経過は順調らしい
更新が二週間隔ぐらいに伸びてしまった不甲斐ない作者の海鼠です。
先月末はPCが壊れたり、風邪引いたり、引いた風邪が中々治らなかったりと嬉しくないイベント盛り沢山な状況でした。
いえ決して、だから遅れたんですよ、と言い訳するつもりなんてないんですよ。ただそんな事があったというだけでですね。はい。
実は気分転換に新しい話を思い浮かべたので、そっちの方に浮気しまくっていたのです。多分そっちは公開することもないでしょうけど。
という事で今回の言い訳は以上で。
ではどうぞ続きをお楽しみ下さい。
水面に浮き上がる様にして、深く沈んでいた意識が目覚め始める。
同時に瞼を通して感じる光りの刺激が安息の眠りを妨げる魔の手となり、さらなる安らかな時を享受せん為に、光りより逃れようと顔を背けた。
再び視界は暗転し、体を支える柔らかな感触に気持ち良さを覚えながら、幸せなる一時が訪れた事で意識はまた沈み出す。
―――カチャッ。
しかしその眠りは、耳に届いた小さな音によって、再び覚醒を余儀なくされた。
とはいえ揺らぐ意識は思考を形作る事が出来ず、尚も眠りに誘わんとする柔らかな感触が目覚めの邪魔をする。
そんなまどろみの時間が果たしてどれ程長く続いたか、やがて聞こえた水音によって打ち消された。
「ユウキ様、失礼しますね」
つい最近聞いたばかりの声が響き、同時に肌寒さを感じた。
もはや眠気は何処へ消え去り、まだ光りに敏感な瞼をうっすら開いた。
「んぁ………?」
覚醒間近の、何とも気の抜けた声が響く。甲高いそれは決して俺の声ではないのだが、今は間違いなく俺の声だった。
視界に入り込んできたのは少女の顔。覗き込む様にして俺を見る、小さな顔にあるスカイブルーの瞳がとても綺麗だ。
少女の顔は、最近俺の身の回りの世話を半強制的にしてくれていた人に似ている。しかし俺はもうあの部屋にはいないのだから、この少女は他人の空似なのだろうか?
「あぇ?」
弛緩した喉では思うような言葉が出てこず、俺の疑問符を含めた声は、まるで赤子のそれの様だ。
疑問符を向ける対象はこの場所。天蓋付きの豪華なベッドは、ここしばらくお世話になったそれと全く同じもの。いや、ベッドだけじゃない。部屋全体が、過ごし慣れたあの場所と寸分違わずであった。
ふと肌寒さを感じ、視線を下げた。焦点は胸元へ。そこで、俺の思考は固まった。
俺の体を包んでいた寝具は取り払われ、更には着ている服までもが、その胸元をはだけさせている。その下にある白い肌を外気に晒し、当然、見慣れぬソレ(漫画や雑誌なんかではよく見るが)をも隠していない。眩しい程に白い肌の二つの膨らみに、頂きに備わるピンク色。それは実に淫靡かつ非現実的な光景。
「えええぇぇぇ!?」
心の底からの絶叫が響くのだった。
この部屋から出て行った筈の俺が何故再びここで寝ていて、別れを告げた筈のミネイラさんが再び俺の世話をしていて、そんでもって何故俺の胸元がはだけられているのだろうか?
「あ、お目覚めになられたのですね!?」
満面の笑みのミネイラさん。うっすら涙目になって、両手で布みたいなのを握り締めている。
えぇお蔭さまで一気に目が覚めましたよ。
「良かった……。もう四日もお眠りになられていたので、不安だったのです」
「は……? 四日……?」
寝過ぎって話じゃなくね?
「あぁ、本当に良かったです。何処か具合が悪い所はございませんか? ご気分は如何ですか?」
「え、あ、いや、特にこれといっては……」
むしろ調子は良い方なぐらい。とはいえ、四日も寝ていた? 何でそんな事に?
「詳しい検査を致しますので、お医者様を呼んで参りますね」
布を握り締めたまま扉に向かうが、何かを思い出した様に戻って来た。
「そういえばユウキ様の体をお拭きするのを忘れていました。ということで、失礼致します」
「……へ?」
「まずはお召し物をお預かりします」
「い、いや、体を拭くぐらい自分で出来るし!?」
今の体を自分であちこちを触るのには抵抗はあるが、そんなの他人にやられたらくすぐったくてしょうがない。見ないようにすれば何とかなる筈。
「そんな事をおっしゃらずに! この四日間毎日の様に綺麗にさせて頂いたので、慣れたものです!」
「慣れなくていいから!?」
むしろ慣れないで頂きたい。っていうか、毎日て……。
「ご心配なく! すぐ気持ち良くなりますから!」
「そんな心配はしてない! それよか趣旨かわってなくない!?」
体を拭くだけだよな? 拭く『だけ』なんだよな!?
そんなやり取りを経た後、結局押しの強いミネイラさんにひんむかれて体を拭かれる俺だった。いや、確かにさっぱりして気持ち良かったですけどね。
身支度を整え、暫定主治医のマテファさんから診察を受け、現時点での問題は無しとの結果を貰った。
何で此処に舞い戻っているのかを尋ねれば、突然気絶した俺をアセイルさんが運んだらしい。あの変態一号があっさり俺を帰したのは意外だった。
診察に続いて、アセイルさんとリュラさんを従えたオーファスがお見舞いに来たのだが、体調に問題がないのならばと、ミネイラさんが先に入浴を済ませたいといって追い返した。
浴場でまた、裸のミネイラさん相手に精神的に疲労しながら入浴を済ませ、再び身支度を整える。
長い髪にかかる手間は、男の俺からしたら煩わしさ満載だったが、ミネイラさんが嬉しそうに髪を梳いているのを見ると、ほったらかしでいいよ、とも言いにくかった。
「やはり愛する人には、綺麗な自分を見てもらいたいものですよね!」
「いやいやそれ誤解だから!」
どうやら彼女の脳内では、俺はオーファスの恋人で確定しているらしい。必死で否定しても照れ隠しと取られている様だ。
誰が好き好んでツンデレなんざやると思ってるのかこの天然娘が。
献身的なミネイラさんに、そんな暴言は吐き出せないチキンな俺だった。
そんなこんなでようやくオーファスとの面会が始まったのだが、この野郎、開口一番、
「出来ることなら、眠り姫はキスで起こしたかったのですがね」
などとのたまいやがった。
『地面にならいくらでもキスさせてやるぜ?』
と言いたかったが、側に控えているリュラさんが怖くてとても言えない。言いたい事も言えないこんな世の中はー。
「とりあえず、ユウキさんには朗報です」
念のため安静にするべしと言い渡され、ベッドの上で身を起こしている俺に、オーファスが一枚の紙を差し出してきた。書かれている内容を、オーファスが簡単に読み上げる。
「ルーン・フェイルテル及び、ターツという名の少女に対し、国内で捜査が開始されました。つまり、フォーバーン国内では、彼等はお尋ね者になったという事ですね。規模が大きくなった事で、幾らかは捜索が有利になったでしょう」
「ふーん。あいつらって犯罪者だったのか?」
「元々は知りませんが、手っ取り早く国家反逆者になって貰ったのですよ」
「それってつまり、罪を捏造したって事か。何か映画みたいな話だな……」
「そんな手間な事はしてませんよ。彼らは事実国家反逆者ですから」
「??」
言ってる意味が理解出来ない。元々が国家反逆者なら、なって貰うまでもなく国家反逆者だろう?
俺の訝しい表情を読み取ったか、オーファスがアセイルを手で指した。
「彼女は王族直属の衛士です。近衛は基本的に王族またはそれらに縁のある人物の警護を任務としていますが、それ以外は全て王族からの命令にしか従いません。つまり彼女らの行動は王の命令であり王家の命令です。勿論、優先順位はありますが、命令を出せるのは王かその嫡子、この場合は私の事ですが、その二人のみ」
「あー、そこまで説明してもらえば理解できた」
つまりアセイルさんを排除しようとした時点で、相手は王家の命令に逆らった反逆者となる訳か。そうでなくとも俺の警護を命じられた時点で、俺に危害を加えようとすれば自ずと反逆者となる。
「でもそれだけで反逆者ってのも暴君過ぎやしないか?」
「確かに理由付けが少々薄弱でしたので、その辺りは手を加えました」
「おいおい……」
やっぱり捏造かい。
「オーファス様。そろそろお時間です」
「もうなのか。仕方がないね」
リュラさんに促され、やれやれといった様子でオーファスがドアに向かう。
「ユウキさんはあまり無理をしない様にお願いしますよ。ではまた後ほど」
そうしてそのまま部屋を出て行った。
「あれ、アセイルさんはいいんですか?」
「……あぁ。私は継続してユウキ殿の警護を任されている。しばらくの間は身辺に控える事になるだろう」
こんな所にまであいつは来ないとは思うんだけど、……まあいいか。
当然といえば当然だが、四日も寝ていたなら空腹にもなる。早速ミネイラさんに食事の用意をして貰い、いつかの様にベッドの上で食べ始めた。
相変わらずの美味しさに舌鼓を打ちながら、ゆっくりと胃に収めていく。急いで食べれば腹を壊しかねない。
ミルクをベースにしたらしい、濃厚なスープをスプーンで掬う。ズルズル啜るなんてはしたない真似はしない。口の中に含めば、甘さと香りが広がった。うむ、美味である。
今室内には、甲斐甲斐しく給仕をしてくれるミネイラさんと、壁に寄り掛かってこちらを見ているアセイルさんしかいない。
もはや慣れた人しか滅多に来ない此処は、気楽に過ごせる場所になってしまったのだが、今はアセイルさんの視線で居心地が悪かった。何故なのか、まるで睨みつける様な表情で、俺の一挙一動をつぶさに観察してくる。見られる事には多少慣れたとはいえ、こうまでガン見されると流石に落ち着かない。
「あの〜、俺の顔になんかついてます……?」
食事を一時中断し問い掛ける。アセイルさんは静かに口を開いた。
「以前、私は貴女に何者かと尋ねた事がある。オーファス様を狙う不穏分子として疑っていたが、結果として否定された事で一応の決着は着いた」
オーファスの変態事実が確認された時か。
「例えユウキ殿が何者であろうとも、オーファス様の身を危ぶむ要因でなければ構わなかった。だが、そうも言ってられなくなった」
アセイルさんが壁から背を離す。足音静かに、俺の居るベッドの側まで歩み寄る。背の高いアセイルさんへ、俺は自然と見上げる形となった。
「今一度問う。貴女は一体何者だ」
アセイルさんの纏う雰囲気が、張り詰めている様に感じる。緊張と微かな敵意。
「え、えぇっと……?」
なんか、アセイルさん怒ってる……? それに何者かといわれてもなぁ……。
『目が覚めたら女になってて変態二人から貞操を狙われてる高校一年生男子です』
うん、頭おかしいよね。自分でも思うよ。でもこれが現実。
かといって、馬鹿正直に喋っても信じてもらえるかどうか。アセイルさんの事だから、『なんと怪しい奴め! オーファス様に害成す前に私が切り捨ててくれよう! ズバー!』『ぐあー!』とかなりかねない。
「へ、変な人に狙われてる、ただの薄幸な乙女ですぅ……」
ぐっはぁ……。自分で言ってて変なダメージが来た。なんだよ乙女って。寒気してきた。
「誑かすのは止めにして貰いたい! 貴女がただの少女の筈があるものか!」
ギクー! あ、あれ、正体ばれてる!?
アセイルさんの視線は一層強まり、敵意さえ滲み出ているぐらいだ。
「ほ、本当に俺、いや私はただの女の子で、ですよぅ?」
マズイ……。このままでは想像が現実になってしまいかねない。いや、切られないにしても、俺が男だってばれたらミネイラさんも……、
『このカマ野郎! 人の裸を二度も見やがって、その股間にぶら下げてるモン引きちぎってやらぁ!』
……流石にそれはない。今ついてないし。
『ユウキ様、私の事を騙していたのですね! 厭らしい視線で私の裸を二度も……。もう私の目の前に現れないで下さい!』
ぐらいか。なんにせよ危機的状況にはかわりない。
それもこれも、オーファスの奴が皆に事情を説明しないのが悪いんだ!(八つ当たり)
「惚けないで頂きたい。ただの少女が、あの様な魔術を扱える筈がない!」
あぁ、これから俺は女湯を覗くために女になった究極の変態王として名を馳せ……、あれ?
「始めてみる魔術だった。いや、魔術の形にすらなっていない。それに私の幻影剣を複製する魔術など存在する筈がないのに」
ん〜、俺が男だって話じゃないのか?
「あの、何の話でしょう……?」
「あの時貴女が使った魔術の事だ。説明して貰いたい。あれは一体なんなのだ?」
いやむしろ俺が何なのか詳しく聞きたい。
魔術? 何の話だ?
「あの〜、あの時ってどの時……?」
俺が魔術? そんなもの使った覚えてはないが……。
「だから惚けないで貰いたいと……」
「いやいや、ほんとに何の話かわからないんですって!?」
俺の表情を読み取ってか、アセイルさんの気配から敵意が薄れる。
「俺が魔術? 俺、魔術なんて使えませんけど」
「馬鹿な。あの時、私とあの手下との争いを止めた時、貴女は確かに……」
「止めた? 俺が、ですか?」
「まさか、覚えていないのか?」
覚えるも何も、そんな記憶すらないのですが。
「そんな事しましたっけ?」
「待った。……では貴女は、何処まで覚えているのだ?」
ルーンが現れ、アセイルさんを挑発してターツと喧嘩になったのは覚えている。そこから記憶がないから、その辺りで気絶したんじゃないかと思ってるんだが。
「魔術を使った部分は完全に忘れているのか……?」
アセイルさんが小さく呟く。
いやだから俺は魔術なんつ使えませんと。
「本当に俺が魔術なんか使ったんですか?」
「わからない」
オイ……。
「魔術以外では説明できない現象が起こったのは間違いない。だが……」
「だが?」
「魔術では説明できない現象が起こったのも間違いないのだ」
なんじゃそりゃ?
「意味わからないんですけど……」
「同感だ。私でさえ未だ理解できていない」
そんなものを俺に尋ねられても、余計にわからなくなるだけの話だと思うが。
そもそも魔術のまの字も知らない俺が扱える訳がない。
暫く俺の顔を見つめていたアセイルさんだが、一つ納得した様に頷いた。
「わからない事を考え続けても無駄だろう。真実の手がかりを持つであろう者は他にもいる」
「他?」
「あの男、ルーン・フェイルテルだ。それに、ユウキ殿そっくりなターツという人物も、何か知っているかもしれない」
確かに。今の俺の原因を知る手がかりは奴らが持っているのは間違いないだろう。
結局アセイルさんの疑問は保留という事になり、俺は止まっていた食事を再開させた。