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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第1章 「記憶」
9/23

9話 「決着」

 リベラが強靭なパワーの副作用で苦しむ今、このチャンスを逃すわけにはいかない。

だが自分自身も今までの戦闘で体力を使い果たしてしまった。

このままでは万が一、副作用が治まったらリベラに殺される。

たとえ、共倒れだったとしてもゴーレムが暴れまわって甚大な被害が出る。

 チコは何か手段がないか、辺りを見回し、そのあとに腰につけていたポーチに目線を向ける。

そこには1本の黄色い小型の注射器がボロボロになったポーチの裂け目から見えた。




 それは1年前の死神試験合否発表の日にまで遡る。

見事死神として合格したチコとベール。その合格祝いに師匠でもあるシエラ会長から頂いた物。

お祝いの言葉と一緒にこの注射器の用途を説明する。

 どうやらこれは注射した者の感覚を一時的に無くす薬だと言う。

それで戦闘などで限界な状態に陥った場合でもこれを使えば撤退する余裕が出る。

だがこれはあくまで最終手段だと警告した。

理由を聞くとその薬の効果中でも、動いた分だけ身体へ負担が掛かっているとのこと。

つまり、その効果が切れるまでに他の死神と合流出来なければ自身の身体は限界を超え力尽きて消滅する。

 あの時は確か、薬の効果時間は2分と短い時間だったはずだ。

限界の時、微塵も考えた事なんてなかった。今回の一件が来るまで。




 未だにリベラは副作用で悶えはするものの、いつ治まっても可笑しくない。

チコは必死に左手でポーチを開き、注射器が入っている小さいポケットを見つけて中を探った。

もう目で見る余裕もなく、感覚だけで判断し、ようやく注射器を手に取った。

震える手で注射器を握りしめ、チコは心の中で呟いた。


(皆…ゴメンッ!)

 彼女は息を止めて力強く首に注射器を刺し、薬を注入した。

注入が終わると同時に息を吐き出し、大きく呼吸をする。

薬の効果でシエラ会長の言った通り、どんどん身体の感覚が無くなり、痛みも感じなくなっていた。

これが理由で自分は消滅するかもしれない。でもこのままリベラを野放しにはしたくなかった。

 2分間、かなり短い時間の中でチコは起き上がりながらもあらゆる怒りをリベラにぶつける気持ちで一杯だった。

感覚は無いはずだが握りしめてる拳に力を感じた。頭を押さえるリベラにまずは強烈な一発を胸元にぶつける。

よろめいてゴーレムのコアである台座にもたれつく。


「お前のその力…もっと強くなるはずじゃ…」

 副作用の効果が薄くなったのか、声を発するようになっていた。

その力とはおそらく、私が彼の名を発してから変わった先ほどまでの感覚の事だろう。

リベラはそれを緑目りょくもくの番人と呼んだ。その力は生まれつき備わるものとも口にしていた。

しかし、今の彼女にそんなことなどどうでも良かった。

リベラの胸倉を掴んで無理やり身体を起こした。もうリベラは諦めた顔をしてチコに告げた。


「いつか、その力に恐れる日が来る…じゃが…お前が愛する者を護りたいのなら…打ち勝つんじゃ」


「ッ!」

 フラを護るのなら、打ち勝つ…?その言葉に少し戸惑いを感じた。

一体何を意味している?彼の名を口にする以上、無視は出来なかった。

二度と彼を失いたくない一心で。


「殺せ…殺すんじゃ…。わらわの目的は終わった」


 そう言って、両手を開いて止めを刺される準備をした。

いきなり目の前で言いたいことだけ言って、敗北を目にして殺して欲しいだと?

人生を滅茶苦茶にした挙句に人間という概念をも潰して、ましてや人格まで踏みにじった。

怒りで呼吸を震わせ、チコの右手からはあまりの力に血が流れ出ていた。

過去を思い出せば思い出す程、リベラに対する憎しみが増幅する。

徐々に高ぶる声でリベラに向けて全力に拳をぶつける。



 チコの拳はリベラの顔には当たらなかった。

そして、彼女の目の膜は白に戻っていた。

リベラの真後ろでゴーレムのコアが割れ、全体にヒビ入って砕け散った。

途端にゴーレムが雄叫びを上げて暴れ始めた。核が破壊され崩壊が始まったのだ。

すぐにリベラを掴んで、戦いの最中で開いた穴から抜け出し、遠くの山に飛び移った。

大きく飛んでいく二人。

 山の上へ着地し、身体を一回転して受け身を取ると同時に前方にリベラを投げ飛ばした。

砂ぼこりを出しながら横に2回ほど転がっていくリベラ。

立ち上がってリベラの元に歩み寄るチコ。


「どうして殺さない…殺せぇっ!!」

 死を望む彼女の顔は必死だった。それはまるで使命感であるかのように。

そんな彼女はもっと苦しい結末を送るべきだとチコは思い、止めを刺すのをやめた。


「……あなたはあそこで死なせるわけにはいかない…。罪を償うべきよ」


「ダメだ…!お前に殺されなければ意味がないっ!!」

 気でも狂ったというのか。やはりすぐ死なせるわけにはいかない。

長い間、刑務所か何処かで罪を償うべきだ。

そう考えているとき、急に激痛が走り、一瞬にして口から血が噴き出た。

身体もまるで豆腐のように崩れ落ち、地面にうつ伏せになった。

そうだ、2分が経った。薬の効果が切れたのだ。

むせながらも身体が時折痙攣した。

凄まじい勢いで意識が遠のき、リベラが必死な声で言葉を投げかけているように見えた。



 気付けば何やら光が指す空間に居た。あぁ、きっとここが魂だけのよりどころなのか。

暖かい感覚だ。おそらく私は魂だけになったのだろう。

でも不思議と手足がある、身体もある。一応、消滅する前の姿で見えてるのだろう。

多分、他の魂から見れば私も魂だけなのか。チコは勝手にそう解釈してしばらくそのままでいた。

結局フラと長い間、居られなかった。もっと一緒に居たかった…護ってあげたかった。

結果を思うと涙が零れ落ちる。すごいな、涙が流れる感覚がある。

…感覚?



「はっ!いっっ…!!」

 痛みを感じる…?!

途端に光が強くなり、気が付けば見覚えのある部屋のベッドに横たわっていた。

白いカーテンに白い仕切り、白いベッドに白いテーブル。

 ここは南西死神専属大型病院。任務で怪我を負った死神専用の病院だ。

皆は市民達の病院も含めて南西病院と呼んでいる。

優秀な医師、薬剤師、専門技師達が集まるこの病院は、

【治せない怪我など存在しない!】がモットーの素晴らしい医療施設だ。

その病院の1203号室で私は入院していた。


「ここっ…バーバラさんの…!」

 バーバラとはこの南西病院の院長のことである。

体格は大きく、面倒見はとてもいい、失礼だけど体格とは裏腹にとても俊敏で医療に関しては隙が一切ない。

何故繋がりがあるかは、察しの通り、シエラ会長のおかげだ。

事あるごとに怪我をしては面会し、毎回彼女が面会相手だったため会話する機会が多い。

以前にも右足が大木に挟まれて粉砕骨折したときも同じ12階で入院していた。

上層のためか、窓からの見晴らしも抜群で夜景がすごく綺麗なのだ。


 横になりながらもあの時のリベラの台詞を思い出した。

愛する者を護りたいのなら打ち勝つべきだとか。

私に殺されなければいけないんだとか。

 一体どういうことなんだろうか…、妙に引っ掛かる気はするが考えるだけ無駄な気もした。

頭を横に振ってこの事は忘れることにした。それよりもフライヤの様態が気になる。

彼も重症なはずだ。仲間のベールと会長がなんとかしてくれてるだろうけども。

死んでいたらと思うと不安で仕方なかった。


 色んなパターンを想定していく中、部屋の横開きの扉から誰かが入ってきた。

少しでも早く誰が入ってきたのかを知りたくて、身体を動かそうとするが痛みが走り自滅した。

どうやら入ってきたのはベールだった。手には花束を持っていた。お見舞いに来てくれたようだ。

私が目覚めていることに気づいてすぐに横の椅子に座って私の事を心配してくれた。

それに微笑みながら返事をして彼女に気を遣わせないようにした。


 あの時、山へ飛び移った二人を奇跡的にも見つけてベール達はすぐにマットを移動させていた。

辿り着けばそこには気を失ったチコと同じく力尽きたリベラが向き合うようにして倒れていたそうだ。

偵察班が事前に自警団に連絡をしていて、

リベラはアルカディアの世界で一番の収容数と実績がある刑務所に連行されたという。

それを聞いてチコは安心した。これでもう、フライヤを殺す敵が居なくなった。

はっと気づいた彼女はフライヤの事をベールに尋ねると彼も応急処置を施した後、

救護班によって治療を受けたとのことだった。命に別状がなさそうで一気に肩の荷が下りた感じだ。

 安堵のため息をついた彼女はどれぐらいの日が必要なのだろうかと聞いたが、

ベールもさすがにそこまでは分からなかった。

あの後、院長のバーバラが巡回で来てくれて、怪我の具合の説明をした。


「チコちゃん、あなた薬を使ったね?」

 呆れた様子でそう尋ねるバーバラ。うつむきながらもチコは薬を使ったことを認めた。

彼女の持つバインダーにはおそらく診断結果の紙が挟まれているのだろう。

何枚かめくるような仕草をしつつ言葉を投げる。


「内部出血箇所多数に全身のあざ、右手の骨に複数のヒビ、

 背骨の断裂寸前、内臓損傷。普通だったら消滅しているわよ?」

 あの数分ですさまじいまでのダメージを負っていたことが分かった。

思わず苦笑いして返す言葉もなかったチコは反省した。

薬を使う事に指摘しているわけではなく、離脱のために使わなかった事に注意を受けた。

あの時の会長からもそう言われていたことを思い出す。

最終的に生きて戻れた事に奇跡と言いつつ、今後のスケジュールについて話し合いをした。

スケジュールの件が終わって、二人の中に無言の間が訪れる。


「大切な人を護りたい一心で、薬を使ったんです」

 振り返ると彼の命に全力だった彼女がとった行動はあまりにも軽率だったかもしれない。


「だからと言って、貴方が消えてしまったら。意味はないんじゃないかい?

 シエラ会長や仲間達に任せる事も出来たはずよ?」

 確かにバーバラの言う通りだった。

多少撃退にかかる時間にロスがあったとしても、

大きな被害を引き起こす前に止めれた可能性は比較的高かったはずだ。

でも、どうしても自分自身でこの話を、リベラの計画を終わらせないといけなかった気がしたのだ。

自分自身でも言い訳がましい事も分かっている。それでもバーバラに強い思いをぶつけた。

結果的には不幸中の幸いのようなものだったから言いたい事が言える現状。

バーバラも少し納得した表情を浮かべながらも念を押すように薬の用途に再度注意をされ、

しばらく安静にするように告げられて部屋を後にした。


 私は間違っていたのだろう。ベール達が来るのが少しでも遅ければ命はなかった。

でもあの時、薬に頼るしか方法がなかったのも事実だ。

むしゃくしゃな気分だったがフラの命が護れたと思うとそんな気持ちも薄くなっていった。

彼が生きているなら、私はそれでいい。

 フライヤもおそらく今回の一件をリベラかベールに伝わっているのだろう。

きっと無理をした事を聞いたら怒るかな。でもそういう時、決まって彼は私の身体を抱いてくれる。

そして、優しい声で心配してくれる。不意に両腕は自分の身体を抱くようにして組んでいた。

上下にさするようにして。彼の名を2,3回呟いた。




 3日程経過し、チコの身体は最先端技術を使った手術、リハビリによってみるみる回復していた。

あっという間に歩くぐらいまで回復したチコはようやく部屋を出る事が許された。

やっぱり、ここの病院の技術力は凄まじい程だと痛感する彼女。

 今日も自主的に病院内の廊下を使ってリハビリをしようと考えた。

万が一のために壁に手を付けて歩いて扉の前まで近づいた。ゆっくりと扉を開けて部屋の外に出た。

横には“彼”が座っていて何気なく彼の名を口にする。

2,3歩反対側に足を動かした後。彼女は目の前のとんでもない事に気が付いた。

 急に身体を向けて視線を合わせると、部屋の入り口の横にある椅子にはフライヤが座っていた。


「どっ、どどどっどうしっ?!あ、痛っ!」

 あまりに急だったため、腰を痛めるチコ。

慌てながらもフライヤが身体を支えてくれて、彼に補助してもらい椅子に座った。

確かにここは死界の病院。見間違えているわけでもない。

 しかもフライヤも死んではいるけど、

死界の規定によれば一度別の世界に転移した魂は死界には入れないはず。

なのにどうして。頭が混乱してフライヤの言葉が耳に入ってこない。

オーバーヒート寸前の顔はみるみる赤くなる。

 目の前の彼に喜びを感じるがきっとこれは夢だ。夢なのだっ。

きっと神がいたずらで私をからかってるんだ。

今までが夢で本当に死んでいたのなら、フラが傍にいてくれるこの夢の中でこのまま覚めないで欲しい。

そう思ってしまう、彼がいるなら何も望まない。

チコの肩を掴んで身体を揺さぶるフライヤ。


「チコッ!おい目を覚ませっ!」

 病院の中だからか小声でチコの名を呼ぶフライヤ。どうやらいつの間にか虚ろな目をしていたようだ。

我に返ったチコは彼に夢かどうか尋ねた。すると彼は微笑みながら現実だと答えた。

それならどうして死界に彼がいるのか。その答えの持ち主が目の前に姿を現した。

シエラ会長だった。


「おぉチコ。気がついたのか?」


「会長っ?」

 驚いた表情でシエラの顔を見るチコ。その彼女の表情は何か知ってそうな顔だった。

彼がここに居られる理由を尋ねるとシエラは何食わぬ顔で答えた。


「あぁ、フライヤの事じゃろ?

 それについてなんじゃがその前に任務を二人に任せた時に招集の話をしたじゃろ?

 奇妙なレイスが出没したって話じゃ。あの後会議で奇行種と名乗る事になったんじゃ。

 それと伴い、死神達だけの戦力では厳しいといった意見が多数出てのう。

 死神の規定やパートナー制度もろもろ、改定が行われたんじゃ」

 その言葉にチコはまさかと言葉を返した。

その勘は見事に的中しており、パートナーとしてなら魂の制約を除外し、死界に受け入れるというのだ。

よもや奇跡と言っていい程のタイミングにチコの表情はより明るくなった。

 しかし、ある事に気づいてその表情は曇った。パートナーの切り替えは以前と同じ自由に出来るが

そうしてしまえば今度はベールのパートナーが存在しない状況になってしまうのだ。

そのこともあって、シエラは事前にベールと話し合っていた。




 それはチコが気を失っている中、

マットで水の都アクアリースの近くにある森林へ向かっている間の出来事だった。

招集の一件をチコと同じようにベールへ伝えるシエラ。

パートナー制度の改定を耳にした彼女はこの短い間でシエラ会長が私に何を言いたいのか察した。


「…フライヤさんを…チコさんのパートナーにするということですか…?」

 少し悲しそうにシエラに問いただす彼女。

今までチコと共に戦ってきた思い出はもはや戦友とも言える程強かった。

目線を下あたりに下げる。シエラはそんな彼女の顔を見ないまま彼女の問いに言葉を返した。


「そうしなければチコの為にならぬ。ましてやここまで身体をボロボロにしてまで。

 普通なら消滅していたって可笑しくはないのじゃ…。

 彼だけでなく、この世界を護ったんじゃ。そこで提案なんじゃが…」

 シエラの提案という言葉にベールは再びシエラの頭に目線を向けた。




 そのシエラの提案にチコは飛びそうなぐらいの勢いで立ち上がった。

案の定、背中に痛みが走って手で押さえる彼女をフライヤに再び支えてあげた。

それもそのはず、会長の出した提案が「シエラのパートナー」、

つまりシエラの秘書になるということなのだから。

 1年にしては大出世にも程があるレベルだ。だが彼女からすぐ返事が来たわけではなかった。

ベールは深く考えていた。端から見ても何か考え込んでいると分かるぐらいに。

偵察班の一部に手伝ってもらい、ポータルを通ってチコとフライヤを南西死神病院まで連れて行った。

バーバラに二人の治療をお願いして貰った後、ベールはついに決心がついたようだ。

シエラの名を呼んで、彼女の目の前でベールが片膝をついて誓いの言葉を口にした。


「私、死月=ベールは元パートナー、チコのパートナー変更受理の日をもって、

 シエラ=ラペズトリーの秘書官として着任することを誓います」

 そう言ってシエラの方へ顔を向けて覚悟を決めた表情を見せる。

シエラも心から感謝をして、脇腹に手を添えて彼女の誓いの言葉を受理した。

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