7.バーニング・アウトバーン
「ど、どうする、梨々亜ちゃん……!」
琴美が後ろを振り返って悲痛な声を上げる。
「どうもこうも」
梨々亜はアクセルを捻ってそれに答えた。
素直に止まるようなら最初から逃げてない。
幸いサイレンのおかげで他の車は逃げるように梨々亜から離れていた。
250キロまで一気に加速させて引き離しにかかる。
《そこの銀色のグラウンドファイター! 阿武梨々亜! 止まりなさい!》
杏の乗る警察仕様のグラウンドファイター『PGF3000』も当然ながらスピードを上げて追いかけてきた。
《いつまで待っても出てこないから失礼ながらドアを開けてみたら中に猫ちゃんしかいないってどういうこと!? よくも騙してくれたわね!》
先ほど会った時の冷静さは欠片もない、怒り100パーセントの叫びだった。
《特別交通機動隊の名にかけて、絶対にあなたを任意同行させてみせるわ! 覚悟しなさい!》
「あいつあんな暑苦しいキャラだったんだ」
「だ、だから、大丈夫?って言ったのに……」
「ちぎるだけって言ったでしょ。警察だろうとGFだろうとね」
杏の口ぶりからすると梨々亜はまだ任意同行の段階らしい。
彼女さえ振り切ってしまえば他の警官による大々的な追跡などはないはずだ。
《止まらないなら武力制圧に移るわよ! これは脅しじゃない! 対象がGFならその権限だってあるんだから!》
「そんな私情まみれで行使していい権限なわけ?」
《『ファルケンパイツェ』オン!》
『PGF3000』のフロントカウルが開き、砲口がせり出した。
梨々亜は体を傾けて車線変更。
一瞬前まで走っていた空間を曳光弾が貫く。
前方の道路端の壁に当たった弾が、花火のような電撃を撒き散らした。
「な、なにあれ……!?」
琴美が目を丸くする。
グラウンドファイターの電子制御システムにダメージを与える高圧電磁弾だ。
直撃すれば走行不能は避けられない。
「マジみたいだね、どうも」
とはいえ警察相手に反撃するわけにもいかない。
梨々亜は逃げの一手を決め込んでさらに速度を上げた。
一般車を盾にするように、三車線を一杯に使って右へ左へ車線を変える。
クラクションを鳴らされまくるが気にしない。
攻撃は控えられたものの、杏を振り切るには至らなかった。
やはり相手もグラウンドファイター乗りのプロだ。
ライディングテクニックは梨々亜に勝るとも劣らない。
このまま持久戦になだれ込むかと思われたが、その場に新たな乱入者が現れて状況が一変した。
《ほほほはほっ! ほーっほっほっほっ!》
梨々亜の無線にノイズ混じりの高笑いが飛び込んでくる。
《わたくし最速で大復活ですわー!》
「ティナ!?」
追いかけてくる『PGF3000』のさらに後方から、メタリックピンクのグラウンドファイターが猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。
「わっ……またあの人……!?」
「復活、早すぎじゃない?」
《徹夜で修理しましたわ!》
「さ、さすが最速……」
と、妙なところに感心する琴美だった。
《見つけましたわよ梨々亜さん! そしてお荷物さん! わたくしと『ローズマローダー』がリベンジに参りましたわ!》
「厄介な奴はひとりで充分だってのに」
《『ナイトロブースト』オンですわー!》
ティナのマシンが爆発的な加速力を発揮して車列のあいだを駆け抜ける。
瞬きをするあいだに杏の『PGF3000』と梨々亜の『バイスデヴァステイター』を抜き去った。
《続いて『ヴィルトアクスト』オンですわ!》
『ローズマローダー』のリアタイヤ両側につけられたウェポンコンテナが展開。
梨々亜に向けて無数のミサイルが発射された。
「正気!? このミサイルバカ!」
驚きつつも平常心は手放さない。
それが梨々亜の最大の武器だ。
巧みに機体を操り、紙一重のタイミングでレーザー誘導から逃れてミサイル群をかいくぐる。
だが、そのあとが大変だった。
後方に飛んでいった無数のミサイルが一般車に着弾。
次々に爆発していく。
道路上は瞬く間に火の海と化した。
琴美は振り返って絶句している。
梨々亜は運転に集中。他人の安否を気遣う余裕はない。
爆炎を切り裂くように、白黒のグラウンドファイターが飛び出した。
《こ、こらー! なに考えてるのっ! 戦闘行為はやめなさいっ!》
拡声器越しの杏の怒声には動揺が含まれていた。
警察官の目の前で堂々とミサイルをぶっ放す人間に会ったのは初めてなのだろう。
しかしティナに気にする様子はなかった。
《無粋な邪魔はしないでくださいまし!》
今度は杏に向かってレーザー誘導ミサイル『ヴィルトアクスト』を一斉射した。
『PGF3000』は迎撃のために機銃を発射。
そこで大きくスピードが落ち、あっという間に後方へ下がっていく。
高速道路上に再び爆炎が舞い上がった。
《ほほほほほほっ! これで勝負に専念できますわね、梨々亜さん!》
「怖いものなしね、あんたも」
《昨日から一睡もせずにあなたを捜していたんですもの! 手ぶらでは帰れませんわーっ!》
いつにも増して妙なテンションなのはそのせいだろうか。
梨々亜は呆れるのと同時に状況を打開する策を練っていた。
後ろで警察官が見ている以上、火器を使って余罪を増やすのは面白くない。
しかしスピード狂のティナの足を止めなければ逃げられない。
前方にゆるやかな左カーブが見える。
(あそこで仕掛ける)
梨々亜は覚悟を決めた。
「琴美、カーブに入ったらそっち側に飛び出すつもりで身を乗り出して。でないと死ぬからね」
「死っ!? ……わ、わかった……!」
「頼んだよ」
ティナのマシンがカーブにさしかかり、わずかにスピードを落とす。
そこを狙っていた。
「『ナイトロブースト』オン!」
音声入力を受けてエンジンにナイトロ燃料が注入された。
『バイスデヴァステイター』は爆発的な加速力を得てカーブに進入。
時速320キロ。
明らかなオーバースピードで一気にメタリックピンクのグラウンドファイターへと迫った。
《死ぬ気ですのっ!?》
「死ぬ気で突っ込まなきゃいつまで経っても私には勝てないよ、ティナ!」
梨々亜はイン側に入り、フロントカウルを『ローズマローダー』のリアタイヤ側面にぶつける。
《ぬわっ!》
ティナのマシンが大きくバランスを崩した。
糸が切れた凧のように左右に揺れる。
『バイスデヴァステイター』と『ローズマローダー』、二台のグラウンドファイターが真横に並ぶ。
梨々亜はトドメとばかりにピンクのボディを思い切り蹴っ飛ばした。
《ぬわぁぁぁっ!》
コントロールを失ったティナのマシンがアウト側へ吹き飛び、壁にボディを擦り付ける。
激しい火花を吹いて白煙を巻き上げた。
到底曲がりきれない速度で突っ込んだ梨々亜の前にも当然、アウト側の壁が迫る。
(曲がれ!)
フルブレーキング。
梨々亜と琴美、二人掛かりでイン側へ体を乗り出してマシンの進行方向を変えようとする。
だが曲がり切らない。
走行ラインが外側に膨らみ続ける。
コンクリート壁が十数センチ先まで迫る。
その先は死だ。
梨々亜は最悪の結末を追い払うように壁をキック。
その反動でマシンの鼻先がわずかに内を向く。
コンクリート壁にボディをかすらせながらも、『バイスデヴァステイター』はなんとかカーブを走り抜けた。
後方では、煙を上げる『ローズマローダー』へ、追いついてきた杏の『PGF3000』が高圧電磁弾を直撃させていた。
《よっ、よくもですわ梨々亜さぁぁぁぁぁん……!》
ティナの断末魔の叫びと共に、メタリックピンクのグラウンドファイターがサイドミラーから消えていった。
◆
「い、生きてるよね、わたしたち……?」
琴美が放心したように呟く。
梨々亜もどうにか「うん」という声を絞り出した。
「今のは……さすがに、私も死ぬかと思った」
極限の緊張状態から解放された反動か、梨々亜の胸の内から得体の知れない笑いが込み上げてくる。
それが琴美にも伝播し、ふたりはしばらく笑い続けた。




