14話 「事件」
大きい茂みをかいくぐり、枝を避け、二人はようやくちゃんとした道に抜け出せた。
スマートフォンで街の方向を確認して、左の道を進む。慣れないためか、フライヤは常に警戒を怠らなかった。
左右や背中を逐一確認しながらベールの後をついていく。
ベールにはレイスに対して察知能力が少しあるので、近くに潜んでいるかどうかがある程度分かるのだ。
今のところ奴の気配は感じない。だが警戒を解くつもりはない。
この世に済む動物達が護身で攻撃を仕掛けてくる可能性があるからだ。
少し歩くとどうやら森の出口に着いたようだ。
前方は草原が広がっており、さらに奥には城壁に囲まれた何かが小さく見えていた。
マップを確認するとその方向にマーキングがされていた。おそらくあそこが目的地の街のようだ。
フライヤが大きい平原に感心している中、彼女は何か違和感を抱いていた。
それを意識したのか、不意に横にあった看板を見る。
何故かは分からなかった。でも何かはあったような気がする。それだけがベールに伝わってくる。
頭を横に降って任務に集中する。平原に存在する道を歩き、街へと1歩1歩近づく。
ここまで何も起こる事なく、街の入り口にたどり着いた二人。近くで見ると城壁はとんでもない程高かった。
20mは裕にあるだろうか。そのせいか城壁の圧がすごかった。
門番が2人、不審者の侵入を防ぐために立っていた。彼らに声を掛けるベール。
「すみません。別の街から来たものなのですが、この街に入るためには何か必要なものはありますか?」
「ここは由緒あるディーストルだぞ。この国の強固ある防衛網に文句をつけにきたのか?!」
どうやら遠回しに文句を付けられたと勘違いされてしまったようだ。その様子にフライヤが怒りを露わにする。
「おいっ!彼女が分からねぇから尋ねてんのにその言い方はねぇんじゃねぇのか?!」
双方の怒り散らす言葉に慌てるベール。彼女はフライヤを体を張って止めて、一旦門番から離れる事にした。
「ベールさん!」
「フライヤさん!今ここで住民に刺激を与えては行けませんっ」
「でもよ…いくらなんでも理不尽極まりねぇだろ…こっちは何も知らないんだぜ?」
少し複雑な気持ちにむしゃくしゃしているフライヤ。その様子を何者かが見ていた。
「一体何の騒ぎだっ?」
太めの声が門の方から聞こえてきた。それは若干どぎつい声だった。門番二人は敬礼をして隊長と口にした。
堂々とした歩き方で彼らのそばまで近づくと先ほど怒鳴り散らした門番に視線を向け、新たに怒号を吐きかけた。
「ダートッ!貴様また勘違いで人を脅したのかっ!?」
「あっ、いえっ、その!」
自分の過ちに戸惑いを隠せない門番にベールがすぐ、彼のそばに駆け寄った。
フライヤが止めようとするも聞く耳を持たず彼女は走っていった。
「待って下さい!彼はこの国を守ろうと怒鳴っただけです!」
「っ!おぬしは先ほど怒鳴られたお嬢さんでは?」
「はい。私の聞き方が悪かったがために勘違いをしてしまったんだと思います。
それに彼は国を守る役目を背負っているはずです。
少しでも危険を取り除くためならやむを得ない事だと思います!」
熱心に擁護する彼女に隊長と呼ばれる男もたじたじとなる。
「そうか…お嬢さんが言うなら…ダート、お前は一旦休憩に入れ。その間は私が出る」
「はい…」
返事をかえし、ベールの方へ視線を向ける。
彼女はそれに笑顔で返すと門番は顔を赤くする。すぐに気を引き締めて、休憩室があるであろう方向へ歩いていった。
なんとかお叱りを回避出来たようだ。一安心する彼女に隊長である男が声を掛ける。
「ところで、ここに入るのに必要な物はない。自由に入って構わぬ。
だが門番という立場もあり、君たちに忠告をする。
この国の中で騒動を起こす行為をしたら、容赦なく斬首する事もある。
くれぐれも気をつけてくれ」
槍で地をついて、鎧の音と共に鳴らした後、隊長がそう言った。
「分かりました。ありがとうございます」
「君達のような子達がそういった事をするとは思えないんだがな。これも仕事だ」
「理解してます。それでは、失礼します」
ベールが深くお辞儀をする。フライヤもつられて礼をして、二人は門の奥へ入って行く。
石で出来た道の両脇に等間隔に植木があった。雰囲気は死界に朝という概念がついたぐらいに似ていた。
賑わいを見せる商店街に剣を叩く鍛冶屋の音、その中を子どもたちが走り回る。
平和そうな雰囲気を全面に見せつける世界に本当にレイスなんかいるのだろうかと疑問視したくなる。
だが偵察班は選りすぐりの精鋭ばかりだ。レイスの見間違いなどするはずがない。
ベールがそう思っている中、フライヤは違う事に意識を向けていた。
何か違和感があった。周囲の大人達の顔を見るとみんな俺を見ながら険しそうな顔をしていた。
中には密かに会話する者もいたり、すぐにその場から立ち去ったり、家の中に入る者もいた。
彼は目のやりどころに困ってはいたのだが、
攻撃してこなければ今のところいいだろうと重く受け止めはしなかった。
この街のどこかにターゲットが居るはずだ。少し進むとどうやら商店街のエリアが抜けたようだ。
途端に人混みに等しかった数も一気に減り、普通に歩けるようになった。
ちょっとした公園があり、そこの中心には噴水があった。
これも思い出すと死界にあった一つの公園に雰囲気が似ていた。
ベールが噴水に近づくと。先ほどの感覚がベールを包み込む。
一体何を感じているのだろうか。さっきから何かを導こうとしているのか?
少し頭痛がする。頭を右手で抑える彼女を見て、フライヤはすぐさま支えて近くのベンチに座らせた。
彼も隣に座って彼女を心配する。
「頭痛か…?」
「はぃ…まさか…」
「可能性はある。見覚えがあったりとかはあるか?」
フライヤからそう言われたがベールは一切、ここの記憶が出てこない。脳裏にはうっすらと何かが見える。
大きい何か。それぐらいしか彼女が言える回答が無かった。
フライヤも大きい物と言われ、何があるか考えてみるも見当がつかなかった。
少しずつ痛みは消えていき、再び歩けるまで回復したベール。
フライヤに自分は大丈夫と両手でジェスチャーして立ち上がった。
いまだに立ち眩みはちょっとするがレイスをいち早く発見する事を優先した。
「急ぎましょう。この間にレイスが悪さをしているかもしれないですから」
フライヤに向かってそう言って、彼女は再び歩みを進める。
そんな彼女を心配をするフライヤだったが何も言わずに後をついていく事にした。
マーキングしたポイントにどんどん近づいてきていた。賑わいのあるエリアからは結構離れているようだ。
比較的、レイスは人気のない所を好むため、当然といえば当然な流れである。
二人はどんどんと閑静な住宅街に突入する。
しかし、壁にはボロくなった張り紙や落書き、道もゴミが散乱している。
決して綺麗とは言えない、スラム街と呼ぶにふさわしい場所だと思う。
ちょくちょく見かける住民の服装も貧相に感じる。
さっきの賑わいと打って変わって、いつ何が起きてもおかしくない状況にも感じてしまう。
その時、二人の横をコートを着た男が通る。襟元を立てて顔を隠している。
明らかに怪しいと感じ、視線を男に向ける。
顔の中を見ようとするもほぼほぼ隠されていてまともに特徴も掴めなかった。
フライヤは立ち止まって数秒間、コートの男を見つめていた。
再び視線を変え歩き始めようとした時、何か光がチラついた。
「っ!?」
男の右手にはナイフを持っていた。その先には女性がバスケットを提げて商店街の方を歩いていた。
フライヤはベールの名を呼んで、注意を促した。全力でダッシュしてコートの悪行を止めに入った。
背後に察した男はフライヤのタックルを受け止める。
そのまま二人は倒れ込んで、その拍子に男はナイフを落とした。
女性はびっくりしてその場を後ずさる。
四つん這いになりながらもフライヤは落ちたナイフを取ってすぐさま遠くに投げ飛ばした。
これでナイフを使う危険は無くなった。
ベールは後ずさる女性を避難させ、兵を呼ぶよう指示をした。
「すみません!警護の方をお願いします!」
女性はうなずいて小走りで兵がいるであろう方向へ向かっていった。
彼女はすぐ鎌を取り出して、フライヤの援護に入る。コートの男は舌打ちをしてその場から逃げ出した。
「速さで勝てると思っているのか」
そう思ったフライヤは止まるよう声を出しながら男の後を追う。ベールもそれに続いて走り出す。
逃走劇はほんの数秒で決着がついた。フライヤが男に飛び込んで身柄を拘束する。
ジタバタする男がフライヤに向かって言葉は吐く。
「なんでバケモンがここにいんだ…!てめぇら何者だ!」
「悪党に言うつもりはねぇぞ」
さらに拘束する手を強める。男は痛みを訴えながらも抵抗をやめない。
ベールは要請をした場所へ兵が到着してないか確認しに戻った。
いまだに抵抗を続ける男にフライヤは無慈悲に力を加える。
「いででっ!ぐっ!所詮貴様もここに来た以上、殺される運命だっ!」
「あぁ?どういう意味だっ?」
陽動作戦かもしれない。反撃の隙を与えないように上半身をフルに使って拘束を続ける。
男は痛みに耐えながらも軽い口調で次々と話を進める。
どうやらこの地域は統率者たるものがいるようだ。ガレスという名の太った男だという。
男が視線を送るその先をフライヤも見てみるとそこにはこの雰囲気にそぐわないほど立派な豪邸があった。
どうやらそこの主がガレスだという。
裏の組織、つまりギャングも率いており、その組員達に殺されると言いたいようだ。
彼にとってそんなことなどどうでも良かった。彼はこの一件で女性を襲おうとした理由を問いかける。
てっきり強盗かその類かと思いきや、それは生々しいものだった。
拉致して奴隷商人に売りつけると言い出したではないか。それに男は不気味な笑みを浮かべ始める。
挙句の果てには狙っていた女性の身体つきを誉めだした。
フライヤはそんな胸糞悪い男の態度に腹が立ち、無理やり身体を海老反りのように起こし、
男の顔面に強烈な1発をぶちかまし、再び地面に叩きつける。
気を失った男に彼の気持ちは少しスッキリした。だが少しやりすぎたとも感じた。
ちょうどベールが兵士達二人を連れて帰ってきた。鎧の音を響かせる兵士は驚いた顔をしていた。
今まで数日の間、指名手配として追っていた男だと言い出した。
謝意を述べる兵士達にフライヤは先ほどの話で浮かんだ疑問を聞いてみた。
「あの…あそこの建物って誰が住んでいるんですか?」
この男が本当の事を言っているとは思えなかった。しかし、兵士も似たような回答が返ってきた。
「あそこにはガレスと呼ばれる極悪非道な男が居てなぁ」
「うぅぁっ!」
兵士が話しを始めた途端、ベールはスマホを落として両手で頭を押さえ始めた。
「ベールッ?!」
フライヤが崩れ落ちる彼女の体を支えながら、ゆっくりと姿勢を低くした。
兵士達も心配をしてくれて一人が救護班を呼びに行こうとした。しかし、それをベールが止めた。
彼は無理するなとベールに言うが大丈夫とばかり口にする。
痛みが治まったのか、ゆっくりと立ち上がる。先ほど同様立ち眩みがあり、少しばかり足がもつれる。
「ガレア……聞いたことある…」
その言葉にフライヤは驚いた。背中に手を添えながらベールの話を聞き入る。
「あの人は…確か…うっうああっ!!!」
再び彼女に頭痛が襲い掛かる。しかも今度ばかりは強烈だった。声を上げて頭を押さえる。
それに伴い、脳裏には図体のでかい男がくっきりと見えてきて、服装はもちろん、
指や腕、首回りには豪華そうな装飾品をジャラジャラと着用していた。
図太い笑い声で一人の女性に怒鳴るように指示を出す光景を思い出す。
激痛でいとも簡単に膝をついて、耐え続ける。兵士の一人はすぐに救護班を呼びに走り出した。
「ベールッ!ベールッ!!」
フライヤが自分の名前を呼んでいた気がした。でも、その声が徐々に薄くなっていく。
ごめんなさい。痛みながらも心の中で彼に謝り、ベールは気絶してしまった。
彼女の体は彼の支える手に向かって倒れ込む。
【メリー…!メリー…!!】
誰かが私を呼んでいる気がする。けれど私の名前はメリーではない。
あたりを見回していると彼女の目の前に一人の男の子の黒い影が立っていた。
その人はフライヤさんのように背が高い方だった。
狼男というわけではなく、普通に人間の姿をしていた。
何度も何度もその名前で呼んでいる。もはやそれが名前なのかも明確じゃない。
【誰…あなたは誰なの?!】
影の男に向かって声をかける。すると彼は両手を少し広げて返事をする
【…俺は…オレハ…】
【っ??!】
影の足から突如、異様なオーラが彼を浸食していく。
2歩ほど後ずさった彼女は驚きの光景を目の当たりにした。
浸食から解かれた彼の姿はなんとレイスに変わっていたのだ。
すぐに鎌を出そうとするも夢の中だからか鎌を呼び出すことができなかった。
ならばナイフでと思ったがナイフをしまうホルスターも身に着けていなかった。
予想外な状況が立て続けて起こり、気が付けばレイスは彼女の前に急接近していた。
ガードしようとするも間に合わず、首を掴まれ、見えない壁に押し付けられてしまった。
【あっっ!んっ!かはぁっっ!】
苦しむ彼女に顔を近づけて首元に顔を接触させる。同時に身震いする彼女。
右手で彼女の首を掴むレイスは顔を彼女から離した後、左手を彼女の顔に添えた。
「殺される…!!」そう感じたのだが為す術がなく、レイスの攻撃に身を構えるしかなかった。
歯を食いしばり目を閉じて、敵の攻撃に備える。
レイスの咆哮と同時に閉じているはずの視界が、強い光を見た時のように白くなった。