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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第1章 「記憶」
12/23

12話 「外出」

 何時間寝ただろうか。目が覚めて体を起こすとリビングの一部に仕切られたキッチンにベールがごはんを作っていた。

ゆっくりとベッドから離れ、あくびをしながら寝室からリビングに入ると音に気づいてベールが後ろを振り向いた。


「おはようございます。フライヤさん」


 優しい声にフライヤも同じく言葉を返して、キッチン前のテーブルに備えられた椅子に腰かける。

ベールは卵の黄身を溶いて、四角のフライパンに流し入れる。慣れた手つきで薄い皮を焼き上げ、包み込む。

その隣でぐつぐつと鍋が沸騰している。中には事前に豆腐とわかめが入っていた。

一度火を止めて、お玉で味噌をすくい出した。それを鍋の中に入れて菜箸で溶いて行った。

再び火を付けて鍋に蓋をした後、ちょくちょく様子を見ながら手を卵包みに集中した。

 時間を見て今度は魚焼きグリルの引き戸を開くとそこに人数分の鮭がパリッパリに焼けていた。


「…うまくできたっ」


 小声で喜ぶベールは焼き鮭を小判型の小皿に一枚ずつ乗せる。

卵の包みもほんの少し焦げ目をつけてからフライ返しで別の小皿に崩れないように気を付けながら乗せていく。

味噌汁も蓋を開けて、お玉でゆっくりとかき回す。戸棚からお椀を取り出して、味噌汁を注いだ。

ご飯をよそおうと電子釜に手を差し伸べようとした。

だがすでにフライヤが茶碗にご飯をよそって手伝ってくれていた。

ベールは少し申し訳ないような様子を浮かべてるも、微笑んで礼を言って、彼から茶碗を受け取る。

お盆に必要な皿を乗せ終えたベールはそれを今度、手前のテーブルに運び込む。

そこから皿を分け、お盆を脇の方へ置いてから二人は食事を始めた。

 鮭は適度な焼き具合でほぐれ具合も悪くない。

卵包みもふっくらしていながらも弾力があり、味噌汁も出汁が効いている。

何もかもが美味しい彼女の料理にご飯が進む。ご飯も適度な水気と甘さでなお、美味さを際立たせる。

料理に満足気な様子を見せる彼にベールは安心感に包まれる。

 美味しく食べてる。やはり、手料理を食べて貰えると頑張った甲斐がある。喜びの感情が心の中で高ぶる彼女。

そんな中で今日の予定をフライヤに話す。


「フライヤさん。今日は私も仕事をする予定はないので、ご一緒に街中を見ていきませんか?」

 彼女の問いかけにフライヤは快く了承してくれた。


「分かった。この街で知っておきたい事は山ほどあると思うしな」

 それにベールは優しく頷いた。食事中にフライヤは死神について疑問をぶつける。


「死神って確かノルマがあるってチコから聞いたけど」


「はい。業績やランクによって月に設けられたノルマがあるんです。

 それを達成すれば、来月まで死界で自由に生活しても、特に注意を受けたりはしません。

 外の世界に行くには一般は月に1度だけ、死神達は最低でも3回は許されています。

 これに関しても業績やランクで変動します」


 丁寧にわかりやすく説明してくれるベールにフライヤはテーブルに手を乗せつつしっかりと理解する。

時折、彼の態度や行動に関心を持つ、それにつれてチコさんが彼を愛する気持ちが分かる気がしてくる。

優しい上に相手の言葉や気持ちを尊重する姿勢。たとえ彼女でなくても好感が持てる。

人間の頃は相当異性から求められていたと聞く、チコさんもすごい人を恋人にしているなとつくづく実感している。

 私にも生前、そういう人は居たのだろうか…。

思い出そうとすると頭が痛くなる。確かチコさんも頭痛に悩まされていた気がする。

もしかして、私も何か思い出そうとしているのか?一体何を思い出すのだろう。

少し期待を寄せている彼女の肩にフライヤは手を触れる。

それに気づいたベールははっとした顔をして彼の方へ視線を向ける。


「大丈夫か…?ぼーっとしてたけど」


「あっ、ごめんなさい。私の生前は一体どんな人だったのだろうかと思い出そうとしてたら…」

 ちょっと顔を赤くするベール。しかし、彼から思いもよらない言葉を発した。


「涙、出てるぞ」


「えっ?」

 彼が嘘を言うとは思えない。ベールが右手の指で目の下を優しくなぞると確かに涙が零れていた。

理由は分からない上に流した感覚もなかった。ひとまずティッシュを4つに折りたたんで目を拭った。

一体どうしたんだろう。フライヤが心配するも平気な顔で返事をかえす。


「大丈夫ですよ。行きましょう?」

 ローブと同じベージュ色の肩かけを着けてフライヤと二人で死界の街を歩くことにした。

マンションから降りてまずは集合団地から街中の方へ歩いて行く。

建物の間にある石畳の階段を上って、少し歩くと目の前に人が何人も横を通る道が見えてきた。

同時に声も徐々に大きくなってくる。

 オレンジ色の街灯を照らすその道は商店街の通路だった。

肉や魚、果物など生前とほとんど見たことがある光景にフライヤは意外な気持ちになっていた。

この世界でも生きてた頃のようなスタイルで商品を売り買いするのか。

 行き交う街の人にも目を向ける。

ある者は籠を持って買い物に、ある者は友達と共に道を走り、ある者は叩き売りの如く謳い文句を並べる。

一人の店員のおじさんがベールを見るやいなや声を掛ける。


「おうベールちゃん!」


「あっ、おじ様。具合、良くなられたんですね」

 後で聞いたのだが、どうやら腰を痛めてしばらく店に出られなかったらしい。

元気一杯のジェスチャーでアピールする店主。

フライヤはこの光景を見て、本当に活気がある街なんだなと切に感じた。

チコもあまり退屈しないでこの1年を生きていたのかなと思うと確信はないのだが安心した。

 優しさでベールは店主の回復祝いにリンゴを5個買っていく事にした。

それに喜んで、店主が2個追加でリンゴをおまけしてくれた。


「ありがとな!それにしてもいい男を見つけたみたいだな」


「えっ!うっ…あ、違うんです!こちらはチコさんの愛人の方でっ!」

 驚いた時に彼の顔をちらっと見た。頬は赤く染まり、少しばかり険しい顔をしているように見えた。

店主も失礼があったと感じフライヤに謝罪する。彼も優しく受け流し、気にしていないアピールを見せる。

「いやぁ、チーちゃんの旦那さんだったかぁ。本当にすまねぇなぁ」


「いえ~、そう見えちゃいましたか?」

 フライヤがそう尋ねると店主は笑いながら答える。


「ベールちゃんもチーちゃんも可愛いし、あんちゃんだって同じ人間ではなくても男前だって分かるぜ?」

 ずいぶんと遠慮なく相手を褒めちぎる店主だなと二人は思った。

挨拶を済ませて八百屋を後にする二人、役所がある方向へ歩いていたのだが途中、フライヤは何かに気づいた。

そういえば、さっきより足のスピードが速い気がする。

だが、スピードが速いだけであって移動に関してはそこまで変わっていなかった。

彼には経験上分かっている。思っている通りであれば、この時の女性はあまり詮索しない方がいいと。

 少し歩いていると今度はアクセサリー屋についた。ベールがお気に入りでよく訪れるそうだ。

店主は片眼鏡モノクルを付けた紳士的なおじさんだった。白い髭が特徴的で物腰の良い雰囲気が見てわかる。


「おや、ベールさん。今日はいかがなさいましたか」


「あの…、彼に似合いそうなアクセサリーを探しに来た…っ!」

 ベールがそう言い切る前に口を止めた。

少し額に手を添えかけたが途中で手を戻した。

フライヤも店主も彼女の様子を心配したが彼女は引き続き、来店した理由を述べる。


「アクセサリーを探しに来たのですが…」


「えぇ…。ほう、珍しいお客様だね。亜人様ですか」

 この死界でもやはり珍しいのだろうか、時々自分のような亜人を見かける。牛や虎、中には竜も居たか。

店主がまじまじと全身を舐め回すように見て、彼の中で何かが確定したようだ。

手を叩いて木の階段を上がる店主。その店の面積に出来る限り置かれた数多くの棚の中から一つ、

細長い箱を取り出す。

 アクセサリーと言えど、どんなものが取り出されるのだろうか。多少気になるフライヤ。

その間にも何かベールは考えるような表情を浮かべている。思い悩んでいるようにも感じる。

まだだ、まだ触れてはいけない。そんな気がするフライヤは彼女から当然見えてないのだが見て見ぬふりをした。

 店主が二人の元に箱を持ちながら戻ってくる。ベールも存在に気づいて直ちに考えるのをやめて視線を向ける。


「いやはや、お待たせして申し訳ございません」


 彼が謝意を述べつつ、持ってきた箱を開けると入っていたのは銀色に輝くネームプレートだった。

首回りは鉄の玉で作られており、首回りとプレートとの結合部分にはリングが飾り付けられていた。

それを丁寧に右手で取り出し、二人に見せる。


「特殊加工で元ある艶を維持しながらもより鋼鉄化にさせた一品。

 プレートの耐久力は銃弾を数発命中させたとしてもほとんど無傷な程でございます」

 店主が右手でフライヤに向かって差し伸べる、それを落とさないように気を付けながらも両手で受け取った。

鋼鉄化と聞いて重量があるのかと思いきや、意外と軽かった。

ネームプレートを首にかけて店主とベールに見せる。

胸あたりの白い肌色がよりネームプレートの光を強く見せつける。

 ベールはこれだけで納得していた。

自分もなかなかに良いと満足してはいたのだが匠でもある店主はもうひと味加えたいと申し出た。

狼男とその目つきと考えながら声を発して店主はひたすら彼に似あうデザインを考える。

再び彼の中で閃きのライトが点いたようだ。

 店主は隣の部屋に駆け入っては物音を立てながら目的の商品の箱を見つけようと漁る。

一体どんなものが出てくるのか、お互い顔を一度合わせては店主のいる方へ目線を戻した。

見つけた旨の言葉を発しながら、おそらく山積みになった箱から降りているのだろう。

がさごそと音を立てていた。

小走りで二人の所へ戻ってきては箱の中身を開けようと準備をする。


「ワイルドさを考えて、こちらはいかがでしょうか」

 出てきた商品にベールは驚きを隠せず、両手で口を押える。フライヤもちょっと戸惑いを見せる。

箱の中には鉄製の半球が均等につけられた輪っかが4つと棘の装飾がこちらも均等についた首輪が入っていた。


「マスター…これって…」


「さようでございます。そちらは“鞣し”と呼ばれる加工で作られた革を使用した首輪とバングルでございます」

 フライヤはおもむろにそれを手に取って品定めする。

どうやらこの4つの輪っかは腕に取り付けるもののようだ。商品を見つめる彼にベールは優しく問いかける。


「フライヤさん…いかがですか?」

 彼女の問いかけに答えるかのようにフライヤはバングルのベルトを緩めて両方の二の腕と手首に取り付ける。

首輪も一度ほどいて、首に巻き付けたあと、苦しむ直前まで絞めて金具で止めた。

その様子にベールは口を開いた。首輪を取り付けた後、頭から出る長い白毛を手でなびかせた。

彼の仕草にドキッとして顔を赤くするベール。

それをよそにフライヤが鏡を使って違和感がないか、位置に問題がないかを確かめる。


「意外と悪くないな…!」

 予想外のマッチ感に満足げなフライヤ。チコもこれにはきっと驚くだろう。

戸惑うチコを想像しながらもフライヤはベールに声を掛ける。


「ベールさん…決めたぜ」


「あっ、はいっ」

 赤くするベールを見てフライヤはきょとんとした。値段を尋ねるとお代はネームプレートだけでよいと言う。

申し訳ないと返すも店主もその意志を貫いてきた。再度確認して、ベールはお金を払う。

店主と別れの挨拶をした二人は店を後にする。

 買ったばかりの首輪とネームプレートに手を添えたり、バングルを見るフライヤはベールに礼を言う。


「ありがとな。わざわざアクセサリーまで」


「大丈夫ですよ!一緒に居て、楽しいですから!」

 そう言って、彼の1歩前を歩くベール。その様子に若干焦りが見え隠れしていた。

フライヤは気づいてはいるのだが理由が明確ではない以上は切り出すタイミングを間違えないように心がける。

その途中、街中だというのに緑の木々がいくつも生えている噴水のある大きい公園が見えてきた。

ベールの提案で石のベンチに座り、二人は一休みすることにした。

 子供連れの人達やカップルが異様なほど行き交う。

どうやら近くでちょっとしたイベントがあるらしく、よく見ると出店が並んでいた。

休憩が終わったら立ち寄ろうと提案をベールにしようとした。

 しかし、彼女の表情は少し思いつめた顔をしていた。フライヤにとっては若干予想と違っていた。

てっきり、先ほどの愛人関係の事を言われて、複雑な気持ちになっているのかと思ったのだ。

ましてや入院中のチコの事も気を遣って。

彼は思い切って問いかけてみた。


「ベールさん…?」


「はっ…!はいっ!」

 どうやら回りの音すら聞けない程、思いつめているようだ。驚いたベールは上半身ごとフライヤに向ける。

こういう時、仲間を見過ごすことが出来ない質の彼は優しく尋ねる。


「何かを思い出した。とかか?」


「えっ…」


「チコが言っていたんだ。記憶が戻りかける時、頭痛が起きるって。

 さっきの八百屋の時だって、アクセサリー屋の時だって。

 ベールさん、少し痛がってたよな…?」

 どうやら図星だったらしい。ベールは体を戻して目線を下に向けた。


「…薄っすらと見えるんです…何かが」

 一体なんだろうか。ベールも“何かがある”ぐらいしか把握が出来ないらしい。

思い出せない自分にやきもきする彼女にフライヤはそっと手を添えた。


「きっと…大切な何かなんだと思う…チコがそうだったんだ

 ベールさんにだってあるはずだ…俺に何か出来りゃ…」

 自分の事のように考える彼に対し、ベールは嬉しくて、うるりと涙が出そうになった。

ふと、チコの事を思い出して。彼女なりに感じたのだ。

彼女は彼と関わり合ってから、離れるまで彼の言葉に励まされ続けてきたのだろう。

私にはそんな過去があったのだろうか。堪えながらも息を飲み込み、言葉を返した。


「やっぱり、とてもお優しいんですね。フライヤさんは…」

 そう言いながらも、結果的に涙をこぼしてしまったベールは顔を隠しながらも震える声で話し続ける。


「ごめんなさい…チコさんが、羨ましくて…

 過去にそんな人が私にいると思えなくて…」

 きっと半年前のチコの大怪我の一件の事もあって、自分に対して自信を持ち切れないのだろう。

でもそれはチコだって同じだった。フライヤはベールに励ましの言葉をかける。


「まだ決まったわけじゃねぇ…思い出した時に考えればいいさ」

 そう言ってベールの背中をさすってあげた。

きっと辛いと思うけど、まだ彼女に大切な人がいないと決まったわけではない。

少し時間は経過して彼女は落ち着きを取り戻した。だけど思い悩む顔は変わらずだった。

涙を拭って再び彼に謝った。彼は気にしていないと返事をして、彼女が立ち上がる所を支えてあげた。

 そろそろ時間が時間なので帰宅しようと二人が戻ろうとした。その時だった。

どこかで子供が泣く声がした。二人は同時に声に気づいて辺りを見回す。

先にベールが子供を見つけて、彼にその場所を指さして教えた。

そこには男の子が木の目の前で立ちながら泣いていた。二人はその子に近づいて理由を尋ねた。

どうやら木に風船が引っ掛かってしまったようだ。確かに上には赤い風船が木の枝に引っ掛かっていた。


「よーし!俺が取ってきてやろう!待ってろー」

 子供に対して明るく返してフライヤは木に登り始める。

鋭い爪を刺して軽々と枝に登りつめる。へし折れないように気をつけながらじりじりと風船に近づく。

もう少しのところなのだがギリギリ風船の紐に触れる事が出来ない。


「あと…少しっ…!」

 力を入れて身体を伸ばし、ついに紐を指に絡ませる事に成功した。

喜びを感じた瞬間、彼の乗っていた枝がバキッと音を立ててへし折れた。

当然バランスを崩したフライヤはその場から転落する。

ベールは声を上げるも、とっさに巻き込まれないように枝から子供を庇った。

上半身から地面に直撃するも、手から風船を離さず持ち堪えた。


「フライヤさんっ!!大丈夫ですかっ!?」

 心配して体を起こしてあげるベール。それにフライヤは笑顔で返す。


「結局落ちちまった、はははは」

 自分の失敗に笑う彼に彼女は釣られて微笑んでしまった。子供に風船を渡すフライヤ。

ありがとうお兄ちゃんと言われた彼は気を付けて帰るんだぞと手を振って返してあげた。

誰にでも優しく出来る彼を見て、ベールは励まされた気がした。

今はまだ思い悩んでてはいけないのだ。いつか思い出す日が来る。

たとえそれが自分にとってつらいことだろうとも、彼が居てくれれば乗り越えられる気がした。


 二人はちょっとした世間話をしながら、来た道を戻り、家に帰る事にした。

ベールはこの日、少しだけ、彼に心を通わせたいと思い始めていた。

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