16話 「危害」
(カツンカツン)
通路から足音がこちらに近づいてくる。二人は慌ててどこか隠れる場所を静かに探す。
フライヤは木の箱を見つけ、蓋を開けるとそこには二人分余裕で入るスペースがあった。
致し方ない。まずフライヤから先に木箱へ入り、ベールが続けて入り込み、蓋を閉めた。
ガチャっとドアが開き、数人の敵が部屋の中へ入ってきた。レイスの有無を確認し、隅々まで探し始める。
そんな中、彼が彼女を支えるように手を彼女のお腹に添えていた。
と思っていたのだが先ほどから何か感触に違和感がある。同時に彼女からは熱っぽさを感じる。
はっとフライヤは感づいて目線を彼女の方へ向けると。なんと、右手が彼女の胸に触れていたのだ。
慌てて手をそこから動かした。しかし、ゴッと右ひじが壁にぶつかり、音が出てしまった。
「しまった…!」
小さな声でそう言って、二人は無言を貫く。敵も何か音が発した事に気が付く。
警戒を強めて、音の出どころを模索する。一人の男が二人の入っている木箱に目をやった。
カツッカツッと音が近づいてくる。二人は気づかれたかと察した。
大きくなる足音が止まる。おそらく目の前まで来ているのだ。
このまま見つかってしまうのか。ベールはナイフを構え、すぐ投げれる準備をした。
「居たぞおっ!!西側だあっ!!」
外からメガホン越しで声が聞こえてきた。それに敵達は反応し、そそくさと部屋を出ていった。
二人は見つからずに済んだ事に安心して、思わず大きく息を吐いた。
「わりぃ…ベール」
胸を触ってしまったことに限りない謝罪を見せるフライヤ。
ベールは顔を赤くしながらも首を横に振り、気にしていないと返してあげた。
確かに驚いて声を発しかけたが優しい人だと知っていたから、そこまで嫌な気分ではなかった。
どうやら大勢いた敵は一目散にレイスの方へ走っていったようだ。
自分達もその方向へ向かうことにした。
スラム街の大通りをギャング達が走っていく。その脇の細い道を二人は通ることにした。
置物をかいくぐったり、時折散乱しているゴミを蹴り飛ばす。それでも彼女達はひたすら西へ走る。
時々脇の方からギャングの声だろうか、男達の声が聞こえる。
そもそも、彼らがレイスを捕まえようとする理由はなんなのか。ベールはそれを気にしていた。
銃声も聞こえてくる中、ベール達は大きめの通路に出ようとしていた。
角で立ち止まり、ギャング達が通り過ぎて行くのを待った。
顔を出して、他のギャングが通らないか左右前方を確認した。
どうやら来ないと踏んだ二人はすぐに向かい側へ素早く移動した。再び細い道を走りぬける。
その途中、先ほどとは雰囲気が違うギャングの声がした。だがそれは悲鳴のように聞こえる。
大きな通りが見え、同じように角に待機してギャングの様子を伺った。
ギャングの一人が何かに吹き飛ばされるのが見えた。ベール達がその根源を視界に捉える。
「っ!レイス?!」
想定外の展開に彼女は驚いた。それもそのはず、普通ならこの距離でレイスの気を感じ取れるはずなのだ。
奴の気を一切感じ取れない。だが目の前にいるのは紛れもなくターゲットであるレイスだ。
一体全体どうなってるのか、彼女は混乱する。
ギャング達は一斉に銃でレイスを撃ちまくる。奴は右腕で体を覆いかぶせる。
今度はフライヤがその状況に驚きの表情を浮かべ声を漏らす。
「銃弾を弾いてるだと?」
そう、無数の銃弾がレイスの右腕にあるヒレで無力化しているのだ。
ベールはあのレイスの名前を知っている。
「タンカー…。強固な皮を全身に纏って、並大抵の攻撃じゃまともなダメージを与えられないんです。
右腕にあるヒレのような部分はさらに硬い性質を持っていて、見ての通り効かない。
チコさんの使う死銃でさえも一切ダメージが入らない」
説明してる最中もギャング達は今度、刃物でレイスを斬りつけようとする。
当然だが、ヒレの前ではダメージを与えるどころか、弾かれて逆にバランスを崩す。
その隙にタンカーはヒレでギャングのわき腹から反対側の肩へ斜めにスライスするよう攻撃した。
「なっ!殴るっつうより…斬ってる!?」
攻撃を受けるギャングの肩辺りからは血がヒレに伝って飛び出ていた。
奴のヒレは水平にスライスすることにより、刃物のように斬りつけることも可能なのだ。
一切れで戦闘不能にさせるパワーを見せつけるレイスだったがここでベールに違和感を抱く。
(なぜ立て続けにギャングを攻撃しない…?)
そう、レイスは知性をあろうがなかろうが戦闘においては狂暴であり、
見境なく攻撃をするのが特徴的なのに対し、
目の前にいるのは何かを考えて行動しているかのように見えたのだ。
恐怖におののくギャング達はレイスに太刀打ちできずとっさに逃げ出した。
雄たけびを上げることもなく、奴もギャングとは逆の方向に走り出していく。
すぐに二人はレイスの後を追う、ベールは何もかも引っかかることばかりで未だに頭の整理がつかない。
本当にレイスなのか。そう思えて仕方がなかった。だがこれも戦略かもしれない。
攻撃のチャンスを与えてしまえば、無慈悲に襲ってくるだろう。
最善の注意を払いながらもレイスの接近を試みる。
しばらくして二人がたどりついたのは森のような雰囲気を漂わせる場所だった。
どうやらここは公園のようだが手入れが行き届いておらず、
木の枝は不気味な程に伸び、石畳みもところどころ雑草が生えている。
辺りを見渡しているとベールは噴水のような造形物を見つける。
「噴水…うっ!」
再び頭痛が彼女を襲う。そしてベールは感づく、この噴水に何を思い出そうとしているのかと。
脳裏によぎるのは自分ともう一人の子供だった。どうやら私はその子供に何かを渡しているようだった。
そして子供はありがとうと恥ずかしそうな様子を見せながら言っていた。
ここまで一気に思い出す事はなかなかない。
フライヤは頭痛で頭を押さえる彼女を支えて、レイスの奇襲を警戒する。
絶対に守り通す。そんな気持ちを彼は常に抱いている。
どうやらレイスから奇襲を受けることなく、彼女の頭痛は治まるに至った。
思い出した内容をフライヤに話す。
「私はどうやらここで誰かに何かを渡していたみたい…」
そう思いながらも、ベールとフライヤは今回の記憶の蘇りで確信した。
「じゃぁやっぱりここは…」
そう、この街が彼女の生きてきた場所だという事だ。
ガレスの時点ではまだ、名前と容姿、雰囲気を思い出しただけであり、
この世界だと決まったわけではなかったからだ。
だが今回、この噴水も記憶に残っていたため、確実にここの世界で何かがあったと言えた。
自分からさらに思い出そうと模索する。その時だった。
ガサガサと茂みの音がどこからともなく聞こえる。レイスの仕業か。
すぐに鎌を呼び出して攻撃態勢に移る。フライヤも彼女の背中を護るように背中合わせで構える。
数秒間、風による木々の音が鳴る。そこに紛れるかのように茂みの音が聞こえてきた。
ベールはそれに反応して奇襲に備える。案の定そこからレイスが飛び出し、ヒレによる攻撃を回避する。
フライヤも1回転しながらも回避してレイスの姿を確認する。
先ほどギャングを倒していたレイスと同じだ。相変わらず奴からレイス独特の霊気を感じ取れない。
それにもっと驚いたのは、奴から溢れているのは殺気ではない事だ。
ベールは鎌を下ろしレイスにゆっくりと近づく。
そんな無防備に等しい彼女をフライヤが肩を掴んで止めに入る。
「何してんだっ!?」
すると彼女からとんでもない言葉を口にした。
「…この子はレイスじゃないかもしれない」
その発言にフライヤは驚きを隠せず、彼女の肩から手を放す。
レイスを見るとどうやらこちらの様子を伺っている。
「確かにレイスって、話聞いてる限りあんな大人しいイメージはないと思ったけど…」
その声にベールは「えぇ」と返事をして、再びレイスに近づこうとする。
しかし、レイスは後ろへ下がる。
視線の向きを見て、ナイフを警戒したと察したベールはすぐにホルスターを外してフライヤに投げ渡した。
敵意はないと示そうとするが相手は随分と警戒している。こんなレイスは初めてみた。
様子を伺っていると突然レイスが顔を押さえ始める。苦しそうに身体を動かすレイス。
黒い肌で良く見えないが顔や肩、手先には銃弾を弾きすぎて硬質な皮膚が欠け、傷が入っていた。
そのタイミングでベールのスマホに着信が入る。彼女は正直それどころじゃない。
フライヤに応答してもらうように頼み、バッグを投げ渡す。
彼女の指示に従い、すぐに中からスマホを取り出し、通話に応答する。
「はい、仲間のフライヤです」
「あぁ、フライヤ君か。一体どうなっている!?」
偵察班の一人である男が2人の様子をサーモグラフィー付きの双眼鏡で見ていた。
近況を男に話すと彼も少し思い悩みながらもベールに託す選択をした。
「とにかく、危害を加えないなら。アレの可能性がある」
「アレ?」
「霊障石だ。その石は所持者の強い感情さえあれば相手をレイスにさせることが出来る。
だが、現世の者がそれを手にすることは不可能なはずだ…。
見ていると別の勢力からも狙われている。何か関連性があるかもしれん。
本来、調査対象外ではあるがこちらのターゲットを狙う以上は調べる価値はありそうだ
すまないがそっちは二人に任せる。気を付けて」
そう言ってフライヤも返事をすると偵察班から通話を切った。
このままだとまたギャング達が群れをなして攻撃してくるかもしれない。
その前にレイスを安全な場所へ移動させたいベール。フライヤも彼女のサポートに入り、
相手に移動の指示を出すが言葉が通じないのか、身構えるばかりのレイス。
もはや手招きでは無理だと察した彼女は何も持っていないとアピールしながら近づく。
鎌を召喚できる以上何も持っていないというのは語弊があるが呼び出すつもりは毛頭なかった。
後2,3歩まで距離を縮めるベールだったが、他とは違う殺気に気づいてすぐフライヤのいる後ろを向いた。
フライヤも続いて背後を見ると、そこにはギャング達が銃を構えて茂みの中に潜んでいた。
「貴様ら!その化け物の仲間か!!」
正直、不愉快極まりない決めつけにフライヤは眉間にしわを寄せながら舌打ちをする。
ベールは1歩前に出てギャングの問いかけに問いで返した。
「もし…仲間だと言ったら?」
その言葉にレイスは二人から見えない形でピクリと反応した。
ギャング達は脅しのように銃の構えを強める。
「ならばそいつもろとも、ここで死ねっ!!」
総勢で3人に向けて銃を乱射し始める。
ベールとフライヤはすぐに射線の上をジャンプして回避する。レイスは右腕のヒレで弾を弾いてゆく。
鎌を呼び出したベールはギャングの背後に降りて、付け根部分で腰を強打させて戦闘不能にさせる。
フライヤも素早い体術で腕をつかみ、膝で一度ギャングの腕を打ち付ける。
銃を落とす敵をそのまま背負い投げて、地面に強く叩きつけた。
怯む事を恐れず、ギャング達は再び銃を撃つ。姿勢を低くしてベールは鎌を逆手に構える。
「瞬斬っ!!」
目に見えぬ速さで攻撃を与え、複数のギャング達はそれを理解する前に次々と倒れていった。
フライヤも一度、木に隠れて爪で分断するとその木をギャングめがけて投げ転がした。
その隙に単身となったギャングを次々と殴って、投げて、叩きつけていった。
大量の敵を少しずつ削っていく二人がいる中、レイスはやはりガードばかりしていた。
ベールはその様子を見て、隙を見てレイスの傍に駆け寄る。
「貴方は何者なの?!レイスにしては様子が違う」
単刀直入に疑問を投げかけるがレイスは何も言わず、ジェスチャー的な仕草も無かった。
だが、この現状で死神であるベールを攻撃しないところを見ると、
やはりレイスと扱うのは如何なものかと感じる。そんな中、ギャングの一人が興味深い言葉を口にする。
「早くこの状況をガレスに報告しろ!これじゃ『捕獲』がままならんぞ!」
それを聞き逃さなかったベールはすぐに「影縫い」と声にしつつ、ギャングの影にナイフを刺した。
すると男の動きがほぼ停止した。抵抗をするかのような表情を浮かべるがびくともしないようだ。
影縫いとはその名の通り、影を刺すことによりその者の行動を一時的に停止させる技である。
フライヤが奥で戦っている中、彼女は効果が切れる寸前の男を縄で拘束させ、
効果が解けた瞬間に足を蹴って、強制的に跪かせた。そして首元にナイフを突きつけて、
ベール的尋問を行う。
「さぁ…今の言葉の意味を…教えてくれないかしら…さもなくば…解放する(殺す)わよ」
彼女から溢れ出る殺意のオーラにギャングのみならず、近くにいたレイスも多少身震いする。
白状することを誓った男はレイスの捕獲について話した。
どうやら、彼はガレスの僕として遣えていたらしく、先日から逃走を続けていたらしい。
レイスを悪用する。状況が今までにない事だったため、実感が湧かないベール。
ナイフを寄せてさらなる尋問を行うもそれ以上何も知らないと、
恐怖の感情が入り乱れた声で答えるばかりだった。
状況を整理すると、彼女の傍にいるレイスは何らかの理由でガレスという男に命令をさせられていた。
ある日、逃走に成功して、今に至るまでギャングから逃走を続けていたということか。
もう一度男に問いかけるベール。
「そのガレスっていうのは高台にある建物にいるのかしら?」
「そ、そうだっ!もう良いだろう!?勘弁してくれぇっ!」
命乞いにも聞こえる男に対し、ベールは取っ手の部分で首を強打した。
衝撃で意識を失い、男はその場で倒れた。オーラが未だ収まり切れないままベールは彼の方へ視線を向ける。
レイスは身震いするからだをさらに震わせながら彼女の接近に恐怖していた。
逃げたくてもあまりの怖さに足が動かなかった。
だが彼女はレイスに攻撃を加えるつもりは先ほど同様になかった。
間近まで寄って、ポーチから塗る用の傷薬を取り出し、彼の割れた皮膚に塗ってあげた。
その様子にレイスはどっと力が抜けた。
そのころ、フライヤは残党達を一人残らず気絶させることに成功し、ベールとレイスの元へ戻ってきた。
「とりあえず、奴らは黙らせといた。…にしても、お前はどうして俺らを攻撃しないんだ?」
「きっと、操られてるんです」
「操られてる?」
薬を塗りながらベールは先ほどの尋問の内容をフライヤに話した。
彼も操っている可能性が高いと考え、今後の話を切り出した。
「ひとまずコイツを安全な場所に連れて行かねぇとまずいかもな…このままじゃいつまたアイツらが来るか」
「そうですね…、…んっ…」
背伸びしようとするベール。レイスは自身の背が大きい事に気づいて膝を地面につけて姿勢を低くした。
「ぁ、ありがとう。あれ…?」
彼の背中の傷を塗ろうとした時、逆さに架けられたペンダントに初めて気づいた。
黄金色の三日月のブローチを見てベールは何か頭の中で考え始める。その時
「うぅっ!!あぁあっ!」
再び頭痛が彼女を襲い始める、あの時と同じような痛みだとすぐに気づいたベールはレイスから離れ、
地面へ跪くように倒れ込む、頭を押さえながらも悲痛な声を押さえる。
レイスは慌てて彼女の様子を見ているしかできなかった。
フライヤはすぐにベールの身体を起こして、楽な姿勢をとらせた。
「くそっ!またか!おい!どっか休める場所、心当たりねぇか?!」
彼がレイスにここより比較的安全な場所を尋ねる。
レイスもおどおどしながらも古びた建築物を見かけ、あそこへ指をさした。
ひとまずあそこしかなさそうだ。ベールを背負って3人はその建築物の中へ移動した。
中へ入り込んだフライヤはベールをそっと壁によりかかるように座らせた。
レイスも苦しそうな表情のベールを見てどこか悲しそうな様子を見せる。
フライヤは外の様子を見て、もうしばらくは見つかることもないだろうと予測をし、二人の元へ戻る。
その途中、レイスの背中にあったペンダントを見つける。
「なぁ…ベールは多分、お前のつけてるペンダントに反応したんだと思うんだが…」
そういうと、ペンダントの存在を忘れていたのか、両手でそのペンダントを探しては首から取り外した。
外は夜に近く、月の光で輝くペンダントは神々しさを感じさせる。
だがそれよりもあまりに自然だったこの会話である。
一瞬気づかなかったのだが、フライヤは驚いた顔をしてレイスにあることを言い放った。
「待てっ!?お前今、俺の言葉通じたよなっ?!」
それに対してもレイスも唖然とした様子で彼を見返す。そして、
「僕の言葉…分かるの?」