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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第1章 「記憶」
5/23

5話 「愛人」

~2年前~


「急がなきゃ…!」

 確かあの頃の私は高校2年生だったはず。風紀委員として学校の治安を守る役職を担っていた。

委員会で使用するポスターが入った段ボールの箱を持ちながら目的の教室に向かう途中だった。

 階段を上って、急ぎ足で廊下にT字路を曲がったその時。一人の男にぶつかってしまった。

チコは衝撃で後ろに倒れ込んでしまい、段ボール箱からポスターが数枚散らばってしまった。


「ご、ごめんなさいっ!」

 謝ってすぐにポスターを回収する彼女。その横で一緒にポスターを拾い、チコに手渡した。

青い髪の男。クラスメイトの中でも噂されている彼はフライヤ=レインズ。

バスケ部に所属していると聞いている。

全クラスの女子から恋愛の的にされている程の人気の子だった。

後から聞いたことなのだがどうやら顧問の頼まれごとで資料を教室から取りに行く途中だったらしい。


「大丈夫か?怪我してねぇか?」

 でも彼の目つきに始めはすごく怖かった。

震える口で返答をしてチコはその場を走り去ってしまった。

そんな彼女を少しだけ見つめてフライヤは反対方向へ歩いていった。


 しばらくしてチコは休み時間や放課後、

彼を見つけると少なからず数秒間、彼の姿を見つめるようになっていた。

その年の文化祭でパンケーキを焼いてふるまう屋台の一員として活動していた。

そこにフライヤが訪れ、遠慮する顔もせずパンケーキを注文した。

 あの時の私は一番やる気に満ちていたんだと思う。

あわよくば仲良くなれれば、なんて考えてた。

でもまさか…彼も私を狙っていたなんて微塵も思ってなかった。


 あれから時々、フライヤと会話を交わすようになった。

想えばその一時が私にとって幸せな時間だったんだろう。

風紀委員のしんどさ、大学進学のプレッシャー、バイトの辛さ。

何もかもが彼との会話で吹き飛ぶ。

それぐらい、フライヤといるのが楽しみになっていた。

でも、それを快く思わない女子もいた。

 ある日の放課後、

ゆっくりと帰宅しようとしたところを3人がかりで女子トイレに連れ込まれ、いじめに会ったのだ。

怯える私を叩いたり、蹴ったりして妬みを言われた。

 チコは自分を責めた。物静かで回りの女子とはちょっと変わってる私なんかが、

全ての女子の恋愛の的である彼を想う事なんて許される訳がない。

当然の報いだとも思った。涙を流して許しを乞う姿に女は嘲笑う。

その光景を見た男は女子トイレにも関わらず入ってきた。

「おい」

 どこか聞きなれた声だった。はっと思ったチコがその男を見るとそこにいるのはフライヤだった。

「お前誰の女に手ぇ出してるつもりだ?あぁ?」

 その言葉に妬む女達はとんずらをこいて逃げていった。

靴の跡で汚れてしまったチコを見てフライヤはすぐに体を起こしてあげた。

「ごめんなさい…」

 チコは謝りながら裾で涙を拭こうとしたとき、フライヤがその腕を掴んだ。

「これ使いな」

 そう言ってハンカチをチコに渡した。

それで涙を拭った後、礼を言うとフライヤが突然チコの体を抱きしめた。


「謝んないといけねぇのは俺の方だ…お前を傷つけてしまった」

 その言葉にチコはあまりにも嬉しくてせっかく拭った目から再び涙が噴き出てしまった。

すすり泣くのが止まらず、恥ずかしくてフライヤの体に顔を埋めた。

 あれからというもの、彼女がいじめに会うことはなかった。

それもこれもフライヤのおかげだと本人は感じていた。

再び幸せな日々が続くと思うとこれ以上何も望まない。

一生このままで居たかった。

だがそんな日々は無残にも砕け散ることになる。


 些細な事でフライヤと喧嘩してしまったのだ。

少し落ち着けばなんてこともない事だ。

それなのに私はわがままを言って知らんぷりをしてその日は帰ってしまった。

 帰り道、チコは後悔しながら家に向かってとぼとぼと歩いていく。

夕暮れ時から雨が降り出し、すぐにどしゃ降りへと強まっていった。

それが二人の幸せを吹き飛ばす予兆かの如く。

 携帯が鳴りだし、誰だろうとスマホの画面を見るとフライヤの家族からだった。


「もしもし!ブリリアントです」


「もしもし?夜遅くにごめんなさいね。お宅にフライヤが居たりしませんか?」

 フライヤが自宅に帰っていない?

たとえ私の家に居たとしても事前に家族へその連絡はする人のはずだ。

自宅に居ない事を告げるとフライヤの母親は心配そうに話を続ける。


「一体どこへ行ったのかしら…」

 その時チコの脳裏を過った。まさか…


「私、フライヤを探してみます!」

 そう言ってチコは傘もスマホも持ち出さず家を出ていった。

フライヤの母親の忠告は今となっては虚しくも通るはずがなかった。

どしゃ降りかつ横殴りの雨がチコの全身を強く打ちつける。

途中転びそうになりながらも走り続けフライヤを探し続けた。

 学校にも、一緒に入るコーヒー屋にも、公園にもいなかった。

チコはフライヤが生きていてくれればそれでいい。

そんな悲惨な結果なんてありえない。

どうしてかその時は何事よりも強く感じていた。

 橋を渡る時、ふと河川敷に目をやった。


「…!!!」


 なにやら横たわっている物があった。嫌な予感がチコの不安を募らせる。

急いで河川敷に繋がる道と階段を駆け降り、その物体の元へ向かった。

近づくにつれてそれが何なのか分かった。

”嫌でも”分かった。チコは言葉を失った。もう絶望の声しか出せなかった。

 横たわっていたのは紛れもなくフライヤだった…

口を押えて夢であって欲しいと願うチコ。だがいくら願っても現実は捻じ曲がるはずがない。

彼の横で膝をついて彼の体を起こす。彼の胸元に額を当てる。

そして押し殺していた声を吐き出した。

「ぁぁぁあああああっ!!」

 彼女の目から涙があふれ出るが無慈悲に雨の音がそれを誤魔化すように混じってくる。

悲痛な声を聞いた一般人が非常事態であることを察知して救急車を呼んだ。

野次馬に危険だと彼女をフライヤから放そうとするがチコはその腕を振り払う。

大切にしてくれた彼を死んでも放したくなかった。

 次第に救急車の音が大きくなってくる。

そして救急隊が彼の傍に着くや否やチコを二人がかりで引き離す。


 あの喧嘩がなければ、あの日以降も幸せは続いていたはず。

私がすぐに謝っていれば、すぐに仲直りしていればこんなことには。

「嫌ぁっ!!逝かないでっ!!フラァッ!!フラァーーッッ!!」




「はっ!」

 見開く形で目を覚ましたチコ。身体には布がかけられていた。

そういえば頭痛で気を失っていたはずでは。それによく見ればさっきの部屋とは違う場所だ。

一体ここはどこなのか。体を起こすと右腕に刺激が走る。そういえばフライヤに…


「っ!フラッ!?」

 思い出したかのように跳ね起きるチコ。

彼女の声が聞こえたのか狼男がこちらに視線を向け、立ち上がってこちらに近づいてくる。

そして、チコの顔をじっくり見つめる。


「やっぱり…チコ…だよな」


「…うん…そうだょ」

 ようやく自分の知る人に戻った事に嬉しくて涙が零れる。

もう二度と会えないと確信していたのに、今目の前に姿は違えど正真正銘、自分の愛していた彼だ。

 チコは彼の体を抱きしめようとした。だがフライヤは慌ててチコの肩を優しく抑えた。


「今はダメだ。臭いがついちまう…」

 そう忠告はしたがチコにとって今はそんなことどうでもいい。

右腕の痛みも耐えて、全力でフライヤを抱きしめる。

彼の呼び名を優しく言ってしばらく抱きしめ合っていた。

 やっぱり、狼男であろうとフライヤの抱き方は右手が背中の真ん中、左手は腰あたりに添える。

昔と変わらなかった。そしてあの時の事を振り返った。


「本当にごめんなさい…私のせいで…」


「気にするな…俺もようやく思い出せた…俺も傷を負わせねぇって約束したのに。

 俺がチコを傷つけちまった」


「違うっ!!」

 フライヤの言葉に断固として拒否するチコに彼は言葉を止めた。

両手を握りしめてチコは生前の過ちを泣きじゃくりながら悔やんだ。


「私があんな理由で怒らなければ…わがまま、言わなければ…生きてたかもしれないの…。

 だから…っ…ごめんなさぃ…」


 昔のようにフライヤの体に顔を埋めた。そのしぐさにフライヤは微笑みを返した。


「その泣き方、変わんねぇな」

 そう言って指でチコの涙を優しく拭った。その優しさにチコも思わず微笑んだ。

またこうして、彼に出会えた事が一番幸せなのだから。

だがそんなムードもつかの間、遠くの方から男の声が聞こえた。


「おやおや、いけませんなぁフライヤ殿」


「っ!誰?!」

 チコが鎌を召喚して警戒を強める。フライヤがいることもあり、いつもより強く鎌を握る。

そこに居たのは杖を持った男と壁によりかかって風船ガムを噛んでいる女がいた。

そんな中、彼女の姿にフライヤは多少驚いている。

 我に返ってからチコの服装ぐらいしか驚く要素が無かったからだ。


「申し遅れた。私の名はジャック。お見知りおきを。そして後ろにいるのがメリダ」


「紹介したって意味ないでしょ。ここで死ぬんだもの!!」

 そう言ってメリダは銃を両手に1本ずつ取り出してチコに向けて発砲した。

チコは鎌で銃弾を弾いた。メリダは舌打ちをしながらも態勢を変えて攻撃を続ける。

こちらも負けじと死銃で空弾を撃ち、反撃をする。

 フライヤも戦いに乗じようとするもそれをジャックが止めに入る。

杖の中には刀が仕込まれており、それを爪でガードした。


「おっと、お宅の相手は私ですよ、裏切り者さん」


「けっ!」

 フライヤは右足で攻撃を繰り出すも、後ろに退いて回避されてしまった。

さすが鋼鉄の爪と煽られるもフライヤはそれをあしらった。

その爪でジャックを攻撃するも一行に当たる気配がない。

しかし、負けじと相手の攻撃も回避しつつ、お互い退けを取らない展開となっていた。


 チコとメリダも相変わらず遠距離戦を繰り広げる。一方が撃てば一方も返す。

また撃てば返すを繰り返し、同じように互角な状況だった。

このままでは埒が明かないと察したチコはメリダの銃撃を回避する流れのままメリダの懐に突進した。

 不意を突かれたメリダはガードに徹するもほんの僅かの差でチコの鎌による打撃が入った。

衝撃で後ろに弾かれるも両足でなんとか態勢を持ちこたえた。

追い込まれる展開がお気に召さないのかメリダは怒りを露わにしていた。


「このクソアマァッ!!」

 先ほどよりもハイスピードで攻撃を繰り出すメリダにチコは必死にガードや回避をする。

スピードが上がっている分、隙があるかと思いきや意外にも隙がない。

このままでは体力的にまずい。


 フライヤとジャックは金属音を鳴らしながらも1歩も譲らない戦況を見せる。

若干ではあるがフライヤが追い込まれている。

捨て身の一発をかますもジャックに弾かれ、反撃を貰ってしまう。

なんとか身を反らして軽症で済ませたものの脇腹に傷を負ってしまい、

先ほどの俊敏さが落ちてしまった。

それを目にしたチコがフライヤに意識が向いてしまった。


「よそ見すんじゃねぇっ!」

 メリダの銃弾が右足をかすめ、チコは思わず右膝をついた。

二人とも絶対絶命に陥ってしまい、なすすべがない。

このまま終わるわけにはいかない。チコとフライヤは不利だと分かっていても、

負けじと立ち向かおうとした。

 メリダはそんな二人を嘲笑い、ジャックも面白げに笑みを浮かべていた。


「そんな状況でまだやり合うつもり?」


「護るって決めたから」

 無意識に鎌に力を込める。


「はぁ?」

 意図しない返答に怒りを含んだ返事をするメリダ。

それにぶつけるかのようにフライヤも続けて爪を構えながら言葉を発した。


「全力で護り抜く。それだけだ」


「じゃぁ、喋れないように脳天ぶちまけてやるわっ!」

 そう言ってジャックとメリダも武器を構えた。その時だった。

上空からガラスが割れ、そこから光の影が2つ現れた。

4人はその方向に視線を向ける。

破片が音を立てて散らばる中、現れたのはベールとシエラだった。

チコが二人の名を呼ぶと彼女達も武器を取り出してチコの援護に入った。


「さぁ、おぬしら。4対2では分が悪かろう?

 と言いたいところじゃが、チコとお前、二人は先に上に向かうんじゃ」

 そう言ってシエラがある物をジャック達の上を通してチコに渡した。1冊の茶色い革製の本だった。


「主の目的は狼男そやつではなく。お前じゃ」

 どういう意味だろう?本を開くとどうやらリベラの日記帳のようだ。


【ついにこの時が来た。私の計画もいよいよ大詰めじゃ。チコが要塞に参り、

 未知なる力を発揮出来れば全て計画通りじゃ】

 未知なる力?そんな力を私が持っているというのか?


 メリダが妨害に入るもベールが瞬歩でチコの前に入り、弾を弾いた。

ベールから傷薬を受け取って上に進むよう催促された。

チコは頷いてフライヤと一緒にリベラの居る部屋へと続く階段に向かう。

 性懲りもなく妨害を狙うもシエラの鎖双剣に阻まれる結果に終わった。

自由自在に操る事が出来る双剣を持つシエラ。

会長という死神の上位級として鎌以外の武器を持つことが死神協会から許可が出ているのだ。

魔術も炎の紋章を右手の甲に宿しており、自身の力の増強や火に関わる術が使える。


 ベールも闇の紋章を宿した右手を構える。重力を司り、相手の妨害に特化している。

挟むようにして二人はジャック達に戦いを挑んだ。

シエラが笑みを浮かべながら右手を前に出してこう言った。


「通りたければわらわ達を倒してからじゃぞ?」

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