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悪役令嬢は死なないシリーズ

悪役令嬢は死なない

作者: はくびょう


そうして、少女は微笑んだ。

この場に相応しくないその朗らかな笑みにその場の者達が浮かべたのは違和感か、嫌悪か、はたまた畏怖か。

少女はたった今言われもない罪で断罪された。

華やかな社交界の場で、己の婚約者と彼を虜にした彼女に。


「じゃあ、ばいばい」


そう言って少女は己の心臓に短剣を突き刺した。

可愛らしいピンクのドレスは不自然なほど赤く染まる。

その年齢より幼く見える愛くるしい顔は未だに笑みを浮かべたままである。

誰もが混乱する中、呆然と立ち尽くすしかなかった彼はハッとなって手を伸ばすものの、もう少女には届かない。その彼女は口元に手を当てありえない光景に目を見張る。


そう。これはよくある悪役令嬢の断罪ものだ。

だが、普通ではないことがいくつもあった。

まず一つ、その少女は悪役令嬢というには愛らしすぎる。

次に一つ、婚約者の彼にも転生者である彼女にもこの結末は予想できなかったことであった。

最後に一つ、最も決定的なことだ。そう、断罪された彼女が弁解も何もなく、ただただ天使のような朗らかな笑みで、己の心臓を突き刺したことだ。


そう彼女の生涯はここで終わりを迎えた。

しかし、これが物語の始まりである。



「あー!痛かったぁぁ!!」


その叫び声に侍女が慌てて少女の部屋に駆けつける。


「お嬢様!如何されましたか!?」


少女は貴族の令嬢らしく華やかで愛らしいベッドで微笑む。"先ほど"とは違う少女らしい普通の笑みで。


「あはは、変な夢を見ただけだよ!」


その言葉と表情に侍女は胸を撫で下ろす。


そう。至って平和な日常である。お嬢様が変な夢を見たくらいの平和な日常であった。

ここからいつも通り朝食を取っていつも通りの平和な日々が始まる。そう。"いつも"通りなのである。


「……次は刺さないで済むといいんだけど。」


ただ誰にも気付かれずに少女は呟く。

その不穏な言葉とは裏腹に少女は今日という平和な日常を謳歌する。


ところ変わって、王宮に住むとある王子は朝から発狂しそうなほど混乱していた。

もう昼頃だというのにその混乱は深まる一方だった。


「いったいどうなっている……!」


そう。彼は少女が己の心臓を刺した後、彼が少女を断罪した数々の悪事は少女の仕業ではなく、完全な濡れ衣だと知ったのだ。

そうして、ありとあらゆる罵りを食らった。少女の家族はもちろん怒り狂った。

彼の父である王からも並々ならぬ怒りと、決して許しはしないと言わんばかりの言葉を賜った。


だが、その何一つ彼の心には響かなかった。

決して普段のように傲岸不遜な態度で受け流したわけでも、反発したわけでもない。

ただ抜け殻のようであったのだ。

己がした取り返しのつかないことを、彼はあまりに鮮明に見せられた。

そんなつもりじゃなかった?死ぬだなんて思わなかった?冤罪だったことがショックだった?違う。そうではない。彼はその時初めて少女の顔を見た気がしたのだ。彼はその時初めて己が呼ぶ少女の名さえないことに気がついたのだ。


そうして、彼は普段の傲岸不遜な彼らしくもなく、一国の王子らしくもなく、罪人らしくもなく、ただ呆然としたまま1日を過ごした。少女の笑みと赤く染められたドレスだけがその脳裏に鮮明に焼き付けられていた。


その日軟禁されるように閉じ込められた寝室のベッドの上で彼はやっと己のしたことに気がついた。


「俺は……人を殺したのか、何の罪もない娘を、婚約者を侮辱して殺したのか……」


彼は涙を流した。己に泣く資格なんてないと思いながら、夜中でなければ泣き叫びたい衝動に駆られた。気が強くプライドの高い彼にとっての初めての感情であった。


と、まぁ、回想はここまでである。


少女が己を刺した次の日、彼は途轍もなく混乱していた。

なぜなら、己は軟禁などされていないし、周りに昨日のことを言ってもさっぱりという顔をする、それどころか、今日の日付はなんと1ヶ月前の日付なのだ!そう、昨日あの事件が起きる1ヶ月も前の日付なのである!

混乱した彼は午前中ありとあらゆる人物にこのことを確かめた。流石に王のところは行っていないが。


「なにそれー?お前が冤罪でお前の婚約者を死なせる夢ってどんな悪夢だよ!」


お腹を抱えて笑うのは彼の幼なじみで将来の専属騎士候補である友人だ。

本来王族、しかも王子である彼にそんな態度を取ることは許されないが、2人きりの場合、もしくは学園内ではよくあることなのだ。それほどこの2人は仲がいい。


「夢……いや、違うあんな鮮明な夢あるわけない……」


昼も過ぎ流石に多少思考能力を取り戻した王子はブツブツと状況を分析していた。

ひとしきり笑った友人騎士はおもしろそうに口を開く。


「じゃあ、婚約者ちゃんのとこ行ってくればー?」


コロコロと笑う友人の言葉で彼はハッとして慌てて部屋を飛び出した。

友人兼護衛騎士は楽しそうにその後を追う。


「生きてるな!?」


彼は開口一番にそう言った。

少女は軽く首を傾げながら、貴族としての礼をする。

その様子に彼はブツブツと独り言を漏らす。そんな彼の耳に聞き捨てならない少女の独り言が入ってきた。


「なんで記憶があるのかなー…」


彼女は何でもないことのようにボソッと呟いた。

そんな彼女の言葉に掴みかかったのはもちろん婚約者の彼である。

いや、もちろん実際には掴みかかっていないが。


「どういうことだ!何を知っている!?」


少女はニコッと笑顔を作る。


「何でもありませんわ。」


彼はますます頭に血が上る。


「何でもないわけないだろ!!お前は昨日…!」


「私は死にませんわ。」


その言葉に彼は目を見張る。

彼女は死んでないではなく、死なないと言ったのだ。

ならば、彼女は死なないことを知っていたのではないか。それどころか、己が死ぬことで時間が巻き戻ることさえ知っていたのではないか。

あのトラウマとも言える光景は彼女が意図したものではないか。


「……っ!本日はこれにて失礼する!」


彼はそのまま王宮へ逃げ帰った。

友人はなんとも拍子抜けしてしまった。まぁ、でも、これくらい慌てふためく王子を見るのは初めてだからなかなかおもしろいと思った。


さぁ、ここからが彼の地獄の始まりだ。


休暇が終わり、それぞれが学園生活へと戻った。

皆がまた王子が庶民上がりの令嬢を溺愛する光景をウンザリしながら見なくてはならなくなるのかと思っている中、異変は起こったのだ。

王子が庶民令嬢を見ると逃げ出すようになったのだ。

それどころか庶民令嬢が少しでも近づけば顔を真っ青にして今にも倒れそうな顔で逃げ去る。

始めはこの光景に「庶民令嬢に何かされたのでは?」「婚約者に何か言われたのでは?」「もしくは、学園内の出来事が王族か婚約者の親族に知られたのではないか?」と様々な推測が流れたが、今やそれさえなくなった。

あまりに哀れだったのだ。


庶民令嬢のところに寄り付かなくなった王子は普段の傲岸不遜な態度なんて全くなくなり、婚約者を遠目で見つめる現場を学園の生徒は幾度となく目にした。

そうなぜか王子はこそこそと己の婚約者を遠くから見つめていたのであった。

ただ、婚約者が転びそうになったり、紙で指を切ったりしたら、もうそれはそれは大騒ぎした。それこそ宮廷お抱えの医師を連れてこようとするほどに。


「お前本当にどうしたわけ?」


始めはケラケラ笑っていた友人も流石に己の主の奇行が心配になってきた。


「どうした……か……」


始め、王子の中には恐怖しかなかった。

あれほど溺愛していた庶民令嬢を見ると、途端に婚約者の天使のような笑みが浮ぶ。血まみれの。

もはや恐怖しかなかったのだ。


別に庶民令嬢が殺したわけではない。どちらかというと、婚約者の少女を殺したのは自分だ。いや、だからこそ恐ろしいのだ。庶民令嬢を愛するあまりに彼は1人の少女を死に追いやった。それだけでも恐ろしいのに、その少女が死ねば時間が巻き戻るのだ。

つまり、もう一度同じことが起きれば、あのトラウマなような光景が再び目の前で起き、更に時間が巻き戻ることでもう一度繰り返さねばならぬのだ。

たった一度で傲岸不遜かつプライドの塊な彼がトラウマになったことを何度も何度も繰り返さねばならぬのだ。そこには恐怖しかない。

百年の恋も覚めるというものである。ましてや、王子にとって庶民令嬢との恋はただの子供の初恋でしかなかったのだ。


そうして、庶民令嬢を避けまくり、婚約者の少女の安否確認をする日々が始まった。


この状況に首を傾げているのは何も関係のない学園の生徒だけではない。

当事者である庶民令嬢と婚約者の少女もまた首を傾げていた。


庶民令嬢は不思議に思った。

休暇明けから突然王子が自分を避け始めたのだ。こんなのシナリオにもないし、心当たりもない。もちろん、彼女にあの日の記憶はない。

始めは彼の婚約者の仕業だと思って、躍起になって彼を追ったが、彼のあまりの怯えようにむしろドン引きした。そう、この転生ヒロインは意外と常識人だったのだ。


そうして、彼女はあっさりと王子を攻略対象から外したのだ。今の問題は王子がどうこうではなく、王子があまりに彼女を恐れるので、「彼女は実はとても恐ろしい」「実は他国の亡国王女」「実は魔女」などという根も葉もない噂がごく一部で騒がれている。それをどうにかしないと次の攻略(れんあい)にも移れない。


もう一人首を傾げている当事者である婚約者の少女は今日も己の婚約者王子の奇行を眺める。


「おっかしいなぁ……」


この状況は少女にとってもイレギュラーだったのだ。

本来記憶が残るのは少女のみのはずで、少女以外の全員の記憶がリセットされた状態で1ヶ月前に戻るはずだった。

なのに、なぜか王子の記憶が残ってしまったのだ。

そして、なぜか傲岸不遜、自己中心的、唯我独尊の彼が自分の周りをウロウロし、少女を国宝のように慎重に大事に扱うのだ。

それほどまでに自殺されたのが恐ろしかったのだろうかと少女は首を傾げる。


そんな日々が1ヶ月続いた。


「リリ!なぜ1人で行こうとする!」


王子のその横暴そうな声音とは裏腹に顔は真っ青だ。


「だって、いつも……」


何でもないように少女、リリアガットは答えようとする。


「ダメだ!何かあったらどうする!お前に何かあったら……!」


王子は必死に婚約者を引き留めてそれこそ宝物のように大事に大事にエスコートする。

その光景を見ていた使用人たちは微笑ましげに王子と少女を見つめた。

しかし、首を傾げるのは当事者であるリリアガットである。


「別にもう自殺しないよ?今日は短刀も持ってきてないし。」


その言葉に王子はありえないと言わんばかりに反論する。


「当然だ!だいたい普段から短刀など持ち歩くな!もし万が一鞘からすっぽ抜けて怪我でもしたらどうする!……いや、だが、護身用なら……いや、こいつのことだから、殺される前に、また己の心臓に刺す……!なら、護衛を増やすべきか!いや、ダメだ……!それでも、こいつはお構い無しに刺しそうだ……!」


少女は呆れた表情を隠しもせずに王子にため息をつく。


「はぁ、ノイローゼになるよ。大丈夫だから。もう死なないから。護衛だって十分だよ。だいたい私これでも公爵令嬢だよ。そう簡単に……」


王子はガッと顔を上げて馬車の向かいに座っている彼女に掴みかかる。


「何を言うか!人間何があるかわからないのだ!」


そう、彼はこの1ヶ月戦々恐々として生きてきたのだ。

とにかくあの断罪のきっかけとなった令嬢を避け続け、己の婚約者を見張り続けてきたのだ。王子のあまりの奇行ぶりに少女、リリアガットが王子に声をかけるまで、まるでストーカーの如く見張っていたのだ。

王子がストーカー化して半月が経とうとしていた頃見かねた少女はこう提案した。


「婚約者なんだから、堂々と私の隣にいればいいんじゃない?」


トラウマの元凶たる少女にそのようなことを言われた王子は一瞬固まって、己の護衛騎士に「今日は俺の婚約者の護衛をしろ!俺は学園内では安全だ!」と言って、護衛騎士を置いて逃げた。これには流石の友人騎士も呆れた。

そして、次の日から王子は婚約者のそばにいることにしたのだ。己の奇行に自覚はあったため、流石にこれ以上のストーカー行為はまずいと考えたのだろう。


それからの日々は彼はとにかく婚約者を死なせないことを第一に考えた。

だが、決してそれだけでもなかった。彼はまず婚約者に名を聞いた。もちろん、名前を知らなかったわけではない。だが、一度も呼んだことがないことに"あの時"気がついたのだ。


「お、まえ、なんて呼べばいい……」


少女はキョトンとして首を傾げる。


「別に何でもいいよ?婚約者なんだから。リリアガットでも何でも。」


少女に対する恐怖と罪悪感で、彼にはもう少女の目の前に立っているのもやっとの気分だった。何でもいいと言われても、もはや彼には少女の許しがなければ名を呼ぶことさえ許されない気がした。

少女が何か察したように妥協案を出す。


「じゃあ、リリアガット、リリア、リリ……のどれがいい?」


王子は少し考えて「……では、リリで……」と弱々しく返事をする。

そうして、王子とリリアガットの交流は始まった。

始めは恐怖と罪悪感で遠慮がちであった王子もリリアガットのあっけらかんとした態度を見てるうちにだんだんと本来の横暴で偉そうな言動が戻ってきたが、どうにも婚約者には頭が上がらないようで、言葉や態度は以前のままだが、婚約者の安否を常に気遣い、婚約者との交流も少しずつし始めた。


全てが王子にとって初めての出来事であった。婚約者のそばに常にいることも。誰かを気遣うことも。四六時中誰か一人のことを考えているのも。

そして、婚約者のこともいろいろ知った。リリアガット、リリはめんどくさがり屋であった。しかし、楽しそうだと思ったことには何でもお構いなしに挑戦した。そして、王子に対する態度が意外とラフだった。

そんな公爵令嬢とは思えないリリに呆れたり、世話を焼いたり、怪我をしないかハラハラしたりと目まぐるしい日々であった。


そうして、なぜか2人はそれなりに仲が良くなったのだ。

あの日のできごとが本当に夢ではなかったのかと思うほどリリは気にしていなかった。だから、はたから見たら王子が婚約者を溺愛しているようにしか見えない。だが、王子本人はというと、リリの安否確認やら、罪悪感やら、リリのメンタルの心配やらで、てんやわんやだったのだ。


リリが気にしていなかろうと、リリにしてしまったことに変わりはないし、それどころか、リリの人柄を知れば知るほどリリが誰かを貶めるわけないということを強く思い、更に罪悪感に苛まれるのだ。

しかもだ、リリはなんと王子に対して一切の恋愛感情を持っていなかった。なので、そもそも王子が溺愛していた令嬢を嫉妬心から虐めるなんてありえないことだと知って、もう土に還りたい気持ちになった。恥ずかしさのあまりに。


また、外敵や事故などでリリが死なないように常に見張っていた。指を切るのも大騒ぎ、咳一つで真っ青……という日々であった。


更に更に、リリが自殺しないよう気分を害さないよう細心の注意を払い、自分以外に対してもリリへの暴言などは一切許さなかった。あまりの徹底ぶりに女生徒たちによるリリに対する嫉妬よりも王子の溺愛ぶりに対する好評の方が多かったくらいである。

まぁ、そもそもリリ自身があまり周りを気にしないメンタルの強い人間なので、細心の注意を払う必要も周りから守る必要もなかったのだが。


そんな日々が続き、今日は遂にあの日になった。

王子と庶民令嬢が断罪し、リリアガットが自殺したあの日である。


リリはもう死ぬつもりはないと王子に何度も言ったが、王子は聞く耳を持たなかった。もちろん、リリを断罪するつもりなどなく、庶民令嬢に至っては招待さえしていないが、それでも、何か運命的な力で賊や他の者に殺されるのではないかと怖々としていたのだ。


そして、夜会が始まり、当然の如く王子はリリにベッタリで決して自分以外とリリを踊らせようとはしない。それどころか、普段なら自分を囲う令嬢どもにも威嚇して近づけようとはしなかった。

そんな王子の様子に今日も護衛騎士は呆れ顔である。


「おいおい、お前仮にも王子だろうが。姫さんだけ後生大事に抱えてるだけじゃ王様にドヤされるぞ。」


ごもっともだ。王子なのだから、愛想を振りまくのは当然だし、婚約者である少女も社交界の場で王子の婚約者に相応しい振る舞いをしなくてはならない。

しかし、その言葉を聞いた王子は眉間に皺を寄せた。


「そうか……そうだな、俺が王子である以上四六時中こいつのそばにはいられない。もし将来王になろうものなら、余計にだ。」


真っ直ぐに国王の方を見つめながらそんなことを呟いた王子に友人騎士は嫌な予感がした。最近の王子の奇行の数々を一番そばで見てきたからこそわかる。何かやらかす気だ。

首を傾げて王子を見上げているリリの手を取り、王子は王の元へ向かった。


「陛下お話があります!」


己の息子が少々横柄で空気を読めないことを知っている王は一瞬眉をしかめた。


「私は王位継承権を放棄し、どこぞの領地の領主となろうと思います。もちろん、きちんと領民のため、国のためしっかりと領地を治め、立派な領主となる所存です!」


驚く驚かない以前に雑だった。

今すぐに王子を辞めて領地をもらいたいという気持ちがありありと現れている気さえしてくる。

まぁ、もちろん、王様は呆れた。そもそも社交界の場で言うセリフではない。馬鹿息子の妄言など一蹴した。しかし、それでも、王子はガンとして食い下がる。仕方なしに理由を尋ねた。そもそも王位を嫌がっているようにも見えなかった第一王子に。


「王になれば、リリ、リリアガットのそばに四六時中いることができません!それどころか、王宮に住む以上リリのそばにいれません!それに王になれば、王妃となるリリへの負担が大きすぎます!ならば、どこぞの田舎で、朝から晩までリリのそばに張り付いていた方がマシです!」


王子は堂々と言い張った。

これには呆れてものも言えなくなった。ついに脳みそが腐ったかと周りは呆れるばかり。


だが、彼にとって幸いなことに貴族の令嬢方は王子のその行動を賞賛したのである。

なぜなら、彼女たちは王子が今まで庶民上がりの令嬢にかまけて婚約者であるリリアガットを冷遇していたことを知っていたからである。彼女たちの頭の中では、悲劇のヒロインたる公爵令嬢リリアガットが様々な困難を乗り越え王子の真の愛を掴んだという素晴らしいラブストーリーのシナリオができているのだろう。


そして、王子にとって更に幸いなことに、味方がもう2人いたのだ。王妃と、リリアガットの父である公爵である。


王妃は自分の馬鹿息子を学園の中でも常に監視していた。

庶民上がりの令嬢に入れ込み、今まで以上にやりたい放題やる王子に対してもう怒りや呆れを通り越して羞恥心さえ湧いてきたところになんとある日王子が婚約者を気遣い出したというニュースが入ってきた。始めは信じられなかったが、日々婚約者を気遣い、だんだんと横暴な行いが減り、人間として真っ当な感覚を身につけていった王子に王妃は感動していたのだ。そして、思ったのだ。決して王子を変えた娘リリアガットと王子を引き離してはいけないと!


公爵の方の理由はもっと単純である。

愛くるしくも変わり者の娘を王位を棄ててでも嫁にほしいというのだ。親として反対する理由はない。この国には優秀な第二王子もいらっしゃるし、なによりもあのリリアガットが王妃になんてなれば、国が傾く気しかしない。


まぁ、そんな王妃と公爵の勘違いによって王子は無事にリリとの田舎暮らしを手に入れた。


うん、別にリリアガットが王子を変えたわけではなく、トラウマを植え付けられた王子が勝手に丸くなって勝手にリリアガットの世話を焼いているだけだが。

うん、別に王位を棄ててまで愛しているわけではなく、本来リリアガットの死によって王位なんて剥奪されていただろうし、そもそもリリアガットが王妃になったストレスで自殺されるのを防ぎたかっただけなのだが。


「本当にやっちゃったよ!あはは!いいのかよ!王子王子ってあんなに偉そうにしてたのに!」


従者はこの上なくおもしろそうに新しい屋敷で婚約者を膝に乗せた元王子に言った。


「いい。こいつに死なれたら元も子もないからな。」


あっけらかんと言う王子、元王子に従者はもうお腹が痛くなりそうなくらい笑った。


「お前こそ付いてきてよかったのかよ。こんな田舎じゃ出世も何もないぞ。」


「いやいや、別に出世とか興味無いし、何より今のお前見てる方がおもしろいわ!」


楽しそうな部下を見ながら、王子は新しく領主としての仕事に取り掛かる。

そこで、王子が後生大事に抱えている少女が振り返った。


「本当によかったの?王位継承権も棄てて、こんな田舎に領地構えちゃって。」


首を傾げて聞いてくる少女に王子は慌てて答える。


「田舎は気に入らないか!?お前なら気に入ると思ったが!」


「別に私は楽しいよ?仕事もないし。みんなの畑仕事見に行ったり、本を読んだり好きなこといろいろできるし。」


それを聞いて王子は胸を撫で下ろす。


「お前がよければ、それでいい。」


少女に恋愛感情があるかは王子、元王子自身もわかっていない。

今やもう罪悪感や恐怖は薄れ、リリを大事にしなければならないという感情のみが彼をつき動かす。それははたから見れば、溺愛以外のなにものでもないが、彼にその自覚はない。少女もそこはよくわかっていない。


「お前は自由にしてろ。好きなことを好きなだけやればいい。お前の望みはどんなことでも叶えてやる。ただし、俺のそばでだ。俺から離れることは許さん。」


本気で彼は王子でなくなって、権力もほとんどなくなっているというのに、リリアガットが望めば何でもしてくれるのだろう。命懸けで。

少女は己を溺愛する公務中の婚約者を見て思う。


本当は少女の死んで時間を巻き戻す能力は一度きりのものだ。まぁ、詳しく言えば三度までだが。


この力は少女が幼少期に馬車に轢かれて死んだ時に神からもらったものであった。

神が言うには、少女が馬車に轢かれる数日前に助けた猫は実は天使が変化したもので、その天使を助けてくれたお礼に三度まで死んでも時間が巻き戻る力を少女に与えてくれるそうだ。


つまり、5歳の時馬車に轢かれた1回目、10歳の時不治の病を患った2回目、あの日自殺した3回目でもう終わっているのだ。


だが、まぁ、王子がおもしろいので、黙っていることにしたのだ。

いつかヨボヨボのおばあちゃんになったら、ネタばらししてあげようと少女はいたずらっぽく笑うのであった。


できれば、リリアガットの行動の理由を含めたリリアガット回想編や、王子横暴時代の番外編とかも書きたいです。

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