在るべき場所
困ったことになったな。
小暮夜子は妙に落ち着いて考えていた。
彼女はモノが張る結界に閉じ込められている。
辺りはすでに夕闇に包まれて、視界もおぼつかない。
鬱蒼と茂る森の中。
まわりはモノだらけ。
助けにくる人もない。
(困った)
学校帰りに見つけたモノを深追いしたのがまず、まずかった。
つけていくと同じようなモノがいくつもいた。
いつも冷静な夜子が、こんな無謀な行動に出たのには訳がある。
†
小暮夜子は16歳になった今も、自分の主を持っていない。
彼女の家は、『火の一族』と呼ばれる火の力を使役する家系である。
火の一族に生まれた者は皆、自分の真に仕えるべき主を探し仕える。そしてその主の元でその力を振るう。
夜子の祖父も、両親も、兄も、もうすでに主がおり、それぞれ仕えている。
皆が皆、別の人間を主に持っているので、家族は別々に暮らしている。唯一火の一族ではない祖母も、祖父とともにいる。
夜子は始め、両親、兄と海外に暮らしていた。両親の主は異国の人だったからだ。幸いにして同じ人物だったため、同じ家に住む事ができたのである。
夜子が5歳のとき、兄が日本に帰ると言いだした。祖父母が日本で暮らしていたので、何ら問題はなかった。ほとんど兄に面倒を見てもらっていた夜子は、当然のごとく一緒に帰国した。
しかしその兄は、帰ってすぐ、わずか10歳で自ら仕える者を見つけ、また海外へ旅立ってしまった。
祖父母も退治屋だったから、家には留守がちだった。
夜子は無口だがしっかりした少女に育った。
つい先日、兄、炎二が帰ってきた。
11年ぶりに会った兄は、どこか他人のように思えた。両親や、祖父と同じだ。夜子は心の中でそう思った。
炎二は夜子がまだ主を見つけていないことを知ると、
「お前は昔から頑固だったからな」
と困ったように笑った。
(兄さんは考え違いをしている)
自分のおかれている状況も忘れて、夜子は思考を続けていた。
夜子は主を探していたわけではない。
探さなかったのだ。
火の一族は自分だけの主がいる。
主のためにはその身を盾にして守る習性がある。
いや、むしろ宿命と言った方がいいのかもしれない。
一族の主同士が敵だった場合。血のつながった者同士だろうと肉親だろうと、容赦なく戦うのだというから・・・。
夜子は嫌だった。
小さい頃から家族が誰かしらは一緒だったが、心はバラバラだったからだ。
特に兄がいなくなってから、夜子はいつも一人だった。
それに、自分が命をかけて仕える退治屋など、いるとは思えなかった。
だから、それを証明するために退治屋を見に行くことが増えた。
モノのいるところには、退治屋が現れる事が多い。
今回も様子を見るだけのつもりだった。
張っていれば、遠からず退治屋が現れるからだ。
なのに。
見つかった。
囲まれた。
逃げ道はない。
自分の能力を使うにも、辺りは森で、今は冬で、乾燥しているから火事になる事は必至で。
だから夜子は、一瞬の隙を作ってしまった。
†
そして、こうしてモノの結界に嵌っているのである。
(あとは料理されるだけだな)
無表情に夜子は思う。
それも、いいかな。
仕える者など見つからないし。
見つけたくもないし。
投げやりな気持ちになってため息を吐いたとき、モノが一瞬で消えた。
淡い桜色の光が見えたのは気のせいだろうか。
「な・・・に?」
結界も、モノも、ほんの瞬きをする間に・・・。
辺りを包むのは、冷たくて、清廉な、気。
「どうなさったの?」
呆然とする夜子の後ろで、優しい声がした。
†
「夜子さん」
桜が私を呼ぶ。
「よくいらっしゃいました」
私の主。
美しいひと。
圧倒的な力の気配。
私の中の血は、彼女によってようやく目覚めたらしい。
家族の形など、今はどうでもいい。
彼女のために仕える。
それが私の天命だと知ったから。
今日、私は祖父母の家を出た。
挨拶をし、祖父母の顔を見た。
私と、同じだった。
この人たちは紛れもなく私の家族なのだと、初めてそう思った。
兄さんも、父さんも母さんも、今度会ったならきっとそう思えるのだろう。
これが私の一族なのだ。
そして・・・、
「今日から、お世話になります」
明鏡院家。
明鏡院桜の在る場所。
それが、私の家だ。
end.
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words.
小暮夜子
火の一族
小暮炎二
明鏡院桜