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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第2章 「友達」
13/23

13話 「任務」

 あれから2日経った朝。

いつものようにフライヤは目を覚まして体を起こすと、ベールがすでに戦闘服用のローブと肩掛けを着ていた。

仕事かと聞くとベールは丁寧に答える。


「はいっ、今日はレイスの探索、及び討伐の任務を事前に受諾していたんです」

 任務用の専用ポーチに必要な道具が入っているか入念にチェックし、

今度は出かける準備に和室の鏡で髪を手入れし始める。

フライヤもベッドから降り、ベールに一声かける。


「良かったらさ、俺も一緒にいいか?」


「えっ…」

 彼の言葉に手入れを中断する。

規則上、死界の住民で戦闘能力が最低基準を超えてさえいれば任務に連れて行くことは可能である。

ベールは彼の体調を心配するが、別にフライヤは前回の一件で死闘程の戦いをしたわけではない。

元気一杯のアピールをベールに見せる彼。彼女は礼を言って、任務に同行させることにした。

 そう決まれば彼はすぐに洗面台へ行き、顔を洗い始める。

髪の毛を整え、昨日買ったバングルと首輪を取り付ける。

ネームプレートも着用し、変に紐が絡んでいないか、バングルの緩みがないか再確認した。

その間にベールも髪の毛をとかし、赤いリボンを口に一旦咥え、右側の髪にリボンを結わえつける。

ベースメイクを手早く済ませ、作業ポーチと共にキッチンへ向かい、手を洗ってお昼の料理を作り始める。

 洗面台から戻ってきたフライヤは体を少し捻らせながら背伸びする。それを見てベールが質問を投げかける。


「生前の頃もそんな感じで起きるんですか?」


「え?あぁ…、自然とやっちまうんだよ~」

 ちょっと恥ずかしい顔をするフライヤにベールは微笑えみながらおにぎりを作り始める。

釜からご飯をある程度ボウルに移動させて、その中でもう一度かき混ぜる。


「フライヤさん、おにぎり作ろうと思うんですが…具は何がいいですか?」

 かき混ぜを終えて、彼女は冷蔵庫から様々な具材を、そしてストッカーの中から海苔の袋を取り出す。

なんでも大丈夫と柔らかく返したのだがベールはどうしてもフライヤに決めて欲しいようだ。


「ダメです。フライヤさんが一番好きなのを作りますので。ご一緒させて下さるので少しでも恩を返したいんです」


「そうか…。じゃあ、梅がいいなっ」

 そう聞くと返事を返して、梅干しの入ったパックと鮭フレークを別に移して、他を冷蔵庫にしまった。

小さなボウルに水を入れ、その水を手に付け始める。

フライヤを思い、ご飯が出来上がるまでゆっくりしててくださいと言ってあげる。

彼は返事を返すもベールの料理に興味を持って、キッチンのテーブルに座ることにした。

ご飯を手の平に乗せ真ん中にくぼみを入れる、そこに梅干しを乗せて、両手で包み込むように握った。

片方の手の平と指に角度をつけて曲げ、三角に握り続ける。

反対のテーブル側の洗面台に塩の容器があったので、そのまま握りながら向きを変える。


「はっ!フ、フライヤさんっ?!」

 てっきりリビングでのんびりしてると思い、ベールはびっくりした。

彼は生前もチコの手料理を作る様子を見てきたのだ。それと同じようにベールの料理を見つめていた。

昔から不思議とこの状態が落ち着くのだ。誰かのために頑張っているのに見ないでいるのが個人的に許さないのだ。

時間が無ければ仕方はないのだが、あるなら頑張る様子を見て居たい。それが彼の見解だった。


「もし、チコさんが見てたら怒られないですか…?」

 塩を手の平につけて伸ばし、再び握りながらも率直に疑問を投げかける彼女。

その質問にフライヤは自信ありげに答えた。


「チコは絶対に怒らないよ」


「…どうしてですか?」


「…裏切らないって信じてくれてるから」

 その回答に彼女は思わず口を開いた。おにぎりを握る手を止めて、彼女の目線は下へと落ちる。

そしてふと考える。愛情だけでそんな信頼が築けるのだろうか。

過去の話を聞く限り、長くても1年、たとえトラブルで彼に助けられたとしても、

そんな短い間でそこまで自信を持って言えるものだろうか。

不可能に近い。そう決めつけてしまう彼女、握るその手は徐々に下へ降りていく。

フライヤは心配して彼女の傍に移動する。


「お、おい、何か気に障ること言っちまったか…?」

 肩を触れられた瞬間、彼女の脳裏に何かが過った。同時にとてつもない恐怖が彼女を襲う。


「いやあっ!!」

 彼の手を振り払ったベール。思わず放してしまったおにぎりは無残にも二人の横におちて砕け散る。

息遣いが若干荒くなる中、彼女は彼の呆気にとられる顔を見た。

フライヤも今の出来事に少しショックで言葉が出なかった。

取り返しのつかない事をしてしまった。彼女は右手で胸を押さえながら後ずさる。

恐怖と後悔が一気にきたせいで彼女自身も訳が分からなくなっていた。


「ベールさん!落ち着いて…」

 怖がらせないようにゆっくり近づいて、右手で彼女の左手を優しく掴んだ。

荒い呼吸も時間に連れて落ち着いてきた。彼女は彼の右手をさらに重ねて、相手の顔を見る。


「ごめんなさい…さっきから…」


「何か思い出してきているんだろうけど…いい思い出ではなさそうだな」


「そうみたいですね…頭痛とは違う痛みもありました」


「頭痛とは違う?」

 前回も言ったが、生前の記憶を思い出す時は頭痛が伴う事がほとんどだ。

だが彼女が言うには顔面を叩かれたかのような鈍痛もあったという。強い力で肩を掴まれる感覚もあった。

でもどんな人だったかはまだはっきりと見えなかった。

そのため、フライヤが肩を掴んだ時、とてつもない拒否反応を示したのだ。


「依頼の方…一緒に行かない方がいいか?」

落ちて散り散りになったおにぎりを拾って彼はベールに尋ねる。


「……ううん。一緒に来て欲しい」

 決して彼女は来て欲しくないなんて微塵も思っていない。

でも自分が何かあって彼に迷惑をかけるのではという不安が大きかった。

徐々に自信を無くし、落ち込んでいく彼女にフライヤは優しく接する。


「辛くなったら言ってくれ。護って見せるから。もとより、そのために俺はここに来たんだ」

 ゴミ箱に零れたおにぎりを捨てながら言い放つ彼にベールは涙を堪えつつも口元は喜びを現していた。

ここまで優しくしてくれるのに来てはダメなんて言えない。

涙を拭ってベールは礼を言って再びおにぎりを握り始める。海苔を巻き、梅干しと鮭のおにぎりを3つずつ作り上げて、

専用の容器に詰め込む。そして作業ポーチの中に詰め込んで準備は完了した。

フライヤも出かける準備をして、二人はようやくマンションを出て死神依頼所に向かう事にした。


 それにしても朝から色々あったな。フライヤが彼女の背中を見る。

やはりどことなく落ち込んでるように見えるのだが意識をしているのかすぐ前を注視する。

無理をしていなければいいのだが。彼は心配しながらも死界の街並みを見回す。

 数分程歩き続けた二人は死神依頼所に到着した。

扉を開けてエントランスを通り、受付に居たレイチェルに声を掛ける。


「ベールさん、そしてフライヤさん。お疲れ様です」

 立ち上がって一礼するレイチェル。相変わらずの礼儀作法の素晴らしさだ。

フライヤも返事を返して、ベールはすぐ本題の話に入る。


「レイチェルさん、以前受諾していた依頼を受理に来ました」


「かしこまりました。資料を」

 ベールはポーチから受付証や依頼内容の記された紙が入った封筒をレイチェルに渡した。

慣れた手つきで封筒の中身を全て取り出し、任務内容の記された資料を確認する。

依頼発行日時、対象ターゲットの種類や数、遂行場所や時間帯、目標地座標周辺の細かな情報など

内容が事前に資料から切り分けていた依頼所用の控えと照らし合わせて相違が無い事を確認すると、

レイチェルが専用の機械で番号を打ち込む。

迅速な彼女の行動を見ながらも、受理の返答を待つ。

 機械の上部から青色の紙が発行される。これがポータル座標の資料だ。

それと依頼内容の資料2枚(死神控え用と受理&達成報告回収用)の特定箇所に「受理」の大型判子を押す。

許可証をレイチェル直々に手書きで発行し、全てを先ほど受け取った封筒にしまい込む。


「お待たせしました。今回の任務では別途アイテムの支給はございません。

 許可証とポータル座標資料を門番に必ず提示を行ってください」

 レイチェルのナチュラルな案内にベール達は返事をして、別れを告げる。

何から何まで丁寧な彼女にいつも度肝を抜かれる二人。

それは良しとして二人は依頼所を後にし、目標のポータルへ向かい歩み始める。

 彼女の右後ろを歩く彼、ベールの右手の甲にある模様に目が行った。


「あれ、ベールさん。右手にあるのって紋章?」


「あっ、はい…。私は闇の紋章を宿しています。重力で相手を制御することが主な使い方になります。

 ちなみにチコさんのは水の紋章。水を使っての基礎的な攻撃と防御が可能です。それだけではないです

 水の力で怪我を治療することも出来るんです」

 紋章の存在を説明するベールは右手の甲の紋章を見る。

熟練度合というのもあり、それにつれて紋章の大きさや形の変動も起こる。

1年の内に二回りほど大きくなったと口にする彼女。

だがそれでも未熟な半人前だと自身を厳しくする。自分も何か使えるのかと期待はしていたのだが、

どうやら紋章を宿せるのは死神だけの様だ。残念そうな顔をする彼をベールは励ます。


「フライヤさんもあの時戦ってくれたんですよね」

 彼の方へ視線を向けて言葉を発する。それにフライヤが拳を握って返事をかえす。


「ほんの少しだけどな、結局やられちまって…悔しかった」

 初めてチコに守られた事にショックを抱いているわけではないのだが、

あの時、何の役にも立てなかった自分に腹を立てていたのだ。

言葉の掛け合いに失敗したと重く感じたベールはすぐに彼を励ました。


「きっと、フライヤさんはすぐ強くなれますよ!不束ですが…お手伝い出来れば」

 仲間のために彼を手助けしたい一心だった。そんな彼女の振る舞いに高ぶる感情に落ち着きが見え始める。

フライヤはお礼を言って、任務に集中するように声を掛ける。その声に頷いて二人はポータルへと向かう。

それにしてもこの街は夜しかないため、時間の感覚がいまいち掴めない。

おそらくまだ朝8時頃だと思うのだがすごい人の量に驚いている。

人混みを縫うように避けつつ、彼女と離れないようにしたかったが進むにつれて道の幅が狭くなっていく。

さらに狭まるであろう道を見つける。さすがにこのままだとはぐれる危険がある。

 彼女の名前を呼んでフライヤはグッと彼女の右腕を掴んだ。驚いた彼女は誰の手かと確認する。

離さないようについていくフライヤ、時々押しつぶされそうになりながらもようやく人混みのエリアから脱した二人。

あまりの圧にポータルに着く前に疲労が溜まってしまった。


「あぁ…さっきは悪ぃ。いきなり腕掴んじまって」


「大丈夫です。はぁ…さっきのような感じには、なってないので…」

 大きな呼吸を交えながら会話する二人。目的のポータルまではあとほんの少し。

フライヤに鼓舞して、ゆるやかな坂を登り始める。石畳の小階段を上がって、着々とポータルの入り口に近づいている。

ポーチから封筒を取り出し、許可証とポータル座標の資料を中から引っ張り出した。

到着するやいなや、がたいの良い門番に2つを提示して通行許可を貰おうとした。


「ベール様とフライヤ様ですね。ただいま技術者がポータルの開放を行います。しばしお待ちを」

 そう言って門番がポータル開放を行う技術者の女性に座標の資料を渡して指示を出す。

専用の機械を操作してダイヤルを動かし、ペダルでポータルのエネルギー出力を調整する。

青い渦が門番の背後で発生し、みるみると大きくなっていく。

これがポータルである。ある程度大きくすると技術者がペダルを離す。


「準備OKでーす」

 軽い感じで声を発する彼女、続けて門番が二人にポータルへ入る事を許可した。

ベールはフライヤに頷いてついてくるよう促した。彼女はポータルに右足からゆっくり入る。

彼も気を引き締めて、ベールに続いてポータルの中へ入り込んだ。

 その中は異次元空間のような歪んだ景色が広がっていた。注視してると気持ち悪くなってくる。

フライヤはあまり周りを見ないように心がけた。再びベールが彼を導いて、まっすぐ進み続ける。

すると目の前から光が見え始めた。


「フライヤさん、まもなく着きますよ」


「あぁ…」

 早くこの空間から抜けたい気持ちが強かったフライヤをベールは優しく後押しする。

最初にベールがポータルの境界線に頭を突っ込む。左右を見て敵の気配が無いことを確認すると、

フライヤに自身の続けで出るよう指示をして、ポータルから抜け出した。

彼も続けてポータルの中から抜け出すと反対側に人が居ない事を察知したのか、目の前でポータルが閉じた。


「無くなった」

 思わず疑問を声に出したフライヤにベールは気持ちを察して言葉を返した。


「大丈夫です。帰還する時に――」

 彼女がそう言いながら取り出したのは紐のついた鈴だった。


「この場所で鈴を鳴らせば、ポータルが再び開くようになっているんです」

 フライヤは「へぇー」と関心する。彼女は鈴をしまって、この場所を見回した。

木々が生い茂り、それは以前にチコの任務で来たのと同じ雰囲気だった。

木漏れ日がちらつかせながら、風も気持ちいい程の強さだった。

ベールは今度、任務内容の紙を取り出して、目を下へ流すように見て、任務の詳細や場所を把握した。

どうやらレイスはこの森ではなく、付近の街に出没しているようだ。

となれば、現世の人たちにさらなる危険が及ぶ可能性がある。その前になんとかしなければ。

紙をポーチに突っ込み、フライヤを連れて街に移動することにした。


「そういえば、今回の任務って?」


「あっ、ごめんなさい。いつもチコさんと一緒の感覚で居たから…どうやらレイスはここではなく、

 近くの街に出没しているようなんです」

 任務をフライヤに渡して、彼も内容を把握し始める。その間にチコとの違いについて説明する。


「死神には死神用のスマートフォンがありまして。

 そのアプリケーションに現在請け負ってる任務の内容などが載っているんですっ」

 説明している時、どうしてか気持ちが良くてウキウキしてしまう。その様子も知らず、フライヤは納得する。


「そういうことだったのか。結構、近代的なんだな…死神って」

 資料をベールに返しながらもそう言った。


「ふふっ、確かにそうですね」

 笑顔でそう返すベールは説明にあったスマートフォンを手にし、とあるアプリケーションを開いた。

その後、体の向きを変えながら何かを決めたような仕草を見せる。

どうやらマップを見て、偵察班が事前にマーキングした座標の方向を確認していたようだ。

その位置が街になっている事でもある。それを頼りにまずこの森から抜け出さなければ。

アプリで現在位置をマッピングし、道に迷わないようにした。

一応現地のポータル位置は任務内容の資料にも記されているがこうした方が落なのだ。


「では、行きましょう、フライヤさん」


「分かった」

 二人共気持ちを切り替えて、獣道を頼りに森の脱出を決行した。

この時、彼女達には知るよしも無かった。“彼女”にとって、その街が絶望の街だとも知らずに――。

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