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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第2章 「友達」
21/23

21話 「突撃」

「ベール…」

 フライヤは静かに彼女の名前を口にした。ベールの目から涙が出かけていた。

その涙を拭って彼女は口を動かした。


「私はそこで力尽きた。何もかも思い出した。ジャックの事も、お世話になった皆の事も全て」

 そう言うとベールはゆっくりとレイスと化したジャックの所へ歩み寄った。

座りながらも彼女の顔を見るジャックに膝をついて、ペンダントに触れた。


「私の言葉が分かる…?ジャック?」

 敵であるレイスにされたジャックに言葉が揺れる。生前に殺め損なったが故にこうなってしまった。

己の力不足で無関係のジャックが犠牲になった。下手をすればジャックだけじゃなく、他のメイドも、

彼の知らない間に同じ姿に変えられているかもしれない。

 彼女の言葉にジャックはコクリと頷いた。その反応にベールは少しばかり嬉しく感じた。

ペンダントを擦るようにしながら、ベールはジャックに誓った。


「今から私は…貴方や皆のために、ガレスをこの世から葬る」

 久しぶりだ。ここまで怒りが込み上げるのは。許しはしない。貴様の私利私欲の為だけに、

メイドが要るんじゃない。お前にまとわりついてるのは忠誠ではない。ただの傲慢だ!

 彼女の顔は悲しみを露わにしつつも、どことなく憎しみが出ていた。

その様子にジャックは大きな右手をベールの顔の左側に添えた。それに対してベールは、

はっとした顔でジャックを見つめる。表情がないレイスのはずだったが、その時のジャックの顔は、

嬉しそうな表情をしていたように見えた。


「ジャック…」

 何か言っているようだが彼女だけは分からなかった。横からフライヤが彼の言葉を通訳のように介した。


「"僕も行く"って言ってるぜ」

 その発言にベールは驚いた。大きく手を広げてジャックの両腕に添えて言い返した。


「ダメよ!今の今まで戦って来たんでしょ?!」

 彼女が彼の体を揺さぶりながら言い出すと、彼は首を横に振ってまた何か喋り始める。

それをフライヤが再び通訳してくれた。

皮肉だがレイスになれたおかげで自分にも戦う力が得られたと言っているようだ。

確かに人間のままではいくら何でも限界はあったと思う。

しかも防御力が逸脱したタイプである"タンカー"である事も幸いしている。

 改めて説明するとタンカーは逸脱した程の防御力の高さが特徴のレイスである。

どの方向からもまともなダメージを与える事は出来ない。

片方の腕には硬いヒレのようなものがついており、それでガードすれば完璧にダメージを無力化することが出来る。

しかし、弱点はもちろんある。タンカーという名もあり、移動速度は平均以下がほとんどだ。


「本当に大丈夫なの?」

 再び確認するベール。それでもジャックの志は変わらなかった。

これ以上、傷ついて欲しくない。そう彼女は心に呟くものの、きっと彼女の言い分は払いのけられるだろう。

フライヤも彼を説得するのはすでに諦めていた。

ベールの肩をポンと添えて全員で屋敷に乗り込む提案をした。


「心配は要らないと思うぜ。皮肉な話だけどよ、ジャックも今の力に慣れてる。

 逆に言えば、ジャックをレイスにさせた事が運の尽きだって、思い知らせるんだ」

 彼の言葉にジャックも大きく頷いたのが見えた。


「そうですね…。でも、無理は絶対にしないでね」

 念を押す彼女にジャックは戸惑いなく再度頷く。3人の意思が繋がった時、

ふと外が騒がしくなっている事に気づく。ベール達は壁に身を隠しながらも扉や窓から様子を伺った。

どうやらギャング達はここに身を潜めていることを嗅ぎ付けたようだ。

男達の怒号が絶え間なく続く。気づいたころにはいきなり包囲されてしまっていた。

何か策が無いだろうかと考え始めた時。ジャックが一人で建物から出て行った。

ベールが止めに入ろうとしたがフライヤは彼女の手を握るようにして引き留めた。


「一旦気を引いて銃を撃ってくるのを待って欲しいってさ」

 ジャックが彼にそう伝言を残していたようだ。心配そうな顔をして彼の言うことに従う事にした。

彼の姿を見つけるや否やギャングの一人が大声で他のメンバーに存在を知らせた。


「居たぞっ!!撃ち殺せぇっ!!」

 次々と銃弾がジャックの身体に無慈悲に撃ち込まれる。しかし、彼は避けようとすらしなかった。


(僕はもう、守られるだけの男じゃない)

 その時、彼の脳裏には過去のベールとの会話を思い返していた。

彼にとって、これ以上にない程の安寧の瞬間だった。ベールと同じく生まれて物事を覚え始めた頃から、

奴隷として生きてきた。ジークに拾われて、息子のように優しく、時には厳しく育ててくれた。

だけど、あいつのせいで…ガレスのせいで、地獄のような日々が訪れたっ!

きっとジークも殺されたんだ!あいつの手によって!


 全ての銃弾を鋼鉄と化した身体で撃ち払った後、ジャックは雄たけびを上げた。

フライヤもジャックの声で雄たけびを上げているのを聞いていた。


「行くぞ!ベール!」

 フライヤは素早く移動し、ジャックの脇を抜けて、ギャングの懐に入り込んだ。

正拳突きで胸元に攻撃を与え、もう片方の手で顎目掛けてアッパーを繰り出した。

ベールも逆サイドからギャングの脇腹をナイフで斬り込む。

双方のギャングがその場に倒れ込む、その光景に一部のギャングが怯み出して尻もちをついた。


「何がどうなってんだっ!?」

「えぇいっ!怯むんじゃねぇっ!!全員殺せぇっ!」


弾を装填しているところに巨体なジャックがギャングの周りに影を作る。

その存在の圧迫感に装填する手が止まる。彼の目は怒りに満ちていた。慌てて止めてた手を動かす男。

その体を持ち上げて、ほかのギャングたちに向かって投げ飛ばした。

悲鳴を上げながらも遠くに吹き飛ばされる所など見ず、次のギャングたちに狙いを定める。


「ジークをどこにやったぁっ!!!」

 現状、フライヤにしか伝わらない自分の声を張り上げる。彼以外には雄たけびにしか聞こえない。

だが、今はそんな事はどうでも良かった。

ジャックは怒りで力任せに暴れるかの如く、ギャング達を次々と薙ぎ払っていく。

フライヤ達も一人一人、男達を倒す。時にベールに対して大人数で攻め込まれても、

ジャックが見逃さずにギャング達を横から突き飛ばして行く。

そしてフライヤも銃撃を回避するなか、身を挺して間に割って入り、銃弾を撃ち払いつつ、

強引に詰め寄って銃を奪って目の前でひん曲げて、力を見せつける。

恐怖に怯えてギャング達はその場から逃げ出した。


「サンキューな、ジャック。それにしても、とんでもねぇパワーだな…」


「どれもこれも全部、レイスになったおかげさ…僕なんて――」


「いや、レイスになってもお前はお前だ。レイスになったからとかじゃねぇ」

 自分自身を否定するような言動にフライヤは割って入った。


「力っつうのは自分の意思で磨き上げるもんだ。レイスになって最初から身に着けていた訳じゃないだろ?」

 言われてみれば、あの頃はただただ逃げてばかりだった。彼の言う通りなのかもしれない。

確証はないけど、彼の言葉なら不思議と信じ切れる気がした。みるみると自分に自信が付く。

自然と自分の拳に力が入る。不確実で不安定な力じゃない、自信を持って守り切る力だ。

彼の心でギッチリと固まった。守り抜くという誓いが。


「…うん、そうだね。例え醜いこの姿でも、僕は…ベールを…、"皆を守るっ!"」


「おっしゃぁ、俺には輝いて見えるぜ、今のお前がなっ!!」

 そう言って、未だ懲りずに立ち向かってくるギャング達に向かって走り出す。

ジャックも気合いを入れて、大きい体を使って攻め込む。

次々とギャング達を倒したり、戦力外にしたりと処理していく3人。

ついに数えられる程度の人数まで削っていると待ってましたかと言わんばかりのロケットランチャーが、

目の前に数人並んで構えていた。


「フライヤさん!僕の背中にっ」


「オッケー!ベール!」

 すぐに彼女を呼んで、ジャックの背中に隠れるように身を潜める。


「さすがにこいつをまともに喰らったら終ぇだろ!!」

 合図と共に数本のロケットランチャーがジャック目掛けて発射された。弾の飛ぶ音が鳴る中、

それは数秒後には轟音へと変化した。思わず声を上げる二人の前では、ジャックが両手を広げ、

ヒレも使って二人の身を守った。5本のロケットランチャーの内2本はそのまま横を素通りしていったが、

3本はまともにジャックに直撃していた。

その状況に敵のリーダーも笑みを浮かべる。さすがの敵もこれには耐えしのぐことなど出来やしないと。

 煙が立ち込める中から、先ほどとさほど変わりないジャックの雄たけびが轟いた。

なんて強靭な身体なのか。敵だけでなく、ベール達もその姿に驚きを隠せなかった。


「嘘だろ…本当に何者なんだ!?クソッ!!」

 最終手段だったようで、相当慌てた表情を露わにするギャングのリーダー。

その集団に睨みを切らすジャック。


「お前達がガレスの仲間である以上…メリーがたとえ許しても、僕が一生許しはしない」

 改めて言うが、この言葉が通じるのは現状フライヤだけだった。

ジャックはのしのしとギャングの集団に向かって歩み寄る。

もはや死へのカウントダウンかの如く近づくその様はまさに狩人の何者でもなかった。

数人が銃を取り出し、ジャックをハチの巣にしようとしたが、

当然だがタンカーである彼に銃弾など通じるはずがない。成す術なく殴り飛ばされ、

ロケットランチャーも装填が終わる頃には至近距離に等しい状況だった。

この状態で撃ってしまえば自滅は免れない。もはや打つ手が無いギャング達は、

そのままジャックにわしづかみにされて残った手下共目掛けて投げ飛ばした。

 ついにリーダーのみになった彼は足を震わせながら後ずさる。

しかし、それをみすみす見逃す程、今の彼らは優しくはなかった。ガレスの場所を念のため確認しておきたい。

逃げ出そうと画策するギャングのリーダーをジャックが掴んでフライヤ達が問い詰める。


「おい。ガレスはあの屋敷に居んのか?」

 フライヤがガンを飛ばして聞き出すと、男はすんなりと居場所を吐いた。


「はぃ…、主はそこに…居ます」

 最低限の情報は聞き出せた。案の定、二人が過去にメイドとして居座っていた屋敷に、

ターゲットのガレスが居るようだ。次の目的が決まった瞬間、ジャックは何か飛んでくる気配を感じ、

男を掴む腕を自分の内側に移動させた。ギンッと金属音がし、若干の火花まで散った。

弾だろうか。飛んできた方向を察した彼は後ろのやや上の方を見上げた。

そこにはスナイパーライフルを持ったギャングが居た。


「どうして僕の肩を?」


「いや、ジャックを狙った訳じゃねぇ。口封じにそいつを殺そうとしたんだろう」


「え?」

 思わず庇ってしまった形となってしまった訳だが、

それよりも仲間であるはずの人をこうも簡単に殺める事が出来る考え方に憤りを感じるジャック。

ふと目についたこいつも下手すれば同じ考え方を持っている外道かもしれない。

現に俺を殺そうと躍起になっていたのもある。

正直、叩き潰そうと思っていたがジャックは敵をある方向へ投げ飛ばした。

そこは藁の山になった場所だった。


「…結局誰一人、殺さないんだな?」


「きっと…彼らもアイツに脅されてるんだと…思うから」

 そう、何もかもガレスのせいで自分の存在意義を歪まされて生きているのかもしれない。

先ほどのスナイパーだって、殺さなければ、別の者によって殺されるのだと察していた。

しかも、ガレス本人の手でなく、指示によって殺められると。

考えれば考える程、奴に対して憎しみが込み上げてくる。

そんな様子にフライヤは背中を軽く叩いた。


「憎んでいるんだろ?…その鬱憤うっぷんを晴らすのは今、この時のはずだ」


「うん…絶対に、絶対にこの恨みを晴らさなければいけないんだっ…!」

 二人の会話を見ながら、ベールはジャックの傍に近寄る。

それに気づいた彼は腰を低くして少しでも彼女に近づくようにした。


「絶対、メリーを守って見せるってさ」

 フライヤが彼の通訳をしてくれた。その言葉にベールは微笑みを返してジャックの身体を抱きしめた。

少し照れるように身体を張るのが見えた。フライヤはそれに小さく微笑んだ。

しかし、そんな甘い時間はこの戦いが終わるまでないはずだ。

二人の気合いを引き締めさせて屋敷へと続く道を走り出した。




【病室】


「そろそろ退院か…10日程とはなかなか重症だったようじゃな」


「ほとんどの骨がやられていたからねぇ…無茶するもんだよ全く…、

 一応明日退院の予定だから、事前に退院処理をさせておいたわ」

 バーバラと会話をするシエラ。チコの見舞いに来ていたようだ。

その途中、会長のスマホから着信が入る。バーバラとの会話を一旦中断させて、

応答に出る。どうやら相手は偵察班からのようだ。


「偵察29班か…ん?ベールのところじゃな。どうした?…何っ?!障霊石の疑いじゃと?

 …ふむ…分かった。すぐ向かう。…0754番じゃな。…ベールにもこれから向かうと伝えておいてくれ」

 話を聞く限りベールからの伝言で偵察班とシエラだけに向けられた内容のようだ。

しかし、その内容をある緑髪の女が通路の脇に隠れて偶然聞いていた。

シエラは急ぎの件をバーバラに伝え、ひとまずチコに見舞いをしてから援護に向かう事にした。

 急ぎ足で病院内を移動するシエラ。チコが身体を休める病室に着いてドアをノックする。


「チコー?見舞いに来たぞ。 …寝ておるのか?入るぞ?」

 そう言って、ドアを横に引いて病室に入った。事前に見舞いの連絡は入れていたはずだが、

不審に思いつつ、部屋に行きつくと、返事が無かった理由がすぐに明確になった。

ベッドにチコはおらず、窓が片方大きく開いていたのだ。


「……この…愚か者がッ!!」




「ハァ…ハァ…」

 シエラの通信を聞いていたのはチコだった。明日退院ということはほぼほぼ回復しているということ。

1日ぐらい早く抜け出したってバチは当たらない。

それにベールが危機的状況だと分かったらそのまま寝てなんて居られなかったのだ。

急いで向かわなければ。フードで髪を隠して役所に辿り着き、

流れるようにベールの指名援護で来たと死神ライセンス番号と援護番号の0754番を告げると、

指名援護と援護番号だけを聞かされていたチェルシーは何も疑わず援護申請の処理を進める。

許可証と依頼内容の資料が同封された封筒を受け取るとそそくさとその場を立ち去る。

その十数後に役所に辿り着いたシエラは、急いでチェルシーを呼び出した。


「シエラ様?!どうされましたか?」

 息を切らし、形相な目で右腕を受付テーブルに乗っける彼女に心配をするチェルシー。


「ここに、チコは来んかったかっ!?」


「チコ様ですか…?えぇっと…はっ!」

 その様子にシエラは呆気に取られた顔をした。

死神ライセンス番号を流れるように進めてしまったがために、チコである事を見逃してしまっていた。

ましてや、明日すべきである退院に関する処理を今日してしまったがために、

入院中であるフィルターにも引っかからなかったのだ。

ことごとくセキュリティを貫かれてシエラはさぞご立腹な感情を露わにする。

すぐに援護処理を済ませて、役所を出る彼女。

会長であれば許可証も資料も不要なので、すぐさまチコの後を全速で追う。


「覚悟しておれチコ!身体は治っておるのかもしれんがなぁっ!

 まだ貴様は病人といえば病人なんじゃからなぁあああっっッ!!」

 そう誰に向けてるわけでもない独り言を大きめの声で響かせていた。

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