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8.青き凶光

 白銀のグラウンドファイターは快調にアタミとミシマを駆け抜ける。

 虎井杏は追いかけてこなかった。

 恐らくティナの起こした大惨事の後始末に当たっているのだろう。


 早くもマスコミが嗅ぎつけたのか空にはヘリの姿もある。

 左手側、荒野の先の山あいから富士山の姿が見えた。


「大昔はこのあたりにも人が住んでたんだよね」

 なにやら感慨深げに琴美が呟いた。

「へぇ。そうなんだ」

 梨々亜は無関心に相槌を打つ。


 辺りは見わたす限りの原野が広がっていた。

 道路が一本通っている以外人工物はなにもない。

 富士山の度重なる大噴火によってヤマナシ、シズオカ、カナガワの大半の地域は人の住まない土地になったと聞いたことがある。

 しかし大して勉強をしていない梨々亜の歴史知識はその程度だった。


「その頃は日本の人口も一億二千万人くらいいたっていうし。すごいよねぇ。日本ぎゅうぎゅうだったんじゃないかな」

「今はどれくらいいんの、人口」

「八千万人くらいだったと思う」


「言うほど減ってなくない?」

「いやいや、五千万人だよ? ウクライナがなくなっちゃうレベルだよ?」

「……ウクライナってどこ?」


 琴美はこらえきれないように「ふふっ」と小さく吹き出した。

「梨々亜ちゃんて、意外とそういうとこあるんだね」

 その声には明らかにからかいの響きが含まれていた。

「そういうとこって、どういうとこよ」

「おバカキャラなとこ」


 梨々亜は自分の眉間に皺が寄っていくのがわかった。

「良い度胸してるじゃないの」

 琴美は「うそうそ」と愉快そうに笑った。


「日本が戦争してたってのも、今からは想像できないよね」

「そうね」


 さすがの梨々亜も第三次世界大戦くらいは知っている。

 その戦争で使われていたグラウンドファイターという兵器が役目を終え、こうして一般に出回っているのだ。


 人の住まなくなった土地は荒野化が進み、ティナのようなアウトローたちの縄張りとなる。

 昨夜琴美を追いかけていた連中もそういったアウトローだろう。

 都市部から離れるほど襲われる危険性は増していく。

 県を跨ぐ配送業にとって、今やグラウンドファイターはなくてはならないものなのだ。


 梨々亜たちは順調にトーカイドーハイウェイを進み、シズオカ・サービスエリアで休憩に入った。


 ◆


 建物に一番近い駐車スペースに『バイスデヴァステイター』を停め、梨々亜と琴美はガラス張りのフードコートに入った。

 テーブルセットがずらりと置かれている。

 その奥のカウンターには様々な料理の店が並び、方々から美味しそうな匂いを漂わせていた。


 ふたりは窓際の席に座ってヘルメットとバッグを脇に置いた。

 すぐに琴美が「わたしちょっと」とささやいて早足で歩いていく。

 その先にはトイレを示す看板が見えた。


 一人になった梨々亜は店内に鋭い視線をめぐらせる。

 昼時を過ぎているからか、そのほとんどが空席だった。

 一組の男女と一組の家族連れが遠くのほうに座っているだけ。

 危険そうな人間はいないようで少し胸をなで下ろした。


 梨々亜の背後は駐車場が見渡せる全面ガラスになっている。

 白銀のグラウンドファイターはガラス一枚を隔ててすぐ目の前にあった。


 スマートフォンが着信を告げる。

 画面には美都の名前が表示されていた。


《梨々亜、私のほうで情報筋を当たってみたんだが。昨日の夜あんたちを追ってたの、伊津摩周いづ ましゅうのチームかもしれないよ》

「伊津摩周……」


 噂に聞いたことがある。

 仕事をこなすためなら手段を選ばない危険な連中だ。


《荷物から人間までなんでも奪う強盗専門のチームだ。リーダーは青いグラウンドファイターに乗った青い髪の女らしい。見かけたら気を付けなよ》

「わかった。わざわざありがとう、ボス」

 

 梨々亜が電話を切ったとき、自動ドアが開いて新たな客がフードコートに入ってきた。

 梨々亜は横目でその様子をうかがう。


 女ひとり、男ふたりの奇妙な三人組だった。

 奇妙なのはその格好である。

 男はふたりは、まるで入院中に抜け出してきたかのようだった。

 体中に包帯を巻いていたりギプスをつけていたりとかなり痛々しい姿をしている。


 そして女のほうは、ビビッドな青に染めた髪が目を引いた。

 濃いアイシャドウに紫のリップ。

 袖の破れた黒Tシャツ。短いプリーツスカートという服装はパンクロック歌手のようだ。

 だが太ももに巻かれたホルスターに収まった拳銃が、統一されたファッションの中で明らかな異物として存在感を主張していた。


(青い髪の女……)

 美都からの忠告がなくとも関わりたくない雰囲気を醸し出している。


 青髪の女がまっすぐ梨々亜のほうへと歩いて来た。

 そして対面のイスに無遠慮に腰かける。

 男ふたりはボディガードのように女の背後に立った。


「よう。昨日はアタシらの仲間がだいぶ世話になったみてぇだな」

 威嚇がたっぷり含まれたガラの悪い喋り方だった。

 梨々亜は冷ややかな声で応じる。

「世話した記憶はないよ」


「ん……人違いか。わりぃな、忘れてくれ」

 女は席を立ってどこかへ行こうとする。

 男ふたりが慌てて引き止めた。

「いいえボス、こいつに間違いありません」

「なにぃ!」

 女は驚いて振り返り、テーブルに両手を叩きつけた。


「おいこらてめぇ、ふざけんじゃねぇよこら。何しらばっくれてんだこら。おまえじゃねーかこら!」

「こらこらうるさいわね。用があるならさっさと言いなよ」


 梨々亜は腕と足を組んで威嚇し返す。

 この手の輩を相手にするのは慣れていた。


「へっ。クソ度胸のある奴は嫌いじゃねーぜ。アタシに反抗的な奴は嫌いだがな」

 女は犬歯を見せつける。

 キツいメイクで隠されているが顔つきには若干の幼さが残っている。

 梨々亜は自分と同じくらいの年ではないだろうかと思った。


「アタシは摩周ましゅう。『ドラグノホイール』の伊津摩周いづ ましゅうだ。名前くらいは聞いたことあんだろ?」

「さあね。知らない」

「こっちは知ってるぜ、ロードヴァルキュリア【最強】の阿武梨々亜(あぶりりあ)さんよ。GFライダーのあいだじゃ有名人だからな」


「もうあいつらとは手を切ってる。今はただの配送業者よ」

「だったら話がはえーな。おまえ、アタシらのチームに入れよ」


「断る」

「あの琴美とかって奴を一緒に連れ戻して報酬山分けといこうぜ」

「断る」

「そしたらこいつらを痛い目に遭わせた件も手打ちにしてやっていいぞ」

「断る」

「まっ、こっちもただとは言わねぇ」


 摩周が目配せをすると、背後の男が片手一杯の宝石をじゃらじゃらとテーブルの上に置いた。

 梨々亜の背後から差し込む陽光を受けて彩り豊かに輝く。


「こいつは前金代わりだ。地道に働いてる奴には目も眩むような量だろ。報酬の取り分はもっと多いぞ」

「……あんた、人の話聞かないってよく言われるでしょ」

「昔はな。言った奴に片っ端から血を見せてやってたら自然と言われなくなったけどな」

 なんの装飾もなく告げられた答えは、それが虚勢ではないことを物語っていた。


 梨々亜はテーブルに散らばった色とりどりの宝石類に目を落とす。

 アクセサリーに加工されているわけでもないそれらは、あまり持ち歩くようなものでもない気がした。


「なんで宝石なのよ」

「知らねーのかよ。アタシは宝石が好きなんだよ」


 摩周はその中のひとつをつまんで梨々亜に見せつけるように顔の前に持ってくる。

 サファイアの透き通った青は彼女の髪の色によく似ていた。


「こいつのために生きてるようなもんだ。金は全部宝石に替えることにしてる。もちろん、仲間への分け前も宝石で払ってやってる」

「迷惑なだけでしょ、それ」


 後ろに立っている男をたちに目を向けると、露骨に顔をそむけた。


「さあ、答えを聞かせてもらおうじゃねーか。おまえも女ならこのキラキラ輝く誘惑には勝てねぇだろ?」

「あいにく、キラキラしたものには興味なくてね」


 摩周の自信満々の問いかけに、梨々亜はきっぱりと拒否を示した。


「マジか」

「それと、こう見えても仕事熱心なほうだから。一度受け取った荷物は必ず送り届ける。わかったらとっとと失せな」


「女子力のねぇ奴め」

 摩周はやれやれと言いたげに大きなため息をついた。

「話し合いで解決してやろうと思ったんだが、しょうがねぇ。実力行使でいくしかねーよな」


 そして嗜虐的な笑みを浮かべてみせる。

 梨々亜は本能的に肌が粟立つのを感じた。


「ところで、おまえの大事な琴美ちゃんは今どこにいるんだ? アタシは知ってる。教えてやるよ。おまえの後ろだ」


 梨々亜ははっとして振り向く。

 ガラス一枚を隔てた向こう。

 駐車場に止められたミニバンに琴美が押し込まれようとしていた。


 行なっているのは頭に包帯を巻いたふたりの男女だ。

 見覚えがある。

 昨日の夜琴美を追いかけていた、タヌキ顔の男とキツネ顔の女だ。

 抵抗しようとする琴美の腹へ、タヌキ顔の男が拳をねじ込む。

 そしてぐったりとした彼女を後部座席に放り込んだ。


「あいつら!」

「おっと動くんじゃねぇ!」

 立ち上がった梨々亜を制するべく摩周が鋭い声を発した。

「アタシに反抗的だった罰だ。大事な荷物が奪われてくとこをここで指くわえて見てな!」


 摩周は銃を抜いて梨々亜に突きつけた。

 銃口の奥の闇を目にして、梨々亜の心臓が早鐘を打ち始める。

 不快な動悸だった。

 急速に頭に血が上っていく。

「――向けたね(・・・・)


 脇に置いたヘルメットの無線はオンのままにしてあった。

「『バイスデヴァステイター』、イグニッション! 『レルヘドルヒ』オン!」


 梨々亜の音声を感知し、ガラスのすぐ向こうに停められている白銀のグラウンドファイターがエンジンを始動する。

 同時にフロントカウルに二門装備された13ミリ機関銃『レルヘドルヒ』が火を吹き、フードコート目掛けて大量の弾丸をばら撒いた。


 全面ガラスが砕け散り、テーブルとイスが吹き飛び、宝石が散乱し、客の悲鳴が割れんばかりに響く。

「バッキャロー!」

 その中には、男たちにかばわれるように避難する摩周の罵声も含まれていた。


 ライダー登録してある梨々亜に砲口が向くことはない。

 フードコート内は大量の粉塵が舞い上がり、もはや目の前の人間すら見えない状態だった。


 梨々亜はふたりぶんの荷物を抱え、ガラス窓のあった箇所から外に出る。

 ミニバンはすでにサービスエリアの出口へ差し掛かっていた。


 荷物をサイドカーに押し込み、ヘルメットを被りながら『バイスデヴァステイター』に飛び乗る。

 そしてすぐさまスロットルを握り込んでアクセルターンした。


 ◆


 高速道路を走るミニバンに追いつくこと自体は簡単だった。

 しかし琴美が乗せられている以上、破壊して止めるというわけにもいかない。

 梨々亜はミニバンの真後ろにぴたりと追走しながら琴美を奪い返す策を考えた。


 昨夜とは違って相手がライフルを撃ってくるようなことはなかった。

 スモークガラス越しにぼんやりと人影がうかがえる。

 乗っているのは恐らく運転係と琴美を拘束している係のふたりだけだろう。


 だが、梨々亜がグラウンドファイターに乗っていることは敵も承知しているはずだ。

 拉致する作戦を立てるに当たって迎撃係も用意していると見たほうがいい。

 それはさっきの摩周とかいう女かもしれない。


(あいつが追いつく前にカタをつける……! おあいにく様、こっちはこういうの慣れてんのよ)


 アウトロー時代の仕事を思い出し、梨々亜は自虐的な笑みを口元に浮かべた。

 逃げる輸送車を襲い、積荷を傷付けないように根こそぎ奪っていく。

 幾度となくやってきたシノギだ。

 そんな経験でも役に立つときが来るということが少しだけ可笑しかった。

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