18話 「変景」
「それから、奴らはガレスの命令で僕を抹殺しに毎日夜な夜な銃を持って歩きまわってるんです」
レイスの姿で体育座りをする光景に少し気掛かりになってはいたが今はどうでもいい。
聞いてる以上じゃ俺らよりも普通に住んでる住民が可哀そうでならなかった。
いつなん時流れ弾が屋内に飛んでくるか分かったもんじゃない。
ジャックもそれを恐れて、レイスという飛躍的な能力と跳躍力を使って逃げ続け、
森や崖の近くに寝床を作っては朝をしのいでいた。
ギャング達を取り締まらない理由は以前の二人組から聞かされていた。関われば殺される。
無駄な犠牲は出したくはない。その気持ちは分かるがこのままでは無法地帯に等しい。
貧困層だからといっても人間の命には変わりはない。フライヤの心は煮えくり返っていた。
フライヤは横になっているベールへ視線を向ける。この時、チコとベールならどうするのだろう。
次にジャックの姿を目にする。少々落ち込んでいるように見えた。
今までずっとギャング達に追われ続けていれば、さすがに自分も滅入ると感じていた。
「ん…」
ベールの意識が戻ったようだ。すぐに気づいたフライヤは彼女の体を起こしてあげる。
「ベール、大丈夫か?」
「フライヤさん…」
頭を押さえつつも自力で正座に近い状態まで座り込んだ。
話せる状況まで落ち着いたのを見計らい、フライヤはこれまでの話を説明した。
その前に彼女がジャックの事を今回の頭痛で思い出せていないか聞いてみた。
「なぁ、ベール。落ち着いて聞いてほしい」
「…?」
「ジャックって名前、憶えてるか?」
その言葉にベールは驚くと同時に目を見開いた。すぐさま彼の両肩を掴んで疑問を投げかける。
「どうして彼の名前を?!」
慌てて聞き返すベールの目はどこか希望を見ているかのような感じだった。
正直言いづらかった。ゆっくりとレイスであるジャックへ顔を向ける。
ベールもそれに察したのか、唖然とした表情で同じ方向を見た。
四つん這いになって少しずつジャックへ近寄る。
「嘘…嘘よ…」
彼女は無慈悲な事実に涙を流し始める。こんなことあってはならない。
夢なら覚めて欲しかったとも思った。ジャックも言葉が伝わらないことは分かっていた。
そっと彼女に向って両手を出す。それに応えるように彼女は腕を掴んでそのまま抱きしめる。
そして、悲しみの声を抑えながらも出し、レイスの姿に悲痛な思いをぶつける。
そんな彼女を励ますようにジャックの言葉が分かる事を伝える。
「理由は分からねぇ。でもジャックの言葉が分かるんだ。彼から色々教えて貰った。
ベールの本当の名前も」
「…私も今回の頭痛ではっきりと記憶がよみがえりました…。私の本当の名前は、メリー=アトリウム。
この街で生まれて、物心ついた頃には奴隷として生き続けていた」
彼女も己の過去を語り始める。しかし、最初からガレスの家に居た訳ではないようだ。
7歳の頃、奴隷人の実用化として売られ、貧しい家に雇われたベール。
そこで雑用をさせられていた。ボロい服を渡され、指示される訳でもなく、
ただ掃除や洗濯などを黙々と毎日続けていた。
パン1つがもはや高級品となる程、主の金銭の余裕もなかったと当時は思っていた。
数年が過ぎ、12歳となった彼女は奴隷仲間の中でも人一倍交流を深めていた子がいた。
コレットという名で彼も同じく物心ついた頃から奴隷商人に引き取られ、奴隷人として育てられた男の子だった。
いつも優しく接してくれて、雇い主に叱られ、落ち込んだ時も励ましてくれた。
着実に雑用をこなすその様はまさに、完璧と言えるまでに。
正直、彼に対してはちょっとした嫌味はあるものの雇い主にこっぴどく叱られた場面を、
私は見たことがなかった。
しかしある日、自分の隣で掃除をしていたコレットが雇い主の馬鹿でかい笑い声を聞いて、
そのままの状態でベールに真実を打ち明ける。
雇い主は金が無い訳じゃなかった。豪遊するほどの金があるのに自分のためだけに人を欺き、
それで奪った金で飯を食わされていたのだと。
それを偶然にも夜中を抜け出したその日に目の当たりにしていたのだ。
いくら奴隷の身分だとしても、彼にも許せないプライドがある。
『"誰かの不幸"によって得た金で飯食わされていた事』は彼には許せなかったのだ。
主を罵倒し、こちらに気づいていない奴を鋭い目つきで睨み付けた。
そして唾を飲み込んだコレットは彼女に別れの言葉を投げる。
「今まで本当にありがとう。メリー」
「えっ…?」
コレットはもうダッシュで主に向かって走り出す。
勝手な行動をすれば暴力を振るわれる。彼だって分かっているはずだ。
止めようと声を出そうとした。その時には既にコレットはキッチンに突入して置いてあったお酒とマッチを手に取った。
人間が発するとは思えない笑い声を出しながら、戸惑いなくお酒に火を入れた。
勢いよく中で燃え上がり、すぐに瓶は割れた。炎と化した酒が仲間の子にふりかかる。
悲鳴とも取れる声をあげながらも、雇い主に向かって走り出す。
彼も恐怖に声をあげながら燃え盛る子供から逃げ出す。その隙に他の仲間達は家から飛び出て行く。
飛び散った火が子供だけでなく、カーペットやカーテンにまで引火していた。
すでにもう危険といえる程に燃え広がっており、このままでは自分も死んでしまう。
「メリーちゃんッ!!」
仲間の女の子が彼女の身体を羽交い絞めの如く掴み、家の外へ連れ出そうとする。
「助けなきゃぁっ!!」
仲間の腕を振り払おうとするも負けじと掴み続ける。そうしながらも止める彼女は言い放つ。
「ダメよっ!!彼の勇気を無駄にしてはっ!!」
勇気?その言葉に疑問しか感じられなかった。あれではただ犠牲になっただけではないか。
数秒間抵抗し続けた時、朽ちた天井が火の粉のダメージで支えきれず崩れ落ちる。
それが彼女達の前に落ちて風圧で火の粉が飛び散った。
確実に助けられないと悟ったベールは次第に抵抗する力も消え失せていった。
仲間に引きずられるようにして、家の外へと出た彼女は他の仲間達に支えられながら救助隊の到着を待った。
しばらくして救助隊が到着し、消火にあたるその間、
ベール達は数十メートル離れたところで待機していた。
膝を抱えて顔を埋め、彼女は自身の非力さに落ち込んでいた。
何かしてあげれば、あの子はあんな狂気に満ちた行為はしなかったのかもしれない。
支えてあげていれば、精神的に崩れる事は無かったのかもしれない。
考えれば考える程、彼女は責め続けた。責めたところであの子が帰って来るわけではない。
心の中では分かっているつもりでも、それ以外考える事が許されないかとも感じた。
その様子に気づいた先ほどの仲間が彼女の隣に座り込む。
「メリー…?」
「私があの時…止めていれば…」
うつむきながらもその声に反応するベール。少しため息をついた彼女はベールにこう言った。
「まだそんなこと言ってるの?あなたは何も悪くないわ…こうするしかなかった。
こうするしか私たちを救える手はなかったの…」
本当にそうだったのだろうか。責任と過剰な思考が入り乱れ、次第にやるせない怒りへ変わっていく。
そして、彼女に強くあたるように言葉を言い放った後、その場から走り出した。
呼び止める声には応じずひたすら野次馬の人ごみを突っ切った。
しばらく走り続けて、家と家の間の暗い場所で一人佇んでいた。
頭を抱えて、あの場を去ったことを後悔し始める。
どうしてあの時、逃げ出してしまったのだろう。あのまま居れば保護されていたかもしれない。
いや、そんな事はないだろう。この治安はもはや見捨てられているようなものなのだから。
当時はスラムの人間に対して何の優遇も得られるような政治経済ではなかった。
このままでは危険だ。ひとまず難をしのげる場所を探すことにした。
あたりを見渡すと石橋が視界に入った。あの下なら休めそうだ。
坂を下って石橋の下へたどり着くとそこには釣りをする男が3人いた。
人のことは言えないがあまりに不衛生な身なりにベールは身の毛がよだつ。
すぐさま逃げ出して、再び休める場所を探す。
いろんな場所を探すもそれらしい所が見つからず、時間だけがどんどん過ぎていく。
空腹感も強くなり、それに連なって気力も薄れて行く。
彼女の顔はやせ細り、頬にくぼみが見えていた。
ちょっとした門のような造形の壁の影に潜むようにベールは脇の壁にもたれるように座りこんだ。
私はこのまま死んでしまうのだろうか。でも、今の私に生きる価値などあるのだろうか。
どうしてこの人生になっているのだろう。父や母の顔も分からない。
気が付けば、奴隷商人に飼われていた。そもそも私は何なのか。それも分からぬまま生涯を終えるのか。
ふとあの時の事を思い出す。燃える男の子を。
私は誰も助けられずに終わるの?守る人も見つけられずに?
彼女の目からは涙が出ていた。ごくわずかだったがこれが彼女の気力で出せる全力の涙だった。
それぐらい、今の彼女はからっきしな状態に等しい。
必死に意識を維持させようとするも限界だった。
目を閉じた瞬間、体の自由が効かなくなるかの如く、地につけて動けなくなった。
誰に投げかけるわけでもなく、ベールの心の中では何度も謝っていた。
(ごめんなさい、ごめんなさい…)
――――――
「っ!?」
気が付けば、自分はふかふかのベッドで横になっていた。
あまりに居心地がよくて、体を起こそうという気が起きなかった。
その状態で辺りを見渡してみると、高級そうな装飾品や家具があり、
一人部屋にしては大きすぎる程の空間。その一角に自身のいるベッドが置かれている。
(どうして…?私は死んだはずじゃ…)
ようやく体を起こし、再び辺りを見渡す。
自身も色々な灰色や黒の布を合わせたようなボロボロの服から、黄緑色のナイトドレスになっていることに気づく。
見たことない雰囲気に思わず口を開けてしまう彼女。
その時、ガチャッと小さく扉の音が聞こえてきた。
奴隷の経験があるせいか、些細な音も聞き漏らさぬ程、ベールの耳は鍛えられていた。
扉の先から入ってきたのは一人の老婆だった。
白髪が目立ち、シワはそれなりにあるがとてもふくよかそうな印象が強かった。
彼女の目覚めに気づいたお婆さんはハッとした様子を見せて彼女の傍まで歩み寄ってきた。
「おやおや…気づいたのかね。良かった。
ちょうど通り掛かったものでのう。顔を見たら、とてもゲッソリとしておったからのう」
「あの…お婆様が――」
(グゥゥ…)
突然、ベールのお腹の虫がなった。声を漏らしながらも顔を赤らめる彼女にお婆さんは明るくもてなす。
「ほっほっほっ、話は後じゃ。もう少しで召使いが食事を持ってくるじゃろうから」
その言葉にベールは小さく驚いた。身分的な気持ちもあり、慌てた様子で断ろうとするも、
体は真っ正直にも再びお腹が鳴る。断る事すら出来なくなったベールはしょんぼりとした様子を見せる。
お婆さんも再び笑みを浮かべ、横にあった椅子に腰かける。
助けてくれたのにお礼の言葉もおこがましくて声に出せずにいた彼女に、お婆さんが見かねて口を動かす。
「前から娘が欲しかったんじゃ」
改めてベールはお婆さんを見る。それって自分を娘と言ってくれているという事だろうか。
今まで言われた事がなかった。いや、あったのかもしれないが自分の記憶にないだけか。
見ず知らずの人なのにも関わらず、彼女の心に安心感がこみあげてくる。
不安や不審な感情は一切なく、ただただ優しく接してくれる事がこんなに嬉しい事であると痛感し、
次第に涙が零れ始める、不快と思われないように気遣い、顔を隠すベール。
それを見てお婆さんは少し慌てるような仕草でハンカチを取り出す。
「あらあら。大切なお顔が台無しじゃて」
ハンカチが彼女の視界に入った。そっと受け取って、目元を拭う。
鼻をすすって嬉し泣きを止めた時、扉の方からノックの音が聞こえた。
お婆さんが応答するとそこから清楚な白と黒のメイド服を着た召使い達数人が現れ、二人が扉を開け、
一人が銀色の台車を押して部屋に入る。
その上には今まで見たことがない程の量と豪華な食事が乗っていた。
危険な物が入っているとは到底思えないし、彼女自身もそう思ってなどいない。
だがこんな地に落ちた御身分な自分が見るからに美味しそうな料理を手にしていいのだろうかと、
物凄く戸惑っていた。その様子を察した召使いが彼女の手を取る。
「失礼します。私がここの召使いの長を担当しております。ロゼッタと申します。
御主人様から聞いております。とてもお腹を空かしていらっしゃるようですね。
お気になさらず、お召し上がり下さい」
淡い青色で腰まではあるであろう程の髪の長さだった。白と青を基調としたメイド服を着ていた。
「あ…はい。私はメリー。メリー・アトリウムと申します…。その…ありがとうございます」
ベールはそう言いながら何度も礼をするとロゼッタは微笑みを返してくれた。
ベッドから降りるよう、お婆さんに催促されて、
彼女はその指示に従うと召使いは何も言わずにベールの服を脱がし始める。
慌ててベールは口を動かす。
「あっ!だ、大丈夫、ですっ!自分で出来ますから!」
自分は召使いに手伝ってもらうような程、大層な偉業をしてきた経験はない。
優しくして貰う理由など一切ないのだ。それでも召使いは使命であるが故、彼女の服を的確に脱がす。
何もかもが初めての感覚に焦りも見せる彼女、それも気にせず、召使い達は迅速にベールが似合う服を持ち出す。
その服は明らかに水色をベースにところどころに白い箇所がいくつかあり、フリルのついた明るい印象の強い、
ワンピースドレスだと分かった。
(嘘っ…そんなっ…私がドレスなんて…)
「あっ待って下さいっ!流石にドレスは…!身体もあの日から洗ってなくて…!」
彼女は申し訳ない気持ちが強く出てしまい、再び着用を拒否しだす。それもお見通しだったのか。
ドレスを他の召使いから受け取りながら言葉を返す。
「ご安心くださいませ。誠に勝手ながら、メリー様の"お身体を綺麗に"させて頂きました」
「えっ…それって…」
「はい。…メリー様の"全て"を…」
笑みを見せるその表情に何故かただならぬオーラを放出させるロゼッタ。
ベールは小さく悲鳴を上げながら顔を手で覆って赤面する。ご主人のお婆さんは何を意味しているのかは理解出来なかった。
「はて…どういう事じゃの?」
「ああぁっ!!聞かないで下さいっ!気にしないで下さいっ!」
必死に止める彼女にロゼッタは再び微笑む表情を見せる。その後、丁寧なもてなしにベールもようやく落ち着き、
召使い達のなすがままにドレスを着せられ、椅子に腰掛けるまでに至る。
次々と台車から長テーブルへ運ばれる料理、お肉やサラダはもちろん、洋食、中華料理、さまざまな美味しい物が次々と並べられていく。
こんなに食べれると思えない。でも、残したら申し訳ないのだけれど。
次にナプキンの紐を彼女の首にくくりつけて貰い、ナイフとフォーク、そしてスプーンを薄い布の上に置いていった。
その時にふとある事に注目した。3本の匙を左の席や向かい側、お誕生日席と計4箇所にも同じように置いて行くではないか。
(あれ…?)
不思議に思った彼女は両手を膝につけながらも辺りを見渡す。その様子の中、ロゼッタが声を掛ける。
「お待たせ致しました、メリー様」
「こ、これって…」
きょとんとした表情でロゼッタに言うとお誕生日席に座ったお婆さんが会話に入ってきた。
「今までこういう事は無かったじゃろう?」
確かに奴隷として生きてきた中でこうして席に座って仲間とご飯を食べることなんて無かった。みんな壁に寄りかかって食べたり、
黙々としていた。そんな余裕も無かった。
むしろこんなに料理が綺麗に思える事などあり得なかった。今のこの料理に違う意味で勿体無いと感じてしまう程だ。
「はい…パンを貰えればご褒美だと感じる程、ひもじい思いをしておりました…」
「そうじゃったのか…。申し遅れてしもうたの、私がここの主のカーラという者じゃ。
メリーちゃん、唐突じゃが今日からしばらくここに寝泊りせんかの?
失礼なことを承知で申すが、行く宛てなど現状ないのじゃろう?」
カーラさんの言うとおりである。しかし、ここまで優しくしてくれてこれ以上ご迷惑を掛けて行く訳にも行かない。
「すぐに答えを出せる話ではない。ひとまず今日は食事をとって、ゆっくり安静にすると良いじゃろう。
構わなければ私と世間話をこの後にでもしようかい?」
世間話、彼女がこの言葉に物凄い感銘的な印象を受けた。十数年生きているがその言葉をまともに聞いた事が無かったからか。
主の用件を受け入れるベールに本人は微笑んで、食事の挨拶を交わし始める。
「それでは」
カーラが席を立ち、ワイングラスを手に取ると突然、他の召使い達がゾロゾロと入ってきた。
あまりに唐突だったため、戸惑いを見せながらもドアの方を見つめるベール。
気づけば隣に座っていたロゼッタも、向かい側に座る召使い達もそれぞれのグラスを持つ準備をしていた。
30人は行くであろう召使い達が部屋の壁を背にして、均等に並んで行く。乱れが一目では見つけられない程綺麗に整列しており、
これがこの世で言う、メイドというものなのかと心の中で思い込んだ。
奴隷では到底考えられない光景だ。家畜のように扱うような所では望む事すら馬鹿馬鹿しく感じる。
「メリーちゃんの歓迎を込めて、乾杯じゃ!」
号令のように言い放った言葉に合わせて、座っていた召使い達もグラスを持って上へ浮かした。
彼女も真似してジュースの入ったグラスを持ち上げる。
周囲の召使いは一斉にお辞儀をしていく。数秒後、カーラはグラスを下ろすと皆も元の姿勢に戻す。
「何から何まで初めてで戸惑いもあるじゃろう。ゆっくりでいいのじゃよ」
「は、はい」
優しく言葉を掛けるカーラにようやく微笑みを返せるようになったベール。
見よう見まねでナイフとフォークを使って肉を切る、そしてソースを絡めて口に運んだ。
顎を使うということをしなかったせいか、柔らかみのある肉ですら飲み込むのに時間を要した。
香りだけでもお腹いっぱいになりそうな自信がある。そんな素晴らしい料理を今、自分は口にしている。
普通どころか高級な食材を使っているから尚更恐れ多い状況だと心の中で思いながらも一つ一つ味わう。
「メリーさん?」
ロゼッタに声を掛けられて彼女もある事に気がついた。目から涙を零していたのだ。
すぐにナプキンを手に取ったがベールはそれを止めて自分の備え付けていたナプキンで涙を拭った。
「ごめんなさい」
「お口に合いませんでしたか?」
ロゼッタが悲しそうな様子でそういうと、慌ててベールは両手を振りながら返事をした。
「いえっ!!違うんです。とても嬉しくて…こんなにも美味しいものを頂けて…」
その言葉に微笑んだメイド長のロゼッタ。冷めてしまわぬ内に食すよう促し、ベールもそれに応じて食事を再開した。
これが食というものなのか。そう食べ物と一緒に噛み締めながらも目の前にあるもの全てを残さず頂くことにした。