罪欲
最初は少し残酷な描写があります。
また、人を殺してしまった。
私はただ人を殺すだけでは飽き足らず、動かなくなった死体の肩にナイフを押し当てて、ゆっくりと肩から足に向かって、ナイフを走らせる。死体が着ている服が切れ、段々と青白くなってきた肌の色からじわりと鮮やかな血の赤色が噴き出してくる。
私はその様子を眺めて、この人にもきっと家族がいて、この人の死を悲しむ人がたくさんいるのだろうと思う。なので、このようにこの人の死を愚弄するように、死体をもてあそぶ真似をすれば、きっと怒る人も多いはずだ。
私が今していることは、悪いことだと言うことを確認すると、私は先ほどまで感じていた途方もなく苦しい飢えが少しずつ消えていくように感じた。
私は肩から腹、腹から腰、腰から太もも、太ももからふくらはぎ、ふくらはぎから足の甲、足の甲から足の親指へとナイフを走らせた。するりと切れる柔らかい肉の感触と反対に、ナイフの刃先に当たる硬い骨の感触が人間を切り刻んでいるという生々しい感覚を感じさせた。
私はその感覚に気持ち悪さを覚えているが、満足も覚えている。
私は反対側も同じように切り付けた。私はまだ少し飢えを感じたので、死体の顔にナイフを当てた。そのまま、切ったり、えぐったりして、死体の顔をぐちゃぐちゃにした。
この死体は殺すときに、腹をめった刺しにしたので、顔と腹はぐちゃぐちゃの死体が出来上がった。
私は出来上がった死体を見て、自分のしたことのおぞましさに吐き気を覚えながら、飢えはなくなり、満腹になった。
皆はこの状況を見れば、私のことを異常者、殺人鬼だと決めつけて、私のことを軽蔑するだろうか?
確かに、私のしていることは許されないことだと私が一番分かっている。だから、この状況にどれだけの理由を付けた所で、私の犯した罪の重さは変わらない。それでも、私の言い訳を少しだけ聞いてくれないだろうか?
私の言い訳を始めるには、私の子供のころから話始める必要があるだろう。
幼少期の私は手癖が悪く、悪い子と思われていた。皆は教育がなっていないだの、親の顔が見てみたいだの好きかって言っていたが、私の母親は人一倍私のする悪行をしかりつけ、悪いことを二度としないようにしつけられた。
そのような母のしつけがありながら、私は悪い子であり続けた。もちろん母のしつけが私に効いていなかったわけではなく、私は母のしつけはまっとうだと感じながら、悪いことをし続けていた。
なぜ、私は悪いことを続けていたかと言うと、悪いことをし続けなければ、私は死んでしまうからだ。
私はこの事実に気が付いた時、果たしてそんなことがあり得るのかなんてことを思った。しかし、私と世界の決定的なずれに気が付くと、その事実を無理やり受け入れるしかなかった。
そのずれとは、皆は食事をして、飢えを凌いでいるが、私は悪いことをして飢えを凌いでいるということだ。
私は小さいことから不思議なことがあった。皆はなぜ、食事をするのかと言うことだ。私も皆の真似をして食事と言うものをするのだが、私はよく分からない動物や植物の死を口の中に運んだところで、何が満たされるのだろうかと思っていた。
私はそのことを皆に聞いてみたことがあるのだが、皆はただ食べるだけで満たされると答えるばかりだった。私はその感覚が分からなかった。食事をしたところで、何も満たされないし、飢えはなくならないままである。
飢えが無くなる瞬間と言えば、人のものを盗んだり、人に嫌なことをしたりした時などである。私はしばらくこのずれについて疑問に思っていた。だが、答えは簡単なことだった。
皆が食事をして飢えを満たすように、私は罪を犯して飢えを満たしていたのだ。
それに気が付くと、私は皆が食べるように、私は罪を犯せばいいと考えるようになった。そうすると、私が悪いことをすることに罪の意識があったが、そんな意識はすっと消えていった。私は何の気兼ねなく、罪を重ねることができた。
だが、そう考えるようと、今まで十分満たされていた悪行だけでは足りなくなってきた。きっと、私が悪いことを悪いことだと思わなくなったせいで、飢えが満たされることが無くなったのだろう。
これだけでは満たされないと知った私はたかが外れてしまった。
最初の内は、人間以外の動物を傷つけるようになった。誰かが飼っている動物を傷つけるのだ。そうしたら、その動物を飼っている誰かが悲しむ。私はその様子を見て、罪の意識にさいなまれ、飢えがなくなり、満たされていく。
だが、いつかこの程度では満たされない日が来る。だから、その日、私は人を殺した。私が人を殺した時、もう後戻りできない恐怖とこれまで感じたことのない満足感を感じていた。
皆が食べるためだけに動物や植物を殺すように、私は人を殺すだけだ。そのまま、犯す罪の大きさがエスカレートしたのが、今の私だ。
これが私が人を殺す言い訳だ。
だが、もう私一人が生きるために、たくさんの人を殺すのはどうなのかと思い詰めるようになった。私は私が生きる上で犯してしまう罪の大きさに耐えることができなくなってきた。
だから、私は死のうと決めた。
でも、私は死ぬことはできなかった。彼女に出会ったからだ。彼女は死のうとする私のことを必死に止めてくれた。彼女は私がどのようにしても食い下がろうとしなかった。私はこんなどうしようもない人間のために、全力になってくれる彼女のことが好きになっていた。
彼女は飢えて痩せこけた私を心配して、彼女の持っている食べ物を分けてくれた。私は彼女の圧に押されて、その食べ物を少し食べてみることにした。
その時、初めて食べ物を食べて、満たされる思いがした。私はその時、この人と一緒に生きてみようと思った。
そこからの人生は不思議なものだった。人を殺さずとも、罪を重ねなくとも私は生きることができた。だから、私はようやく普通の人間に変わることができたのだと思っていた。
私と彼女は大体二年ほど暮らしたある日だった。私は彼女の笑顔を見ることがたまらなく嬉しいと感じていた。食べることの嬉しさも分かってきた。もちろん、罪を犯すこともなかった。彼女は私にたくさんの普通の人間たる感情を教えてくれた。
そんな彼女への感謝を感じていた頃、彼女はなんだか嬉しそうで、隠し事をしてる様子だった。私は彼女がお腹をやけにさすっていることから、なんとなくの想像はついていた。
だが、私はそのことを喜ぶと同時に、彼女から離れる決意をした。
なぜなら、私は彼女が今一番私を大切にしてくれていると感じたからだ。考えてみれば、彼女に私が今まで犯した罪を隠しながら、一緒に暮らすことで、私は彼女に対する背徳感からくる罪の意識によって飢えを凌いでいたのだ。
そして、私は心の底で、ずっと彼女が一番私を大切に思う瞬間を心待ちにしていたのだ。その瞬間に私がいなくなることで、彼女はずっと心に消えない傷を残すことになる。
私は彼女から離れた。絶対に見つかることのないように、遠くに逃げることにした。
私は今、満たされている。満腹だ。
だが、泣いている。
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