8話 「目的」
フライヤがベール達によって避難した今、この部屋はチコとリベラの二人だけとなった。
相変わらず荒い呼吸をしつつ、形相な目つきで彼女を睨みつける。
ゆっくりと鎌を引きずりながらリベラに接近する彼女の顔は、
今までに誰も見せた事がない程、怒りに満ちていた。
自分に関してはどうでもいい、それよりも愛人の命を奪い、狼男にさせ、挙句の果てには操って。
そしてまた殺めようとした。考えるだけで憎しみがこみ上げてくる。
どれだけ彼を苦しめれば気が済む?不意に声をあげてリベラに向かって突進した。
リベラは魔法で左右前方から時間差で攻撃を繰り出す。
チコは弾くことなく回避して彼女の前まで接近して鎌で攻撃を与える。
刃をバリアでガードするもいとも簡単にヒビが入り、衝撃も強すぎて少し怯んだ。
その隙にチコが拳でバリアを破壊し、そのままリベラの顎にアッパーを打ち込む。
流れるような連撃にリベラは抵抗も出来ず、全て被弾する。
最終的には力強い右ストレートでリベラは吹き飛ばされた。横に縦に転がる彼女、
10回を超えそうなほど回転した後、ようやく止まった。
鎌を消して再び歩いてリベラに近づくチコ。
軽く吐血するリベラはふらつきながらも身体を起こした。
だがもう目の前にチコが形相な目つきでリベラを見つめる。
そして紫色の服をわし掴んで上に持ち上げた。
怒りに満ちたチコはリベラを浮かせながらこう言った。
「アンタヲ…易々ト殺ス訳ニハ…行カナイ」
言い終わるとチコは手を強く握りしめ、リベラを右下に投げつける。
這いつくばってでも距離を取ろうとする彼女に対し、チコは無慈悲にも足を踏みつける。
そして、向き合う状態でチコはリベラの上にまたがってリベラの首に手をかける。
「教エロ!ドウシテ、フラヲ…殺シタ!?」
少しばかり手を緩め、喋れる程度にしたが、
リベラは教えてやるものかと言わんばかりに彼女を鼻で笑った。
その態度に火に油を注いだ。チコは左右の拳でリベラに追い打ちを仕掛ける。
なすすべが無いリベラはバリアで少しでもダメージを減らそうとした。
チコの猛攻は衰えるどころか威力が増す。
軽く20は殴ったか、ラストに止めに近く力強いパンチをお見舞いする。
その威力で二人のいる床が崩れ落ちる。
下は空洞になっており、地面が見えない程暗かった。
だがその暗闇から地響きと共に”雄叫び”が轟いた。
その咆哮にリベラは見えない中で笑みを浮かべていた。
「頃合いじゃ…!いくら貴様でも”私”の僕には勝てんっ!」
そう言って、高速で落下したリベラは何かに乗ったようだ。チコには未だ何も見えず攻撃を警戒した。
間もなくして、暗闇の中から巨大な岩で作られた手が突然現れ、チコを掴んだ。
同時期、フライヤに応急処置を施していた二人もとてつもない地震に困惑していた。
天井から砂ぼこりが落ちる光景を目の当たりにしたシエラは、
すぐに脱出装置を取り出してベールに見せる。
痛みを患うフライヤにはすまないがこのままでは自身ともども押しつぶされかねない。
シエラは偵察班と同じ窓から脱出するようベールに指示し、脱出装置のピンを抜いて窓に放り投げた。
すると装置が音を発すると同時に展開して大きなマットが現れた。
衝撃を和らげる性質を持ち、高所から脱出するのに向いているアイテムだ。
マットの中央には操縦機器が透明の蓋付きで備えられており、
それで好きなようにマットを移動させることができる。
ベールは再びフライヤの肩を背負い、急いでマットに向かって走った。
先に飛び乗ったシエラがマットを操縦し、ギリギリまで窓に近づけさせた。
地震が大きくなり、ついには天井が崩れ始めた。がれきがところどころに落ちてくる。
フライヤを担ぎながらもマットに飛び乗り、シエラは再び操縦し、急いで要塞から離れた。
数秒の内にある程度距離を取ったシエラ達はマットをその場に止めて要塞の様子を伺った。
物音がさらに大きくなるのと同時に要塞から岩が飛び出して来た。
「なんじゃあれは!?」
シエラが驚いた顔をしてそう言った。ベールもその後ろで驚きを隠せず口に手を当てた。
要塞は見るも無残に崩れ落ちていき、それに伴い巨大な何かがどんどん要塞の影から姿を現した。
あれはゴーレムだろうか。要塞の何倍も大きい。要塞ですら25mぐらいの高さに匹敵するというのに。
あんなものが地下深くに眠っていたというのか。
「まさかあれって」
実はチコが要塞でフライヤと接触している時、シエラとベールは要塞の入り口に辿りついていた。
入り口のあるフロアを探索している中、
どうやら年数が経過し、古くなったせいか床が崩れ落ち、一時的に地下を散策する羽目になっていたのだ。
その際、不可思議にも無造作に置かれていた岩を見つけていたのだ。
当時はなぜこんな地下に巨大な岩が連なるように置いてあるのか、そこまで気にする事はしなかったが、
まさかゴーレムの身体の一部だったなんて知る由もなかった。
そのまま別ルートで上層に向かう途中、ガーゴイル達に襲われ、一時的に屋根の上で戦いを展開していた。
戦闘の末、逃げ出すガーゴイルを踏み台にシエラとベールは連鎖するようにジャンプし、
ベールの服を掴んで双剣をジャックとメリダがいた部屋の窓枠に突き刺し、
グラップルして窓を突き破りあの戦いに至った。
それにしてもなんて巨大なゴーレムだろうか。ゆうに100mを超えている。
拳だけでも10mはあるだろうか。その右手にはチコが捕まっている。
だが、チコは決して潰されてなどいなかった。
なんと鎌で耐え抜いていた。岩の隙間から指す光に気づいたチコは挟まった鎌の上に足をかけ、
岩と岩の隙間から抜け出した。鎌は消え、拳がしっかりと握れた感覚にゴーレムは再びその右手を見る。
しかし、押しつぶされた形跡が見当たらない。
リベラもそれに対して「もう一度探せ!お前の体のどこかにいるはずだ」と命令した。
「終わりじゃ!チコッ!貴様を殺し、魂さえ手に入れればその力はわらわの物じゃ!」
ついに彼女は自分から本心を口にした。
最初から私をここに来させるためにフライヤを利用したというのか。
そのためにフライヤを殺した?そのために狼男にしたっていうの?
理解不能な上に理不尽極まりない理由にチコの怒りはさらに高まった。
そんな彼女の声を頼りに苔の中を突き進む。
もはや苔すらも森のように生い茂っていた。しかも地面から名状しがたい化け物が現れる。
邪魔だと言わんばかりに鎌を再び呼び出して敵をなぎ倒していく。
顔面に一発パンチを入れた後、鎌で追撃を与えて、その際に倒れ込んだ敵を蹴り飛ばした。
背後から掴みかかられるもすぐに背負い投げの要領で振り払った。
どうやら力尽きればその場に消滅するようだ。
ならば手加減する必要性はない。鎌の刃を使って無数の敵に立ち向かった。
目の前から突撃してくる3匹を切り払い、立て続けに前から大き目の敵が襲い掛かってきた。
鎌の取っ手の先端で一突きした後、ダメージに怯んで開いた足の下を通って、
起き上がりざまに鎌で足払いをした。
どうしてもこの手下共に相手をさせて体力を削るようだ。
考える暇もなく次々と化け物は襲い掛かってくる。ひとまず回避して、次にくる化け物に刃を突き刺す。
そして、そのまま横に振り回して飛んでくる化け物達を吹き飛ばしたり、攻撃を妨害した。
最終的に先ほど攻撃を回避した化け物に向けて化け物を投げ飛ばし、止めを刺した。
一気に数体倒したところで化け物達は次々と生まれてくる。
このままでは埒が明かない。チコはさらに上に向かい、二の腕辺りにまで移動しようとした。
しかし、途中でゴーレムに存在を気づかれてしまった。振り落とそうと左腕を大きく動かし始める。
突然の揺れにチコもその危険を察し、すぐに近くの大木にしがみついた。
大きいこともあり、腕を振るうだけで人間にとってとてつもない強風に晒される。
それでも耐え凌ごうともがくチコ。化け物どもはなすすべなく振り落とされ、時折大木に激突する。
ゴーレムは彼女が振り払えないと感づいて、今度は右手でチコのいる二の腕を握ろうという根端だ。
大木に乗ってチコはあるものをバッグから取り出した、死銃用のマガジンだ。
それを装填してチコはその場をダイブした。そしてすぐに体をひねらせ、ゴーレムの左肩に撃ち込んだ。
中にはあらゆる壁や物に棘を突き刺して固定化する弾が仕込まれている。
これによってターザンのような移動法が可能になる。
見事狙ったところに着弾し、鋭い棘が数本突き刺さる。固定化した瞬間チコの軌道が変化した。
振り子の様に移動するチコの真横をゴーレムの右手が後数mの距離でかすめた。
力強く左の二の腕を叩きつける。その風圧がチコに襲い掛かる。
しかし、彼女はこれが狙いだった。風圧を利用してチコは大きく上空へ吹き飛んだ。
引き金を引いて最初のワイヤーを切断した後、新たに弾を左肩後ろへ発射した。
これも見事に着弾、固定化させた。
身体を捻ってUの字を描くようにチコはゴーレムの背中を通ってタイミングよくワイヤーを切断した。
チコは空中から右肩になんとか乗り込み、リベラの位置を把握しようとした。
だが突然背後からリベラが奇襲を仕掛けてきた。チコも劣らず右ひじを喰らわせて応戦する。
リベラの容姿が変わっていて、体中から紫色のオーラをまとっていた。
髪型も先ほどよりも癖っ毛が強くなっている気がする。
そんなことお構いなしに杖の先端でチコの顔面を刺そうとするも、
チコは軽く避けて右足で腹部を蹴った。痛みにもたれつつも一旦リベラは距離を取った。
すぐに飛び起きて、一瞬見合った後、お互い突進していった。
鎌を取り出して刃をリベラに向けて振り下ろした、リベラはそれを弾き、杖を再び突き刺しに来た。
チコはそれを回避すると今度は火の玉が飛んで来た。
とっさに後ろに下がりつつも鎌で弾いていき、
次に飛んできた氷の棘を魔術「ウォーターウォール」で無効化した。
魔法を使いまくって気力が枯れたのか、魔法が発動しない様子を見せた。
それをチコは見逃さなかった。チャンスだと思い、鎌を両手に持って攻撃を仕掛ける。
リベラもそのチャンスを無にすべく杖でガードする。2回3回と鎌を振るい、その都度ガードされる。
だがもう少しでガードのバリアが壊れる。そうすれば一時的に使えなくなるはずだ。
先ほどの戦闘を活かしてチコは連撃最後の一振りを繰り出す。
しかし、彼女も馬鹿ではなかった。バリアを犠牲にしてリベラはチコの鎌を力強く弾き飛ばした。
吹き飛んで地上に落下していく鎌に目をやった後、リベラの反撃を危うく交わした。
杖で次々と刺そうとするリベラに今度は死銃で応戦するも考えてみれば現状、
特殊弾を装填している状態だった。切り替えるには余裕がない。
隙を見てリベラの両腕を絡めるように掴んで、
身体を回転させて着地と同時にリベラを地面にたたきつける。
その際に彼女の手から杖が離れ、同じく地に落ちていった。
お互い荒い呼吸をしながらもチコは死銃の弾を切り替え、銃口を膝をつくリベラに向ける。
一瞬の間、その隙にリベラは左に視線を逸らした。
それに対してチコも何か風圧を感じた。すぐに右を向くとガーゴイルがチコに向かって激突してきた。
あまりに予想外の奇襲に回避と同時に死銃を落としてしまった。
鎌も銃も失ったチコ、リベラも杖を落としたことによって二人はお互い丸腰の状態になった。
体力も先ほどの戦闘でチコが若干削られている。
肉眼でも大きく呼吸しているのが分かる中、先に攻撃を仕掛けたのはリベラだった。
右左と交互にパンチを飛ばすリベラ、それに対抗して懐に入り込んで突き倒し、
上に乗っかっては彼女も1発1発に声を漏らしながら拳をぶつける。
ガードされながらも数発打ち込んだ後、胸倉をつかんでゴーレムの首元めがけて投げ飛ばした。
衝撃で岩が砕け散り、リベラはゴーレムの体内に入り込んでしまった。
チコも迷わず中に入り込み、岩に囲まれた中で戦う事にした。
これならガーゴイルに横やりを入れられる心配もゴーレムの心配もいらない。
リベラもしぶとく起き上がり、チコを睨みつける。
彼女の頭からは先ほどの衝撃から血を流している。
今更だがお互い見せられるような目つきではなくなっていた。
殺意に満ち溢れた二人は見えない中で火花を散らしているかのようだ。
意気込みながらチコがリベラに向かって突進した。拳を打ち込むも受け止められ、
リベラに顔と胸元を1発ずつ撃ち込まれ少しばかり怯んでしまった。
その隙に左足が彼女の脇腹にヒットする。
数歩反対方向に後ずさった。チコはむせてついに彼女も血を出してしまった。
それでもチコは彼の姿を思い出す度に怒りがこみ上げ、リベラにぶつけに突進する。
数発打ち込んで1発、反撃に数発を避けるが1,2発打ち込まれる。
お互い回避する気力がなくなってきている。
だが、先ほどの衝撃を受けたとしてもまだ体力はリベラの方が優勢だった。
「どうしたんじゃ…?先ほどまでの威勢は…?」
彼女の挑発にチコは耳を貸すつもりはなかった。
「彼もお前を護れない」
フライヤを侮辱する態度にチコはやはり許せなかった。
怒りを露わに声を張り上げながら攻撃するも見事に空振り右膝がチコの腹部にクリーンヒットした。
思わず血を吐き出す彼女。悶えるチコに無慈悲にも足で突き倒し、
今度はリベラが上に乗って追撃を撃ち続ける。
もはや彼女にはガードするしかできないほど疲労していた。
それをいいことに彼女はひたすらに拳を打ち続ける。
リベラの顔は勝利を手にしたかのように笑みを浮かべていた。
しまいには両手でチコの顔面に拳を打ちつける。
その力強い衝撃に岩が崩れ落ち、リベラも反動で後ろに転げ落ちた。
チコは血を吐き出しながらも追撃をされないように急いで立ち上がる。
彼女の目の前にはリベラの他に赤い角ばった結晶が置いてあった。
まさか、巨大ゴーレムの核だろうか。
台座のような岩の上に浮かぶように置いてあった。
チコは一瞬、疑問が頭を過る。どうしてこんなところ連れ込んだのかと。
同時に台座の一部を使って立ち上がるリベラが声を上げ始める。
「ぐっ…!後少しなのじゃ!!後少しで…!」
どうやらリベラは何かを使って今の私の力に対抗していたようだ。容姿が変わっていたのもそのせいだ。
そして、その効果の副作用が今のタイミングで襲ってきているのだ。
今が絶対のチャンス。チコがすぐリベラに向かって歩みを進める。
しかし足がもつれて倒れ込んでしまい、身体が言うことを聞かない。自身の体力も限界に来ているのだ。
このままではせっかくのチャンスが失われる。何か手段はないのか。
彼女は何か思い出したかのようにある物を見つめる。それは戦いでボロボロになった腰かけのポーチだった。
そこには1本の黄色い携帯注射器がほつれた材質の隙間から見えた。
そして彼女はそれを取り出して、意を決して首に突き刺した。同時に彼女が心の中で呟いた。
(皆…ゴメンッ!)