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D.G  作者: チコ=ミスティーズ
第1章 「記憶」
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1話 「死神」

「お願いっ…!逝かないでっ…!」

 大雨の中、横たわる人を支えて一人の女が泣いていた。

徐々に大きくなる救急車の音にも負けず彼女は泣き叫んでいた。


「私のせいで…私のせいで…!」


 救急隊員に引き離され、病院に運ばれた人は後日、

息絶えたと高校の講師に電話で言われた。

 クラスメイトからも日を追うごとに謂れのない殺害を疑われ始め、次第に不登校になってしまった。

生きる希望をなくした彼女は自分の家で首吊り自殺を決行した。


「もう…耐えられない…」


 縄の輪に首を入れ、椅子を倒せば自殺する。

ガタッと音と共に椅子は倒れ、首に縄が締まり無意識に足をもがき始めた。

手も不意に縄をほどこうとするが締まりが強くほどくことなど叶わなかった。

 目は次第に充血し、血が正常に流れないためか、感覚が徐々に失われていく。

その最中にどこからか彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。


「チコさん…!チコさん…!!」


「…んん!!あっ、がっ!!」


 視界が徐々にぼやけていく、だが不思議と苦しい感覚にはならない。

はっと気が付けば彼女はとある部屋のベッドで横たわっていた。

 どうやら夢だったようだ。彼女にとっては夢というわけではないのだが。

汗だくな彼女の横で長い金髪の少女が心配そうに彼女の顔を見ていた。


「すごくうなされてましたけど…大丈夫ですか?」


 彼女は”死月シヅキ=ベール”。私と同じ時期に死神になった子。そして私のパートナーでもある。

紫の瞳をしていて全身ベージュ色のローブを着こなしている。

静かな物腰で本を読むことが好きな女の子。


「うん…でもなんか、既視感のある夢だったわ…」


 はっきり言うとこれが初めての夢ではなかった。過去にも2回似たような夢を経験していた。

今回ほどのうなされ具合ではなかっただけの話だ。

時はちょうど朝方だった。二人はそのままベッドから降りて朝ごはんを食べることにした。


 私の名前は”チコ=ブリリアント”。ベールと同じ死神を務めている。

長めの緑髪で赤い目をしている。

食事を終え、歯磨きを済ませた二人は任務に向けて支度を始めた。


 レンガの建物が隙間なく連なるこの世界は死界と呼ばれている。

死んだ者が集まるこの世界で現世とほぼ同じような生活を送っている。

 死界でのみ務めることが出来る死神と呼ばれる職業があり、それに魅了されてなる者もいる。

二人もその内に入り、死神になってからもう1年が経とうとしている。

同時期の死神と比較すれば、二人の業績は一つ抜けて優秀な評価をいただいている。


 武器となる鎌や銃、ナイフの手入れをしつつ、賑わう街並みを時々見ていた。

死界では夜しかなく、常にキレイな夜景が広がっている。

 評価によって住む地区も変わり、最近引っ越しを行って、夜景が見れる場所に住んでいる。

そのせいか片付けられてない段ボールがちらほら片隅に置かれていた。


「近いうちに段ボール片付けないとね…」


「そうですね…」


 ベールが苦笑いで返しながらも飛び道具であるナイフを専用のポケットに納めていった。

とある人物と交わした約束の時間が近づいてきた二人は戸締りをして家を出ることにした。

 ”シエラ=ラペズトリー”。死神西南地区会長であり、私とベールの師匠でもある。

その関係もあり、時間を使って交流をすることもしばしば。

 死界には8つの地区と中央区域があり、死者の住む世界によって辿り着く地区も変わってくるらしい。

中央地区には凄腕の死神達が住んでいるといわれている。


 相変わらずの賑わいの中、チコ達は途中に有名なパン屋に立ち寄ることにした。

目的のパンを購入し、再び目的地に向けて歩みを進めた。

 時折いろんな店の店員に挨拶されるぐらい彼女達の知名度は高かった。

ベールが自分の右手の甲を見ながら口を動かした。


「紋章も前より大きくなってる気がする…」


 死神には魔術を使うことも許可されており、宿した属性によって紋章の形も違う。

属性はその者の性格や熟練によって、相性があり、

ベールには闇の紋章、チコには水の紋章を宿している。


 そういえば紋章を宿す時、チコは”仲間を護る意志が強い”と紋章師ジールに言われたことがあった。

だが彼女にそんな感覚は無かった。ベールが言っていた気がする。


「人は死ぬ時、ほとんどの記憶が欠落する」

 時が経てば少しずつ記憶が戻るらしいが大切な事は一生戻らない事もあると記憶している。

何か引っかかるような感じがするのはそのせいだろうか。

あれからずっと気にはしているが考えるだけ時間の無駄だと。

思う度に間隔は短くなっていた。

 そうこうしてる間に二人は死神協会南西地区の役所に辿りついた。

西南地区にライセンス登録した死神達の機密情報やレイス達の資料が収集されている。

それにシエラ会長の作業場となる会長室もここにある。


 扉を開けると開放感のあるエントランスがあり、

その中央あたりに女性受付員達が机を挟んで彼女の来訪にお辞儀をした。


「チコ様とベール様ですね。会長様がお待ちです。こちらで来訪の知らせをしておきますのでそのまま」

 と言って左手でエレベーターの方を案内された。

その案内に従い、二人はエレベーターに乗り、最上階から一つ下の会長室のあるフロアへ上がった。

 降りて左手に進むと大き目の両開きのドアがどっしりと存在していた。

そのうえには”会長室”と札がかけられていた。

チコがノックすると奥の方から「入ってよいぞ」と女性の声が聞こえた。会長の声である。


「失礼します」


 返事をしてチコは扉を開けて会長室へ入室した。

机の向こう側には赤い椅子があり、ゆっくりとこちらに向きを変える。

彼女の表情は険しかった。だが二人は何食わぬ顔で会長の顔を見る。


「例の物は…あるのか?」

 物凄いオーラを漂わせながらシエラは二人に問いだした。

チコが無言でパン屋の袋を前に出した。

小柄な事もあり、椅子から降りるように地に足をつけ、ゆっくりと近づいてチコから袋を受け取った。

「座れ」

 会長の一言にすぐ返事をし、会長と向かい合う形で二人は赤いソファーに腰かけた。

袋から箱を取り出し、蓋を開ける。突如、彼女の顔が驚愕な顔つきに変わった。

「これは…!」


 二人の表情はほぼ変わらず視線を箱に向ける。


「わらわの大好きなブレッダのアップルパイではないか!」


 会長の目は輝きをあらわにしながらアップルパイを頬張り始める。

挨拶に行くとき、毎回しているはずなのだが恒例行事の如くこの流れがお決まりになっている。

いつも通りアップルパイを食した後、本題に入っていただくよう、会長に促した。


「そうじゃな…。今回の依頼はわらわ宛てに来た物なのじゃが。はっきり言うと手が足りなくてのぅ」


 約束の内容にしては珍しい話だった。

百戦錬磨とも呼ばれる会長ですら手に負えないほどの依頼数なのだろうか?

 というのも先日に別の案件で奇妙なレイスを目撃したとの情報が会長格の全員に入っていたようだ。

急遽、招集がかかってしまったようだ。


「改めてすまぬが…よろしく頼む」


「わかりました。シエラ会長のご指示であれば」

 ベールがそう返して、シエラから依頼状を受け取った。

二人もアップルパイを食した後、世間話をすることもなく役所から出た。

チコ達は依頼の受理をするため、今度は死神依頼所へ向かった。


「いらっしゃいっ!あっ、チコさん!ベールさん!」


 二人の顔を見るや否や待っていましたと言わんばかりに二人に向けた資料を取り出した。

「いつもお疲れ様、レイチェルさん」

 レイチェル。南西地区の死神依頼所の所長兼シエラ会長につながる死神達の専属受付嬢と言ったところだ。

どうやら会長から伝達済みのようで、

ポータル許可証と周波数が設定された専用のトランシーバーをすでに準備されていた。


「会長格の依頼ですが情報によればそこまで手強いレイスではないと聞いております。ですが気を付けてくださいね」


 気にかけるレイチェルに感謝の言葉を返し、二人は許可証とトランシーバーを持ち、

ポータルの入り口となる西門へ向かった。

この際、再度依頼状を確認するチコ。

 アルカディア。どうやら今回の依頼をする際に向かう大陸の名前のようだ。

水の都、アクアリースと呼ばれる街のそばにある大きな森で大き目のレイスがモンスターを喰らっている。

というらしい。モンスターが消える事ならいいのだがあのまま大きくなったら討伐は困難になる。

その前に討伐しておくのが狙いのようだ。


「ベールちゃん、いつも通りの依頼だけど気を付けよう」

 念を押すようにベールへ言葉を投げる。彼女も返事をして、鎌の召喚の違和感がないか再確認した。


 ついに西門へたどり着いた二人、依頼を受けた死神は門番に受け取った許可証を見せるのが義務である。

門番がうなずくと操縦士に大声で指示を出した。

青い渦を巻いた異空間が目の前に現れた。これがポータルだ。

住民達は興奮気味で現れるポータルを凝視していた。

二人はお互いにうなずいてポータルの中へ入っていった。


 この時、チコには知る由もなかった。

彼女に訪れる衝撃と壮絶な戦いが待ち構えていることを。

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