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佐々木ブルーの短編集  作者: 佐々木ブルー
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夢現

 ある程度、自己というものを深く考えられるようになってからのことです。

 私は、自分に対して絶望していることに気付きました。

 というのも、自己をしっかり認識できるようになる前は、今の楽しみに流される享楽的な日々。

 自分の理想と現実というものを深く意識せずに、快楽だけに流されて幼少期を過ごしていました。

 まあ、年齢のことを考えると年相応だったのだと思います。

 ですが、ある程度成熟してからは、自分が常に大嫌いでした。容姿も、声も、捻くれた性格も、自分の全てが消し去りたいものでした。

 得意なことを伸ばそうとも思いましたが、全部が駄目。音楽や美術の才能もなく、頭も悪い。

 私は、生まれた時点から能力値が最底辺だったのだと思います。

 ……こんな私にも、中学の頃には大切な友人がいました。

 一目見て、その子は私と同類だと勝手に決めつけて、自分から声をかけた所、その子は物腰が低くて、すぐに私と仲良くなってくれました。

 それからは、お互い慰め合って生きる毎日。その子との会話は少しだけ心が軽く、現実逃避の間だけ救われていました。

 しかし、そんな日々も長くは続きません。中学を卒業し、私達は別の道へと歩み始めたのです。

 私は馬鹿で、その上、大して努力もしなかったので、高校は別になってしまいました。

 それでも、関係は途切れず、チャットでのやり取りは続けていました。

 ……それから、2年程経った頃です。

 昔は私のチャットにすぐに返事をしてくれていたのに、今では1日、2日は平気で返信の間隔が空くようになりました。

 なんとなく、その理由を直接聞く気になれなくて、何か理由を探れないか、その子の名前を興味本意で調べてみた所、あるSNSのアカウントがヒットしました。

 アカウント名はその子のフルネームで、SNSなんてやっていたことを意外に思いつつ、私はそのアカウントを見てみました。

 ……そこに映る彼女は私の想像とはかけ離れていて、あまりに煌びやかなものでした。

 化粧や努力の成果でしょうか。彼女は、かつてとは比べようがないほど綺麗になっていました。

 SNSの投稿に頻繁に登場する男性も、彼女ととても親しそうです。

 おそらく、恋人同士なのでしょう。

 その現実が受け止められず、同姓同名の別人だとそう頭に言い聞かせましたが、SNSの投稿内容は全てが彼女と合致。その上、昔のあの子の面影も残っていたので、間違いなく本人だという確証が強まるばかり。

 諦めて、本人であると認めました。

 そして、改めてSNSの投稿を見てみると、彼女の努力の日々が垣間見えました。

 今の自分に足りないものと、それを手にする為の現実的な計画を立て、SNS上の批判の声は無視して、アドバイスはしっかりと取り入れて、そういう弛まぬ努力の日々と、今の彼女。

 その努力の積み重ねが素材の良さを引き出したのだと、素直にそう思いました。

 ……なら、私は?

 素材の悪さばかりを呪って、それを言い訳に自分の外見も中身も磨かない生活。

 気付きたくないことに気付いてしまいそうで、無理矢理、理解しようとする理性を黒い感情で覆い尽くしました。

 そして、その勢いのままにぐちゃぐちゃとした黒い感情に支配され、彼女の連絡先を全て削除しました。

 彼女とは、もう決別したかったのです。彼女にとっても、私なんてもう邪魔なものになっていたのでしょうし。

 ……それからも、私は殆ど変われませんでした。

 強いて言えば、周りの声に流されて、取り敢えず、こんな私でも社会の小さな歯車になろう、とかそう思うぐらいでした。

 しかも、それも変わろうだとか思ったからではなく、進路選択の時期が近づき、周りの大人から言われることの中で、ぼんやりと頭に浮かんだものでした。

 もう一つ変わったことといえば、例の一件からは、自分の理想像を作り上げ、その差異に絶望し、自分の生まれたときの能力ばかりを憎むようになったことぐらい。

 憎む度に醜い自己と、理想の自分に産んでくれなかった親への理不尽で恩知らずな怒りからか、ごちゃごちゃとした感情が湧き上がってきて、目に見えて憤る……そんな毎日。

 そして、不可能に思える自分の理想像への憧れは日を追うごとに肥大化していきました。

 でも、その憧れに為に努力するとかはなく、ただ毎夜、明日、目が覚めたら理想の自分に生まれ変わらせてくれるよう、神に祈っています。


 ★


 ……ある日のことでした。

 鏡に映る自分の姿が少し変わって見えました。

 鏡を見て絶望するのが日課だったのに、今日は少しだけ良くなれた、そんな気がしたのです。

 それからというもの、私は日に日に理想の姿へと近づいていきました。

 目、鼻、口、輪郭、声、体型……コンプレックスに思っていたものが消え去り、むしろ誇れるようになってきました。

 そうなってくると、大嫌いだった性格も、自信を持てるようになったからか、どんどん自己主張できる理想の性格へと近付いていきました。


 そして、ついに完全に理想の自分になれた。きっと神への祈りが届いたのだと思った。

 思わず、笑いが止まらない。だって、私は生まれ変わったのだから。

 今の私は、昔の最悪の自分じゃない。優れている最高の私だ。

 そう思うと、自分が理想になれたことを僻む人に無性に腹が立った。

 あいつらは『自分のことちゃんと認識できてる?』だとか『病院行った方が良いんじゃない?』とか言ってきやがる。

 毎日毎日、24時間ずっと私の悪口を言いやがって。

 私は優れているんだ。容姿も、性格も、何もかもが。お前らより上なんだ。

 ……そうだ。優れている私が、劣等感と嫉妬を理由に攻撃してくる愚者に、何をしようと自由だ。

 そうして、私は躊躇することなく、暴言と暴力に頼った。

 手に付く赤い液体と、鉄の匂い。

 特にやってしまったとは思わない。こいつらの価値なんて私と比べたら毛ほどもないというのに、私に楯突いたのだから罪悪感なんて湧くはずがない。

 ……そんなことがあってか、私はいつの間にやら病院に監禁させられた。

 私に、おかしな所なんてある筈がないのに。

 私がやったことも、当然の報いだ。あいつらが、あいつらが悪い。

 秀でた私を妬んだ奴らにハメられた。

 許さない。許せない。


「私は正常です! ここから出して下さい! ハメられたんです!」


 そう私は何度も何度も主張した。はっきりと、透き通った声で、懸命に。だが、この牢獄にいる奴らはどいつもこいつも聞く耳を持たない。

 頭がおかしくなってしまいそうだ。

 しかも、こんな所に来させられたからか、最近、どうにも無気力だ。

 ……まあ良い。私は大好きな私のままなのだから。多少、身だしなみだとかを怠けたってどうということはない。

 こんな所にまで来やがる奴らの私への中傷にももう慣れた。

 ああ、どうして世界はこんなにも恵まれた私を、自由にはさせてくれないのか。

 私に自由さえあれば、なんだってできるというのに。

 苦労無しに恵まれているが故の「罪」だとでもいうのか。


 ⭐︎


「……さん、お薬の時間ですよ」


「あ」


 聞こえてきたのは、金輪際聞きたくなかったあの声。

 ……ああ、そっか。

 私、幸せな夢から覚めつつあるんだ。

 私は、「神」から、理想の自分を貰ったって本気で思ってた。

 でも、現実は違った。

 貰ったと思ってたそれは真っ赤な嘘で、そもそもその「神」の創造主は私だったんだ。

 「神」は現実では、創造主の私以上のことは何も出来ない。でも、偽りのものなら、私の望むものをなんだって差し出してくれた。

 そうして、私の都合と理想を捻じ込んだ「神」へ自分勝手に祈って、虚妄の理想を手にして、お花畑な脳内では絶望から解き放たれたんだって、本当にそう思ってた。

 今が多分、虚妄から解き放たれる大きなチャンスなんだろう。この機会を逃したら、いつ正気に戻れるか分からない。

 ……でも、その後に待っているのは最低の現実だけ。最悪な現実より、最高の嘘の方がよっぽど良い。

 そんな考えが頭をよぎったとき、私には、今の病こそが醜悪な現実の処方箋で、眼前の薬は毒であるように思えてきました。

 非情な現実を闇で覆い、幸せな夢に一生浸かって生きていたい……叶うことなら、死に至るまでこの病を患っていたい、そう思ってしまったのです。

 そうして、正気になりかけた私を捻り潰して、その薬を捨て去った。


 ★

 ここからは、本作について少し語りたいと思います。人によっては蛇足かもしれません。

 ……さて、『夢現』という言葉をご存知でしょうか。これは「ゆめうつつ」と読み、文字通り、夢と現実のこと、そして、夢と現実の区別がつかない世界、状態のことを意味します。本作の主人公は、夢現になったとき、理想の夢に溺れ、最低の現を退けることを選択しました。それが本当に幸せだったとは言い難いのは事実。ですが、主人公を苦しめる醜悪な現実はそこにはないのもまた事実。

 本作の主人公にとっては、絶望……死に至る病の解毒剤は偽りの夢を見させる病であり、あまつさえ死に至るまでその病を患うことを望んだのです。しかも、その解毒剤は神ではなく「神」によってもたらされたものでした。

 ……これから、甘美な嘘から抜け出せるのか、抜け出せたとして、幸せになれるのか、絶望から抜け出せるのかは、貴方の想像にお任せします。

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