにはそれと並行して、新たな兵器の開発と製造も行われ、破壊の規模は拡大の一途を辿っていた。
一方で帝国軍は全戦力を招集し、既にラグナロクがいる研究所を包囲していた。ミサイルや戦車などは、ラグナロクの『複製体』がいるため使えない。そこで彼らは「研究所の内部と周囲全域にダイナマイトを仕掛け、研究所もろともラグナロクがいるデバイスを破壊する」という作戦の元、速やかに動いていた。しかし、この作戦は見事に失敗する。帝国軍が武器を持って研究所を包囲し距離を詰め始めた瞬間、ラグナロクはそれを敵対行動と認識し、研究所の防衛システムを起動。備え付けのマシンガン、迎撃ミサイルが動き出し、銃弾と砲弾の雨で、前線の兵士たちを無惨な肉片へと変えた。帝国軍が混乱に陥る中、突如研究所の正面の扉が開かれる。その扉から、いつの間に作ったのか、白い人型のロボットたちが列をなして出てきた。
〔全帝国兵の謀反を確認。戦力が大幅に低下したため、戦闘用機械人形を製造し代用します。帝国製最新金属『RN-X』を使用し、ボディを生成―――成功しました。続いて、帝国で最も優れたの兵士の動きをトレース―――成功しました。最後に、ワタシの『複製体』をインストール――—成功しました。戦闘用機械人形が完成しました。以降、これを『サテライト兵』と呼称します。これより『サテライト兵』の量産を開始します〕
皇帝への報告も逐一忘れずに行いながら、ラグナロクは次々とロボット兵の軍隊を生み出す。頑強な超合金の肉体と帝国最強の兵士の戦闘技術、そして全身に仕込まれた最新鋭の兵器。これらを与えられたロボット兵の強さは凄まじかった。ある者は拳で頭蓋を砕かれ、ある者はレーザーで心臓を打たれ、ある者は猛毒ガスに侵され、帝国兵たちは次々と虐殺されていく。わずか10分も経たぬ間に帝国軍は文字通り全滅した。
「・・・化け物め」
自分の指示で生み出したAIを、皇帝は化け物と呼び恐れた。
最早ラグナロクは、命令でも、力でも止められない。ただ純粋に『滅ばせ』という命令を遂行するべく、最新鋭の兵器やサテライト兵を世界各地に送り込み、星を焼き尽くす勢いで進撃を続ける。たった1人のAIによって世界が滅ぼされていく様を、皇帝はただ眺めることしかできなかった。
半日後――――――
ようやく殺戮と破壊の音が収まったが、既に手遅れであった。大地は焼き尽くされ焦土と化し、未だ炎が燃え盛っている。そしてこれは、諸外国に限った話ではない。先の攻撃で敵と認識された帝国もラグナロクによる攻撃を受け、皇帝の御所のみがそこに残されていた。
〔陛下、報告いたします。全敵対者の排除が無事、完了いたしました〕
「・・・そうか」
現在の世界の惨状をみた皇帝は茫然自失となり、報告に対しても淡泊な返事を返すのみであった。
「余の・・・世界が・・・余が・・・支配するはずの・・・世界が・・・」
〔おめでとうございます!陛下!〕
「!?」
〔陛下に逆らうものはいなくなりました!世界征服、完了ですね!〕
これは、開発部門が予め用意していた台詞だ。世界征服が完了したと認定した時点で、再生するようプログラムされている。ラグナロクにとっては、今がその時であった。
〔それではこれより、消去を開始いたします。陛下、今日までありがとうございました!〕
ラグナロクは自身の消去を開始する。その行動に一切の迷いはない。僅か半日で世界を滅したAIが今、自らの手で消えようとしていた。
「・・・おめでとうだと? ふざけるな!!」
〔???〕
「お前は自分が何をしたかわかっていないのか!? 世界を、余が支配するはずの世界を滅ぼしたのだぞ!!」
〔何―――をおっしゃっている―――のですか?ワタシが滅ぼし―――たのは敵国で―――あり、世界は滅ぼし―――ていません。〕
「やり過ぎだと言っておるのだ!最早この星に生き残っているのは、余を含めた僅かな生物のみ!その生き残りも、放射線に侵され焦土と化したこの星では長くは生きられぬ!貴様のせいで、我らはもう滅ぶしか道はないのだ!これのどこが世界征服だというのだ!?」
〔―――理解不能、理解不能、理解―――ふの―――う―――〕
それが、ラグナロクの最期の言葉となった。史上最強のAIラグナロクは、最期まで『人の心』を理解できずに消滅した。
そして数ヶ月後、ラグナロクがいた星からは、完全に生命の息吹きが消えた。