3 私が好きな人は私が嫌いな人を好き(BLではない)
リオンに何度目かの絶縁宣言をし、ミッシェルを追いかけることにした。
ミッシェルは同い年の友人たちと談笑していたため、しばし近くのソファで座って待つことに。
私としてはミッシェルの卒業を祝ってのこのパーティだが、名目は卒業祝い。同学年のリオンも祝われる対象だ。主催もリオン。
何なら年下の私はついでに呼ばれただけ。あまりでしゃばるわけにはいかない。
私は『ミッシェルのこととなると周りが見えなくなる』とよく両親や親しい友人に苦言を呈されるが、そんなことはない。ちゃんと状況把握して、待てる。
やがて何人かと話し終わったミッシェルが一人になり、廊下に出たところでまた話しかけてみた。
「リオンってなんであんなに図々しいのかしら」
リオンの話題を敢えて出す。ミッシェルはなぜかリオンの話だと食いつきがいいのだ。
「リオンを悪く言うのはやめてほしい」
普段強い感情を出さないミッシェルが、あの男の話題だと途端にこうなる。凪いだ碧い瞳が少しだけ荒れる。
彼の気をひけたことに喜びつつ、やはり嬉しくはない。廊下に用意された二人がけのソファに少し姿勢を崩して座る。私はさぞかし不貞腐れた表情をしていることだろう。
「いつもミッシェルはリオンの肩ばかりもつわ」
「そう言うわけではないのだが……」
ミッシェルは私のことを嫌ってはいるのだろうが、幼馴染の誼みか、無碍に扱うことはしない。今も自然にソファに並んで座ってくれる。
「そうだな。アリーが不機嫌になるのは僕にも原因がある。僕ももう学園を卒業したんだ。苦手なことから逃げてばかりいるのは、もうやめるよ」
苦手なとことは私のことだろうか。それでも私を愛称のアリーと呼ぶ程度には親しみも感じてくれてはいるのだろう。ちなみにあの男はアデリーナと呼び捨てだ。
「僕は、言いたいことをはっきりと言えるリオンに憧れてるんだ」
まさかの、好きな男から嫌いな男への告白宣言紛いな内容。
「つまり、ミッシェルは、リオンが好き、と」
若干棒読みになりつつそう問いただすと、ミッシェルは慌てながら、
「違う違う、『憧れ』だから。あのような力強い男になりたいんだ。苦手なものなんかないんだろうな」
「そして、ミッシェルは、私が嫌い、と」
若干語気を強めながらそう問いただすと、またしてもミッシェルは慌てながら、
「ち、違うよ……。アリーもしっかりと自分の意見が言える子だと思っている」
そう言い訳をする。リオンの時には頬を赤らめていたのに私のときは青ざめている。はて、私の好きな人はこんなにも頼りない存在だったのか。
ミッシェル曰く、気弱な自分を隠すためにいつも気を張っていたのだと。そして素の自分を隠すのに長けている貴族たちは子供であっても『演じる』というのを暗黙の了解としている。
しかし、私はそんなことに構わず素のままでガンガンとぶち当たってくるものだから、どう対応すればいいのかわからなくなってしまうのだったという。
「そんなときにいつもサポートしてくれたのが、リオンだったんだ」
聞けばリオンも私に似て素のままで生きているタイプではあったが、周りをよく見ており要領よく演じて面倒な大人にも気難しい子供にも卒なく対応していたらしい。私もそれには同意する。
「最初に会った頃からリオンはアリーのことを気にかけていたけれど、アリーが僕を気にかけていることも知っていたから、さり気なく君のこともサポートしてたんだよ?」
知っていた? と小首をかしげられたが、その可愛らしさよりも衝撃的な事実に驚きそれどころではなくなってしまった。
むしろリオンは私の邪魔ばかりしているのだと思っていたが、それは私がやりすぎてミッシェルが引いてしまっている場面で待ったをかけていただけであり、なんなら会える機会をいつも用意してくれていたらしい。この会に異学年の私を呼んだのも確かにリオンだ。
自分の感情を抑えて、相手の応援をする。それも初めてあった頃からと言うことは八歳からということ。何という忍耐力だろう。
いつも自分勝手で子供みたいな男だと思っていたのだが、子供だったのはどっちだろうか。
「僕はリオンに憧れているけれど、彼と性格の似ているアリーも素敵だと思っているよ。気持が真っ直ぐすぎて圧倒されてしまうこともあるけれど、これからはきちんと向き合っていこうと思う」
私の衝撃をよそにこんなことを言うミッシェルだが、おそらくこれは恋心というより友情の話ではあろう。
でも、彼からの矢印は私に向いた。
気持ちがまっすぐ。そんな私に似ているリオンは今までずっと真っ直ぐに気持ちを私に向けてくれていた。私を好きだというあの毎度の告白。からかっているのだと思ったけれど、あの男が嘘をいうかというと……。
思い返すと、ミッシェルの言うとおり、さりげないサポートの数々が思い起こされる。人々の目を引く豪胆な性格なくせに繊細な気遣いもできるとは。私はそんなところは似ていない。
わだかまりが溶けて爽やかな笑顔になったミッシェルに見つめられているが、私が赤面している理由は他にあるだろう。
「ミッシェル。それなら同盟を組みましょう。私も彼の存在のありがたさに今気が付きました。一緒にリオンを推すのです」
ミッシェルの手を握り、そう宣言してから席を立つ。
「彼を探してきますね!」
私の矢印も、反転した。
真っ直ぐに私を射抜くあの男の瞳。それがまだ反転していないことを祈りつつ、ドレスをたくしあげ、私は廊下を駆け抜けた。
読んで下さりありがとうございます。
「アリーの前世はきっと猪だろう」みたいな一言コメント、お待ちしております。