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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第2章 「友達」
20/23

20話 「感謝」

 ロゼッタに着替えから清掃までして頂いた後、再び二人で会話を始めていた。


「申し訳御座いませんでした。

 メリー様の思いを変えるためには、こうでもしないといけないと考えた結果でございまして」


「大丈夫ですっ!おかげで変わらなければならない気持ちが芽生えました。

 でも…正直ロゼッタさんの事、怖かったです…」

 今でも身震いする程、彼女に対して恐怖心を抱いていた。反省の様子を見せるロゼッタは謝罪の意を示す。


「少しだけでもメリー様の為にと思いましたが…まさかあのような――」


「きゃーっ!言わなくていいのっ!言わなくてっ!」


 そんな会話を数分程した後、落ち着きを戻したベールは高級そうな古時計を見て、

大分遅い時間であることを理解した。


「あっ、もうこんな時間ですね」


「そうですね。ご就寝されますか?」

 すぐに起立して、右手をベッドの方へ差し出し、誘導の姿勢を取るロゼッタ。

何から何まで丁寧に接する彼女に不思議と尊敬の眼差しを向けるベール。

ゆっくりとした足取りでベッドに向かう彼女にロゼッタは布団の枕側半分を返して、

布団に入りやすい状態にしてあげる。

相変わらずメイド相手に礼を言うベールだったがもうロゼッタは言い返すこともしなかった。

彼女は生まれた頃からそういう優しい性格なのだろうと。

奴隷で生きてきたからではなく、言わば根っこから心に宿しているのかと。

笑顔でおやすみの挨拶を交わしてベールは寝につくことにした。


「おやすみなさいませ。メリー様」

 そう言い残してロゼッタは見ていない中でもメイドの作法を貫き通す。

足音を雑に立てず、扉の前で一礼をしてから部屋を後にした。

布団に包まったメリーは不安そうな顔をしつつ心の中に一つの未来を見出していた。

私にも、"この経験"を活かせる道があるはず。


 それを誰にも言わず、ただただ一人で抱えながらもカーラ達に優しく接して貰いながら、

色んな知識や技術の基礎を学び、時に娯楽を楽しみ、奴隷達の中では比べ物にならない程の幸せを感じながら、

早くも半年が過ぎていく。そんな中でベールはある事を特に注視していた。ある者の動き、リラックスするときの様子など、

傍から見ればストーカーにも捉えかねない程、まじまじと観察していた。

 そんなある夏の日、これまでとなんら変わらない生活の中、大分自身の身分に心構えが見られるようになったベールは、

食後、ロゼッタに対してある指示を出した。


「ロゼッタさん。本日の夜、私の部屋へ来て頂けますか?」


「かしこまりました。差し支えなければその件の内容を」


「ここでは言えません」

 きっぱりと言い放ったベールに周囲のメイドは強張った様子を見せる。主人のカーラもその様子に視線を向ける。

独り立ちするにはまだ若すぎる。そんな不安をカーラは抱きながらもロゼッタとベールの会話は続く。


「さようでございますか。分かりました、何時頃、お伺いに参られますか?」


「…24時前に」


「2、4時…ですか?」

 彼女の考えに一切の予知が出来ずにいるロゼッタ達。何をお考えになっているのか?

カーラもロゼッタも以前からの彼女の様子に疑問を抱いている事は事実だが、一切確信できる内容が思い浮かばない。

3人のいつもと違う雰囲気に恐れ多くて食器の回収に割って入ることが出来ないでいるメイド達。


「はい、お願い」


「承知しました。その時刻に参ります」



 そして、何事も無かったかのようにメリーはメイド達に後片付けの再開を促す。

慌てる様子で返事をして、食器類や匙を片付けに入る。メリーは口をナプキンで拭いた後、

何食わぬ顔でカーラに挨拶を交わし、自室へと戻って行った。


「何か、心あたりが?」

 カーラの目線がロゼッタに向けられた。彼女も何せ見当がつかないため、唖然とした顔をするしかなかった。


「恐縮ですが、私には何も…」


「彼女の事じゃ、きっと何かロゼッタに伝えたい事があるのじゃろう」

 両手を組んでその上に顔を乗せるようにしてそう口にするカーラ。しかし、主であるカーラ様よりも私に言いたい事とは一体。

メイド長でありながらも何も思い浮かべず、少しげんなりする部分もあったが、メリー様の性格上、

お叱りというわけではないのは確かである、きっと何か重い決心を抱いているのか。


「カーラ様より、ですか?」

 ロゼッタの胸の内を申し上げるように言うとカーラは小さく頷いて言葉を返した。


「さよう。深く考えんでも、いつものように聞いてあげれば問題ないじゃろうて…」


「…かしこまりました」

 深く一礼をして、失礼しますと挨拶をした後、ロゼッタもメイド長の役目に戻っていった。

はたして、メリー様のお考えとは一体何なのか。他のメイドに指示したり、掃除などの奉仕をしながらも、

時々それを思い出す。メイド長として、主のみならず、今では主の娘でもあるメリー様のお気持ちを支える事も役目でもある。

失態を犯す訳には行かない。でも、いつもであれば己の経験による自信で前向きに考えられて来たのに、

今回ばかりはどうも気がかりでならない。

メリー様の性格も以前よりは誠意を見せるようになってきたのは言うまでもない。

それが原因なのか?他のメイド達も彼女に対して大きな失態を犯した経緯は私の知る限りでは存在しない。


(本当に何をお考えなのですか。メリー様…)

 そう何度も心へ呟くように思い続けて、ついにその時。

結局少しの見当もつかないまま、手元の懐中時計は約束の時刻の10分前を指していた。

どうしてここまで気を張っているのか、私自身も不思議に感じていた。

まさか。ロゼッタの脳裏はあまりに縁起でもない予測を立ててしまう。

かえって優しくされることに憂鬱になって私の目の前で自殺を図る。

勝手に予測して勝手に慌てだすロゼッタ、メイドとして今までこんなことを考えた事は正直無かった。

というより、メイドとして本来はそんな事まで気を張る必要はないはずなのだ。

主や側近の指示に従い、忠誠を誓う。それが本来のメイド、そして長である私の使命。

それなのにどうして私はここまで思考を巡らしているのだ?

 自身の乱れる思いに葛藤していると、廊下に飾り付けでおかれていた古時計の鐘が鳴る。

その音にハッと自身の懐中時計に目を向けると、長い針と短い針が綺麗に重なっているではないか。

心の準備もままならぬ状態で急いでメリーの部屋の扉をノックする。


「入って」

 淡々とした返事に失礼しますといつも通りに挨拶を交わし、音をほとんど出さないように扉を開ける。

ドアを完璧に締め切ったのを確認した後、メリーの方へ身体を向けていつもの作法を申し上げた。


「メイド長ロゼッタ。お約束の時刻に参りました」


「……」

 彼女の視線はどこか悲しげな感じがした。ロゼッタは思わず先ほどの不謹慎な考えが蘇る。

ベールはゆっくりとロゼッタの方へ歩みを進め始める。

近づき方に彼女の思惑はどんどん強まって行く。私はやはり、知らない間にメリー様を不快にさせていたのだろうか。

やはりあの時、脅しのような行動をしたのは過ちであったのか。

それでもメイドとして、メリー様に失態を犯す訳には行かない。

目を閉じ、冷や汗を流しながらも彼女の言葉に全身全霊の如く耳を傾ける。


「ロゼッタ」


「…はい」


「……」

 その時だった。目を閉じて見えない中で何か両側から風を感じた。一瞬ロゼッタは身震いをして今後の展開に怯える。

しかし、その感情は一気に解く事になった。


「っ!」

 メリーはロゼッタを抱きしめたのだ。小さき腕を全て使って自身の腰で手を組んでいた。


「メリー…様?」

 そして、ロゼッタの身体に顔を埋めながら、すすり泣く様子を見せる。

すぐにメリーの顔と同じ高さまで腰を低くするロゼッタ。ハンカチを取り出しては涙を拭い、

用件を聞き出した。


「どうかなされたのですかっ?!お体の調子が悪いのですかっ?!」


「違うの…痛みとか苦しいとかじゃないの…」


「…申し訳ございません。私にも一体何の事か見当が付かず――」

 自身の非力にメイドとして謝罪し、頭を下げるロゼッタ。

しかし、メリーがすぐにその顔を両手で上げさせる。


「私…"ロゼッタや皆みたい"になりたいのっ!」


「あっ…、メ、メリー様っ?!」

 それは言うまでも無く、メイドと雇って欲しいという事だろうか。

そのように彼女に問いかけると恥ずかしそうな顔をしながら小さく頷いた。

さすがに予想外過ぎる発言にロゼッタも少し慌ててしまった。メイド長として恥と感じつつも、メイドの道が過酷である事を伝えた。


「メイドというのは楽なお仕事ではございません。メリー様がなるべきお姿では――」


「私は…誰かのためでないと不安でしょうがないの…」

 ロゼッタの言葉を言い終える前に割って入ってきた。

彼女の拭いた目からは再び涙があふれ出て頬を伝う。次から次へと雫が落ち、彼女の強い気持ちが全面に現れていた。

もしかして、あの頃から時折見せていた不可解な姿は他のメイド達の熱心な仕事ぶりを見ていたのだろうか。

彼女やご主人様にとっては盲点だった。まさか、現状の幸せを選ばず、苦難の道を選ぼうとするなんて。

同じメイドとして、理解して貰える人が目の前にいる上に、目上であるメリーからとあらば、さぞ喜ばしい現実であった。

しかし、同時にメイドがどれほど大変かというのも知っている。再度、メリーにメイドとは何たるかを真摯に伝える。


「メリー様、私から申し上げるのも何なのですが…、メイドというのは過酷でございます。家事・炊事・洗濯・清掃など、

 あらゆる面を新品同様、一欠片の埃も見逃してはいけないという強い意志を持って働くのです。

 メリー様は今、それをおそらく理解してそう仰られたと思います。本当に…メイドになりたいのですね?」


 真剣な眼差しで問い詰めるロゼッタに対し、彼女はロゼッタを顔を見て、ためらいなく大きく頷いた。

その様子に笑顔を漏らしてメリー様を失礼を承知で抱きしめてあげた。

まさか、メイドとして生きる事を選ぶとは本当に思っていなかった。それもあってか、喜びを隠すことが出来なかった。

過酷とはいっても、今のご主人様は他の屋敷の主と比べれば、大分優しい方なのであり、珍しいと言われる程豊かな場所でもある。

メイドとしての存在を確立してくには十分過ぎる環境だ。

 おそらく、ご主人様もこの事実に驚かれるでしょう。でも、きっとご主人様は笑ってメイドの道を送り出すであろう。

それは長年のメイド長としての交流もあり、その予測は簡単にできた。

 ちらっと視界に入った月を見つけて、ロゼッタは声を漏らす。


「あら…、見てくださいメリー様。大きな満月です」

 両手でベールの身体を優しく、月のある方へ向ける。同じ満月を見てベールの表情は明るくなった。

テラスへ出て行く彼女につられて、ロゼッタもゆっくりとした足取りでテラスへと足を踏み入れる。

メイドとしての姿勢は忘れず、月を見つめるベールの姿を拝見する。

月が照らす光もあり、彼女の笑顔は大層輝いていた。ロゼッタ自身にとってもこの日は記念すべき一夜となった。

それもありつつ、より一層、記憶を刻むために彼女はある行動を取った。

月を見続ける彼女の横を歩みながらロゼッタは両手を首の後ろにやる。何か指を動かし、ある物を取り外した。


「メリー様」


「んっ?」

 きょとんとした表情でロゼッタの方へ身体を向けるベール。彼女の首元にロゼッタはある物を取り付ける。


「首…飾り?」

 それは今、ジャックが身に着けている首飾りと同じものだった。

三日月の金色が月の光によって輝きが増し、まるで月の子供のような感じにも見えた。

思わず口を漏らすベールに対し、ロゼッタはある思いを述べた。

確か、このペンダントはロゼッタがいつも身に着けていたはず。

食事中も清掃の時も、談話をしている時だって。

何が言いたいのかというと、それほどその身から離さない大切な物なのではないかということ。


「これって…いつもロゼッタが着けてる…」


「さようでございます。このペンダントは私がメイドとしてそれなりの技術を身に着けた頃、

 当時メイド長であった者から頂いたのです。

 彼女も私のことを大切な人と申して、いつも支えてくれていました。

 だからわたくしも、人生に欠ける事の出来ないメリー様に受け取って欲しいと想っております」


「でも…初めて会ってまだ半年しか経ってないんだよ…?」

 確かに出会ってまだ浅いと言える月日。ましてや自分は元を辿ってしまえば赤の他人に等しい。

いくらカーラ様の義理の娘と言っても、大切な物を今この時点で受け取っていいものだろうか。

少し戸惑った。この場で受け取るべきか、受け取らぬべきか。

でも、ここで受け取らないとなれば、ロゼッタの想いを踏みにじる気がすると一瞬にして強く感じた。

貰ったペンダントを右手で握り締めてベールは目を閉じて心を落ち着かせる。

その様子にロゼッタは邪魔をしないように傍で手を前に組んで待機していた。


「私を大切な人として見てくれて、本当に嬉しいです。

 ペンダントは…私が大切にします」


「そして、もしメリー様が大切だと言い切れる方が現れたら。

 ペンダントを上げてしまっても構いません」

 私にとっての大切な人、果たして現れるのだろうか。言われて不安を抱く。

察してロゼッタが膝をついて、メリーの左手を両手で包むようにして握った。


「必ず訪れます。運命というのは残酷な事ばかりではありません。

 いつか、メリー様の前に現れるはずです。信じていれば必ず」

 そう言われて、なんだか気持ちが軽くなった気がした。

カーラ様に拾われたのも、こうしてロゼッタに自分の思いを言えたのも、

過去が残酷だったから生まれた訳じゃない。

そういう運命だったから。信じればきっと巡り会える、今の自分はそう思えた。

ベールは強く頷いて礼を言い、これからの自分を自負した。


「これから私は、ロゼッタの下でメイドとして務める。カーラ様も驚くかな?」


「はい。それはもう驚かれるでしょう。でもカーラ様ならメリー様の道を止めはしないかと思います」

 笑顔で言うメリーにロゼッタも微笑みを返す。懐中時計に目をやるともう時刻は30分を超えていた。


「メリー様、さすがに夜更けが過ぎております。メイドたる者、寝不足は厳禁でございます」


「…はい!」


 こうして、メリーのメイドとしての道が開かれた。

それはさぞかしカーラも驚いたようだ。だがあの時のロゼッタの予想通り、

最終的には見送るようにベールの考えに賛同してくれた。

新入りのメイド達に混ざって掃除、洗濯、炊事まで、ありとあらゆる奉仕活動に精を入れていった。

ただ、義理の娘というのもあり、他のメイド達より早く仕事を上がり、

それ以外の時間は家族としてもてなす形となった。

 それでもメイド達は分け隔てなく、皆と同じように接してくれた。

きっと自分自身のメイドとしての接待、そして娘としての接待の切り替えに苦労したと思う。

時折仲間達にその事を申し訳ない気持ちで述べるが気にしてない様子を見せ続けてくれた。

 ここまでしてくれる皆を裏切る訳には行かない。

ついつい頑張ってしまい、時に無理をしてしまって大怪我をする事もあった。

その時だって、メイドの仲間達が休みの日を使ってまでお見舞いに来てくれた。

私はカーラ様だけが家族じゃない。

ロゼッタもメイドのみんなも、私にとっては家族だった。


 メイドの道を歩み始めて早2年が経とうとしていたある日、

ベールは生きる人生の中で1番の涙を零すことになる。

彼女の目の前には黒く光沢を放つ棺があった。そう、カーラの死である。

死因は心臓発作によるものだった。

死んだ事が分かった時からベールはずっと泣き続けた。その現実を全力と言うほど拒絶して、

冷たくなったカーラの右手をずっと握り続けていた。


「メリー様…」

 そんな彼女にロゼッタも思わず鼻をすする。メイド長として動揺を隠さなければならない立場だったが、

ベールの存在もあるためかどうしても隠し切れなかった。

火葬のためにベールをカーラから離さなければならないが、

今までにないぐらいに強く振り払って、斎場のスタッフの行動を妨害する。


「嫌ぁっ!!カーラ様ぁっ!!」


「いけませんっ!メリー様っ!」

 心苦しくもベールの体を全身で抑え、スタッフの妨害を止めに入る。

負けじと振り払おうとするベールは泣き叫びながらカーラの名を呼び続けた。

火葬中はあまりに辛くて扉の前の椅子に座り込んでは涙を流していた。

隣でロゼッタが見守る形で世話をしていた。


「私は守られてばかりだった…」


「…メリー様?」

 突然そのような発言をして不思議な顔をするロゼッタ。

そんな彼女をよそにベールは鼻をすすって話を続ける。


「拾われたのも、家族の営みをくれたのも、優しく接して貰ったのも、

 私は何もかも守られてばかりだった。

 だから私は…いつまで経っても弱いまま…!」

 ロゼッタは否定したかった。でも彼女の言い分はごもっともだった。

皆から優しく接したが故に今回のような辛い現実を突きつけられた時の心構えが疎かになっていたのだ。

この時、初めて、メイド長としての務めを全うできなかった。

火葬が終わり、遺灰が納められた箱をロゼッタが持ち、事前に用意していた大層な祭壇に備えられた。

この時もベールは他のメイド達に支えられながらも涙を流し続けていた。

その日、彼女は何も口にせず自室にこもって泣いていた。

すすり泣く声をロゼッタがドア越しに盗み聞きしていた。その後、メイド用の浴室で一人、

シャワーのお湯で誤魔化しながらも涙を流していた。

 あの時、何の励ましも慰めも出来なかった。メイドの長として、不覚だ。

そう自分を責め立てるロゼッタ。それと同時に今回のカーラの死に不審な点があった。

カーラの余命宣告はあったのもののそれは4年。予測していた日からまだ1年も余っていたのだ。

正直不自然な気持ちが強かった。

 その不自然さを助長するような出来事が数週間後に訪れる。

ガレスがこの屋敷の土地の所有権を手にしたのだ。実はガレス、カーラの夫の孫だったのだ。

だがこの時から人使いが荒かった。豪遊ばかりでこの男から良いところを抜こうとする事自体が、

時間の無駄に等しい程だ。

なんとかこの時にはベールの気持ちも落ち着いており、このままガレスを主として務めることになった。




「それでジャックの話と繋がる訳か…」


「ジャックからガレスの話を?」

 ペンダントを握り占めながらジャックの過去を尋ねる。フライヤは頷いて、その場を立ち上がった。


「二人共、本当に辛かったんだな」


「…私がジャックにペンダントを渡して、ガレスを葬った後、私はまだ生きてたの」

 その言葉にジャックがグッと勢いよくベールの方に顔を向けた。

数年の時を経て、ガレスと共に崖から転落し、海に打ち付けられたにも関わらず、

彼女は命からがら生き延びていたのだ。

 浜辺に打ち付けられた彼女は体を起こそうとするも、少しでも体重を掛けると激痛が走る。

どうやら骨折したようだ。海のせいで服も泥だらけ。このままでは凍え死んでしまう。

匍匐の如く両腕を使って近くの小屋まで移動した。

 その時、自分は色々思い出すように記憶を蘇らせる。

奴隷の時の仲間達、カーラのこと、ロゼッタのこと、そしてあの時のメイドのみんなのこと。

そして、ジャックの事。みんなと出会えたから、今の私がいる。

ガレスを葬った。私は苦しむみんなを救えたんだと思った。

 木製の扉のドアノブに右手をぶら下がるような態勢で握り、全身に力を入れてドアを開ける。

腰に力が入ってしまい、激痛に声を荒げるベール。

拍子にドアノブから手を離し、落下して余計に腰に負荷をかけてしまった。

激痛に数分間悶絶し、ようやく痛みが治まっていく。

 再び激痛を起こさぬように気を付けながら小屋の中へと入っていく。

そこには今、彼女が着こなしているベージュ色のローブが掛けられていた。

なぜこんなところに服が置かれているのかは分からなかったが今の自分にそんな事考える余裕など無かった。

泥だらけのメイド服を脱ぎ捨て、痛みに耐えながらもその服に着替える。

ようやく、落ち着く事が出来たのだがさすがに気力も限界に達したようだ。

 力を入れる事が出来なくなり、うつ伏せのままベールは虚ろな目をしながら幸せなあの時を思い出す。


 貧弱だった私をカーラ様の優しい気持ちで拾ってくれたこと、汚れた体も洗ってくれた事、

美味しい料理を頂けた事、そして、私を家族としてもてなしてくれた事。

ロゼッタ…あなたのおかげで私の存在意義を作ってくれた事。

メイドとして恥じぬ心構えと技術を学ばせてくれたこと。私のわがままを聞いてくれた事。

メイドのみんなも。みんなのおかげで私はここまでメイドとして生きてこれた。

私という存在を尊重してくれた事。

そして、ジャック…私を大切な人と言ってくれてありがとう。

あなたのおかげで、私は強くなれた気がした。

結局、あなたを追い立てるような形になってしまったのが心残りだけど…。

次の主は…いい人だといいね…そして、あなたの大切な人がまた、巡り会えると信じてる。


 最後に…みんな。私を愛してくれて、

                  …ありがとう。

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