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Chapter.2

【前回のラストを一部プレイバック】


 二人が出会わなければこんな苦しむことはなかったのではないか。彼女だって、いまもどこかで元気に暮らしていたのではないか。

 考えても仕方のない仮想の話は、自分の意思と関係なく脳内に再生される。

 そしてそのときに浮かぶ感情すら、仕事に活かせるのではと考えてしまう自分に嫌気がさす。


 そんな日々の中で、陽だまりの暖かさを持つキミに出会ったのは、紛れもない、“二度目の運命”だった。


* * *

 女性が一人、人通りの少ない裏通りを歩いている。白い息を吐きながら慣れた足取りで歩を進め、古めかしい喫茶店の【茶房・月に雁】と書かれたドアを開けた。カランコロンと高く乾いたカウベルの音が店内に響くと、店主マスターがドアの方向に顔を向け、口を開く。

「いらっしゃいませー」

「こんにちはー」

 外気との温度差で曇った眼鏡をコートの袖で拭きながら、女性はマスターへ挨拶を返す。

「お、チヤちゃんいらっしゃい。今日は何がいい?」

「うーん……ホットココアお願いします」

「はーい」

いつもの席、空いてますか?」

「空いてますよー。ご自由にどうぞ」

 マスターに促され、チヤは店内を歩き窓際のテーブル席を通り過ぎた。1.5人分幅の通路を進んで目的の席を目指す。

 チヤが気に入って良く使うそこは、店の奥に2セットある二人掛けのテーブル席の片側。もう一方の席にはずっと【予約席】のプレートが置かれていて、使うのがためらわれる。しかし、チヤがこの店に通いだして数年の間にそのプレートが外されたことも、誰かが座っているのも見たことがない。

(さて)

 無事着席したチヤは、向かいの席に置いたバッグの中からスケッチブックとペンケースを取り出して、席の周りを見回した。

(今日はこれ)

 スケッチをするために、テーブルに備え付けられているシュガーポットとアクリル板のメニュースタンドをセットし、芯ホルダーを持ってスケッチブックに線を描いていく。


 チヤは『シガラキ チヤ』というペンネームで活動するフリーのイラストレーター。

 普段は自宅で作業をするが、週2~3日のペースで息抜きや食事がてら来店する。レトロな外装同様、内装や調度品もモチーフや資料にできる最高の場所だ。

 コーヒーと軽食をメインにした昔ながらの喫茶店【月に雁】は、なにか“映え(バエ)る”ようなメニューがあるわけでも、流行りそうなメニューを開発しようともせず、チヤが生まれる前から営まれている。

 時間帯によってほぼ貸し切り状態になるのは、経営内容やサービス内容というよりも、住宅街から少し離れた裏路地にあるという立地が影響している。

 チヤは店の近くに引っ越してきてから三年程通う常連だ。住み始めてすぐの頃、近所を散策しているときに見つけて以来、定期的に通ってはイラストのアイデア出しに精を出したり出せなかったりしている。


「お待たせしました~」

 マスターがホットココアを運んできたので、一旦手を止めた。

「ありがとうございます」

 せっかく拭った眼鏡を再度曇らせながら、ホイップクリームが乗ったココアを一人堪能した。


* * *


 以前、チヤはマスターとこんな会話をしたことがある。

「マスター。私もいつもの奥の席、常時予約したいです」

「チヤちゃん毎日来ないからダメー」

「えー、隣の席は今日も誰も来なかったし、私がここ来るようになってからずっと来たことないじゃないですか」

「あそこはね、ちょっと、特別」

 ウインクして内緒の合図を送る、ちょっとセンスのふるいマスターは五十代半ばの渋いイケオジで、【茶房・月に雁】の二代目店主。名は雁ヶ谷(カリガヤ)という。

「そうなんですかー……残念」

 駄々をこねるチヤも三十路を数年経過しているので、決して若いとは言えない。

「じゃあ、来るときはまた早めにお邪魔します」

「はーい、ごめんね、よろしく」

 “ちょっと特別”な席の予約主が誰なのか。気にも留めないチヤは会計を済ませて店をあとにした。

 それから早数か月。やはり奥の席はいつも使えるし、隣の【予約席】に誰かが座ることはなかった。


* * *

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