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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第1章 「記憶」
11/23

11話 「思出」

シャワーで身体や毛を洗い続け、少しでも臭いが消えるように意識した。

少し熱めが彼にとってちょうどいい、温度調整の栓は40のメモリが若干奥に位置していた。

10分程度経過したあたりでフライヤは浴室から上がり、横にあるタオルを一枚取って身体を拭き始める。

頭と耳辺りの毛も入念に拭いて、黄緑色のドライヤーを見つけてそれを借りて毛をたくしながら乾かした。


ドライヤーの音が遠くで聞こえてきて、ベールはすぐに夕飯の準備に取り掛かった。

大切なお客様同様に失礼がないよう皿やコップ、スプーンや箸を丁寧に設置した。

今日から彼が来るという事で事前に彼の好きな食べ物をチコから聞いていたのだ。

その大好物がカレーだったため、アボカドのヘルシーサラダも一緒にご馳走しようと考えた。

気に入って貰えればいいのだけれど。

料理の経験はそれなりにあるのだが、いつもと雰囲気が違うとこうも不安が募る。

味の好みは千差万別というが果たして彼の口に合うのか。


ついにフライヤがリビングに入ってきた。リビングの奥には和室と寝室があり、

至って普通のマンションの一室だった。

少し気を遣うようにドアを閉めて、ベールの手料理を見て驚いた顔をした。


「おわっ、すげぇ…」


「チコさんから好きな食べ物を聞いていたんですよ。カレーがお好きだということで作ってみたんです」

ベールがほほえましい顔でそう言って、フライヤも言葉を返して向かい側の椅子に座る。

こうして食事をするのがついこないだのような感覚だ。確か1年近くこの姿で生きてたんだったか。

その間の記憶や感覚が彼にはほとんどない。気づけばチコが死神の姿で目の前に倒れていた。

そう思い出しながらもベールに挨拶や自己紹介をしつつ、カレーを食すフライヤ。

久しぶりに美味しい料理を食べた気がした。生前に実家の母親が作った料理ぐらいに美味しかった。

満足そうな様子にベールも一安心した。ある程度食事を進める中、

フライヤは改まった感じでベールに感謝の言葉を口にする。


「ありがとう。はっきりと見た訳じゃないけど、今までチコの事を支えてくれてたんだよな?」

それにベールは視線を少し下に向けて過去を思い出した。


「支えてくれたというよりも、チコさんに支えて貰った側なんです、私は…」

当時のチコは死神に乗り気じゃなかった。その上で私のわがままに乗ってくれたのだ。

あの時、きっと彼女にはなってみたい仕事が心の内にあったかもしれない。

それでも出会ったその日から、親友のように慕ってくれて、

私の事を尊重してチコも死神になるって言ってくれた。

当初は死界で生活するための資金を稼ぐ。それだけで二人は死神をしていたのだが、

訓練を経て、実際にレイスを討伐するようになってから、意外とやっていける事に気づいて、

この職業にやりがいというのを感じ始めた。だが、


「私は一度、死神をやめたいと思ったことがあったんです」

気が付けばベールの顔は少し涙ぐんでいた。




~半年前~


理由を話すとある日、死神の依頼をこなしに二人でいつも通りポータルを使って現場に向かう。

その時の依頼は3種のレイスを見つけ討伐する任務だった。


「いつもどおり行きましょ!」

微笑みながらも鎌を手に持つチコにベールも返事をして遺跡の中へと入り込む。

中は薄暗く、入り組んでいる。古くから残るトラップにも注意して二人は奥へ進む。

途中、少し開けた場所に出る、石枠の窓からは若干だが日が差していた。

その部屋の壁に何か気づいたチコ。そこには何か強く殴った跡のような亀裂があった。


【チコさんは死神になる気は強くなかったはずなのに誰よりもレイスに対する知識を覚えていた…】


【確かにチコは生前も学年でトップを争える程、成績が良かったな…】

その培った知識からレイスの仕業と憶測し、今度は床を見ていく。

彼女の視線に映ったのは石畳に敷かれた砂にあった足跡の一部だった。

しかもその足跡はまだ新しい。チコは視線を前後左右に向けてかすかな音に気付いた。

確信した。


「ベールちゃん、来るわ」


「えっ?」

その言葉のタイミングに合わせて足音が聞こえ始めた。ドドッドドッと少しばかりリズムを刻むかのように。


「奥からっ!!」

チコが声を張って言い放った直後、二人は左右に分かれ回避した。そんな彼女達の間を何かが通り抜けた。

黒い姿…間違いない、レイスだ。体勢を整えて鎌を呼び出した。

大きな右腕が特徴の【ストロンガー】と類されるレイスだ。

名前の通り、凶悪なパワーを持つと言われているタイプのレイスだがその分、

動きを犠牲にしている上、攻撃パターンも分かりやすいものばかりだ。

といいつつ無闇に攻撃をしかけ、かすりでもすれば軽くても打撲にまでダメージが及ぶ。

慎重になり、敵の攻撃を待つ。攻撃をしてこない二人にストロンガーは両腕を地面に叩きつけ突進してきた。

なんなく回避し、死銃を打ち込む。

しかし、発砲の音と同時に金属音にも似た音を発した。銃弾を弾かれてしまったのだ。

やはり訓練の際に学んだ知識通り、奴の背中は強靭な肉体をしているようだ。

背中からでは一切攻撃を受け付けないということだ。

だが真っ向勝負では万が一、喰らってしまえばそれだけで残りのレイスを倒すのは厳しくなる。

チコが何か策はないか模索すると、天井の一角に何らかの理由で縄に固定された岩があった。


「ベールちゃん!こいつが突進したら上の縄をナイフで切って!」

耳打ちに近い形でそう言うと、彼女はとっさにその一角の真下に移動した。

ベールは危険と感じでチコの名を呼ぶが彼女は耳を貸さなかった。

所定の位置に着いた彼女はストロンガーに挑発をしかける。

脳筋な頭のストロンガーは素直にその挑発に乗った。再び両腕を地面に強く叩きつけて突進した。


「今よっ!!」


合図の後にチコは真後ろの壁に両足をつけ、バネの要領でストロンガーの真上を飛び越えた。

同時にベールの投げナイフが真上の縄をかすめ、すぐに縄が切れた。

岩は崩れ落ち、ストロンガーにいくつも直撃して、そのまま力尽きた。

なんとか討伐に成功したがチコの様子が変だった。


「っ!チコさんっ!?」

ベールがすぐに駆け寄り、横になっていた彼女の身体を起こしてあげた。

怪我の位置を見るとどうやら回避の時にストロンガーの腕が彼女の右足に触れてしまったようだ。

接触したところがあざになっていた。

それでもチコはベールに支えられながらも起き上がり、応急処置をし始めた。


「チコさん、無茶ですよ…」


「そうね…でもこのまま下がれないわ。私たちは死神、レイスを討伐し、現世の安全を守る使命があるの。

 こうして一時撤退をしてる間にも他のレイス達が暴れ出すかもしれない」

この時からすでにチコにとっての死神の在り方は確立していたのだ。

でも、少しばかり無理をする彼女を見ながら心配をするベール。

彼女も戦い続けることは不可能ではないがこの状態を見て、念のため救難要請をレイチェルに連絡した。

やりとりを終えて再び二人は遺跡の中を歩きだした。

右足に違和感を抱きながらもチコは辺りを警戒する。

ベールもこれ以上チコに怪我を負わせないようにいつでも身構えられる準備をする。

途中向こう側の方で何やら音が聞こえる。風の音だろうか?

急いで二人は音の鳴る方へ走った。

しかし、出たのはまたも開けた部屋だった。違いは天井の位置が異様に高いぐらいだ。

チコはさっきの音に何か不審な気配を感じる。

そういえばこの部屋に入る前から音が消え、見るからに外の抜け道などこの部屋に一切ない。

接近に気づいて咄嗟に鎌を呼び出して左に構え何かをガードした。ベールも一寸遅れて身構える。

パワーが強く、反対方向へ数メートル押し出された。そしてシャカシャカと異様な刃音を鳴らす。


「…バーダー…」

チコが聞きなれぬ言葉を口にした。

翼を持ち、カマキリのようなギザギザな刃を片腕に3本ずつ備えているレイスだ。

宙に浮く特性上、不規則かつトリッキーな攻撃を仕掛けてくる。

それ故、バーダーは死神にとって【新米殺し】の異名を持っている。

二人もこのタイプと戦い合うのは今回が初めてのことだった。

だがチコはこのままレイスを野放しにするつもりなどない。

先ほどよりも慎重に戦いながら、バーダーの隙を見つけようとした。

姿を霧のように消滅し、気づいたら真横で刃を構えている。

攻撃を回避するチコ。ベールもなんとか回避するものの、攻撃出来るチャンスが掴めない。

何度か攻撃を交わす中、チコはある事に気づいた。

シュー…シュー…。


「まさか…!」

次にバーダーはチコに攻撃を仕掛ける。チコは耳を澄まして風切りの音を聞いた。


(シュー…)

「っ!そこだっ!!」

勢いよく鎌を右に振り上げると刃はバーダーの右腕の1本にヒットし、切断した。

痛みに悶えるバーダーに追撃を与えようとした。その時だった。

突然左側から音が鳴り、チコの背中に巨岩がかすめていった。

風圧でバランスを崩し、身体でバーダーに激突するも、なんとか無傷で受け身を取った。

しかし、おかげでバーダーを仕留めそこなった。

その元凶を知りたく、バーダーに気を付けながら巨岩が飛んできたであろう方向へ視線を向けた。

そこにはストロンガーに似たような体格のでかいレイスだった。


「うそでしょ…」

チコが呆気にとられる。ベールも信じられないような顔をして同じ方向を見ていた。

【ホッパー】。両手にメリケンサックのような形のホッパーを持ち、

殴ったものを吹き飛ばす力がある。3mもの高さと幅のある巨岩ですら物凄いスピードで飛ばしてくる。

喰らえばひとたまりもないのは言うまでもない。

それになによりもこの危機的状況だ。バーダーが残っている上にホッパーが現れてしまった。

ここはなんとかして援護が来るまで二人で耐えしのぐしかない。

ベールが鎌を持って、ホッパーに立ち向かう。

体格とは裏腹に動きもそれなりに早く、ベールの攻撃は空振りに終わった。

チコもバーダーに攻撃を仕掛け、討伐を急いだ。残りの刃でチコの鎌を弾く。

反撃をもろともしない回避で少しずつだがバーダーの体力を削っていく。

あと少しのところでバーダーは瞬時にターゲットを切り替え、ホッパーの妨害をするベールの背後を取った。


「ベール!」

チコの声にバーダーの存在に気づいたベール。

ギリギリガードに成功するものの体勢が悪く、少しよろめいた。

すぐにバーダーの懐に入ってもう一本の腕を切り落とした。

ガードの衝撃でベールの視線は揺らめいた。そこにホッパーが接近していることに気づかない。

視界が回復したときにようやくホッパーが自分に接近していることに気づいた。

とっさの判断で“拳を構える”ホッパーに鎌を繰り出す。


「ダメッ!!ベールッッ!!!」


拳を構えたホッパーに武器を振るのはご法度だった。あまりに急でその意識が抜け落ちていた。

はっと気づいた時にはすでにホッパー部分が鎌に触れていた。

一瞬にして衝撃波がベールに襲い掛かる。勢いよく吹き飛ばされたベールは壁に激突する。

口から血を吐くベール。チコは激怒してバーダーを力づくで薙ぎ払ってベールの傍に駆け寄る。

彼女の援護にホッパーはジャンプして巨岩の後ろに立つ。その様子を見てチコは嫌な予感がした。

このままじゃベールが殺されるっ。

なんとか意識が残っていてゆっくりと立ち上がるベール。

その時にはもうホッパーは巨岩をベールめがけて吹き飛ばしていた。


「はっ!?」


「ベエェェェェェルッッ!!!」

ベールの身体を突き飛ばして、すぐに自分も巨岩を回避しようとした。

しかし、巨岩は無慈悲にも彼女の右足を壁に挟めて押しつぶした。


「あああぁぁああぁぁぁあっっっ!!!」

そのまま壁に抑えられるようにしながら大きく悲鳴を上げるチコ。

彼女とは反対側で佇むベールの目線には巨岩があり、

そこから押しつぶされた右足の血が逆側にも関わらずから噴射の如く出ていた。

その血はベールの手の甲にも付着していた。

それと彼女の悲鳴もあり、ベールはとてつもない恐怖に怯え始める。

嫌…、私のせいで…。


「いっぎぃっ!!あああああああっっ!!」

自力で右足を引きちぎって、痛みに悶えながらもバーダーに向けて死銃を撃ち込む。

しかし激痛で狙う事など出来るはずがない。

そんな中、戦意喪失したベールは震えながら彼女の右足を見た。

骨は砕け、千切れた部分から噴射のように出る血に具合が悪くなり、その場で吐き出してしまった。

銃弾を避けるまでもなく、バーダーは風切りを鳴らしながら急接近し、チコの頭上に刃を振り上げる。

だがホッパーの様子に勘づいてその方向に視線を向ける。

やつの身体がいつの間にか痙攣しているではないか。

バーダーは何かに勘づき動こうとするもすでに縄の拘束具で身動きが取れなくなっていた。


「おい!大丈夫かっ!?」

チコとベールは間一髪で援護に来た死神達に助けられたのだ。

がたいの良い男に担がれ、一安心したのか、チコは少し笑いながらもその場で気を失ってしまった。

ベールも救護班に支えられながらその場から撤退した。

あの時の自分は何もできず、ただただ彼女の悲痛な叫びを聞いていただけだった。

彼女は救護されてからずっと自身を恨んだ。


【私のせいで…私のせいでチコさんにあんな痛い思いをさせてしまった。

 それなのに私は何もできず、護る事も戦う事も出来なかった。

 死神も何もかも失格だ…】


南西死神病院の手術室の前で永遠と涙を流すベール。シエラも当時の件を聞いて飛んできた。

自身を悔い続ける彼女をシエラは慰めるも辛くさせる一方だった。

一瞬触れた死神ライセンスが入ったカード入れを見るや否や当たり散らして床に叩きつけた。


「私なんか…私なんかが死神になるなんて…」

そんな自身に憎しみを抱く彼女を背に手術中のランプが消える。

シエラがそれに気づいてベールに告げると彼女はとっさに席を立って手術室の入り口を涙ながらに見つめた。

扉が開き、出てきたのは院長のバーバラと車椅子に乗ってナースに押されるチコの姿だった。

消滅しなかった事に安堵の気持ちと共に後悔が襲いかかり、チコの目の前で膝をついて謝り続けた。

チコはそんな彼女の顔に両手を添えて、自分の方へ視線を向かせた。


「謝らないで…失敗は誰にでもある」


「でも…」

しわくちゃなまでのベールの泣き顔にチコは優しく言葉を投げかける。


「人の後悔は味わった後にしか気づけない…。でも恐れないで、それが最善の手で唯一の方法だから」

その言葉にベールは下を向いて涙を堪えようとした。

目線の先にあったのは先ほど投げ飛ばした彼女の死神ライセンスが入ったカード入れだった。

死神という概念に恐れてはいけない。レイスの脅威に恐れではいけない。

止められない涙を零しながら心の中で何度も何度も誓った。


(もう、恐れない。私は私を貫いて見せる…!)




「それから数週間で完治して、チコとまた死神稼業をすることになったの」


「そうだったのか…お互い大変だったんだな…」

それにベールは頷いた。

続けて今度はフライヤがベールに以前、チコと再会した時と同様の思い出を話した。

ベールはその思い出話に笑顔になったり、意外な様子も見せた。


「チコさんは昔から熱心な方だったんですね」


「あぁ、…あれ、そういえばさっきチコは“右足の粉砕骨折”って診断だったんだよな?

 でも話からするに“右足断裂”じゃないか…?」


「あ~…多分、断裂って言葉はあの病院にはないんだと思います。全力で復元させる技術を持っているので…」

そう聞くと返って怖い気もするが…、

まぁ健康になればいいかと自分で投げかけておいて、適当に割り切ってしまった。

この後、死界の不思議な環境や西南地区のおすすめスポットなど、

話をしているうちにリビングの時計は夜の10時をとうに過ぎていた。

しばらくはチコが使っていたベッドで寝て欲しいとお願いされ、

フライヤは否定することなく彼女の指示に従った。


「本当にフライヤさんは優しいんですね…」

その言葉にどことなく羨ましさを感じた。それに対してフライヤは気を遣わせるように返事を返した。


「ベールさんだって優しいと思いますよ」

それに対してベールは少し頬を赤くした。

そしてお互いにお休みの言葉を言って寝る事にした。

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