3.私は悪くない
優成が何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。だって、あり得ないことだから。
今の優成は、私ことが好きなはず……。私が先輩の告白を受けてまだ一日しか経っていない。
落ち着け、私。
優成は誰が好きなのかは言っていない。だから大丈夫、きっと大丈夫。
「好きな人って……私のことだよね?」
心臓がドキドキと高鳴る。まるで、私は判決を待つ被告人のようだった――。
「違う」
――――。
おかしい……。
「だれ……?」
「何が?」
「だれなの!? 好きな人って!?」
「それは……」
「答えて!!」
「ゆり姉だよ」
どうして??
優成が姉さんのことを好きになるのは、もっと先だ。
今の優成は私から気持ちが離れることはあっても、姉さんに対して恋愛感情はないはずなんだ。
考えられるのは、優成は私が先輩と付き合う前から、姉さんのこと好きだったということ。
私は姉さんから優成が私のこと好きだったと聞いた。また、姉さんから優成が私のことを諦められない相談受けたとも聞いた。
――姉さんは私に嘘をついた。
私の気持ちを知っていて、姉さんは何故そんな嘘をついたのか。
決まっている。
苦しんでる私を見て、優越感に浸りたかったんだ!
私が愚かだと馬鹿にしたかったんだ!
許せない……。
姉さんは未来で優成と夫婦となった。それで十分な幸せを手に入れている。今度は私の番。
あは……。
アハハハハハハハハ!!
私はもう……引き返せない。
優成と恋人になるために過去にまでやって来た。
優成が誰を好きだろうと関係ない!
姉さんから優成を奪ってやる!
「優成! 好き!」
私は優成に抱きついた。力一杯優成を抱き締め、優成の顔に自分の顔を接近させる。
もう少しで、優成の唇を奪える。
私が優成とキスしてしまえば、姉さんはきっと優成のことを異性とは認識しなくなるだろう。
この時代の優成に彼女はいない。私が優成に何をしようと問題はないのだ。
既成事実さえあれば、優成に女は寄ってこない。私が先輩とキスしたことで優成が離れていったように……。
「やめろ!」
ドンッ!
優成から突き飛ばされてしまった。
「ふざけんな! なんのつもりだよ!」
灼熱の炎の如く、優成の顔は真っ赤だ。夕焼けに照らされただけでは、ここまで人の顔が赤く染まることはない。
「ゆり姉のことが好きだって言っただろ!」
優成は怒っている。私がやろうとしたことに。
「キスぐらいどうってことないでしょ!」
「何言ってるんだよ!? どうしちゃったんだ!」
「姉さんとキスする前の練習だと思ってさ、ね、私とキスしよ? 優成?」
「嫌だ!!」
私から逃げるように、優成は屋上から出ていこうとする。
「待って、優成!」
優成の腕を掴もうと手を伸ばすも、私の手は空を切った。
「じゃあな」
………………。
終わった。何もかも。
優成に拒絶されてしまった。今後、優成と話すこともままならないかもしれない。
私は……どうすれば良かったのだろう……。
『中澤さん、キスしていいかな?』
不意に、先輩からキスされた時のことが頭に浮かんだ。
あの時の私は、優成のように本気でキスを拒否しただろうか……。
顔を赤らめて、ほんの少しだけ首を縦に振った気がする。
私は私にとって何が大事かなんて考えてはいなかった。恋に恋する乙女だった。
あの瞬間、私は先輩を受け入れた。優成のことなんて頭になかった。
後付けで先輩に強引にキスされたのだと思い込むようにした。
だって、優成と姉さんが羨ましかったんだもん!
仕方ないじゃない!
学校にも職場にも優成よりいい男なんていなかったし!
先輩と別れた理由だって、先輩が他の女の子好きになったからだし!
私は優成のことが元々好きで、仕方なく先輩と付き合ったと思わないとやってられなかったの!
なんで私だけが惨めな独り身にならないといけないわけ?
先輩から告白された時に優成のことを見たのは、イケメンに惚れられたことを自慢したかっただけ。別におかしなことじゃない。
――私は悪くない。
私は姉に幼馴染を奪われたかわいそうな女。悲劇のヒロイン。それ以外の何者でもない。
私は優成のことが好きなんだ。諦めちゃダメ。
(荒れてるねぇ……)
「またあなたなのね」
(驚かないんだね)
「それよりもっと過去にいけない?」
(どういうこと?)
「優成が私のことが好きだった時期があるはずよ。そこに戻して」
(うーん、さっきの様子見てたけど、優成くんって本当に君のことが好きだったの?)
「姉さんが私のことを騙してたの。高校時代の優成が私のことを好きだって」
(そうかなあ。もしかしてなんだけど、優成くんって最初から君のお姉さんのことが好きだったんじゃない?)
「まさか、そんなことないわ。私と優成は幼馴染、ずっと一緒にいたんだから」
(その理屈で言うと、君のお姉さんも当てはまらない?)
「いいから! できるの? できないの?」
(具体的な時期が分からないと、ボクにも無理かなぁ)
「じゃあ、今から三年前。中学時代に戻して」
(かまわないけど、それでいいんだね?)
「いいわ、早速お願い」
(分かったよ、じゃあ目を閉じて)
今度こそ、絶対に上手くいく!
私は優成と結ばれてみせる!
………………
…………
……
★★★★★
「無駄なことだと思うんだけどなぁ」
女の意識を過去に送ったあと、少年は誰に聞かせるわけでもなく一人で呟いた。
少年は時には神と呼ばれ、また時には悪魔とも呼ばれる。人とは異なる理にいる存在。
女の望みを叶えたのは気まぐれ。ただ面白そうだったからそうしただけ。
少年は数多くの人間を過去に送ってきた。されど、過去を変えて幸福になった者は見たことがない。
「ま、ボクとしてはいい暇潰しになるからいいんだけど」
発狂する女を見るのは退屈しのぎとしては最高だった。自分の都合のいいように記憶を改竄し、それがあたかも本当であるかのように振る舞う姿は見ていて飽きない。
「君に必要なのは、過去に戻ることじゃなくて、過去を振り返ることなんじゃないかな?」
女は勘違いをしていた。
自分が寂しい思いをしているのは、幼馴染の男と恋人になれなかったからだと。
自分の傍にいた異性がいなくなってしまったからだと。
そもそも、幼馴染の男は最初から女のことなど好きではなかった。
女と仲良くしていたのは、女の姉に近づくため。
本当に女のことが好きならば、想いを伝える機会はいくらでもあったのだ。
それをいつまでもしてこなかった時点で、女は幼馴染の男が自分に好意を抱いていないと気付くべきであった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
主人公のその後の話ですが、以下の作品に結末を記載いたしました
『初恋の幼馴染は他の男と結婚して幸せになった……はずだった』
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